新型コロナ「5類」移行で「インバウンド消費」の取り込みに期待 はっきり言って中国観光客の回復狙い

現代ビジネスに1月22日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/105059

経済回復に水を差されている

政府がようやく「コロナ鎖国」の抜本的な解除に動き出した。

岸田文雄首相は1月20日、新型コロナの感染症法上の扱いを、季節性インフルエンザと同等の「5類」に、4月をメドに引き下げる方針を示し、厚生労働大臣や専門家に議論するよう指示した。

これまで新型コロナは、入院勧告や行動制限などができる「2類相当」としてきたが、季節性インフルエンザと同等となれば、行動制限などができなくなり、制限が大幅に緩和されることになる。また、マスクの着用についても任意にする方向で検討される。つまり、通常の風邪と変わらない、という扱いになるわけだ。

足下で感染者が急増する第8波が到来、1日の死者数は過去最多を更新している中で、なぜ今、大幅な緩和に踏み切るのか。

ひとつは「2類相当」では、発熱外来や指定された医療機関でしか患者を受け入れられず、医療機関が逼迫していること。新型コロナと診断されて入院しても、実際には重症化する人の数は大幅に減っている。一方、医療機関の「過重な」対応のために病床不足に陥り、新型コロナ以外の救急患者が受け入れられない事態に直面しつつある。こうした実情には現場の医師からも悲鳴が上がっている。「5類」となれば、一般の医療機関にも患者が分散するため、医療の逼迫は回避できることになる。

インバウンドに期待を込めているが

もうひとつが経済的な理由だ。発熱した場合や濃厚接触した場合の自宅待機を含め、厳しい行動制限が課されているため、ようやく回復しつつある経済活動に水を差す結果になっている。欧米などは新型コロナ禍からすでに立ち直り、好景気が続いているが、日本はようやく回復が見え始めた段階。ところが世界ではインフレ・金利引き上げによる景気減速が懸念され始め、日本も出鼻をくじかれる恐れが出てきている。

海外の物価上昇が日本でも輸入物価の大幅な上昇として表れ、消費者物価の上昇率もついに4%台に乗せた。これが今後、国内消費を一気に冷やす可能性も出てきている。そんな中で、行動制限を行わず、経済活動を優先させることが不可欠になってきている。

帝国データバンクが公表している企業倒産件数は2022年12月まで8カ月連続で前年同月比を上回っている。中でも飲食店の倒産が大幅に増加、5カ月連続で前年同月比70%以上の増になっている。新型コロナ患者の急増のニュースが流れると、高齢者を中心に外食を控える動きが強まることから、年明け以降も経営が悪化する飲食店が少なくない。

そんな中で期待されているのが訪日外国人による消費、いわゆる「インバウンド消費」の増加だ。特に円安が続いているため、海外からやってくる外国人にとっては猛烈な「安さ」になっており、訪日客の急増が期待されている。

2022年10月11日からは外国人観光客の入国制限を大幅に緩和。個人旅行も解禁された。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、10月の訪日外客数は49万8646人と1年前の2万2113人から急増、11月は93万4500人(前の年は2万682人)、12月は137万人(同1万2084人)と急ピッチで回復している。

ところが、外国人観光客に人気のエリアにある商店に聞くと、客が戻ってきた嬉しさの半面、売り上げはかつてのブーム時とはまったくレベルが異なるというため息が聞こえてくる。

中国人観光客が戻ってこない

最大の理由は中国人観光客が思ったほど増えないこと。中国ではゼロコロナ政策が撤廃されたものの、その後の感染者の急増を受けて、日本への入国時の検査を強化するなど、中国からの入国者に対する水際対策を厳格化していることもあり、なかなか訪日中国人が増えていない。

2022年12月の中国からの訪日客はわずか3万3500人。韓国の45万6100人や台湾の17万200人、香港の14万1300人に大きく及ばないどころか、タイ、シンガポール、マレーシア、フィリピンなどからの入国者も下回ったままだ。新型コロナ前の2019年12月の訪日客は中国からがダントツで多く、1カ月で71万人あまりが日本を訪れていた。それと比べると中国からに限ってはほとんど人の動きが戻っていない。

旅行者の日本国内での行動を調査推計した国土交通省の「訪日外国人消費動向調査」の2019年の年次報告書によると、訪日外国人が日本で使った金額は4兆8135億円のうち、中国旅行者が37%にあたる1兆7704億円を消費していた。また、ひとり当たりの支出額を見ると、中国旅行者の「買物代」は10万8788円と平均の5万3331円の2倍以上にのぼり、いかに中国からの旅行者が日本のインバウンド消費に貢献していたかが分かる。その中国旅行者が本格的に復活しない限り、インバウンド消費が盛り上がらないというわけだ。

新型コロナを「5類」に引き下げれば、基本的に入国制限などはなくなると見られ、外国人観光客が大挙して押し寄せる可能性が高まる。岸田首相は「物価上昇を上回る賃金引き上げを」と企業に呼びかけているものの、実際には電気代や仕入れ代金の価格上昇で賃上げまで手が回らないというのが中小零細企業の実情。まずは収益が上がって、それを分配する形でなければなかなか賃上げは進まない。

そういう意味でも「インバウンド消費」は国内にお金を落としてくれるありがたい存在で、これを景気回復の起爆剤にしたいところなわけだ。中国での新型コロナ禍が収束するタイミングに、日本の「5類」引き下げが合わされば、猛烈に訪日客が増える可能性はありそうだ。

かつてのように月間300万人の訪日外人客がやってくる体制にいかに早期にもっていけるか。これが日本経済回復を占うカギになりそうだ。

円安でも海外投資家は日本株を敬遠? 「分配重視」では株価は上がらない 復活のシナリオは打ち出せていない

現代ビジネスに1月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/104746

2年ぶり売り越し

2023年の株式相場はどう動くのか。1月4日の大発会日経平均株価が377円安と大幅下落で始まった。2022年1年間の日経平均は3000円の下落と1割以上の値下がりだったが、その流れを今年も引継ぐことになるのだろうか。焦点は日本株の売買に大きな影響を与えている海外投資家が本腰を入れて日本株を買いに入るかどうかにかかっている。

日本取引所グループが発表する投資部門別売買状況によると、2022年に月間ベースで海外投資家が買い越したのは4月と7月と10月、11月の4カ月だった。年初から大きく円安に動いたことで、海外投資家からすれば日本株は割安になったはずだが、4月に1兆円を超す買い越しをした後、4月にはほぼ同額を売り越した。結局、円安が進んでもほとんどまとまった買いは入らなかった。

円安がどこまで続くか見通しが立たず、さらなる円安で損失を抱え込むリスクを考えていたのだろうか。それほどまでに円安は急ピッチだった。1ドル=150円を付け、政府・日銀がドル売り・円買いの為替介入に動いたことでようやく海外投資家に動きが出た。円安の流れが一段落すると見たのか、10月、11月は買い越しに転じたのだ。買い越し額は11月に1兆円を超したが、動きはそこまで。12月には再び小幅ながら売り越しとなった。

結果、海外投資かは2022年の年間ベースでも、2年ぶりの売り越しとなった。売り越し額2542億円。2021年の3432億円の買い越し同様、大きく売り込むわけでも、大きく買い越すわけでもない、投資姿勢だった。過去に大きく買い越した2013年の15兆円はもとより、大きく売り越した2016年の3兆6000億円、18年の5兆7000億円、20年の3兆3000億円などと比べても、金額は小さく、方向性に欠けていたと言っていい。

国内の買い支えが一段落して

ここ数年、日本株の買い手の中心は国内事業法人である。2022年も4兆4618億円を買い越した。12年連続の買い越しである。しかも2021年の1兆5519億円に比べて大きく増えた。中心は自社株買いと見られる。自社の株価が下落したところで自社株購入を増やしたということだろう。

新型コロナウイルスの蔓延による経済活動の停滞からも抜け出しつつあり、企業収益は順調だ。一方で、新たな事業投資などには慎重なままだ。内部留保が増え続けているのを見ても、企業は手元資金を使いあぐねていることが分かる。そういう意味では自社株を買い戻すのは合理的な行動とも言える。

しかし、それが、日本株全体を「買い支えている」となると話は違ってくる。日本銀行によるETF(上場投資信託)を通じた株式購入は2021年、2022年と大きく減った。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など年金基金による日本株買い増しも一段落している。安倍晋三内閣の時には国債中心だった運用ポートフォリを株式に大きくシフトさせ、これが日本株を買い支える格好になっていたのは事実だ。また、日銀の量的緩和政策に伴うETF購入も株価を支えていた。

その2つが一段落するようになって、いよいよ日本経済の「実力」が問われる段階になってきた。日本の個人投資家や海外投資家が日本株を買うのは将来の株価上昇、つまり、日本経済の成長を見通すからだ。

「世界的に見て日本の資産価格はまだまだ低い」という声は海外投資家の間にも少なくない。また、「日本には素晴らしいものがたくさんあるので、再び成長軌道に入れば投資資金が流入し始める」という見方もある。潜在的な成長力は決して低くない、というのだ。

問題は、日本経済が成長軌道に入り、企業収益が拡大して株価の上昇につながるかどうかだ。そうした成長軌道入りが少しでも見通せるようになれば、一気に海外投資家の買いが入るだろう。

世界の投資家は納得していない

前述の通り、安倍首相がアベノミクスを打ち出した2014年には、海外投資家は日本株に殺到し、15兆円を買い越した。安倍首相が強調した3本の矢による経済成長に投資家が期待したということだ。安倍首相はニューヨーク証券取引所で講演し「Buy my Abenomics(私のアベノミクスを買え)」と露骨に呼び掛けた。そうした「期待の醸成」に成功した結果とも言える。

岸田文雄首相も昨年、ロンドンで投資家を前に講演し「Invest in Kishida(岸田に投資を)」と訴えた。岸田首相自身あるいは周囲のスピーチライターが安倍元首相の発言を踏まえ、「2匹目のどじょう」を狙ったのは明らかだ。だが、残念ながら、それで日本株が一気に買われる、という話にはならなかった。円安が進んで「割安」になったにもかかわらずである。

つまり、世界の投資家に納得させる日本復活のシナリオと政策を打ち出せていないということだろう。岸田首相は年明けの会見で「インフレ率を上回る賃金上昇」の重要性を説いた。安倍元首相も3%の賃上げを求め続けていたが、消費者物価の上昇率が3%を超えた現在、それを上回る実質的な賃上げを実現するには5%の賃上げでも不十分ということになる。

だが、賃上げは首相が企業に要請するだけで実現できるものではない。企業の収益力が高まらなければ継続的な賃金上昇は期待できない。岸田首相流の「分配」優先が、消費の増加から経済成長へとつながっていくかどうか、投資家は確信が持てていない。肥大化する財政支出で日銀の量的緩和政策にも限界点がチラつく中で、日本経済にエンジンをかける政策が打てるのか。海外投資家に期待を持たせられるだけの成長戦略が求められている。

この1年で200万部以上も減少した…全紙合計で3084万部しかない「日本の新聞」が消滅する日 部数減少のスピードはむしろ加速している

プレジデントオンラインに1月16日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/65446

この25年間で「5376万部」から「3084万部」に

通勤電車の中で新聞を読むという朝の光景が姿を消して久しい。家庭でも食卓に新聞が載っている家はもはや少ないだろう。紙の新聞は昭和を感じさせる小道具になりつつあると言っても過言ではない。それぐらい身近な存在から遠のいている。

日本新聞協会が発表した2022年10月時点の新聞発行部数は3084万部。1年前に比べて218万部、率にして6.6%減少した。新聞発行のピークは1997年で、その時の総発行部数は5376万部。25年の間に2300万部余りが減少した。読売新聞は「発行部数世界一」でギネス記録にも認定され、かつて発行部数1000万部を超えていた。要は読売が2つ消えた格好である。

新聞の発行部数の減少が目立ち始めたのは2008年ごろ。それまで1%未満の増減だったものが、2008年に1%を超える減少を記録した。それ以降、減少率は急速に拡大し、2014年には3.5%減、2018年には5.3%減、2020年には7.2%減となった。つまり、減少ピッチは収まっていないのだ。このままのペースで減りつづければ、20年以内に紙の新聞は消滅してしまう。

スマホが新聞を凋落へと追いやった

なぜ紙の新聞が読まれなくなったか。

言うまでもなくデジタル化・インターネット化の進展による情報ツールの変化がある。そういう意味では2008年は象徴的な年だった。前年にスマートフォンの「iPhone(アイフォーン)」が発売され、携帯電話が情報端末として一気に注目されていった。

その後も紙の凋落が止まらなくなったのは、スマホが進化を遂げ続けたからだ。

今やスマホは「電話器」としての範疇を超え、「情報端末」や「カメラ」として機能が求められる複合機器になった。それをほぼ全員が携帯して持ち歩く社会になったわけだ。それが情報パッケージとしての紙の新聞を凋落へと追いやった。

インターネットの普及と常時定額接続など情報通信インフラの劇的な進化も背景にあったのは言うまでもない。

「新聞をほぼ毎日読む」という大学生は1%

紙の新聞の部数激減が止まらないのは、若い世代がほとんど新聞を読まなくなったためだ。

私が2022年度に講義を持った千葉商科大学の学生延べ977人にアンケートしたところ、回答した876人のうち紙の新聞を購読してほぼ毎日読むと答えた学生は9人(1%)だった。これには自宅からの通学で親が購読している新聞を読んでいるという学生も含まれる。

一方、「まったく読まない」と答えた学生は62%に当たる540人に達した。もちろん同じ大学に通う学生という偏りはあるものの、平均的な若者と新聞との関係を示していると見ていいだろう。

日本新聞協会の統計で「1世帯あたりの部数」を見ると0.53部なので、つまり平均では2世帯に1部ということになる。もちろん高齢者やビジネスマンには複数部数を購読している人もいるから、実際には新聞を購読していない世帯は5割を超えるだろう。学生の6割が「まったく読まない」という回答は実態を表していると見ていいのではないか。

残りの回答は「レポートなど必要な時に月数回程度読む」と答えた学生が213人(24%)、「週に1、2回程度読む」とした学生が108人(12%)、「週に3、4回程度読む」が6人(1%)だった。

学生に聞くと「新聞はおじいちゃんが読んでいます」という答えが返ってくる。若者から見れば、高齢者のメディア、という位置付けなのだろうか。

「ニュースサイト」と「デジタル版」はまったく別物

「紙の新聞は滅びても、デジタル版がある」という声もある。

確かに、「紙面ビューワー」で紙の新聞のスタイルを、オンライン上で読むこともできる。だが、若者の多くは、ビューワーは使いにくいという。慣れない縦書きの上、紙の新聞を読み慣れていないため、記事がどこからどこへつながるかがわかりにくいというのだ。

結局、電子版の主軸は横書きのニュースサイトが主流だ。しかも、日経新聞などは紙の新聞よりもネットに記事を先に流す「デジタル・ファースト」を強めている。紙の新聞に親しんだ世代が、ビューワーの中心利用者と見られ、いわばそうした世代向けの「移行モデル」と言えなくもない。

つまり、紙の新聞の発行部数が減るのに比例して、ビューワーの利用も減っていく可能性が高い。

そうなると、横書きのニュースサイトが「新聞」の中心になるわけだが、これと紙の新聞はまったく性格が異なる「別のメディア」と言っていい。

紙では「求めていないニュース」に出会える

しばしば指摘されるように、新聞紙大の一覧性の高さは、どんなにパソコン画面が大きくなってもかなわない。紙の新聞に親しんで人なら分かるように、見出しが目に飛び込んでくる新聞は情報を短時間で把握するツールとして圧倒的に有利だ。もちろん、これも「慣れ」の問題だとも言えるが、紙の新聞の捨てがたい機能のひとつだろう。

もうひとつ、これも指摘されることだが、紙の新聞の場合、自分から求めていないニュースが紙面で大々的に展開されている意外性に直面することが少なくない。新聞社が考える「ニュースバリュー」が「見出し」の大小となって表れる。もちろん、ニュースサイト型の新聞も並ぶ順番などは新聞社の意思が反映されているが、紙に比べ、「並列感」が強い。

また、ネットメディアならではの機能として、読者個人の関心に応じたニュースが優先的に表示される仕組みが広がっている。自身が意図して「選択」しているケースもあるが、無意識のうちに人工知能などによって「配信」されているものも多い。つまり、知らず知らずのうちに、似たようなニュースを繰り返し読んでいるということになる。

どんどん「意外性」とは真逆にある、興味の範囲内の情報しか受け取らなくなっている可能性がある。ネットメディアはそうした傾向が強いわけだ。

SNSの利用者は「他人の意見」を聞こうとはしない

さらにSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)になれば、もはや自身の意見に近い意見が多く表示され、「友だち」になる人も情報の指向性では「似たもの同士」が集まっていく傾向が強い。

シリコンバレー発の世界最大級の知識共有プラットフォーム「Quora」のエバンジェリスト、江島健太郎氏は以前、筆者のインタビューに答えて、「SNSなどのネット上の場合、議論というよりも、自分に似た意見に同調し、『信念を強化』する場になっている」と語っていた。両論併記を心がける新聞などの伝統的ジャーナリズムと違い、SNSの利用者は「他人の意見はどんどん聞かなくなって閉じ籠もっている」というのだ。

もしかすると、今、世界で起きている「分断」はこうした情報の伝わり方の変化が大きな要因になっているのではないか。

米国でもトランプ前大統領を支持する人たちは、対立陣営が「嘘」と断じるトランプ氏の言説を信じて疑わない。それも少数の人たちではなく、国民を二分することになっている。似たような「分断」は英国のEU離脱国民投票や、ブラジルの大統領選を巡る暴動事件などにも表れている。人々の情報の取り方の変化が、不寛容な世論を拡大させ、社会の分断を加速させているのではないか。

「ジャーナリスト」を育てる場所が減っている

紙の新聞の凋落は時代の潮流であることは間違いない。だが、それと同時に「公正中立」「両論併記」といった新聞ジャーナリズムが長年かけて築き上げた価値観も急速に失われているように見える。

紙の新聞は発行部数が増えることで猛烈な収益力を誇ってきた。要は儲かる情報産業だったのだ。ところが、デジタル化することによって新聞社の収益力は急速に下がっている。賃貸ビルからの不動産収入などに大きく依存するところも増えている。高い収益力を背景にジャーナリストを育ててきた人材育成力も、大きく損なわれつつある。紙の新聞の凋落がジャーナリズムの崩壊を招かないことを祈るばかりだ。

 

時計経済観測所/世界的な景気減速はやって来るか?中国の鈍化は鮮明だが……

時計雑誌クロノスに連載されている『時計経済観測所』です。1月号に掲載されました。WEB版のWeb Chronosにもアップされています。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://www.webchronos.net/features/86086/

世界的な景気減速はやって来るか?中国の鈍化は鮮明だが……

 吹き荒れるインフレ(物価上昇)に対して、米国のFRB連邦準備制度理事会)は大幅な利上げを繰り返している。2022年8月には、英国の中央銀行であるイングランド銀行が30年ぶりとなる0.50%の利上げを実施、9月に入って欧州中央銀行も0.75%の大幅な利上げに踏み切った。マイナス金利を続けてきたスイス中央銀行もマイナス金利を脱し、プラス金利に転じた。主要国は利上げに踏み切ることで、過熱した景気にブレーキをかけ、インフレを抑えようとしているのだ。

 金利が上昇すると銀行から資金を借りて設備投資などを行う動きが鈍化、企業収益の伸びが止まって給与も増えなくなる。これによって消費が抑えられて物価上昇が止まる、というわけだ。では、景気にブレーキがかかったとして、目下、世界的に販売好調が続いている高級時計も売れなくなっていくのか?

2021年の「スイス時計輸出額」は過去最高を更新

 世界の高級時計の売れ具合を示すバロメーターとも言えるスイス時計協会の「スイス時計輸出額」統計によると、輸出額は2021年に223億スイスフラン(約3兆3000億円)を記録、2014年の222億5000万スイスフランを上回って過去最高となった。新型コロナウイルス禍が明けた米国での消費が大幅に増えたことが主因だが、このブームはまだまだ続いている。全世界向け輸出額の1-7月の累計額は前年同期間を11.4%上回っている。このままのペースで行けば、2021年を上回って史上最高を2年連続で更新することになりそうだが、ひとつ懸念される数値がある。

 同じ1-7月の累計で、米国に次いで世界2位の市場である中国本土が前年同期間比で19.6%も落ち込んでいるのだ。中国は新型コロナウイルスの感染が最も早く広がったにもかかわらず、その封じ込めに成功、いち早く景気回復を実現した。一時は米国を抜いて世界最大の時計市場になるかに思われたが、今年春には再び国内で感染が流行。上海市などで都市封鎖が行われ、景気が一気に落ち込んだ。その影響が鮮明に表れているのだ。

 また、輸出先3位である香港向けも11.6%減っている。かつては「自由貿易港」として世界最大の時計市場だったが、2020年6月末に香港国家安全維持法が施行されると、貿易量が激減した。ここへ来てさらに落ち込んでいる背景には、中国本土の景気悪化があると見られる。中国国家統計局が発表した4-6月期の実質GDP国内総生産)成長率は、前年同期比0.4%増にとどまったが、この景気の急減速がスイス時計の輸出にも鮮明に表れているわけだ。何せ、輸出向け先30カ国・地域のうち、中国本土と香港を除いた28カ国が前年同期間比でプラスになっているのだ。

 しかも1ケタのプラスは韓国の2.0%増に加え、クウェートバーレーンの3カ国だけで、25カ国が10%を超える2ケタの増加になっている。英国は28.4%増、ドイツは23.3%増、フランスは31.7%増といった具合だ。

貨幣の信用度が下がり、実物資産にシフトする動きあり

 英国や欧州では、金利が大幅に引き上げられているが、金利上昇による高級時計への影響はあるのだろうか? 通常の好景気ならば金利の引き上げは効くのだが、今回はやや様子が違う。新型コロナウイルスの蔓延で凍りついた経済を動かすために世界中でお金を増刷してバラまいた。つまり、世の中に資金が溢れたことで貨幣価値が下がり、物価が上がっている面が強い。バラまかれた資金が回収されない限り、インフレは収まらないという見方もある。

 高級時計ブームの背景には、膨大なバラマキで貨幣の信用度が下がっていることから、貨幣ではなく実物資産にシフトしようという動きがある。米国では大幅な金利引き上げにもかかわらず、景気は依然好調で、賃金も上昇しており、インフレは収まる気配がない。まだまだインフレを恐れて実物資産での資産保全に動く人が少なくない。

 日本もいよいよインフレが始まって景気悪化が懸念される。一方で、為替が1ドル=145円を付けるなど、通貨「円」の価値下落が著しい。本来、景気悪化が進めば時計など高級品は真っ先に敬遠されるが、円安による資産価値の目減りを避けようとする実物志向はまだまだ衰えていない。少なくとも年内いっぱいは、中国の減速を米欧や日本が吸収し、時計市場は高水準の活況を持続すると見てよさそうだ。

出生数80万人割れの日本、真剣に「移民政策」を考えないと国家が消滅する これまでの「少子化対策」では手遅れに

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https://gendai.media/articles/-/104414

少子化対策相が軽量ポストでは

岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」に取り組む姿勢を打ち出した。関係府省庁による新たな検討会を設置し、有識者などの意見を聞いて、3月末をめどに、たたき台をまとめるという。キャッチフレーズこそ「異次元」と威勢は良いが、果たして起死回生の一打になる政策を繰り出せるのか。

岸田首相が急に「少子化対策」と言い出したきっかけは、2022年の出生数が80万人を割る見通しとなったため。厚生労働省が12月20日に発表した人口動態統計の速報値によると2022年1月から10月までの出生数は66万9871人で、前年同期に比べて3万3827人減少した。

もちろん過去最低の水準で、このままのペースでいけば、2021年の81万1622人を大きく下回り80万人を割り込む見通しだ。年間の出生数は1970年代には200万人を超えていたが、2016年に100万人を割り込み、その後、減少ピッチを早めている。80万人を割り込めば、1899年の統計開始以来、初めてのこととなる。

政府の少子化対策は今に始まったことではない。内閣府特命担当として「少子化対策対策担当相」が置かれたのは2007年の第1次安倍晋三改造内閣から。以来、20人以上の政治家が大臣を務めた。15年で21人だから平均すれば1年に満たない間に後退。もっとも頻繁に交代する大臣ポストのひとつだ。

それだけ政権の中では「軽量ポスト」として扱われてきたということだろう。旧民主党政権の時など3年余りの間に、官房長官の事務代理を除いても9人が大臣を務めた「たらい回しポスト」だ。岸田内閣でも野田聖子前大臣は10カ月でその任を終え、すでに2人目の小倉将信大臣に代わっている。さて、小倉大臣は本腰を入れて取り組むのか。

少子化対策では追いつかない

政府の少子化対策と言うと児童手当など金銭的支援と、保育所の整備などが定番だ。民主党政権時代も「子ども手当」が政権の政策の柱だった。その後、自民党政権に戻って、児童手当の拡充に切り替わっている。今回の「異次元の少子化対策」でも、岸田首相は会見で、「児童手当などの経済的支援の強化や学童保育、病児保育、産後ケアなどの支援拡充、働き方改革の推進」を3本柱に掲げている。

どこが「異次元」なのか、おそらく金額を大盤振る舞いして、「過去にない対策」と言うのだろうが、早速、「財源はどうするのか」という声が上がり、挙句、消費増税という話までささやかれる始末。それで出生率が劇的に回復するとは考えにくい。

子育て世帯への経済支援はこれまでも繰り返されている。手当ての拡充だけでなく、高校の実質無償化なども子育て世帯にとっては負担軽減になっている。だが、残念ながら子どもを生む人は減り続けているのだ。これまでの少子化担当相が繰り出してきた政策では少子化に歯止めがかからず、軒並み失敗に終わったということだ。まずはこの反省に立たなければ、少子化は止められない。「異次元」というからにはこれまでの政策の延長線上では意味がない。

もちろん、少子化は様々な政策の「結果」だと言うこともできる。経済政策や教育政策などがすべて絡んでいる。カネをばらまけば子どもを生むという単純な話ではない。長期にわたって経済成長し、所得が増えていくという展望がなければ安心して子どもは産めないし、十二分な教育が国内で受けられる保証も必要だろう。つまり、ひとり少子化担当相だけの問題ではなく、厚生労働相文部科学相経済産業相財務相も皆、責任があるということになる。

逆に言えば、15年にわたって各内閣の大臣たちが取り組んできた結果、少子化が進んでいるのだから、そう簡単にはこの流れは止まらないと見るべきだろう。ではどうするか。

移民政策も間に合わなくなる

歴代内閣が封印してきた「移民政策」を真剣に考える時ではないか。それこそが「異次元の少子化対策」だろう。

日本経済は外国人労働者への依存度を高めながら成り立ってきた。日本国内で働く外国人なしには、農業も漁業もサービス業も工事現場も工場も成り立たないのが現実だ。「移民政策は取らない」と言い続けてきた安倍晋三内閣も、いわゆる「高度人材」の枠組みを積極的に活用したり、「特定技能1号」などの新しい在留資格を新設することで、就労目的の外国人を受け入れることに大きく舵を切ってきた。

一方で、「移民政策ではない」と言い続けたため、日本への定住促進に向けた日本語教育や公民教育などが後回しになり、日本社会に溶け込めない外国人を多く生み出している。移民ではなく、あくまで出稼ぎで一定期間を経たら出身国に帰るのだ、という建前のために、日本社会の構成員として外国人を受け入れる視点が欠けたままになっているのだ。

そんな中で、大幅な円安によってドル建てで見た賃金が大きく減少し、外国人から見た出稼ぎ先としての日本の魅力は大きく低下している。また、アジア各国の経済成長によって、日本よりも他の国々の方が成功のチャンスがあると見られるようになっている。日本でいくらキャリアを積んでも永住することが難しいとなれば、優秀な外国人は日本にやってこなくなる。

「日本は日本人の国なので外国人はいらない」と主張する人たちも少なからずいる。だが、日本人の出生数が減り続ければ、日本社会そのものを成り立たせることができなくなる。社会システムが瓦解しかねないのだ。地方に行けば人口減少のために、村の伝統的なお祭りや行事ができなくなった例は枚挙にいとまがない。むしろ、移住して「日本人」になってもらうことを歓迎する声も少なくない。つまり、外国人を受けて入れ、日本人を増やしていくことが「移住政策」の本旨だ。

今からでは時すでに遅しかもしれない。経済成長していればこそ、移民1世や2世が成功し、社会の中で地位を占めていくチャンスがある。経済力が落ちてきた日本は、そうした移民を引きつける魅力を今も持ち合わせているだろうか。

遅きに失したということにならないうちに、真正面から移民政策を検討すべきだ。さもなければ日本という国家が消滅しかねないところまで、少子化ピッチは進んでいる。

国民には不人気だが、霞が関では大人気…岸田首相が「評判の悪い政策」を次々と断行している本当の理由 これで総選挙を乗り切れると思っているのか

プレジデントオンラインに12月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/65015

原発に防衛費…霞が関の思いが着実に実現している

「自ら解散さえしなければ3年間選挙はないのですから最強ですよ」と霞が関の幹部のひとりは冗談交じりに語る。

支持率の低下が続く岸田文雄内閣だが、首相がそれさえ気にしなければ何でもできる、というのだ。実際、経済産業省の懸案だった原子力発電所の稼働期限延長や新増設、財務省の懸案だった増税、党内右派が求めてきた防衛費の大幅増額などに次々と踏み切り、歴代内閣の中でも着実に「成果」を上げている。

「総理! 今は国民に理解されなくても、国家の先行きを考えた名宰相として歴史に名前が残りますよ」――。

岸田首相の耳元で、幹部官僚たちがそんな言葉をささやいているのではないかと思わせるほど、霞が関の思いが次々に実現している。

支持率の低下で、一時、岸田首相からは「孤独だ」という弱音が漏れたが、その後はなぜか自信を取り戻したかのように見える。それぐらい霞が関による「支え」を感じているのだろう。

「岸田降ろし」は不発に終わった

通常、ここまで内閣支持率が下がると、自民党内から政権批判が噴出するものだが、目立った「岸田降ろし」の動きは見えない。

防衛費の大幅増と財源としての増税について高市早苗経済安全保障担当相が12月上旬に「聞いてない」と発言し批判の声を上げたが、その流れは広がらず、岸田首相とも「手打ち」したと報じられた。

萩生田光一政調会長も12月25日のテレビ番組でこんな発言をした。

「いきなりの増税には反対で、もし増税を決めるのであれば、過去の政権がいずれもそうだったように、国民の信を問わなければならない。増税の明確な方向性が出た時には、いずれ国民に判断いただく必要が当然ある」

防衛費増額に伴う増税の前に、衆議院を解散して総選挙で国民の信を問う必要があると述べたのだ。

すぐさま首相の女房役である松野博一官房長官は「解散は首相の専権事項」だとかわし、それ以降、萩生田氏に同調する声は聞こえなくなった。

高市氏も萩生田氏も岸田首相が退陣した場合の「次」を狙っていると見られているが、「岸田降ろし」は不発に終わっている。

「5年間で43兆円」の根拠はどこにあるのか…

もちろん、萩生田氏の発言は「正論」である。民主党時代の野田佳彦首相は消費増税を掲げて総選挙に惨敗、政権の座を去った。

その後、安倍晋三首相時代には、消費税率を5%から8%、そして10%へと引き上げたが、総選挙に勝利し続けた。高い支持率に支えられていたとはいえ、経済情勢をにらんで実施時期を延期する措置を取り、ようやく増税にたどりついた。

反対論は根強かったものの、「国民への説明」に腐心したと言っていい。

だが、岸田首相の場合は、「国民への説明」が抜け落ちている。2022年5月に来日したジョー・バイデン米大統領との会談で、防衛費の「相当な増額」を表明したものの、具体的な金額は予算編成のギリギリまで明かさなかった。

「金額ありきではない」と繰り返し言いながら、5年間で43兆円という金額がどんな積算根拠があって導き出された金額なのか、国民にはほとんど説明されていない。

「国民への説明」の前に批判回避を優先している

7月の参議院選挙の自民党公約では「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」とあったが、経済規模も福祉体制も違うNATO諸国と同じ「2%以上」がなぜ必要なのかの説明も、「抜本的強化に必要」な金額がいくらなのかも明示されていない。

それで選挙に勝ったから「国民の理解を得た」というのは言い過ぎだろう。しかも、それを賄うための「増税」についてはひとことの言及もない。

現在の安全保障環境を考えれば、防衛力の増強は必要だという声は国民の間にも少なくない。そのためなら増税もやむを得ない、と考える人もいるだろう。防衛費がいくら必要かを明示して増税で賄うと真正面から説明するのが筋ではないか。

ところが43兆円の中味についても説明が乏しいうえ、増税にも真正面から向き合っていない。剰余金などの「やりくり」で大半を賄うという説明も不誠実だ。そんな「やりくり」ができるということは、これまでの予算が大甘だったと白状しているようなものだろう。

足りないという「年1兆円」余りの増税についても、国民の批判を浴びにくい法人税とし、しかも中小企業は除外すると「批判回避」を最優先にしている。所得増税にしても「高額所得者」を対象にしておけば、一般庶民は反対しないという思いが見え見えだ。そもそも国民を説得しようという気概がないのである。

霞が関の得意技は未来の政権まで縛ること

復興増税分を防衛費に回すというのも国民への「目くらまし」。今すでに負担しているものだから、防衛費に回しても変わらないだろうという発想だ。だが、復興支援のために皆で薄く広く負担しようという「国民の善意」で成り立っている復興増税を、議論なしに防衛費に振り替えるのは不誠実どころか、詐欺的ですらある。

防衛費を「5年間で43兆円」とし、増税を「2024年以降、適切な時期に」としているのも国民の批判をかわすための「目くらまし」である。今すぐに負担が増えなければ国民は文句を言わない、岸田内閣に批判が集中することはない、というわけだ。だが、岸田内閣が今後5年間続くと思っている国民はまずいないし、その間に選挙もある。次や、次の次の内閣を岸田首相が縛ることになるわけだ。

萩生田氏の増税前には選挙で信を問うべきだという発言に世論が同調する傾向があるためか、岸田首相は年末のテレビ番組でこんな発言をした。

「国民の皆さんに負担をお願いするのは、令和6年以降の適切な時期、終わりが令和9年ですから、その間の適切な時期となります。スタートの時期はこれから決定するわけで、それまでには選挙があると思います」

いかにも増税前に選挙で信を問うと言っているように聞こえるが、令和7年(2025年)にはもともと参議院選挙が控えている。岸田首相は自らの手で解散すると言ったわけではない。むしろ、自らが早期に解散総選挙に打って出ることを否定しているようにすら聞こえる。いずれにせよ、2024年以降の首相の手足を縛っている格好なのだ。 

この先行きを縛るやり方は、霞が関の得意技である。いったん「閣議決定」してしまえば、自民党内閣が続く限り、それを反故にすることは難しい。政権交代したとしても、以前の政策を否定する法案を再度通すのは簡単ではない。

金保険や健康保険の掛け金率が10年にわたって引き上げられることが続いていたが、これも、1回の法律改正で10年間を縛ることができた。霞が関にとっては毎年国会審議を通す必要もない。今回の防衛増税でも、43兆円を先に決めておいて、それが賄えないとなれば追加で増税する口実になっていくだろう。

消費税は1%で2兆円の「打ち出の小槌」

法人税は景気が悪化すれば税収が減る。防衛力増強を求める人たちからも財源を法人税にすることでは「安定財源」ならないという批判がある。

そんな声も消費税率を引き上げたい財務省の思いを後押しすることになる。今のところ消費税は社会保障費に充てるという大方針があり、防衛費の財源に消費増税を充てることは難しい。

真正面から消費増税するには、この「制限」を取り払う必要があるが、お金に色があるわけではない。他の財源を防衛費に回していけば、社会保障費が足らなくなり、消費増税議論が出てくる。消費税は1%で2兆円以上の税収増になる財務省にとっては「打ち出の小槌」だ。

だが消費増税すれば、消費に影響が出る。実際、2019年10月に消費増税する前のGDP国内総生産)額をいまだに日本は上回っていない。2020年からの新型コロナウイルス蔓延による経済への打撃だと思われがちだが、実際は消費増税が効いているのかもしれない。すでに米国では新型コロナ前のGDPを大きく上回っている。

いまこそ「減税」すべきタイミングだが…

各社の世論調査によると、国民がもっとも関心のある政治課題はとの質問に「景気対策」が上位に来ている。それだけ景気回復の遅れと物価上昇が国民生活を圧迫していることの表れだろう。

本来ならこうした時期こそ「減税」が行われるべきだが、日本は逆に「増税」に踏み切る。「2024年以降」が今よりも景気が良い保証はない。世界はインフレを抑えるために大幅な利上げに踏み切っており、2023年以降は景気が大きく減速するとの見方が多い。ここ数年の経済の舵取りはかなりの難度になりそうだ。

国の根幹を担う税制の議論は、国民の間で広く行われるべき問題だ。残念ながら岸田内閣はまったく逆で、国民の目を欺くことしか考えていないように見える。

「由らしむべし知らしむべからず」。かつて霞が関の官僚たちがよく口にしていた言葉を思い出す。論語にある言葉で、本来は「人民を従わせることはできるが、なぜ従わねばならないのか、その道理を理解させることは難しい」という意味だというが、転じて「人民は施政に従わせればよく、その理由を知らせる必要はない」という意味で語られてきた。

さすがに情報公開の時代になって公然と口にする官僚はほとんどいないが、霞が関の「本音」はいまだにそこにあるように見える。増税も議論なく国民をどう従わせるか。岸田内閣はそんな官僚文化を体現しているようだ。

 

日銀政策転換!「3低時代」終焉で訪れる「10年分の副作用経済危機」を乗り越えられるか

現代ビジネスに12月26日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/103956

大規模金融緩和、終わりの始まり

「日銀、異次元緩和を転換 10年目で実質利上げ」ーー。12月21日付けの日本経済新聞は1面トップで、こう大々的に報じた。日本銀行が12月19−20日に開催した金融政策決定会合で、長期金利の変動許容幅を従来の0.25%程度から0.5%程度に広げたことを伝えたもので、市場関係者の「サプライズ」ぶりを如実に示していた。

黒田東彦総裁は会見で「利上げではない」と強調していたが、市場は10年続いてきた大規模な金融緩和の「終わりの始まり」と捉え、今後は日本にも本格的な金利上昇の時代が訪れると見定めている。

第2次安倍晋三内閣の発足で始まった「アベノミクス」は大胆な金融緩和を「1本目の矢」、機動的な財政出動を「2本目の矢」と位置づけ、「3本目の矢」である「民間投資を喚起する成長戦略」につなげることを掲げていた。

本来、1本目の矢と2本目の矢はエンジンをかけるための「スターター」で、長期にわたって継続することを前提としていなかった。3本の矢は並列ではなく、1本目と2本目で時間を稼いでいる間に、時間がかかる規制改革などを行うことを想定していたわけだ。

つまり、大胆な金融緩和が10年も続くことは「想定外」だった。黒田総裁自身が当初、2年で物価上昇2%でもっていくと目標を掲げていたことも、それを示している。

だが、結局、「3本目の矢」はほとんど飛ばず、カンフ注射であったはずの1本目と2本目を長期にわたって継続することとなった。しかし、「低金利」による大胆な金融緩和で「金余り」状態を作り出すことも、機動的と言いながら巨額の財政支出を続けることも、当然ながら「副作用」を伴う。それが昨今の円安であり物価上昇だろう。

黒田日銀は意図して変動許容幅を大きくしたのではなく、そうせざるを得ないところに追い込まれたという見方もある。「利上げではない」と強弁するのも、それを示している。

「低金利」「低価格」「低賃金」の終わり

長期にわたる「低金利」は、それ自体が「副作用」をもたらした。

いわゆる「ゾンビ企業」が淘汰されないから企業間の競争が消え、生き残りに向けた新たな投資も姿を潜めた。企業は付加価値を付けて高く売ることよりも、値段を下げる「低価格」にこだわり、結果、そのしわ寄せは働き手に及び、「低賃金」から抜け出せなくなった。

金利を維持すればいずれ企業収益が膨らみ、給与が増えて、消費が盛り上がる「経済好循環」が起きると10年にわたって期待されたが、実現しなかった。もしかすると、意図的な低金利によって「成長のない日本」が生じていたのかもしれない。

日銀の政策転換は、そんな「低金利」「低価格」「低賃金」の「3低時代」の終わりを示す号砲かもしれない。本来ならば、物価上昇を抑えるために金利を上げるが、金利上昇と物価上昇が併存する不景気下の物価上昇がやってくるのか。あるいは、輸入に依存するエネルギーや食料品、生活必需品の価格が大幅に上昇する一方、国内の消費低迷で国内産品の価格は下落するデフレとインフレの混在が起きるのかもしれない。

そんな中で、低賃金が解消されれば良いのだが、金利上昇と輸入物価の上昇が企業を襲う中で、実質賃金の上昇、つまり物価上昇を上回る賃上げが実現できるのか。大手メーカーの下請け会社からは、原材料価格の上昇に直面して、賃上げどころではない、というため息が漏れる。

企業に賃上げを働きかける一方で、政府は防衛費の増加分の一部を法人増税で賄う姿勢を見せている。金利上昇、物価上昇に加えて、増税という負担増がこの先、企業を襲うことが、ほぼ確実になってきた。そんな中で企業経営者が持続的な賃上げを行うことができるのかどうか。

痛みを乗り越えない限り

中小企業の中にはコスト上昇を吸収するためにこれまで抱え続けてきた余剰人員を整理する動きが出てくるかもしれない。新型コロナウイルス対策で政府が続けてきた雇用調整助成金の特例を1月末で打ち切ると政府は表明しているが、それがきっかけになる可能性もある。

岸田首相は繰り返し「構造的賃上げ」の実現を表明している。そのためには「人材の流動化」が不可欠だとしているが、その前提は、淘汰によって企業の数が減ることだろう。金利の上昇によって、本格的にそれが始まるのかもしれない。

だが、政府からは企業の破綻増を容認する政策を取るのだという明確な意思表示はない。それが現れた時、つまり破綻や廃業に直面する弱小企業が急増した時に、政府がそれらは「ゾンビ企業」だと見捨てることが政治的にできるのか。当然、一時的に失業率が上昇するが、その「悲鳴」に政治家は耐えられるのか。

おそらく「3低時代」が完全に終わりを告げ、再び経済が成長力を取り戻すには、相当な痛みを伴うことになるだろう。だが、その痛みを乗り越えない限り、成長を失った日本の構造から脱出することはできない。

10年間のツケを払う形で表面化している副作用がもたらす「経済危機」が刻々と迫っているように感じる。