8月17日の現代ビジネスに掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.media/articles/-/135711
年間960時間制限が始まったが
トラックドライバーの残業時間規制が強化されてから4カ月が過ぎた。
2024年4月1日から運送業の時間外労働の上限が年間960時間に制限され、物流の現場ではモノが運べなくなる「物流の2024年問題」が騒がれている。だが従来の「便利で早く確実」に荷物が届く日本の物流体制は、ドライバーが実質青天井で残業する緩い労働規制の下で成り立っていた。一方で、毎年、脳や心臓疾患などで死亡する「過労死」が多発。ドライバーの過重労働でそうした便利さが保たれてきたとも言える。では、労働規制の強化でそうした「犠牲」は解消されていくのだろうか。
厚生労働省は毎年、過重な仕事が原因で発症した「脳・心臓疾患」や、仕事による強いストレスが原因で発病した「精神障害」について、労災申請された件数と、そのうち「業務上疾病」と認定して、労災保険金の給付を決定した支給決定件数などを公表している。
最新の2023年度のデータでは、「精神障害」での労災申請が3675件と前年度の2683件から急増、「脳・心臓疾患」での労災申請も1023件と前年度より220件も増えた。精神障害による申請件数は2007年度に「脳・心臓疾患」を上回って以降、急ピッチで増え続けている一方、「脳・心臓疾患」での申請は2019年度の936件をピークに減少傾向にあったが、2022年度から再び増加、遂に初めて1000件を超えた。
働き手が健康を損うことが前提の業種
2019年度から順次実施されている「働き方改革関連法」によって、残業時間の上限規制が強められた。残業時間の上限は月45時間、年360時間が原則だが、労使合意がある場合でも、年720時間を超えることが禁じられ、月に100時間未満とすることも決まった。大企業は2019年度から、中小企業も2020年度から実施されている。
ところが運送業の場合、激変緩和措置として5年間猶予されてきただけでなく、2024年4月から始まった規制でも、残業時間の上限は年960時間になっている。トラックドライバーの仕事が他の仕事に比べて楽だから残業上限が緩いわけでは、もちろん、ない。他と同じ720時間に制限した場合、物流業界が「回らない」からに他ならない。
だが、こうした過重労働の「ツケ」は、前出の労災申請の数字にはっきりと表れている。「脳・心臓疾患」での労災申請件数も、支給決定件数も、「道路貨物運送業」が業種別で最も多いのだ。
2023年度の場合、「道路貨物運送業」の申請件数は171件、支給決定件数は66件で、2位の申請件数93件(「その他の事業サービス業」)、支給決定件数18件(「飲食業」)を大きく引き離してダントツなのである。この状況は業種別の件数公表が始まった2009年度以降、まったく変わっていない。
特に新型コロナが完全に明けて経済活動が活発化した2023年度に、申請件数が171件と前年度の133件から急増。支給決定件数も66件と前の年度の50件から大幅に増えている。世の中で「働き方改革」が大きな関心事となり、残業規制が強化される流れの中で、過重労働による労災がむしろ増えているのである。働き手が健康を損うことが常態化する中で成り立っているサービスとはいったい何なのだろうか。
十分な給与が出るようにしなければ
「トラックドライバーはもっと稼ぎたいと思っている人が多いので、残業規制で稼げなくなったことを嘆いている人が少なくない」と運送業の経営者は言う。だが、トラックドライバーの仕事は、かつての簡単に高収入が得られるというイメージとは大きく変わっている。
全日本トラック協会がまとめた「日本のトラック輸送産業 現状と課題2023」によると、トラックドライバーの年間所得額は大型トラックで477万円と、全産業平均の497万円を下回る。一方で平均労働時間は年2568時間と全産業平均の2124時間を大幅に上回る。
道路貨物運送業で働く人の年齢構成も50歳代以上が48.8%とほぼ半数を占め、そのうち60歳以上も18.9%に達する。一方で、39歳以下は年々減って23.9%になった。若者に選ばれる職業ではなくなり、高齢者が支える業界になりつつあるのだ。労災申請の増加はこうした年齢構成とも関係があると見ていいだろう。
米国では長距離ドライバーの平均年間報酬が2500万円に達するといわれる。もちろん円安による換算マジックもあるとはいえ、日本のトラックドライバーの給与は安すぎる。人手不足が激しさを増す中で、給料を大幅に引き上げない限り、若者を惹きつける職業にはならないだろう。