「豊田章男会長再任反対推奨」されても、トヨタが投資家にやたら低姿勢になる理由 「JPXプライム150指数」構成銘柄落ち影響か

現代ビジネスに6月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/111097

可決の可能性は低いものの

トヨタ自動車が市場の「圧力」に苦慮している。6月14日に開催する定時株主総会に、デンマークの年金基金などから株主提案が出されていることに加え、米国の議決権行使助言会社豊田章男会長の取締役再任に反対推奨しているのだ。機関投資家など「モノ言う株主」の要求が総会で可決される可能性は低いものの、対応を誤れば、投資家の株式売却に結び付き、株価を下落させかねない。

トヨタに株主提案しているのは、デンマークの年金基金、アカデミカーペンションとノルウェーのストアブランド・アセット・マネジメント、オランダのAPGアセット・マネジメントの3社。トヨタの気候変動関連の情報開示が不十分だとして、気候変動に関するロビイングの活動報告書を作るよう定款に規定するよう求めている。

アカデミカーペンションは2022年6月の総会時にも質問状を送り、電気自動車への完全移行を進めようとしている各国政府に対して、その動きを弱めるようロビイングを行っているのではないかと疑義を呈していた。昨年も株主提案を行う意向だったというが、議案提出期限に間に合わずに断念していたとされる。

トヨタは取締役会の意見として、この株主提案に対して、反対を表明している。気候変動政策に関する渉外活動、つまりロビイング活動についての情報開示を2021年から実施していること、時々の環境に合わせて開示のあり方も適時に変化させていく必要があることなどを理由に、「(定款には)個別具体的な業務執行に関する事項は規定せず、現行の定款を維持したいと考えております」とした。

もっとも、このトヨタが発表した株主提案への「反対」表明は極めて丁寧な言い回しに徹している。2021年から実施しているとした報告書の公表についても、「その内容はステークホルダーの皆様のご意見を聞きながら、毎年更新していくことをお約束しています」とし、「提案株主をはじめとする機関投資家や環境 NGO の皆様とは、今後も、どうすれば様々な気候変動対策をともに効果的に実行できるかについて対話を継続的に実施し、2050年カーボンニュートラル達成を目指して取り組んでまいります」と低姿勢を貫いている。

「物言う」のは一つにあらず

アカデミカーら3社が保有するトヨタ株式は約4億ドル(約550億円)分と言われ、30兆円を超えるトヨタ時価総額から見ればごく一部に過ぎない。定款の変更には特別決議が必要で、発行済み株式数の過半数を持つ株主が出席し、3分の2の賛成を得なければ成立しない。つまり、アカデミカーらが持ち株比率で強引に可決することはほぼ不可能なのだ。それでも丁重に扱わざるを得ないのは提案しているアカデミカーだけが相手ではないからだ。

年金基金投資信託、保険会社など、第三者の資金を預かって運用している機関投資家は近年、年金加入者や保険契約者の利益を第一に考えて行動するスチュワードシップを重視する姿勢を強めている。このため、提案者が株主であろうと会社側であろうと、「正論」であれば賛成票を投じざるを得なくなっているのだ。つまり、アカデミカーの主張が正論だとなれば、他の機関投資家も賛成票を投じてくる可能性があるわけだ。

また、機関投資家議決権行使助言会社の意見を参考にして投票行動するケースが増えている。今回のトヨタへの株主提案について、米議決権行使助言会社インスティチューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は「賛成」するよう推奨している。

一方で、別の助言会社である米グラスルイスは「(株主提案は)必ずしも株主の利益にならない」として「反対」を推奨している。ところが、一方でグラスルイスは、会社側が議案として提出している豊田章男会長の取締役選任議案について「反対」を推奨しているのだ。独立取締役の数が不十分だとしてその責任が豊田会長にあるとしているのだ。

キヤノンショック

取締役の選任議案は総会での普通決議のため、出席株主の過半数を取れば選任される。逆に言えば、半数の反対で選任が拒否されてしまう可能性もあるわけだ。また、選任されたとしても、株主のどれぐらいの比率の賛成を得たかどうかで、その候補者の支持度が鮮明になってしまう。

今年は3月30日に開いたキヤノン株主総会で前代未聞の事態が生じた。会長兼社長CEO(最高経営責任者)の御手洗冨士夫氏への賛成票が、50.59%にとどまったのだ。あわや再任されずに退任に追い込まれる寸前だったことになる。

きっかけはISSが反対推奨したこと。理由はキヤノンの5人の取締役候補が全員男性で、多様性に欠けるというものだった。欧米の株主総会では近年、多様性が重視されており、ISSなどは女性がいない場合などはトップの選任に反対する基準を設けている。

もっとも、キヤノンの外国法人・個人の株主は全体の17.71%に過ぎない。つまり外国人投資家だけが反対票を投じたわけではなく、おそらく大手の年金基金やファンド、金融機関など機関投資家が反対に回ったのだろう。最近は気候変動対策も大きな評価軸になっている。「正論」になった気候変動関連の株主提案に、トヨタといえども無碍に対応するわけには行かなくなったということだろう。

背景には株価を意識しなければならなくなっていることもある。東証を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)が7月から算出を始める「JPXプライム150指数」の構成銘柄からトヨタが外れたのだ。新指数は「価値向上が期待される日本のトップ企業150」というのが触れ込みで、日本を代表する最右翼であるはずのトヨタが落ちた衝撃は大きい。

理由はPBR(株価純資産倍率)。いわゆる「解散価値」を下回る株価しか付いていない1倍割れの銘柄ということで落選してしまったのだ。トヨタとしては何とか株価を上げ、見直しのタイミングで150名柄に採用されたいと考えているだろう。

そのためにも、株価に影響を与える機関投資家らの声を真摯に聞かなければならない、というわけだ。「株主との対話」でトヨタはどう変わっていくのか。注目していきたい。