産業空洞化は円高だけが理由ではない。東電維持、法人税据え置き、定年延長など「政策の失敗」が本当の原因だ 韓国のインフラコストは日本より劇的に安い

円高は外部要因によって起きているのだから如何ともしようがない。そんなムードが蔓延しているように思います。果たしてそうでしょうか。現在の円高は金融・財政政策や経済政策の結果として起きている面も否定できないのではないか。円高だからといって、日本経済の沈没を看過するわけにはいかないでしょう。日本経済を再成長軌道に乗せるには今、何をすべきなのか。真剣に議論する必要があります。
現代ビジネスにアップされた記事を編集部のご厚意で転載します。
オリジナルは→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/20967


 円高が止まらない。対ドル為替レートは76円台で推移。対ユーロでも26日には101円台を付け、10年ぶりの円高水準となった。安住淳財務相も過度な円高には断固たる措置を取ると繰り返し発言、為替介入も辞さない姿勢を取っている。だが、民主党政権が行ったこれまでの為替介入の効果がいずれも短期間で終わっていることもあり、市場では長期的な円高定着は避けられないとの見方が広がっている。

 野田佳彦首相が財務相当時に為替介入を決断したわけだが、周囲の政治家によれば、野田氏は当初は介入に否定的だったという。為替市場の現在の取引規模を考えれば、政府が介入しても効果は限定的だというのが理由だった。つまり、効果がないことは分かっていながら、世の中の声に押されて為替介入を実行しているというわけだ。政府の無策を叱責されないための、いわばアリバイ作りの介入と言える。

 実際、産業界の介入を求める声は強い。日本経団連米倉弘昌会長は26日の記者会見でも、「企業は追い詰められている。政府と日本銀行は連携して市場介入を含めた断固とした対策をやっていただきたい」と語っている。

 企業が追い詰められているとは、円高が進めば、輸出に依存している製造業の日本国内での立地が難しくなり、海外脱出が増加するということだろう。いわゆる「産業の空洞化」である。

日本より劇的に安い韓国のインフラコスト

 だが、空洞化と言われる製造業の海外移転が進むのは円高だけが原因なのだろうか。ここに興味深い資料がある。ある大手メーカーが調べた日本と韓国のインフラのコスト比較だ。賃金、不動産、光熱費、輸送費、法人税などを比較しているが、いずれも韓国が大幅に安い。

 課長級の人件費は43%、土地代16%、インターネットの基本料金36%、産業用電力料金38%、産業用水道料金2%、産業用ガス料金86%、対米向けコンテナの輸送代金40%、法人税60%という数字が並ぶ。

 ドル換算して比較してあるので、円高ウォン安が全体に反映しているのは間違いない。だが、為替だけで説明が付く格差レベルではない。日本の高コスト構造が指摘されて久しいが、抜本的に是正されてこなかったことをこの数値は示している。

 電力料金は現状でも韓国の2・6倍だが、このままでは東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う原発の停止で、LNG(液化天然ガス)などの使用量が増えることから、電力会社は電力料金の引き上げを検討している。産業用の電気料金は米、英、仏、独など先進国の料金水準を上回り、韓国や中国よりも高い。それがさらに上がるというのだ。

 日本の電気料金はもともと、燃料費などのコストの増減が料金に反映される仕組みになっている。コストに一定の利潤を加えた料金が認可されるため、コスト増を経営努力で吸収しようというインセンティブが働きにくい。

 東京電力の場合、現在のスキームでは、放射能被害の損害賠償責任も背負い続けるため、このままでは電力料金の大幅な引き下げは絶望的だ。電力供給体制を抜本的に見直すことなく、東京電力の存続を安易に決めたために、電力コストの引き下げという国家的命題を放棄せざるを得なくなっているのが、今の日本の現状なのだ。

 法人税も同様である。法人税の実効税率は日本の40・69%に対して、韓国は24・20%だという。日本の法人税は世界的に見ても高いうえ、競合するアジア諸国の中でも高率だ。国際競争を繰り広げる多国籍企業が立地を考える場合、法人税率の違いは大きい。それだけに、法人税率を引き下げることで企業を誘致しようという税率引き下げ競争が世界で行われてきた。

 民主党政府は昨年まとめた新成長戦略で、法人税率の5%引き下げを決めた。日本の産業空洞化を防ぐには税率引き下げが不可欠と判断したためだった。ところが、東日本大震災の復興予算の財源として検討されている復興増税と相殺されることになりそうな気配だ。つまり、税率は高いまま据え置かれることになるわけで、日本の「立地競争力」は法人税率の面では改善されない。

 東日本大震災からの復興は現在の日本の大きな課題であることは間違いない。だが、被災地の経済立て直しを優先するとして、日本全体の競争力を失わせるとしたら、元も子もない話になる。

国際的に見て競争力の乏しい人材層が生まれてしまった

 もう1つ、海外移転を検討している企業が異口同音に指摘する問題がある。「海外の方が優秀な人材を確保しやすい」というのだ。現場の一線で働くワーカー層についての話ではなく、現場のマネージャーや経営幹部層を探すのにも海外の方が苦労しない、という。「英語も日本語も堪能な大学卒の中国人はたくさんいる」と中国へ進出している日本の外食産業の経営者は言う。

 少子化の影響で実際には二十歳台、三十歳台の労働力は減っているのだが、景気後退で新卒採用を止めるなど企業はこの層を雇用してこなかった。結果、大量の非正規労働者やフリーター、ニートと呼ばれる層を生み出し、ビジネスマンとしての熟練度の低い、国際的に見て競争力の乏しい人材層が生まれてしまった。

 これは企業だけの責任ではない。政府が企業に対して高齢者の雇用維持を求めたため、実質的な退職年齢が引き上げられてきたことが背景にある。高齢者の雇用維持を政府が求めるのは、年金の支給年齢を引き上げていることと無関係ではない。つまり、政府の年金政策が企業の高齢者雇用維持へとつながり、結果的に若者の雇用機会を奪い、職能レベルを落としてしまったと見ることができる。

 この流れは今後も一段と強まる見通しだ。厚生労働省は希望者全員が例外なく65歳まで働き続けることができるよう企業に義務付ける方針で、来年の通常国会で高年齢者雇用安定法を改正する方針だ。年金の受給開始年齢が65歳まで引き上げられても、受給開始まで仕事を続けられるようにするという政策が、企業の活力維持や若者の雇用機会拡大よりも優先されているということだ。さらに70歳まで働ける体制づくりを企業に奨励している。

 円高という外部要因を産業空洞化の原因にするのはたやすい。効果がないと分かっていながら為替介入などのパフォーマンスを繰り返していれば、政治責任を問われることもないだろう。だが、東日本大震災を理由にした東京電力の温存も、法人税の実質据え置きも、年金改革に伴う雇用規制の強化も、日本の立地競争力を犠牲にする政策であることは明確に理解されるべきだろう。日本企業が自国を見捨てる「産業空洞化」が進むとすれば、それは間違いなく政策の失敗に原因がある。