「働いて、働いて、働いて」過労死してもいいと言うのか…高市首相が進める「残業規制の緩和」が招く最悪の未来

プレジデントオンラインに11月26日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ

https://president.jp/articles/-/105475

働き方改革」から「働きたい改革」へ

高市早苗首相が10月21日の組閣時に、厚生労働大臣に任命した上野賢一郎衆議院議員に手交した指示書の中に、「労働時間規制の緩和の検討」が含まれていた。2019年に安倍晋三内閣で成立し、現在施行されている「働き方改革関連法」では、残業時間の上限を原則月45時間、年360時間とし、休日労働を含めても月100時間未満にするよう求めている。

人口減少が続く中で、企業の人手不足は深刻になっているが、残業規制が強化されたことで、それに拍車がかかっている。こうした状況を受けて産業界などから残業の上限規制の緩和を求める声が上がっている。

実は自民党は7月の参議院議員選挙の際にこんな公約を掲げていた。

「働く人が安心して挑戦でき、個人の意欲と能力を最大限活かせる社会を実現するため、『働きたい改革』を推進。人手不足の解消にも努めます」

労働時間の圧縮が焦点になった「働き方改革」ではなく、もっと働くことができる「働きたい改革」へ。働く人が「挑戦でき、個人の意欲と能力を最大限活かせる」とうたって働く人のための改革だと強調しているものの、その後に「人手不足の解消」という言葉が続く。どうみても後段が狙いなのだろう。

企業経営者からすれば「厳しすぎる」残業規制を緩めてほしいということか。いずれにせよ、これまでの労働時間の削減を狙った「働き方改革」から、労働時間規制の緩和を進める「働きたい改革」へ、目指す労働政策の方向性が180度変わろうとしていることを示している。

ワークライフバランスを捨てます」発言に流れる“昭和の空気”

参議院選挙は石破茂内閣下で行われたが、公約で示したこの際の「方針」は高市内閣でも受け継がれているということが、厚労相への指示で明らかになった。

高市氏が総裁選に勝利した際の挨拶でこう述べていた。

「(自民党議員)全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」

総理として、私を捨てて、がむしゃらに働くことを力説した言葉だったのだろうが、その後、SNSなどを中心に批判の声が上がる。ワークライフバランスを重視した社会に向けて動いている最中に、首相がそれに水をさす発言をするのは好ましくない、というものだった。

高市氏を含む昭和世代は、家庭を顧みることなく、がむしゃらに働くことで、日本経済を復興・成長させてきたという思いを抱く。この四半世紀の日本経済の凋落は、日本人が働かなくなったことに一因があるのではないか、という疑念を持っている人が多い世代だ。高市氏の発言の裏にもそんな思いがあったのかもしれない。いや、本人に自覚はなくとも、受け取る側はそんな「昭和」の空気を感じたのではないか。

時間外労働の規制強化へと変質した「働き方改革

そして出てきた「労働時間規制の緩和」指示である。

果たして、日本経済は、一人ひとりの働き手の労働時間を増やすことで成長軌道に再び乗るのであろうか。

安倍内閣が2016年に打ち出した「働き方改革」は、人口減少によって労働投入量を増やせなくなる日本において、成長を実現するには、労働者一人ひとりの生産性を上げることが不可欠だ、という考えから出発した。解雇ルールの法定化などによって労働移動を促進し、より生産性の高い業種に人材を移していこうという発想だったが、解雇規制の緩和には抵抗が強く、打ち出すことができなかった。

一方で、同じタイミングで電通の新入社員の過労自殺が労災認定されるニュースが駆け巡った。国民の間に長時間労働批判が一気に高まり、結果、「働き方改革」は時間外労働の規制強化へと変質する。焦点で、産業界が強く反発していた月の残業上限「100時間未満」の規制を、政治決着させたのは安倍首相自身だった。財界人の中には、「働き方改革ではなく、働かない改革になってしまった」とつぶやく人もいた。

人手不足が深刻になるのはこれから

結局、安倍内閣は女性活躍促進を掲げ、女性従業員が出産や育児で中途離職するのを避けるために、産休や育休の拡充を行った。一方、人生100年時代を掛け声に高齢者の就業も支援し、65歳以上の高齢者の就業者は900万人と倍増した。つまり、労働投入量を増やすことで人手不足を解消し、経済成長に繋げようとしたわけだ。

だが、それ以降も少子化はさらに深刻化する。人手不足が深刻になるのは、これからなのだ。

岸田文雄内閣では「新しい資本主義」を掲げたが、労働政策については、結局のところ、生産性を上げるために、労働移動を促進するという、当初の安倍内閣が目指した方向に落ち着いた。だが、なかなかその効果が上がらない一方で、人手不足はさらに深刻化している。大学卒業年代である22歳人口がここ数年大きく減っているのだ。企業は中途採用や定年の延長、外国人労働者の雇用拡大などで乗り切ろうとしているが、状況は厳しさを増している。

そんな中で出てきたのが、残業規制を緩めてほしいという要望である。外国人労働者の拡大に舵を切ろうとした矢先、世論には移民反対、外国人排斥の風潮が広がっている。企業として移民拡大を訴えることはできない。とりあえず、目先の人手不足を補うには、残業を認めてもらうしかない、ということなのだ。

長時間労働による過労死は増えている

だが、現状の月100時間未満という残業規制が「緩い」のかというと決してそうとは言えない。諸外国に比べれば、まだまだ日本の残業は多い。確かに、労働者の年間労働時間自体は米国などを下回ってきているのは事実だが、だからといって残業の上限を緩めて良いという話にはならない。

というのも、長時間労働による過労死が増え続けているからだ。毎年6月に厚労省が「過労死等の労災補償状況」という調査を公表している。過労死には「脳・心臓疾患」と「精神障害」の2つに大きく分かれるが、2024年度は前者が241件(前の年度は216件)、後者が1055件(同883件)といずれも大きく増えている。

「脳・心臓疾患」での支給決定件数が多い業種は「道路貨物運送業」が76件と2位の19件を引き離し、圧倒的にトップである。いわゆるトラック運転手が脳梗塞などで亡くなるケースが多いのだが、こうした状況は、残業時間の上限を厳しくした後も続いている。

過労死と労働時間には一定の因果関係が認められており、残業規制を無闇に緩めれば、過労死が増えることにも繋がりかねない。

「時間によらない働き方」を求める労働者もいる

一方で、「時間によらない働き方」を求める労働者がいることも事実だ。IT系の技術者などは、時間で働いているわけではなく、成果が求められている。労働者に労働時間をどう使うかという裁量が認められている「裁量労働制」という仕組みもあるが、残業時間の上限規制が適用されるのは通常の働き方と変わらない。

年収1075万円以上の平社員に労働時間にとらわれずに働ける「高度プロフェッショナル制度」というのも導入されているが、製造業などで、そこまで賃金を支払える企業は限られることもあり、あまり普及していない。

働き方というと、すぐに労働時間の問題になる。労働基準法がもともと工場法など時間規制をする法律をベースに出来上がってきたことも影響している。だが、決められた時間、同じ場所で、同じ作業をしていれば良いという「工場的」な働き方が、現代社会からどんどん姿を消しているのも事実だろう。

では、どうやって人々の生産性を上げていくべきなのか。同じ時間の労働中で、どれだけ付加価値を上げる仕事をしていくべきなのか。無駄な会議や打ち合わせはないのか。不要な書類作成に時間を取られていないのか。仕事の仕方を根本から見直すことが不可欠だろう。