だから政策能力に定評のある林芳正氏を閣外に出した…高市首相が「高市色の強いメンバー」を集めた政治的思惑

プレジデントオンラインに9月18日に掲載されて拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/119313

消費税減税に向けた体制固め

国民受けする政策の実行部隊を作るのが高市早苗首相の狙いだったのだろう。9月17日に行った内閣改造で生まれた新体制は、高市色が強いものになった。18人の閣僚のうち、主要閣僚8人を留任させる一方、初入閣7人、再入閣3人と若手の登用を増やした。連立を組む日本維新の会から初めて入閣したのも今回の特徴だ。高市氏はこの体制で何をしようとしているのか。

組閣人事で最も早く内定が報じられたひとりが片山さつき財務相の留任だった。当初は交代説も流れたが、高市首相ご執心の食料品の消費税率1%への引き下げに協力する姿勢を鮮明にしたことで、早々に留任が固まった。党役員人事でも麻生太郎副総裁の続投が早々に決まったほか、麻生氏の義弟である鈴木俊一氏の幹事長も留任が固まった。高市首相は、財務省に睨みがきく麻生氏や鈴木氏を押さえ、片山財務相を続投させることで、消費税減税に向けた体制固めをしたわけだ。

外堀を埋められた財務省

財務省は当初、消費税減税には何としても抵抗する構えで、世論を消費税減税反対に向かわせるなどして、減税ではなく給付に持っていこうとしていたとされる。そのうえでは、財務省OBの先輩で言うことを聞いてくれない片山財務相の残留は何としても避けたかったところだが、高市首相に外堀を埋められる格好になった。

高市首相としては10月招集の臨時国会で法案審議がされる消費税減税は絶対に通すという信念が感じられる人事だった。

次に米国との関係など外交安全保障政策だ。茂木敏充外相の留任は早々に決まったが、赤沢亮正経産相の扱いは最後まで揉めていた模様。赤沢氏を外して、高市氏の最側近のひとりである城内実氏を経済財政政策担当相から横滑りさせるという説が流れていた。

米国との関税交渉などを一手に担いトランプ大統領とも直接面会してきた赤沢氏を主要閣僚から外すことには、政策ブレーンなどからも反対する声があったとされる。結局、両氏とも従来のポストで残留するということになり、厄介な米国との交渉の行方に気を揉んできた政策通たちは胸を撫で下ろした。

「外国人問題」にどう向き合うか

小野田紀美・経済安全保障担当相はSNSなどを通じて右寄りの国民の人気が高く、高市氏の支持母体とも言える右派の諸団体などの受けもいい。世の中のムードが、中国との対立や外国人排斥を支持する流れになっていることもあり、続投が決まった。

もっとも、政策的には、外国人労働者の受け入れ厳格化などは、企業などの人手不足に拍車をかけており、小野田氏の「厳しい姿勢」とは裏腹に、今後、どう適切に外国人移民を受け入れていくかは高市内閣の大きな課題になってきそうだ。

安倍晋三首相は「日本はいわゆる移民政策を取らない」とする一方で、なし崩し的に外国人労働者を受け入れてきた。その矛盾が今、問題を顕在化させているともいえ、外国人問題にどう向き合うか真正面から議論するタイミングがきている。

注目ポストの農林水産相

小泉進次郎氏も防衛相になって以降の国民の支持が高まっている。防衛予算の大幅増額など、国民世論を敵にできないテーマが控える中で、国民人気の高さで乗り越えようというのが高市首相の戦略と言える。

木原稔官房長官は高市首相の最側近で続投は半ば当然視されていたので説明する必要はないだろう。

一方、交代が決まったポストで注目なのは、まず農林水産相。退任した鈴木憲和氏は「令和の米騒動」の中、小泉氏の後を受けて就任した。もともと農水官僚出身で、山形でTPP反対を掲げて当選した。

物価高対策中の「価格下落阻止」に怒り

鈴木氏の前任の小泉氏はコメ価格が高騰する中で、「生活者目線」で効率化や競争力の強化を掲げる大胆な農業改革政策を打ち出した。特にコメについては減反から脱却して増産に転じ、2030年までにコメの生産量を800万トンに引き上げるとした。また、規制を緩和して民間企業の参入を促し、農業を稼げる成長産業にすることを掲げた。

鈴木氏はこうした小泉農政を否定、従来型の農協や農家を保護する路線へと修正した。結果、その後もコメ価格の高騰は続くことになった。

そんな鈴木氏の政策が「生活者目線」を大事にする高市首相の逆鱗に触れたという。2026年の春以降、コメの市中在庫が過去最多となるなど、コメ余りが顕著になると、農水省は過去に放出した政府備蓄米の買い戻しを打ち出す。ダブついた2025年産のコメを政府が買うことで、当然、価格の下落を抑える効果が出る。

高市首相からすれば、物価高騰対策をしている中で、価格下落を阻止するとは何事か、というわけだ。慌てた農水省は価格に影響を及ぼさないように数量や価格を調整するとしたが、高市首相の怒りは収まらず、農水相交代は確定的だと早い段階から永田町では言われていた。

「政治とカネ」問題への関心が薄れる

交代で初入閣した簗和生農水相が今後どんな農政に舵を切るのか。鈴木路線を引き継ぐのか、小泉農政のような改革を再び目指すのかが大いに注目される。

一方で、新聞メディアなどは、自民党の派閥の政治資金問題で収支報告書への不記載があったことを問題視し、簗新農林水産相と関芳弘文部科学相を批判している。「政治とカネ」の問題が政界を大きく揺るがせ、自民党が大きく議席を減らしたのも過去の話となり、今や有権者はほとんど「政治とカネ」の問題に関心を失ったようにみえる。高市首相はそうした国民のムードの変化を的確に捉えていると言ってもいいだろう。

改造を終えた高市首相は記者会見し、「専門性などを考慮し、腰を据えて政策を実行し、前に進めてもらえることを重視した」「責任ある積極財政の大方針を掲げ、強い経済の実現に向けた政策を加速させる」と語った。

林芳正氏を閣外に出した

政策実行を担える人材で固めたというわけだが、政治的な思惑も鮮明になった。林芳正総務相を交代させ、閣外に出したのだ。林氏は総裁選で争った中で唯一、主要ポストから外れることになった。政策ブレーンの中には政策能力の高い林氏を閣外に出すマイナス面を心配する人もいたが、ライバルを排除したい高市氏の意思が勝った。林氏が財務省に近いことも一因だったと見る向きもあるが、いずれにせよ政治的な思惑が背景にある。

自民党の石井準一参議院幹事長を交代させ、青木一彦氏を後任に据えた人事も高市氏の思惑が反映されたと言われる。これまで聖域とされた参議院に首相が介入したと一部では言われており、高市氏の党内権力の掌握が着実に進んでいるとされる。ベテランのひとりも「ここまで支持率が高い首相に歯向かっては生きていけない」と吐露する。沖縄県知事選挙での自民党の勝利も高市首相の政権基盤を強固にしたと見る。 

 

狙いが見えない規制改革相のポスト

もうひとつ、狙いが見えないのが日本維新の会の中司宏氏の規制改革相への受け入れ。中司氏は否定しているが、維新側が規制改革に関するポストを求めたと報じられていた。維新からすれば、党の看板とも言える「規制改革」の大臣を握れるのは願ってもないことだが、高市氏が規制改革に本腰を入れるつもりがどれぐらいあるのか。

高市氏は内閣発足後、米国の政府効率化省(DOGE)に習って日本版DOGEを立ち上げた。内閣官房に「租税特別措置・補助金見直し担当室」を新設したが、日本経済新聞は9月3日に、「税優遇廃止3件、財源捻出10万円どまり」と報じている。霞が関はまったく動かないわけで、日本維新の会の閣僚という「異物」を投入することで、改革を前に進めようとしているのかもしれない。 

「規制改革」という言葉の登場回数

ちなみに毎年初夏に閣議決定される「骨太の方針」に現れた「規制改革」という言葉の回数は、第2次以降の安倍内閣が策定した2013年から2020年までは5回から17回だったが、それ以降の内閣は1回から5回と目に見えて減っていた。それが今年7月21日に高市内閣が閣議決定した「骨太の方針2026」では11回登場しており、少なくとも掛け声だけは「規制改革」に前向きになっているようにみえる。

「強い経済」を作るためには規制改革で既得権を打ち破ることが必要だと考えているのだとすれば、維新の力を使うのもうなずける。果たして、高市内閣はどんな手を使って「強い経済」を実現しようとしているのか。改造内閣の動きを注視したい。

新米が安くなっても日本のコメには暗雲…高市内閣の"過剰な市場コントロール"が消費者と農家に払わせるツケ

プレジデントオンラインに9月3日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/118482

備蓄米買い戻し「本当の理由」

コメの価格が大きく下落する気配を見せる中で、政府が備蓄米の買い戻しを決めた。鈴木憲和農林水産大臣が9月1日の閣議後の会見で、9月中に集荷業者などが持つ去年産のコメ21万トンを買い戻す考えを明らかにした。2025年度に米価の高騰や品薄に対応するために、備蓄米59万トンを放出、およそ100万トンあった備蓄が大幅に減少していた。

このタイミングで買い戻しを決めた理由について鈴木農水相は「今年のコメの作柄は近年の平均を上回る見込み」となり、「コメの供給量は十分以上に確保されることが確認された」からだとした。

8月31日に農水省が発表した今年のコメの作柄は、8月15日時点で新潟県や北海道など24道府県で例年の平均を「やや上回る」、秋田県や宮城県など19都県で「平年並み」となった。量が十分に確保できる見通しがたったので買い戻す、というわけだが、本当の理由は違う。コメの民間在庫が過去最多となり、このまま新米が本格的に流通し始めれば、販売価格が暴落しかねない。価格を下支えするための買い戻しであることは明らかだ。

2025年になっても米価は落ち着かなかった

2024年夏以降、コメ不足と価格高騰が起こり、「令和の米騒動」と呼ばれた。農水省は2024年の段階では、コメは不足していないとして備蓄米の放出に抵抗、結局、放出されずに終わった。結果、コメ価格が鰻登りの上昇を演じたのはご存知の通りだ。

農水省の「米穀の取引に関する報告」によると、2023年産の玄米60キログラムの相対取引価格は年平均で1万5315円だったが、2024年産は2万5179円に上昇、2025年に入ると価格上昇はさらに激しくなり2万7000円台に乗せた。結局、このタイミングで備蓄米の放出を余儀なくされたわけだ。2025年産が出回れば米価は落ち着くと言われたが、一向に下がる気配はなく、2025年10月には3万7058円の最高値を付けた。その後、価格はジワジワと下げたものの2025年産の年間平均価格は3万5451円と、2年間で2倍以上の価格になった。

2025年産が新米より高いという珍現象

そして迎えた2026年、新米の流通がいよいよ始まるという段階になって、価格は大幅に下落する気配を見せている。というのも、2026年7月末時点で、民間在庫量は162万トンと過去最多に達した。1年前の在庫は92万トンで、何と70万トンも増えたのである。背景にはコメの価格が高騰したことで、農家が作付けを増やしたことと、一方で、高価格を嫌った消費者がコメを敬遠、販売数量が減少したことがある。2025年産米の全国の集荷量は269.5万トンで、前年同月比26.3万トン増加。一方で、販売数量は170.6万トンと23.4万トン減少した。 

早場米が店頭に並び始めたことで、消費者が目にする価格にも大きな変化が出てきた。昨年秋時点での2025年産コシヒカリの新米は、5キロの店頭小売価格で4500円を超えていたが、ここへ来て3500円を下回る価格まで下がってきていた。在庫を抱えた業者が損失覚悟で早めに処分を進めようとしている姿が浮かび上がった。

一方で、2026年産の宮崎県産コシヒカリの新米が2592円といった価格で首都圏のスーパーで売られ始めており、2026年産新米よりも2025年産の方が高いという珍現象が生じ始めていた。2026年産に関しては、農協などが事前に農家に支払う概算金(仮渡金)が前年よりも40%下がっているケースが相次ぎ、消費者が購入する価格も大幅に下がることが確実視されている。

新米の価格は維持されると考えるのが普通

農協などコメの集荷業者からは夏前の段階で、備蓄米の買い戻しを求める声が上がっていた。備蓄米の買い戻しをすれば、下がり始めたコメの価格が再び高騰することになりかねないとして、高市早苗首相がなかなか首を縦にふらなかったと言われる。物価上昇の象徴的な品物であるコメの価格をこれ以上上昇させれば内閣支持率は大きく下がることになりかねないと危惧したと言われる。

買い戻しを公表した農水相が価格に影響を与えないと言い張る理由はそこにある。木原稔官房長官も「足元の環境は供給不足が生じる見込みが低く、今般の買い戻しは、今後の流通の大宗たいそうを占めることになる新米ではなく、古米となった令和7年産米を対象とするものであり、市場の価格動向に大きな影響を与えることはない」と会見で述べていた。

買い戻しの対象は新米ではなく、2025年産米だから、価格に影響は与えないという理屈だが、果たしてそうなるか。業者が在庫を投げ売り処分する必要がなくなれば、価格は下がらず、新米の価格も維持される事になると考えるのが普通だろう。

消費者にとって安価は好ましいが…

しかも、2025年産米を買い上げてくれるとなると、集荷業者は在庫を損失を出すことなく処理できる可能性が出てくる。政府の買い入れ価格次第ではあるが、市場で処分しようと思えば、大きな損失が出る可能性もあったわけで、政府様様という事になるのではないか。農協をはじめとする集荷業者を救済する補助金を出すのに等しいという見方もできそうだ。

消費者にとっては主食であるコメの価格が安定的に安価であることが好ましい。一方、農家にしてみれば60キロ2万円以下ではコストを賄うことが難しいという話になる。しかも物価高騰で農業機械を動かす軽油やガソリンも、輸入原料に頼る肥料も包装資材も何もかも価格が上昇している。今年、コメ価格が大幅に下がれば、コメ作りをやめる農家も出てくるという話が連日、テレビニュースでも流れている。

価格を底上げしても農家はジリ貧になる

だからといって、農水省が価格をコントロールしようというのは所詮無理な話だ。備蓄米の放出や買い戻しによる価格変動だけではない。農水省は減反政策は取りやめたと言ってはいるが、家畜用の飼料米に対する補助金を大幅に増やすことで人が食べるコメの生産量を減らすように誘導するなど、形を変えた減反政策を続けている。

国内消費量の減少に合わせて生産量を減らすことで価格を維持させようとしてきたが、市場機能に国が人為的に介入しようとしても中長期的には市場を歪ませるだけで、そのツケはいずれ跳ね返ってくる。

備蓄米の買い戻しで価格を底上げすることができたとして、高止まりする米価に国民が拒絶反応を示して消費を減らせば、中長期的には農家の売り上げは増えず、ジリ貧になっていく。

日本国内だけを見ていてはいけない

今後、急速に進む人口減少の中で、日本国内の消費だけを見て政策を決めていては日本の農業は滅んでしまう。減反などせず、世界中に日本の良質のコメを輸出してきたならば、今の世界的な日本食ブームの中で、日本米消費も増えていたに違いない。これだけ円安が進めば、本来は日本の農産物にも輸出競争力が出てこない方がおかしい。小規模零細農家を守ることが最優先で、強い農業を作ることを考えてこなかった結果とも言える。

かつて江戸時代の日本は、大阪・堂島の米会所(取引所)で、コメの証券売買が活発に行われていた。そのコメの先物取引は世界に先駆けて日本で行われていた。もちろん、江戸幕府もコメ価格の安定には苦心惨憺したが、市場を潰してしまえ、という話にはならなかった。結局、政府が介入しても、市場原理を無視すれば、いずれそのツケを払わされることが分かっていたからだろう。

高市内閣は、補助金を出してガソリン価格を引き下げたり、ガス代や電気代に助成金を出すなど、市場と敵対することを厭わない政権だ。だが残念ながら、国のコントロールで民間の事業が成長を遂げたことはなく、過度な政府の介入はむしろ民間事業を圧迫し、失敗させる。コメの価格をコントロールしようとすれば、そのツケは日本農業の衰退という結果をもたらす事になる。

高市首相「消費税減税」に国民は冷ややか、霞が関は「予断を許さない」…"衝撃人事"が暗示する財務省との対立

プレジデントオンラインに8月24日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/117981

なぜか喜んでいない国民の姿

高市早苗内閣は8月5日、2027年4月から2年間限定で食料品の消費税率を現在の8%から1%に引き下げる方針を閣議決定した。9月後半にも召集される臨時国会で審議される。

食料品だけとはいえ、税率が8%から1%に大幅減税されるわけだから、国民の多くが拍手喝采を送っているかというと、なぜか、そうでもないようだ。テレビの朝の情報番組などでは、登場するコメンテーターが消費減税は邪道だとばかり、批判を繰り広げる場面が散見される。「物価対策の一環として減税すると言うが、8%分、丸々物価が下がるとは限らないので意味がない」とか、「10%に据え置かれる外食店が倒産の危機に直面する」とセンセーショナルに減税のデメリットを語る人もいる。

また、「減税によって国の財政が悪化すれば、さらに円安が進み、輸入物価が上昇するので元の木阿弥になる」と論理的に指摘する識者もいる。やや驚きなのが、紹介される街角の消費者の声の中にも、「減税に反対」という人がいることだ。国の財政を心配する国民が多いのは感心すべきことだが、テレビ局が意図的に反対意見を煽っているのではないかと疑いたくなるほどだ。

自民党内にも減税反対の声

選挙戦の時には減税を主張していた野党が、政府が決めた途端に反対に回るのは政治の世界の常だとして、自民党内にも減税に強く反対する議員たちがいる。

税制改革を議論する党税制調査会(税調)の非公式幹部会「インナー」のメンバーだった小渕優子議員は、減税に反対してインナーを辞任した。インナーは非公式と言いながら、重要な税制改正などはここで決めてきた。財務省出身の議員や財務省の影響下にある議員がインナーに選ばれるのが通例だった。

高市氏は首相就任時に税調人事を行い、それまで会長だった宮沢洋一参議院議員に代わって小野寺五典・元政調会長を起用した。財務省(旧大蔵省)出身で財政規律派の重鎮だった宮沢氏を交代させたことで、高市氏が掲げる「責任ある積極財政」への布石を打ったと見られていた。小渕氏の辞任は、そうした高市路線への反発と捉えることができる。

財源は曖昧にしたまま

石破茂内閣で幹事長を務めた森山裕氏は会長が交代したタイミングでインナーを退任した。森山氏は財務副大臣などを歴任し、財政規律派として知られていた。その森山氏も消費減税には強く反対している。さらに石破前首相や、河野太郎元外相、稲田朋美元防衛省、村上誠一郎前総務相などが減税に反対している。税制に詳しい税調のメンバーは減税反対が過半を占めると言われる。

もちろん消費減税反対派の背後には財務省がいる。1989年に3%の税率で導入された消費税は、1997年に5%、安倍晋三内閣時の2014年に8%に引き上げた。当初、2015年10月に10%に引き上げる予定だったが、2017年4月に延期、さらに2019年10月に再度延期され、ようやく10%(食料品は8%に据え置き)になった経緯がある。

「2年間と言っているが一度下げたら、現場に戻すのは至難の業だ」と財務省は危惧する。そもそも、減税を強引に決めた高市首相は財源についても曖昧にしたままで、財政規律の維持を重視する財務省や財政規律派の議員にとっては許すことができない事態になっている。

内閣支持率を回復させたい

高市首相はなぜ、消費減税に拘るのか。減税が閣議決定に漕ぎつけた背景には高市首相の強い意思がある。

2月に行った衆議院総選挙の際に公約して大勝した以上、公約を反故にするわけにはいかないというのが表立って語られる理由だが、本音は、下落気味の内閣支持率を回復させる起死回生の一打にしたいという思惑が首相周辺にあるからだとされる。

選挙公約では、「飲食料品は、2年間に限り消費税の対象としないことについて、今後『国民会議』において、財源やスケジュールの在り方など、実現に向けた検討を加速します」とあり、自民党議員の中には、「検討を加速する」なので、「実現する」とは言っていないと強弁する向きもあるが、「有言実行」を国民にアピールしたい高市首相は公約実現に拘った。首相周辺は「消費減税が決まれば、支持率は一気に回復する」と読んでいると言われる。

高市内閣と財務省の対立

財務省の水面下での働きかけもあり、自民党議員の多くに減税反対の声が広がっている。閣議決定した以上、法案として秋の臨時国会に提出されれば、通常ならば自民党が国会の圧倒的多数を握っている以上、すんなり法案は通り、来年4月に減税が実施される。

ところが、臨時国会での可決まですんなり進むかどうか予断を許さないと、霞が関では囁かれている。財政規律派の官僚たちが自民党の減税反対派を焚き付けている一方で、高市首相周辺は2月に初当選した「高市チルドレン」に首相の減税方針に従うよう圧力を強めている。高市内閣と財務省が抜き差しならない事態に直面しつつあるというのだ。

両者の緊張が一気に高まったのは8月7日のこと。同日発表された幹部人事で、主計局次長だった一松旬ひとつまつじゅん氏が東京税関長に転出することが発令されたのだ。一松氏は「次官確定の逸材」と言われていたが、近年は「上がりポスト」になっている東京税関長に更迭されたわけだ。

消費税の取り扱いを議論していた社会保障国民会議に減税反対を訴える団体が次々に呼ばれていたことに高市官邸が怒り、事務方の担当だった一松氏を更迭させたという解説が流れている。消費減税を巡って言うことを聞かない財務官僚を「飛ばす」という強権を発動したというわけだ。臨時国会が近づくにつれ、この対立が激化する可能性があるのだ。

物価上昇により税収が上がっている

では、財務省が必死に抵抗するように消費減税は愚策なのだろうか。

2025年度の一般会計税収は84兆2000億円と、6年続けて過去最高を更新した模様だ。前年度に比べて約9兆円も税収が増えた。内訳は消費税が1兆円増の26兆円、所得税が4兆円増の25兆3000億円、法人税が3兆8000億円増の21兆7000億円だった。主要3税目で大幅に税収が増えているのだ。

税収増の要因は好景気で経済が盛り上がっているためではない。最大の要因は物価上昇だ。賃上げが進んで所得金額が増えれば、当然、所得税も増える。だが、同時に物価が上がっているので、所得が増えても物価上昇率がそれ以上だと、実質的な所得は減った事になる。消費税も、まったく同じ商品を買った場合でも、価格が1000円だったものが1200円になれば、消費税は100円から120円に2割も増える。つまり実質的な国民の生活は改善しないのに、税収は増えるということになるわけだ。

消費が増えているわけではない

総務省の家計調査で実質消費支出(2人以上世帯)を見ると、2025年12月から直近の6月まで7カ月連続でマイナスが続いている。2025年春ごろから11月まで久しぶりにプラスが続いていたが、再びマイナスに沈んでいる。つまり、一見、消費は好調に増えているようでも、実際は価格上昇による増加で、物価上昇を差し引くと実質はマイナスということになる。つまり、消費税収が増えているのも消費が増えているからではなく、物価が上がっているからに他ならない。

一方で、厚生労働省が発表した2026年6月の名目賃金は3.4%増と5カ月連続で3%を超えた。物価上昇を差し引いた実質賃金も1.6%増で6カ月連続のプラスになっている。所得税は3.4%増えた方にかかるわけだから税収が増えているほど実質賃金は増えていない、ということになる。それでも、実質賃金の増加が定着し始めているわけで、本来はそれが消費に回り、企業収益を増やし、さらなる賃上げにつながるという「経済の好循環」につながってほしいわけだ。

「個人消費を増やすため」なら減税の意味はある

日本のGDP(国内総生産)の6割弱は個人消費である。個人消費を増やす方策を考えるならば、消費税率を引き下げる意味は十分にある。コロナ禍で消費が消滅した時、多くの国が消費税率の引き下げを行ったのは、消費を喚起することが狙いだった。消費税率を引き下げてもそれを補うだけ消費が増えれば、消費税収は増える。残念ながら財務官僚は税収を増やすために税率を引き上げることばかり考えるので、減税という選択肢は出てこない。

一方で、「物価を下げるため」だとすると、消費税率の引き下げは逆効果だ。消費(需要)を増やすので、むしろ価格は上昇する。物価上昇を抑えるには消費(需要)を減らす必要があるので、ガソリンに補助金を出して価格を人為的に抑えれば、ガソリン需要が維持されるので価格は下がらないのと同じだ。

実質消費支出がマイナスになっている今ならば、消費を盛り上げる政策として消費減税は意味がある。本来は経済情勢に応じて弾力的に税率を上下させることができる仕組みにすべきだ。4月実施となると、その時に消費が旺盛になっていたりすると、むしろ食料品の物価を上昇させてしまう可能性もある。

やっぱり高市首相は「危うい賭け」に出ていた…「骨太の方針」歴史的大転換で露呈した「高市流・強い経済」の正体

プレジデントオンラインに8月7日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/117267

小泉内閣で策定されて以来の「方向転換」

止まらない物価上昇で経済への国民の関心が高まる中で、「何がやりたいのか分からない」「対症療法ばかりだ」と批判されてきた高市早苗首相。その経済政策の方向性が明らかになってきた。「経済財政運営と改革の基本方針2026」いわゆる「骨太の方針」で、その姿が鮮明になってきたのだ。

これほど「骨太の方針」が注目されたのも久しぶりだ。「骨太の方針」は政府が毎年6月に閣議決定し、1年間の経済政策の大筋を示す。ここ数年、それぞれの役所が出した政策を単にひとつにまとめる「ホチキス」と揶揄されるようなものが続いてきた。ところが、今年は様相が全く違った。これまでの政府と、明らかに2つの点で方向性が大きく転換されたのだ。小泉純一郎内閣で初めて策定されて以来の「方向転換」と言っても過言ではない。

転換のひとつ目は「財政健全化」に対する方向性だ。

今年の「骨太の方針」は策定に手間取り、6月末になって、ようやく原案が示された。ところが、その中に「『強い経済』の実現に向けては、適切な金融政策運営が行われることも非常に重要」という一文が記されていた。積極財政を掲げる高市内閣は、日銀が進めようとしている利上げに反対し、それを牽制しているのではないか。そんな疑念が金融市場に広がった。財政健全化の後退懸念から円安・債券安が一気に進む事態となり、10年国債利回りは、一時2.9%と約30年ぶりの水準にまで達した。市場では「骨太ショック」とまで呼ばれた。

歴代内閣の目標を取り下げた

結局、例年よりも1カ月遅い7月21日に閣議決定された最終版では表現が修正された。「『強い経済』の実現に向けては」と「適切な金融政策運営が行われることが非常に重要」の間に、「『安定的な物価上昇』の実現に資する」という一文を加えたほか、「政府は、引き続き、日本銀行と緊密に連携し」と、あくまで日銀の独立性に配慮する姿勢を示したように見える。

だが、「財政健全化」に対する姿勢を変えたことは明らかだった。高市首相がこだわる「積極財政への転換」に向けて、「基礎的財政収支(プライマリー・バランス=PB)の黒字化」という歴代内閣が掲げてきた目標を取り下げたのだ。国会閉幕後の首相の記者会見などでもこの点に質問が集まったが、首相は「国際基準に合わせた『財政の持続可能性』を重視する」とし、「債務残高対GDP比の安定的低下」を目指すとした。

新聞各紙は、「下ろされた『健全化の旗』 高市政権で転換した財政運営 骨太の方針」(朝日新聞)、「『財政健全化』初めて言及なし 高市政権、骨太の方針決定」(毎日新聞)と批判的に報じた。

アベノミクスの「成長戦略」とはまるで違う

もうひとつ、大きな「方向転換」が明らかになった。政府が積極的に財政支出をして強い産業を支援するとしたことだ。2040年度までに戦略17分野に官民で累計370兆円超の投資をすることで「強い経済」を実現すると骨太の方針に明記された。

一見するとかつて安倍晋三首相がアベノミクスで打ち出した「成長戦略」に似ているように思える。だが、実際はアベノミクスとは180度方向が違う。アベノミクスは「3本目の矢」で「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げた。その手法として「一丁目一番地」として規制改革を打ち出し、岩盤規制を安倍首相がドリルとなって打ち砕き、民間活力を取り戻すとした。つまり、安倍首相は「官」の役割を小さくすることで民の力を最大限発揮させようとしたのだ。

これを高市首相は大転換したわけだ。高市首相は会見でこう語っている。

「世界を見渡せば、『国が一歩前に』出て、官民が手を取り合って重要な社会課題の解決を目指す『新たな産業政策』が大きな潮流となっています」。

これが高市内閣の基本認識のようだ。もはや、グローバル化の中で規制緩和や自由化で民間企業が自力で戦う時代は終わりを告げ、政府が先頭に立って「未来への投資」を行う時代になったというのである。城山三郎の小説『官僚たちの夏』で描いた霞が関主導の産業政策が再び求められる時代が来た、ということだろうか。

「タブー」の一線を越えてしまった

日本経済新聞は骨太の方針が閣議決定された7月21日に、「成長企業に補助金拠出 政府が骨太方針決定、国主導で供給力拡大」というタイトルの記事を掲載した。これまで個別企業への補助金拠出は霞が関のタブーだったが、その一線を越えたことも記事には書かれている。こんな具合だ。

「歴代政権はこれまで個別企業への補助金を当初予算に盛り込むのに慎重だった。企業が技術をテコにリードしても、巨額補助金を国が投じる中国などに追い抜かれて事業から撤退する事態が続いてきた。高市政権は救済目的でなく、供給力の拡大をめざした補助金を出す。単年度にとどまらず複数年度にわたった支援を企業に実施し、企業が設備投資をしやすい環境を整える。新たに「『強く豊かな日本』投資枠」を創設する」

「産業育成」として投じられてきた税金

この方向転換について、経団連の筒井会長は評価するコメントを発表している。「『強い経済』を実現するための政策枠組みの大転換が打ち出され、画期的な内容となっている。これまでの投資不足の流れを断ち切り、潜在成長率を高めるとの方針は、経団連が掲げる『投資牽引型経済』と軌を一にするものであり、高く評価したい」

日本企業は巨額の内部留保を抱えている。期待できる成長分野があれば、そこに投資するのが企業だ。投資不足だった責任は政府ではなく企業にあるはずだが、政府が税金で企業に投資することを歓迎するというのはどういうことだろう。政府が投資をすれば、それにつれて民間企業も投資に積極的になれるというのだろうか。

これまでも霞が関は「産業育成」の美名の下、税金を産業分野に投じてきた。古くは石油開発のための「石油公団」の投資に始まり、半導体メモリー事業を統合したエルピーダメモリ、シャープの液晶パネル工場への多額の補助金や、液晶事業を統合したジャパンディスプレイ、有機ELパネルのJOLED、最近ではクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)など、官主導の投資での失敗例は枚挙にいとまがない。

失敗の教訓を忘れたかのような主張

言わずもがなだが、税金を原資とする国の資金は本来の出し手である国民と、投資先経営者との間の距離が遠いため、株主からの経営者に対する規律が働きにくい。緩い経営に陥るのだ。儲かる事業なら、国が出さなくても企業は自分で投資するが、国が乗り出すということは、成功が難しいということでもある。難局を打破しようという経営者の気概はこうした官民共同の企業では生まれにくいのだ。

そんな失敗の教訓を忘れたかのように、巨額の投資をすれば経済が立ち直ると主張しているのだ。しかも、財政上の制約を外すために、PB黒字化という目標を、債務残高の対GDP比に置き換えた。これも分母のGDPが大きく増えてきたため、指標として都合が良いからだろう。物価が上昇すればGDPの絶対額はその分増える。インフレが進めば、それに従って借金できる額も増えるというわけだ。

収入から支出を引いた財政収支を黒字に保とうというのは当たり前のことだ。国債の多くは国内の投資家や個人が持つので、財政破綻することはない、という説明は理解できる。だが、財政が悪化すれば、為替に影響し、円安が止まらなくなる。さらに輸入物価が上昇し、国内物価にも跳ね返る。インフレで見た目のGDPは増えるかもしれないが、それが「強い経済」なのか。

財政赤字が改善される気配がないままに、官主導の産業育成に巨額の資金を投じ、それが成功しなければ、国力は一気に衰えることになりかねない。高市内閣の官民共同による巨額投資は、危うい賭けのように思える。

公務員ボーナス4年連続増の73万円…「安倍路線」を捨てて霞が関を肥大化させる高市首相の"民間泣かせ"の戦術

プレジデントオンラインに7月29日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/116773

公務員の給与と賞与が増え続けている

公務員の給与と賞与の増加が続いている。6月30日に支給された夏のボーナス(期末・勤勉手当)は、一般職国家公務員(管理職を除く行政職職員、平均32.9歳)の平均支給額で、約73万8500円と、前年夏より約3万1800円、率にして約4.5%増え、4年連続の増加となった。また、8月上旬にも人事院が国会と内閣に勧告する2026年度の給与改定では、月額給与を5年連続で引き上げる方向で調整されている。

月給については2021年度の据え置きから、22年度0.23%増→23年度0.96%増→24年度2.76%増→25年度3.62%増とここ数年で大幅に増えてきた。3%台の引き上げは34年ぶりの高水準だった。また、ボーナスも2021年度の4.30カ月から毎年引き上げられ、25年度は4.65カ月になった。今年度もさらに引き上げられる見込みで、大幅な待遇改善が続くことになる。

政府は物価上昇率を上回る賃金上昇、すなわち実質賃金の上昇を掲げており、公務員給与の引き上げは、消費の増加などにつながり、結果的に民間給与の引き上げの呼水になるとの見方もある。一方で、「民間並み」の引き上げが前提となっている中で、中小企業などが物価上昇を上回る賃上げをなかなか実現できない中にあって、税金が原資である国家公務員の賃上げが先行することに批判的な声も根強い。

「公務員離れ」に歯止め

一方で長年続いてきた「公務員離れ」を食い止めるためには、給与の引き上げや、残業の圧縮といった待遇の改善が課題になっていた。ここ数年の給与引き上げや、試験制度の改革もあって、国家公務員一般職の採用試験への応募者は、25年度、26年度と2年連続で増加。26年度の応募者は2万6429人と前年度比3.9%増加、下げ止まりが鮮明になってきた。

最も大きかったのは試験制度の変更で、法律など専門知識の試験の代わりに企画立案力などを問う「教養区分」を一般職試験に25年度から導入、この応募者が大幅に増えている。26年度の教養区分の応募者は前年度比49.8%増となった。法学部以外の出身者が受験しやすくなったこともあり、女性の応募者も5.9%増えた。

「キャリア」と呼ばれる総合職の試験でも教養区分の応募者が増えることで、志願者の減少に歯止めがかかってきた。16年度に2万4507人だった総合職志願者は21年度に1万7411人にまで落ち込んでいたが、教養区分受験者が21年度の3084人から25年度には5914人にまで増えたことで、受験者総数は横ばいを維持している。

次々に新しい役所組織が生まれている

霞が関の公務員といえば、国会対応などのために、やたら残業が多いというイメージが強く、「ブラック職場」として学生に敬遠される一因になっていた。人事院では残業削減に取り組んだほか、育児休業の取得促進など、職場環境の改善を進めた。男性職員の育休取得率は24年度に85.9%に達した。19年度は28%だったというから劇的な改善だ。加えて、給与も民間よりも良いとなれば、公務員志願者が増えるのは当然とも言える。

問題は、少子化によって人口減少が始まっている中で、国家公務員の役割をどうしていくのか、という根本的な考えが定まっていないことだ。復興庁や消費者庁、デジタル庁など次々に新しい役所組織が生まれているが、その流れが高市早苗内閣でも加速している。

防災庁の設置が準備されているほか、国家情報会議、国家情報局、対日外国投資委員会などが矢継ぎ早に設置されることになっている。これに伴って事務局組織も当然増えるわけで、官僚機構は放っておけば肥大化する。言うまでもなく官僚機構は利益を生み出すわけではない。官僚機構の役割をどう設定するのか。それを支える公務員制度をどう再設計するかが問題になる。

安倍政権とはまるで違う方向性

アベノミクスを掲げた安倍晋三政権では、利益を生み出す民間企業の投資を喚起する成長戦略を掲げ、その柱として「規制改革」を「一丁目一番地」に掲げた。政府の役割を小さくし、民業を圧迫しない「小さな政府」型の構造改革を進めることを目指した必然として「公務員制度改革」が政権の重要課題になった。「事務次官会議」の廃止で官邸主導を実現し、「内閣人事局」の設置で公務員人事に政治介入できるようにしたのも、官僚機構の機能を小さくし、効率化することに主眼があった。

高市首相は安倍首相の後継者を標榜するが、政策の方向性は大きく違う。「戦略17分野」を定め、政府が投資の先鞭を付けることで民間企業を動かす「官民協同」をかかげる。政府、つまり官僚機構が主導権を握って国家予算を投入する積極財政で景気を回復させようという戦術である。明らかに「大きな政府」型の戦略をとっている。そうした中で、かつてのような公務員制度改革の議論がまったく生まれてこないのも必然なのだ。

人事院による改革を阻む各省庁

だが、膨大な財政赤字を抱える中で(高市内閣はこれも大した問題ではないと感じているようだが)、政府が大盤振る舞いし、官僚組織を肥大化させて、本当に民間活力は生まれてくるのか。

2021年に民間人の女性として人事院総裁になった川本裕子氏は公務員の待遇改善や制度改革に取り組んできた。マッキンゼー・アンド・カンパニーや早稲田大学大学院で民間企業の経営改革戦略などに携わってきただけに、公務員が能力を発揮し、それに応じて評価される仕組みにこだわりはある。例えば一定の資格等級に留まる期間を定めていた「在級期間表」を廃止することで、年次主義を廃した抜擢人事がやりやすくなったとされる。

ところが、最終的な運用は各省庁に任されているため、改革はあまり進んでいない。民間企業では当たり前の能力主義をとろうにも、各省庁の抵抗が激しく、実現が難しいのだ。ボーナスでの業績評価の加算制度などもあるが、実際にその制度を使って評価するかどうかは省庁次第だ。総裁の他に2人いる人事官に4月に新たに就任した菅原晶子氏も経済同友会事務局などで公務員制度改革に携わってきた人物だ。川本総裁とタッグを組んで改革に取り組むとみられるが、高市内閣の主要課題にはなっておらず、公務員制度改革が全省庁で進むかどうかは未知数だ。

「官業」は失敗を繰り返してきた

人口が本格的に減少し始める中で、中央官庁の国家公務員は何をどこまで担っていくのか。まったくと言ってよいほど議論はない。待遇を改善すれば、当然、総人件費は増えていくし、組織が増えれば公務員の数もなかなか減らない。民間企業でも人手不足が深刻化する中で、本来は民間でできることは民間にやらせる方が、経済合理性は高い。物価の上昇で税収は大きく増えているが、だからといって公務員の数や給与を増やしていけば、かつて言われたような「官尊民卑」の構造に再び戻りかねない。公務員の肥大化が進めば、財政悪化につながるだけでなく、民業を圧迫し、民間の活力を失わせることになりかねない。

民間企業の力が弱っているのを底上げしなければ、日本の国力の衰えも回復できない。どうすれば民間企業が強くなるのか。国が手助けして資金を投じることが民間を強くする道なのか。これまでにも「官業」は失敗を繰り返してきたし、昨今でも「クールジャパンファンド(海外需要開拓支援機構)」の失敗例もある。

国が手を貸すのではなく、民間企業がより自由に活動し、競争に勝っていけるよう規制を撤廃することの方が民間を強くするのではないか。給与増や待遇改善などの小手先の改革にとどまらず、国は何をすべきかという原点に戻って、公務員制度の何を変えるべきか、考える時だろう。

日本の「正確な人口」は誰にもわからない…マイナンバーがあっても「国勢調査」に頼らざるをえない残念な背景

プレジデントオンラインに7月10日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/115856

5世帯に1世帯は回答していない現状

日本という国は自分自身の「実像」すら把握できなくなっているのか。5月末に速報が公表された「国勢調査」の話である。実態が分からなければ、課題も正確には把握できず、調査に基づいて実施される様々な政策が的外れになりかねない。何が問題か。

2025年10月1日時点の実態把握を目的に実施された「2025年国勢調査」の解答率が、郵送とインターネットを合わせて80.7%に過ぎなかったのだ。前回の2020年の調査に比べて、インターネットでの回答は増加したものの、このままいくと、郵送や調査員による回収を合わせた最終回答率は前回の83.7%を下回る見込みだ。

「国勢調査」と言うと、全国民を対象にした全数調査で、これによって国の実態が明らかになっていると思いがちだ。ところが、5世帯に1世帯は回答していないとなると、印象が変わってくる。統計学的には「推計」をするには十分な母数があるとされるが、それはあくまで推計値を求める話である。

戸籍制度が存在し、住民登録が義務付けられているうえ、各自治体の情報システムの標準化・共通化を国の重点施策として進めてきた。マイナンバーカードはともかく、マイナンバー自体は全国民に付与されている。これだけデジタル化が進む中で、わざわざ国勢調査を行わなくても人口や世帯数、世帯人数、婚姻関係、子どもの数など大半のデータを集計するのは簡単にできそうに思える。

政府が進める「自治体情報システム標準化」

2021年にデジタル庁が新設されて以降、政府は「自治体情報システム標準化」の推進を最大の課題にしてきた。住民記録や税、福祉などの基幹業務システムを国が定める標準仕様へ統一し、ガバメントクラウド上で共通化することを狙い、原則として2026年3月までに移行を終える予定だった。これができれば、国全体の住民データなどを集計することができるはずだった。

ところが、この標準化作業が思うように進んでいないのだ。デジタル庁の公表資料によると、3万4592ある自治体システムのうち、2026年1月末時点で標準化システムに移行を完了したのは1万3283システムで、全体の38.4%に過ぎない。

IT事業者不足などで、システム開発や移行作業が遅れている場合、「特定移行支援システム」という例外措置を設定、「おおむね5年以内」に移行させることを目指している。全体の4分の1を上回る自治体システムがこれに該当すると見られている。また、システムの一部機能が標準化できない場合についても、2029年3月末までに標準化システムに適合させるように求めている。

住民基本台帳は正確とはいえない

自治体のデータが標準化システムによって全体集計できるようになるには、まだ10年はかかると見ておいていいだろう。つまり、デジタル庁が想定するペースで行っても、次回、2030年の国勢調査に標準化システムが威力を発揮することはないということになる。

もっとも、現在でも自治体が持つ「住民基本台帳」などの情報は国勢調査でも使われることになっている。国勢調査は全世帯に調査票が配布され、郵送やインターネットなどで回答を集めている。回収できない世帯については担当の調査員が訪問して督促することになっている。

ルールでは、回答が得られない場合には調査員が周辺住民らに聞き取り、家族構成や職業の有無などの情報を調べて代理で記入することになっている。そのうえで、「聞き取り」でも確認できない場合は、役所の「住民基本台帳」などのデータを転載して調査を終えることになっているのだ。最後の最後に自治体データの活用が出てくるわけだ。

ところが、この自治体のデータそのものも問題をはらんでいる。住民基本台帳が必ずしも正確とは言えないのだ。引っ越しをしても住民票を移さない人が少なくないためだ。かつて報じられた例では福岡市の2020年10月の人口が国勢調査では161万2000人だったのに対して、住民基本台帳では156万1000人と5万人以上の開きがあった。全数調査の実態からかけ離れた国勢調査と、正確性に疑問符が付く住民基本台帳のどちらの数が真実なのか、あるいは実態に近いのか。

港区や新宿区の就業状態は「不詳」が4割

国勢調査の「全数調査」という「建前」は瓦解寸前だ。本人からの回答を得られない場合、「聞き取り」に頼ることになるが、調査員が周辺住民らに聞いても、家族構成や職業などは簡単には分からない。かつては町内会があり、町の顔役的な人が存在していて、町内会の住民相互の情報を掴んでいるケースもあった。だが、そうしたコミュニティが壊れて久しい。町内会では個人情報の保護を理由に名簿の作成をやめているところが多い。

特に都会のマンションなどでは隣に住んでいる人の家族構成すら知らない人が増えた。「向こう三軒両隣」と言われたご近所付き合いはほぼほぼ存在しない。つまり、「聞き取り」に出向いても情報は得られないのだ。日本経済新聞によると、2020年の調査で、東京都港区や新宿区の「就業状態」が「不祥」というデータが4割を占めたほか、「配偶者の有無」が「不祥」という割合も2割を超えたという。

国勢調査は1920年(大正9年)に始められ、ほぼ5年に1回実施されてきた。すでに100年の歴史を持つ。かつては有効だった調査方法がもはや機能しなくなっているのである。

どうすればより正確に把握できるか

調査方法の見直しも進んでいる。2015年に導入されたインターネットによる回答率は47.3%と2020年の調査から9.4ポイント上昇。郵送による回答を初めて上回った。IDやパスワードを手入力しなくて済むQRコードを送付するようにしたことで、一気に回答率が上がった。それでも全体の回答率は8割にとどまった。日経新聞は英国を例に挙げ、「オンライン主体の調査に切り替え、反応のない世帯は郵送や対面でフォローアップする。直近21年の回答率は97%に達した」と報じている。

どうやって自分たちの「国のかたち」を知るために、人口などの基本情報をより正確に把握するのか。住民票のデータや所得・納税情報、職業、医療や年金、介護などの社会福祉データを一元的に把握できるシステムができあがれば、膨大な時間と費用をかけて国勢調査を行わなくても、「国のかたち」が見えてくるに違いない。

国勢調査の人口データが与える影響

国勢調査の人口データは様々な政策に影響を与える。端的な例が有権者数をベースに調整される国政選挙の選挙区割などだ。裁判所も1票の格差を判定する際に国勢調査の人口を使う。小さな選挙になれば、人口データの誤差によって選挙区割などに影響が出ないとも限らない。

また、前述の「配偶者の有無」や高齢者が「独居」なのか「家族」がいるのかといった情報は、福祉政策を大きく左右しかねない。都市部の集合住宅での孤独死などが大きな社会問題になっているが、都心部ほど家族状況の情報が取りにくい現状では、適切なサポートを実施することができなくなる恐れもある。

国勢調査を担当している官僚からすれば、どうやって国勢調査の精度を上げるかが大きな課題だと考えるに違いない。マイナンバーを活用して国民の様々な情報を一元管理するようになれば、国勢調査をやらずとも国のかたちは現在以上に正確に把握できるはずだ。

国勢調査を「調査」としてやらなくても、国のかたちが把握できる仕組みを早急に整えるべきだろう。「情報」を一元管理することが国民の利便性を高めることに繋がるなら、国民も住民登録など自身の正確な情報を提供しようと考えるに違いない。

年金制度は破綻しないが老後生活は破綻する…「NISAでも節約でもない」定年後に必要な"究極の防衛策"

プレジデントオンラインに6月24日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/115093

物価上昇に追いつかない年金

「ペンショナー(年金生活者)」と言えば、欧米では「悠々自適」の代名詞のように思われているが、日本は年金だけで豊かな老後生活が送れるのだろうか。

6月の年金支給から、支給額が1.9%引き上げられた。物価上昇に対応する措置というわけだが、一方で、2025年度の消費者物価指数は前年度比で2.7%も上昇している。年金はそれにまったく追いついておらず、実質的には0.8%減ったことになる。つまり、年金で生活する人たちの暮らしは、どんどん厳しくなっているのが現状だ。

「100年安心」。政府が2004年に年金制度を改正した際に導入したキャッチフレーズだ。だがこれは、「100歳まで安心して生活できる」という意味ではない。少子化が進んでも年金制度は破綻せず、100年間は持続するようになったという意味だった。

改革では「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みを導入し、現役世代の減少や平均寿命の延びに応じて、年金の給付水準を自動的に調整するようになった。少子化の影響などが考慮されるので、物価が上昇しても年金額はそれ以下に抑えられるようになったのだ。今回、支給額の引き上げ率が物価上昇に追いつかなかったのはこの制度改革のためだ。

制度は破綻しないが、生活は成り立たない

2025年に生まれた子供の数は67万人あまり。10年連続で過去最少を更新した。今の小学校4年生くらいまでは毎年100万人以上生まれていたので、驚くばかりの減少だ。少子化は政府の想定を大幅に上回るスピードで進んでいる。多くの国民、とくに若者世代が年金制度は破綻するのではないかと懸念するのも無理はないが、それでも年金制度自体は破綻しない。マクロ経済スライドのお陰というわけだ。

だが、逆に言えば、物価が大幅に上昇したとしても、年金額はそれに見合った分は決して上昇しないということだ。つまり、年金制度は破綻しないが、老後の生活は年金だけでは賄えず破綻する可能性が出てくる。

では、日本の年金額は国際的に見て多いのか少ないのか。物価の違いや為替レートの問題もあって簡単には比較できないが、「所得代替率」という指数を使って見ることが多い。所得代替率は現役世代の賃金水準と比較した年金額の割合である。

日本はG7先進主要国で最下位

2024年に行われた公的年金の「財政検証」では、モデル年金額は月22.6万円(夫婦2人の基礎年金13.4万円と1人分の厚生年金9.2万円)で、これに対して現役男子の平均手取り収入額は月37.0万円なので、所得代替率は61.2%ということになる。

現役時代の6割の年金が入ってくるならば、何とか生活できると思う人がいる一方、月額22.6万円では到底生活できないと思う人も多いに違いない。所得代替率だけで見ると、一見、ドイツやイギリス、米国などに比べて高いようだが、日本の場合、そもそも現役世代の給与が低く、生活に困窮する人が増えていることもあり、年金制度として胸を張れる状況にはない。

米国のコンサルティング会社マーサーとCFA協会が発表した「グローバル年金指数ランキング(2025年)」によると、52の国と地域の年金制度を上位からA、B+、B、C+、C、Dに分けた評価で、日本はCとなり39番目だった。オランダが総合得点トップだったほか、デンマークやシンガポールがA評価だった。

英国、カナダ、フランス、ドイツがB、米国がC+で、イタリアが37番目のCだったので、日本はG7先進主要国で最下位だった。持続性の評価が低かった。日本の年金制度は「100年安心」などと言っていられる状況ではないのだ。

年金だけではやっていけない

国際比較で欧米の公的年金の所得代替率があまり高くないのは、私的年金が普及していることと無縁ではない。確定拠出型の私的年金の普及を政府が後押ししている英国やドイツは、私的年金からの年金受給が大きな割合を占めている。

日本は今後、少子化によって、所得代替率も大幅に低下していくことが確実視されている。所得代替率50%を維持するという方針だが、現役世代ですら厳しい所得の半分となると、生活をどんなに切り詰めても、年金だけではやっていけない事態が予想される。

「毎月5万円赤字」の老後

2019年に金融庁がまとめた報告書で、「夫65歳、妻60歳の高齢夫婦が無職で30年間暮らす場合、年金収入だけでは約2000万円が不足する」という試算を公表して大炎上した。老後資金は2000万円必要という数字に、多くの国民が「そんなお金がどこにある」と感じたのだろう。

この試算の前提は年金と生活費の差額が毎月5万円発生するというものだったが、平均年金額から考えて、5万円の赤字になる人は相当な割合に違いない。まとめた役所は金融庁だったので、「だから若いうちから資産形成してください」という話だったのだが、多くの国民の反発を招くことになった。

金融庁はその後、新NISAなど、税制面で優遇する資産形成の仕組みを拡大。多くの国民が株式などへの「投資」で長期的な資産形成を考えるようになりつつある。つまり、年金額では生活できないのはほぼ確実なので、自助努力で老後に向けた資産形成に力を入れましょうと政府も言い始めているわけだ。

定年後もできる限り働くことが重要

ファイナンシャル・プランナーなど生活面でのアドバイスをする専門家たちも、まずは老後の生活にかかる固定費の削減など無駄の削減を訴える。だが、物価上昇がここまで来ると、ちょっとやそっとの節約ではお金が足りない。物価上昇率は統計数字では3%前後だが、体感的には食料品などの上昇はそんなものではない。つまり、1.9%の引き上げでは焼石に水なので、倹約では到底追いつかないわけだ。

NISAなどで手持ちの資産を運用して効率的に資産を増やしていきましょう、というのも専門家のアドバイスのひとつだ。だが、実際には年金生活に入ってから運用で短期的に利益を稼ぐのは難しい。美味しい話に騙されて虎の子を失うケースも少なくない。

そうなると、定年を過ぎても、身体が動く限り、できる限り働くことが重要になる。少しでも収入が増えれば、生活の足しになるだけでなく、贅沢もできる。悠々自適に近づくこともできる。

ところが、ここにも壁がある。定年を過ぎて一生懸命働いて給与が増えると、年金が減る仕組みが存在しているのだ。

年金はもともと「保険」だった

ドイツ宰相のビスマルクが年金制度を導入した際には、退職した鉱山労働者が塵肺などで働けなくなり、生活の糧を得られなくなる実態を救済することを目的とした。そのため、年金は働けなくなった場合の「保険」としての役割が、そもそもの目的だった。この制度が生まれた時の思想は今も世界の年金制度に色濃く残っている。

年金掛け金を支払う人は、あたかも自分の将来のために貯金しているように考えるが、実態は現在老後を迎えている人のために拠出金は使われている。いわゆる「付加方式」というものだ。自分が払った掛け金が貯蓄・運用されて、それが年金として戻ってくる、いわゆる「積立方式」ではない。

だから、所得代替率が50%といっても、高額所得者だった人が、その年収の50%を保証されているわけではないし、年金受給者になっても所得が多い人には年金は不支給になる。つまり、困っている人を助けるための「保険」の役割が色濃いのだ。

そんな事もあって、まだまだ働けるのに、年金がもらえなくなるからという理由で仕事をやめてしまう人も少なくない。人手不足の中でシニア層にも活躍してもらいたい政府は、今年からルールを変更した。

モスクワの「コインを拾う老婆」

2026年4月から、働きながら年金を受け取る際の支給停止基準額を、賃金と年金の合計で、これまで月額51万円だったものを65万円に引き上げた。現役世代の平均よりも多い人には年金は出さないという発想を少しずつ変えようとしている。今回の改訂で、高い収入を得ていた高齢者でも、年金が減額されずに満額を受け取れるケースが増えると見込まれている。

2005年頃だったか。ロシアのモスクワを訪れた際、赤の広場の北側の「復活門」付近に人だかりができていた。観光客が後ろ向きにコインを投げていた。どうやら、そこにあるロシアの道路元標のプレートに見事乗っかると「再びモスクワに戻ってこられる」というジンクスがあるらしい。観光客が投げて外れると、老婆たちが一斉にそのコインを拾いに走り回っていた。案内してくれた友人が「物価上昇で、年金では生活できないので、こうやってコインを拾っているのだよ」と語っていた。

国家が破綻してもまがりなりにも年金は出ていたようだが、到底それでは生活はできない。そんな未来が日本にやって来ないことを祈るばかりだ。