「大幅な税収減になる」に流されてはいけない…「103万円の壁問題」でメディアが取り上げない"意外なメリット" 景気浮揚策になり、消費税の税収増にもつながっていく

プレジデントオンラインに11月27日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/88622

毎日新聞「全国世論調査」の衝撃

毎日新聞が11月24日に公表した全国世論調査の結果は衝撃的だった。石破内閣の支持率が31%と前回の46%から急低下、不支持が50%に上昇して支持を上回ったことばかりではない。政党支持率自民党の21%に次ぐ2番目に、立憲民主党(12%)ではなく、国民民主党(13%)が躍り出たことだ。前回の調査で国民民主の支持率は3%だったから、まさに「大躍進」を遂げたのだ。毎日新聞の調査は与党に厳しい結果になる傾向があるため、他の調査とは乖離かいりがあるが、弱小政党だったはずの国民民主に支持が集まっていることは間違いない。

もちろん、理由は「103万円の壁」に対する同党の主張だ。10月末の衆議院総選挙で国民民主は、所得税が課税される103万円の最低基準を178万円に引き上げることで「手取りを増やす」と訴えた。一般の働き手にとっては103万円の壁は馴染みが薄いが、学生アルバイトやパートで働く人にとっては大きな問題になってきた。

特にアルバイトをしている19歳以上23歳未満の学生は、103万円を超えると税金が課されるだけでなく、生計を共にする親が受けていた63万円の「特定扶養控除」が受けられなくなり、親の手取りも減る。これをわかっているので、103万円を超えないように、働くのを止めてしまう。これが「壁」と言われる理由だ。また、パートで働く妻も103万円を超えると夫の配偶者控除の対象ではなくなるから、妻の所得税だけでなく、夫の税金にも響くわけだ。

20代、30代からの支持を集めた国民民主

国民民主党がこの議論を始めてから、財務省など政府は年収が103万円から1万円増えても所得税は500円しかかからない、といったキャンペーンを始めた。だが、前述のように本人の所得税だけの問題ではなく、家族全体の所得が減ることを、アルバイトする学生やパートで働く妻はよく知っているのだ。だからこそ、国民民主の主張が「刺さった」と言えるのだ。

前期の総選挙では、若年層に国民民主の主張が響いたことが鮮明になった。日本テレビ系列と読売新聞が行った出口調査では、比例代表の投票先は20歳代、30歳代で、いずれも自民党を国民民主が上回り最も多い投票先となった。20歳代の場合、自民への投票は19%、立憲民主は14%だったのに対して、国民民主は26%を占めた。30歳代は自民20%、立憲民主13%に対して国民民主は22%に達した。60歳代が自民26%、立憲25%、国民民主8%だったのと比べると投票行動がまったく違ったことは明らかだ。それだけ若年層に「103万円の壁」引き上げが評価されたということだろう。

アベノミクスを支持していた若年層が自民を見限った

安倍晋三政権の間、自民が高い支持率を保ったのは、高齢者保守層が支持したためと見られがちだが、そんな中でも若年層が自民を支持していたことが大きかった。「就職氷河期」の上の世代を間近に見ていた若年層は、アベノミクスによって企業収益が改善し、就職環境が劇的に改善したことを評価していた。今回はその層が自民を見限ったのである。背景に、物価上昇の中で給与が上がらず、生活が苦しくなっていることがあるのは言うまでもない。

今回の選挙の結果は、おそらく、今後の若年層の投票行動に大きな変化をもたらすに違いない。有権者の人口構成では圧倒的に高齢者が多いため、若年層の意向が選挙では反映されにくい「シルバー民主主義」と呼ばれる状況に、若年層は白けてきた。どうせ投票に行っても自分の意見は通らない、無駄だから投票には行かない、というわけだ。ところが、今回、国民民主が躍進し、自民を中心とする与党も立憲を中心とする野党も過半数を握れない中で、はからずも国民民主がキャスティングボートを握る格好になった。

「日頃は投票に行かない人たち」が選挙結果を左右する

国民民主が与党の連立に入らずに、政策ごとに是々非々の対応を取るとしたことで、俄然、「103万円の壁」の“選挙公約”の実現性が高まった。結局、自民公明は、国民民主との協議で103万円の壁の引き上げを受け入れることを了承した。冒頭の毎日新聞の調査は、この後に行われているから、「103万円の壁」問題で国民民主の「成果」が大きく評価されたことが支持率躍進につながったと見ていいだろう。自分たちも声を上げれば、自分たちが求める政策が実現する、それを若年層が痛感したことで、彼らの政治参加意識が高まっていくのは間違いない。

兵庫県知事選挙が異例の盛り上がりを見せた背景には日頃は投票に行かない人たちが、SNSに刺激されて投票に行ったことが影響したとされる。まさに、こうした層の動きが選挙結果を大きく左右する事態になってきた。

103万円を引き上げることでは合意したものの、実際の引き上げ幅は決まっていない。税制は自民党税制調査会で決まり、それがほぼそのまま政府税調で了承されて決まっていく。ところがこの自民党税調は幅広く議論をする場ではない。「インナー」と呼ばれるベテラン議員が事実上、決定する仕組みで、インナーの議員の多くは財務省出身議員など、財務省の意向に従う議員で占められている。

減税で国民の可処分所得が増えれば、消費につながる

さっそく、既存メディアなどでは103万円の壁の引き上げによる「マイナス点」を強調する声が出ている。いわく大幅な税収減になって財源が不足する、いわく地方財政に大打撃を与える、というのだ。

確かに、課税最低限を引き上げることは減税になるので、当然、直接的な税収は減る。国民民主の主張通り103万円を178万円に引き上げた場合、国と地方の税収が7.6兆円減少するという試算を政府は出して牽制している。だが、減税によって国民の可処分所得が増えれば、それが消費につながって景気浮揚策となり、消費税の税収増などにつながっていくことにはほとんど触れない。物価が上昇すれば、同じ物を買っても支払う消費税の額は増えるわけで、政府の税収は増えているのに、そこは頬かぶりするわけだ。

大和総研の試算では、基礎控除を引き上げ、給与所得控除との合計額を178万円にした場合、年収が500万円の世帯の減税額は年間13万3000円、年収800万円の世帯では22万8000円の減税になる。年収が低い世帯は日々の食料や光熱費などへの支出割合が高いので、多くは再び消費に回ることになり、経済循環を生む可能性が高い。

低所得者への給付金」とはまったく効果が違う

政府は、所得が少ない人に給付金を支給する方針を示しているが、所得基準だと働いていない高齢者が恩恵を受けることになる。103万円を引き上げることは、働いている層に恩恵を与えることになるので若年層に対する支援になる可能性が高い。つまり、同じ政府の支出でもまったく効果が違うのだ。

今回、国民民主は主張の対象から外していたが、103万円の壁よりももっと高い壁が存在する。「106万円の壁」「130万円の壁」と言われるものだ。106万円を超えると、勤務先の規模などによっては社会保険に加入しなければならなくなる。130万円だと勤務先にかかわらず社会保険加入が必要になる。

この社会保険料負担が税負担とは比べ物にならないくらい大きいことはご存じの通りだ。いやいや年金などはいずれ老後の助けになるという説明もされるが、現在の手取りが大きく減少するという意味では103万円の壁の比ではない。

社会保険料は勤務先企業が半額を負担することになっていて、これも働き手にとってはメリットであることは間違いないが、雇用する企業側からすれば一気にコストが上がるため、アルバイトやパートには130万円を超える働きはさせないようにするケースが多い。

厚生労働省は批判の矛先が向くのを恐れてか、さっそく議論をすると言っているが、「103万円の壁」が引き上げられても、まだまだ「壁」問題は難所がいくつも出てくることになる。