西川社長「解任」も「後任選び」も社内抗争という日産の暗部

新潮社フォーサイトに9月18日に掲載された原稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/45870

 「誰も火中の栗を拾わないどころか、社長をやりたい幹部が暗闘を続けているのが、あの会社の最大の問題なんだ」

 経済産業省の大物OBはそう言って眉をひそめた。

 あの会社とは日産自動車のことである。

 西川廣人(さいかわ・ひろと)社長兼CEO(最高経営責任者)が9月16日付で辞任。これまでCOO(最高執行責任者)だった山内康裕氏が暫定的なCEO代行に就任した。正式な後任CEOは、6月に発足したばかりの指名委員会が10月末までに決めることになっている。指名委員会の委員長は社外取締役の豊田正和氏。通商政策局長などを務め、2008年に経済産業審議官を最後に退官した元経産官僚だ。その後、日本エネルギー経済研究所の理事長などを務めている。

 一見、人事は豊田氏を通じて経産省が握っているように見えるが、話はそう簡単ではない、という。どうも、西川氏の辞任劇も、経産省が仕組んだものではないようなのだ。

ネタ元は社内の幹部

 9月8日日曜日、西川社長が「周辺に社長を辞任する考えを漏らした」というニュースが流れた。翌9日には取締役会が開かれる予定だった。取締役会には、株価連動型報酬を巡って、権利行使日を変えることで西川氏が4700万円多く受け取っていた報酬不正問題に関する報告書が出されることになっていた。

 この不正疑惑は、カルロス・ゴーン前会長と共に逮捕・起訴されたグレッグ・ケリー元代表取締役が6月に月刊誌で暴露。その後、社内調査が行われていた。

 翌9日朝、記者団に囲まれた西川氏はこう答えた。

 「早くバトンタッチできるように、指名委員会で(選考は)きちんとスタートしている。次の世代に引き継ぐ準備はしている」

 ニュアンスとしては明らかに、すぐさま辞任することを否定していた。「早期に退任して後任に引き継ぐ」というのは既定路線で、報酬上乗せ問題で引責辞任するという姿勢は微塵も感じさせなかった。実際、この段階では、西川氏は辞めるつもりはなかったとみられている。どんなに早くても2020年6月の株主総会、あるいはルノーとの経営権を巡る交渉が終わるまでは自らがトップであり続けるつもりだったようだ。

 だが、西川氏は追い込まれていった。

 「周辺に辞意を漏らした」と新聞が書いたネタ元も社内の幹部だったとみられる。西川氏がつい弱音を吐いたのか、西川氏を辞めさせるために、「辞めると言っている」というウソを流したのかは分からない。

 西川氏の思いとは関係なく、取締役会で西川氏を辞任させる手はずは着実に整っていった。『日本経済新聞』などによると、取締役会で報酬上乗せ問題について報告があったのち、西川氏は退席を求められる。西川氏自身の人事を議題とするため、当事者に席を外させたのだ。

 辞任させたとしても、問題は後任だった。筆頭株主であるルノーとの交渉はとりあえず「休戦状態」だが、いつまた資本の論理で日産を傘下に取り込もうとするか分からない。6月に西川氏の社長続投が決まったのも、「ルノーとの交渉ができるのは西川氏しかいない」という政府・経産省の判断があってのことだ。

 報酬上乗せ問題は明らかな不正とはいえ、この段階で西川氏を辞めさせるわけにはいかないと経産省は見ていたフシがある。株価連動型報酬で権利行使日を変えて報酬の上乗せをしていたのが、西川氏だけではなく複数の取締役にもいること、西川氏自身は権利行使日の変更を指示していないこと、などから、4700万円を返還すれば乗り切れるのではないかと見ていたようだ。

「日本企業じゃありません」

 経産省が日産の経営に関心を持ち始めたのは、2017年の初め頃だった。フランスで経済・産業・デジタル大臣を務めたエマニュエル・マクロン氏が大統領選挙に立候補を表明、当選する可能性が出始めていた頃だ。マクロン氏が大統領になれば、フランス経済の立て直しのため、ルノーによる日産支配を強化するとの見方が出始めていた。日産の独立性維持を主張してきたゴーン会長(当時)も、保身から日産とルノーの統合に前向きな発言をするようになっていた。

 それまで「日産は日本企業じゃありませんから」とうそぶいて、日本の産業政策の枠外に置いてきた経産省が危機感を持ったのは、日産がルノーの子会社になり、名実ともに日本企業ではなくなってしまうのではないか、という懸念が一気に強まったためだった。日産の傘下には三菱自動車も加わっていた。

 独立性維持に向けて経産省は着実に手を打った。まずゴーン氏を会長専任とし、日産のCEOから外すこと。ゴーン氏が三菱自動車の会長になったこともあり、これは抵抗もなく実現し、西川氏にバトンタッチされた。2017年4月のことだ。

 そして、取締役に経産省の意を受けて動く人物を送り込むことだった。豊田氏が取締役になったのは2018年6月の株主総会。当時、豊田氏の就任はあまり注目されなかった。同時に就任した社外取締役に、元レースクイーンで女性レーシングドライバー井原慶子さんがいたことで、メディアの目はそちらに移っていた。

「社内抗争」でクギ

 話を戻そう。取締役会議長を務める社外取締役木村康・JXTGホールディングス元会長が、西川氏を部屋に呼び戻し、「取締役会としてきょう辞任を要請する」と言い渡したことで、西川氏の事実上の「解任」が決まったが、それまでの議論の中で、豊田氏は「後任が決まってからでも遅くはない」と、反対していたことが報道で明らかになっている。

 これは西川氏解任劇は経産省の意向でなかったことを物語る。しかしながら、「辞意を漏らした」という報道と共に、「豊田氏が西川氏を見放したらしい」「経産省も即刻辞任を求めているようだ」という真偽不明の噂も報道関係者の間を駆け巡っていた。どうやら、そうした情報を流すことで、西川氏を辞任に追い込もうとしていた勢力があったらしい。西川氏を追い落として、自分がトップに就こうと考えている幹部がいるというわけだ。

 9月9日の取締役会で西川氏が16日付で社長兼CEOを辞任することが決まると、世耕弘成経済産業相(当時)は、「コーポレートガバナンスがしっかりと機能している証左だ」と西川氏の「解任」を評価してみせたが、一方で後任について、「社内抗争で決まるのではなく、指名委員会を中心とした、しっかりとしたコーポレートガバナンスが機能する中で選ばれていくことを期待したい」と付け加えた。記者から聞かれもしないのに、わざわざ「社内抗争」という言葉を出して、クギを刺したのである。

 経産省の関心は、日産のルノーからの独立性をどう守っていくか。そのためにルノーと交渉できる人材をCEOに据えようと考えているが、グローバル経営に精通した経営人材などそう簡単には見つからない。

 早くも日産社内では、後任CEOの下馬評が取り沙汰されている。山内代行がそのままCEOに就く説や、関潤専務執行役員の昇格説、内田誠専務執行役員の抜擢説などがかまびすしい。だが、経産省の幹部からは、「ゴーン事件で地に落ちた信頼を回復するには、外部から清新な経営者を持ってくるべきだ」という声が聞こえる。

 果たして2カ月足らずの間に経産省のお眼鏡にかなう経営トップが見つかるのか。あるいは、日産お得意の人事抗争の結末として新トップが現れるのか。

 そんな人事の混乱に乗じて、ルノーからは経営体制のあり方を抜本的に見直すべきだという声も上がっているという。株式の4割以上を持ちながら、経営権を事実上持たない両社間の「申し合わせ」を反故にし、あわよくば資本の論理に従って日産を傘下に収めてしまいたいという思惑が、またしても見え隠れする。

 新トップがどんな人物になるのか。日産の企業としてのあり方にもかかわってくるだけに、人選の行方が注目される。

上場子会社「少数株主」の権利をどう守るか

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に掲載しています。コラム名は「コンパス」9月17日にアップされました。オリジナルページ→http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=13043/

 東証1部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」が2019年8月2日に開いた定時株主総会で、現職だった岩田彰一郎社長の取締役再任議案が「親会社」のヤフーによって否決され、退任に追い込まれた。上場子会社の社長が株主総会の場でクビを切られるのは極めて異例で、株主総会前後には新聞等でも連日報道がなされた。

 ヤフーはアスクルの発行済み株式の45.13%を握る筆頭株主で、国際会計基準IFRS上の「連結子会社」。一方で、持ち株比率を引き上げた際に、業務・資本提携契約を結び、アスクルの独立性を維持することや、ヤフーからの取締役派遣は2人に限ることなどを取り決めていた、という。ところが、2019年1月頃から業務の方向性について両社が対立、ヤフーは、アスクル株11.63%を持つ2位株主のプラスと組んで、岩田社長を解任する強硬策に打って出た。

・・・続きをご覧になりたい方は、是非オリジナルページから読者登録をしてください。→

http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=13043/

生産者をリスペクトする世界最高品質のコーヒー

雑誌Wedgeに連載中の「Value Maker」がWedge Infinityに再掲載されました。ご覧ください。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15171

 

 2001~03年に起きた「コーヒー危機」は、川島良彰さんがサステイナブル・コーヒーの必要性を考えるきっかけとなった。これが「世界最高品質のコーヒーを追求する会社」の立ち上げにつながった。

 その年、コーヒー価格は国際相場で生産コストの約半分まで大暴落したのである。そのため、世界のコーヒー生産者が壊滅的な打撃をこうむり、収入の激減で借金まみれになって土地を取られ、子どもを学校に通わせられないといった事態が発生した。

 原因はコーヒーの世界に投資ファンドが参入したこと。国際相場を見て売り買いされるマネーゲームの対象になった結果、実際の需要から乖離(かいり)して相場が乱高下した。その反動が襲ったのだ。

 「このままでは生産者が食べていけず、コーヒーの品質や生産量も下がり、そのしっぺ返しが必ずある」

 そう川島さんは危機感を抱いた、という。
 
どうすれば、それを回避できるか。18歳から中南米に渡って生産者の苦労を知り尽くした川島さんの答えは明確だった。

 「国際相場に関係なく、コーヒーの品質に対してきちんと価格を設定し、継続的に生産者から直接仕入れる仕組みを作ればいい」

 コーヒー生産者から直接買い付ければ、国際相場に振り回されずに、生産者の収入は増える、というわけだ。だが、いわゆる「フェア・トレード」とは違う。何でもコスト以上で買うというのではなく、良いものを作ればその対価が支払われる。生産者が品質向上に努力すれば、収入が増える「ビジネス」の仕組みだ。

 さっそく当時勤めていたUCC上島珈琲で企画を上げた。だが、あっさり却下される。

 無理もなかった。コーヒーは国際相場で商社が買い付けたものを仕入れるのが当たり前。生豆の品質で価格を相対(あいたい)で決めるというのは、従来の業界慣行に反旗を翻すに等しかった。

 結局、川島さんは会社を辞めて08年に起業する道を選ぶ。「ミカフェート(Mi Cafeto)」の誕生だった。

 ミカフェートではコーヒーを品質によってグレード分けすることから取り組んだ。

 「コーヒーはフルーツなんです。同じ農園でも畑の土壌や日照時間で味はまったく違う」と川島さんは言う。

 優良農園の中でも最も環境の整った特級畑の完熟豆を、収穫の最盛期に収穫し、厳選する。そうした「最高級」と言えるコーヒーは農園の全収穫量の0・3%にも満たない。

 最高級ランクは「グラン クリュ カフェ」と命名した。フランス・ワインの最高級と同じである。

18歳でエルサルバドル

 川島さんは静岡のコーヒー焙煎卸業を営む家の長男として生まれた。コーヒーの香りと共に育ったと言ってもいい。コーヒー栽培の現場に行きたい一心で、1975年、18歳でエルサルバドルに渡り、国立コーヒー研究所に入った。その後、内戦が勃発、米国に避難していた81年にUCC上島珈琲の上島忠雄会長(当時)にスカウトされる。同社がジャマイカやハワイで取り組んだコーヒー農園の開発に携わった。コーヒー栽培を続けて4~5年たったある日、「コーヒーはフルーツなんだと気付いた」のが、品質でコーヒーを売るというアイデアの原点だった。

 川島さんが日本を後にした頃、ワインはまだまだ嗜好品としての地位を確立していなかった。バブル期を越えて、ワインは広く日本社会に浸透。産地やぶどうの品種、収穫年度などで価格が大きく違うのが「当たり前」になった。ところが、コーヒーは逆の道を歩む。街にあったこだわりの喫茶店が地上げされて姿を消し、名ばかりの嗜好品という飲み物になってしまった。水をあけられたワインへの挑戦。それがコーヒーに「グラン クリュ カフェ」というグレードを付けた川島さんの思いだった。

 ところが、08年に開業したミカフェートは、試練に直面する。販売を開始した11月1日は、リーマンショックの直後。高額品のみならず消費が一気に冷え込んだ。2年間、貯金を取り崩して耐えたが、その時、父親に言われた言葉が今も忘れられない、という。

 「こんなうまいコーヒーは飲んだことがない。ここで生き残れたら本物になれる」

1杯当たり3万円程度

 高い値段を払う価値があるコーヒーだと、分かってもらえるようになったきっかけは、高級ホテルのワインスクールに通う人たちとの出会いだった。コーヒー通ではなく、ワイン通の人たちがミカフェートを世に広めてくれたのである。次にお客さんになったのが葉巻愛好家。コーヒーを嗜好品と見てくれたのである。そんな時、日本航空がファースト・クラス用に「グラン クリュ カフェ」を採用する。これが「ミカフェート」を世に知らしめる大きなきっかけになった。

 品質にこだわる川島さんは、コーヒーの輸送方法も変えた。日本で流通しているコーヒーの大半は通常のドライコンテナで運ばれる。赤道直下では高温になり品質の劣化は避けられない。ミカフェートのコーヒーは温度を一定に保てるリーファーコンテナを使い、「グラン クリュ カフェ」は空輸する。

 生豆の保管方法を確立し、世界で初めてコーヒーのビンテージ化にも成功した。焙煎した「グラン クリュ カフェ」は香りを逃さないようにシャンパンボトルに密封されて販売される。1本100グラム(約5杯分)で、15万円するものもある。1杯当たり3万円程度だ。

 「グラン クリュ カフェ」のコーヒーができる畑には必ず毎年川島さんが足を運ぶ。現在6カ国9つの農場で収穫したものを「グラン クリュ カフェ」として取り扱っている。特級だった畑でも、品質が悪ければ、その年は発売しない。

 「プルミエ クリュ カフェ」というカテゴリーは、優良農園の中の一級畑だけで穫(と)れた最高クラスのコーヒーだ。 畑の選別、栽培から収穫、精選、輸送、保管の全行程に設けたミカフェートの品質基準を全てクリアしたものに付けられる。

 川島さんは、農家と話し、お互いの考え方に共鳴しなければ取引を始めない。「生産者とはフィフティ・フィフティ(対等)ですから」と川島さんは言う。

 年商12億円になったミカフェートの売り上げの7割は、卸販売になった。川島さんのスタイルに共鳴したホテルやレストランなどに販売している。個人経営のコーヒー店にも卸すが、取引開始前に必ず川島さんが面接する。コーヒーを売買する関係を超えて、生産者に利益をもたらしコーヒー栽培を持続させるための「価値を生み出す同志」を広げるための関門なのだろう。

 

日産・西川社長を「辞任」に追い込んだ「物言う株主」の正体 生保、議決内容公表の「破壊度」

現代ビジネスに9月12日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67138

ブーメランが戻ってきた

遂にというべきだろう。日産自動車は9月9日夜、西川廣人社長兼CEO(最高経営責任者

同日開いた取締役会で、西川氏を除く取締役が議論、西川氏に辞任を求めることを決め、西川氏はこれを受け入れた。カルロス・ゴーン前会長による背任事件を機に、日産自動車社外取締役を中心とする新しいガバナンス体制に移行。取締役会が社長のクビを取るという異例の展開になった。

日本経済新聞の報道によると、取締役会から辞任を求められた西川氏は「きょう辞めろと言われるとは思っていなかった」と語ったとされ、事実上の解任だったことをうかがわせる。

取締役会が西川氏に引導を渡すことになった直接のきっかけは、西川氏自身の報酬かさ上げ問題だった。SARと呼ばれる株価連動型の報酬を西川氏が受け取った際に、権利行使の日付をずらすことで、本来より4700万円多い金額を受け取っていた。

ゴーン元会長と共に逮捕・起訴された元代表取締役のグレゴリー・ケリー被告が6月に「月刊文藝春秋」で暴露した「疑惑」だったが、日産自動車が行った社内調査で事実関係が認定された。西川氏はSARの行使日についてケリー被告らに任せており、自らが指示したものではなく、ケリー被告らが独断でSARの行使日をずらしたと主張、4700万円を返還した。

取締役会はこの主張を受け入れたものの、経営トップが多額の不正な報酬を得ていた事実は「ガバナンスに重大な問題がある」(取締役会議長で社外取締役木村康・JXTGホールディングス元会長)として、辞任を求めた。

西川氏はもともとゴーン元会長の腹心で、ゴーン氏が三菱自動車の会長に就任する2016年11月に日産自動車の共同CEO兼副会長に抜擢された。その後、日産自動車三菱自動車も上場しており、複数の上場企業のCEOを兼務するのは問題があるとの指摘もあり、2017年4月に社長兼CEOとなった。

その後、ゴーン氏の不正を追及する側に回るわけだが、ゴーン被告が保釈中に収録したビデオでは、「私は無罪だ。今起きていることは、陰謀・策略・中傷だ」と述べ、経営陣に追い落とされたと強く非難した。

そのゴーン元会長による報酬の不正を追及していた西川氏自身が、不正な報酬を得ていたことが判明。9月9日の記者会見でも「自分自身にブーメランのように戻って来るとは思わなかったのか」という質問が飛んでいた。

日生が「議決権内容」を公表

取締役会が辞任を求めた直接的な引き金が、報酬の不正かさ上げ問題だったことは間違いないが、社外取締役たちの背中を押す出来事があった。

日本を代表する機関投資家である日本生命保険が9月3日、6月の株主総会での議決権行使の内容を公表したのだ。

株式を保有している会社すべての議案について賛成したか反対したか、あるいは棄権したかを個別に公表するもので、機関投資家の行動指針であるスチュワードシップ・コードが2017年に改定されたのを機に、公表する機関投資家が急速に増えた。

その発表で、日産自動車が6月に開いた定時株主総会で、日本生命が西川社長の取締役選任議案に反対していたことが明らかになったのだ。

日本生命保険は2019年3月末で日産自動車の株式を5402万株保有する6位の大株主で、筆頭株主ルノーと、信託銀行のカストディーを除くと、国内最大の株主である。その大株主に西川氏はノーを突きつけられたのだ。

株主総会では西川氏は議決権のうち78%の賛成を得て取締役に再任されたが、候補者11人のうち8人が98%以上の賛成、西川氏の辞任で「代行」に就いた山内康裕COO(最高執行責任者)が95.4%、もうひとりが88.9%だった中で、圧倒的に低い賛成率だった。日本生命だけでなく、海外機関投資家などが西川氏の再任に反対していたことをうかがわせる。

日本生命は反対の理由については「不祥事等」とし、詳細については説明していないが、議決権行使のタイミングからすると、報酬かさ上げ問題はまだ明らかになる前で、一連のゴーン事件へのトップとしての責任が問題視されたことは明らかだ。

最初にゴーン元会長が逮捕された際の容疑は有価証券報告書に前会長の報酬を過少記載したとする金融商品取引法違反(有価証券虚偽記載罪)だったが、有価証券報告書の提出責任者は西川氏で、法人としての日産自動車も起訴された。

組織のトップとしての責任は明らかで、6月総会での続投には経済界などからも批判の声が上がっていた。

加えて、業績が大幅に悪化しリストラを余儀なくされていることや、報酬かさ上げ問題が表面化。

今年6月に西川氏の再任に賛成した日本生命以外の機関投資家も来年には反対に回るのが確実なうえ、ここで西川氏のクビを取らなければ、今度は社外取締役としての責任を機関投資家に問われることになりかねないことが明らかになってきていた。社外取締役たちも西川氏に引導をわたさざるを得なくなった、というのが現実だろう。

日本も「物言う株主」の時代へ

日本の機関投資家は長年、「物言わぬ株主」と揶揄され、経営陣に白紙委任する傾向が強かった。ところがスチュワードシップ・コードの制定によって、最終受益者である保険契約者の利益を最大化する行動を求められるようになり、議決権行使をシビアに行うように変わっている。

比較的経営者に甘いとみられてきた日本生命でも、2019年4月から6月までの株主総会を開いた会社で日本生命保険保有している会社1368社のうち61社で72議案で反対票を投じている。

上場している第一生命保険のように、1348社のうち12.8%に当たる172社で反対票を投じているところもあり、いかに機関投資家の賛成を得るかが取締役にとって重要になっている。

個別開示をするようになって保険者や株主の目も厳しく、機関投資家の行動もよりシビアになっている。西川社長の辞任劇は、機関投資家が「物言う株主」に変わってきたことの「破壊度」をはからずも示す結果となった。

)が9月16日をもって辞任すると発表した。

 

日本が返せるはずのない借金を重ねる根本原因  予算の膨張をとめる「動機」がない

プレジデントオンラインに9月6日にアップされた連載記事です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/29885

高齢化に伴う「大盤振る舞い予算」が当たり前に

2019年度に当初予算で初めて100兆円の大台に乗せた日本の歳出だが、今後も増大を続けそうだ。

8月末に厚生労働省がまとめた2020年度予算の概算要求額は、32兆6234億円と、今年度当初予算に比べて2.1%、6593億円増え、要求段階で過去最大となった。政府は「高齢化」に伴う社会保障費の自然増を5300億円と見込んでおり、これを上回る「大盤振る舞い予算」が続くことになりそうだ。

厚生労働省の予算は一般会計の3分の1近くを占め、日本の国家予算の中で最大の割合を占める。要求額のうち30兆5269億円が社会保障費で、年金が12.1兆円と1.2%増、公的医療保険への国費投入が1.6%増の12兆円、介護関連が4.7%増の3.3兆円などとなっている。医療費は健康保険の掛け金で賄われているが、高齢者医療費の負担増などによって、赤字の健康保険組合が増えるなど財政難が続いており、国費を投入する金額が増えている。国民医療費の伸びを抑えることが喫緊の課題になっているが、効果を上げていない。

そうした社会保障費の増加に加えて、厚生労働省は新しい事業のための予算も要求している。政府が打ち出している就職氷河期世代の就職支援や助成金に653億円、最低賃金の引き上げに伴って中小企業が生産性向上に取り組む際の助成や、「同一労働同一賃金」の推進に1449億円といった具合だ。

2020年度予算の「100兆円突破」は確実

他の省庁の概算要求をみても「大盤振る舞い」予算ばかりだ。「国土強靭化」という政府の旗印を頼みにする国土交通省の概算要求額は7兆101億円。2019年度当初予算に比べて18%も多い。公共事業費も20%も積み増して6兆2699億円を要求している。大規模な自然災害が頻発していることが、予算要求を「正当化」している。

北朝鮮を巡って安全保障上の脅威が高まっていることを背景に、防衛省の概算要求も過去最大になった。要求額は5兆3223億円と2019年度当初予算比1.2%の増加。米国からの戦闘機購入などに加え、宇宙空間での防衛体制強化などに向けた予算が積み増される。

8月末に出そろった各省庁の概算要求の総額は約105兆円と過去最大になった。今後、各省庁と財務省の折衝などで圧縮されるものの、2019年度予算の概算要求段階よりも2兆円も多いことから、最終的に決まる2020年度の予算が100兆円を突破するのは確実な情勢だ。

主要国で最悪の「大借金国」がまた借金

大盤振る舞い予算のツケは国の借金の増加に直結する。税収は2018年度に60兆円を超え、バブル期を上回って過去最大になった。とはいえ、100兆円を超える歳出予算を組んでいるため、差額の40兆円は国債発行など「借金」に頼らざるをえない。国債に借入金と政府保証債務を加えた、いわゆる「国の借金」は6月末で1105兆円。一向に増加が止まる気配はない。

借金総額は年間のGDP国内総生産)の200%と、主要国の間で最悪の財政状態になっているとしばしば指摘される。そんな大借金国が、予算をどんどん膨らませていて良いはずはない。

そんな巨額の借金を、今後、日本は返していけるのだろうか。何せ、人口は2008年の1億2808万人をピークに、その後減り続けている。新たに生まれる出生者数の減少は止まっておらず、今後、団塊の世代の死亡率が高まると、日本の人口は急速に減り始める。しかも15歳から64歳の「生産年齢人口」と呼ばれる世代は1995年の8717万人をピークに減っている。

ここ数年は働く女性の増加や働き続ける高齢者の増加によって就業者数も雇用者数も過去最高になっているが、これも今後ピークアウトしてくる。現役就業者が減れば、税金や社会保険料を負担する層が小さくなるわけで、歳入増は見込めなくなってしまう。

欧州並みの「消費税20%」に国民が耐えられるか

財務官僚たちは、国の借金を減らすためには、消費税を含む増税が不可欠だという。10月から財務省念願の消費税率10%がようやく実現するが、それで借金問題が片付くわけではない。欧州並みの20%近くまで消費税を上げなければ、社会保障費は賄えない、という声も聞かれる。

問題は、そうした増税に国民が耐えられるかどうかだ。いわゆる「担税力」である。経済成長率が低く、賃金が増えない中で、税金や社会保険料が増えれば、国民の可処分所得は減る。生活が苦しくなるだけでなく、消費を減らせば、企業の収益が減り、経済にもマイナスに働く。

財務省はまだまだ日本国民には「担税力」があると信じているようだ。毎年2月に財務省が発表する「国民負担率」という数字がある。租税負担と社会保障負担が国民所得のどれぐらいの割合を占めるかを示したもので、実績が確定している2017年度は42.9%と過去最高を更新した。10年前の2007年は38.2%、15年前の2002年度は35.2%だったから、いかに国民の負担が増えているか明らかだろう。

それでも財務省は同時に「国民負担率の国際比較」という2016年のデータを公表。フランス67.2%、スウェーデン58.8%、ドイツ53.4%という数字を示している。まだまだ日本国民の負担率は国際相場に比べて低い、と言わんばかりだ。ちなみに、日本が何かと比較する米国の国民負担率は33.1%と日本の42.8%よりはるかに低い。

大企業や金持ちへの課税強化では解決しない

共産党立憲民主党など野党は、もっと大企業や高額所得の個人から税金を取るべきだ、と主張する。第2次以降の安倍晋三政権が進めてきた法人税率の引き下げに反対しているわけだ。

では、本当に法人税率を引き上げれば税収は増えるのかというとそうは限らない。大企業の場合、国際的な競争にさらされているので、法人税率が上がれば、海外に生産拠点や本社を移すことになりかねない。逆に法人税率を引き下げたからと言って法人税収が減るわけではない。確かに法人税率の引き下げで2014年度の11兆円から2016年度の10兆3000億円まで法人税収は減ったが、その後、企業収益が伸びたため、2017年度は12兆円、2018年度は12兆3000億円と法人税収は増えた。

個人のお金持ちに対する課税強化も同じである。現在、最高税率地方税を合わせて55%。2015年の税制改正で50%から引き上げられた。この税率をどんどん引き上げれば良いと思いがちだが、そうなると海外への移住など資本逃避が起きる。富豪ほど海外移住のハードルは低いので、金持ちほど海外に出ていくということになりかねない。そうでなくても、所得税収は高額所得者依存になっており、税率引き上げで多額の税金を納める高額所得者がいなくなれば、税収は間違いなく減ってしまう。

役人にも政治家にも、予算を圧縮するメリットがない

実際には消費税率の大幅な引き上げなど増税は難しいだろう。安倍首相も「今後10年くらいは上げる必要はないと思っている」と討論会やテレビ番組で発言している。10月の消費増税で消費がさらに冷え込むことになれば、経済対策などにさらに出費され、何のための増税か分からなくなってしまう。

消費増税の負担軽減による景気対策働き方改革への生産性向上支援、国土強靭化、国を守るための防衛費——。いずれも反対しにくい名目で予算は毎年膨らんでいく。大借金を抱えた家庭だったら、まず何をするか。大鉈を振るって支出を減らすだろう。だが、国の予算策定の過程では「減額しよう」という声はかき消され、増額要求だけが残る。

なぜか。概算要求など予算を作る役所や役人にも、最終的にそれを決める政治家にも、予算を圧縮するメリットがないのだ。新規に予算を取ってきた課長は、「力のある課長」と評価され、本人も出世するが、自分の課の仕事を減らし、予算を減らしたら、誰にも評価されない。予算が大きければ大きいほど役所として、官僚としての権限は大きくなる。

政治家にとっても、予算は大きい方が好都合だ。地元の公共事業や企業への助成など、選挙民に喜ばれる。「口利き」はできないにせよ、大臣など政治家の予算配分に対する権力も大きくなるわけだ。

「国家財政が破綻してもいい」という無責任

つまり、霞が関にも永田町にも、予算カットすることへのインセンティブは何もないのだ。まして、国の借金が増えたからと言って、幹部公務員の給料やボーナスが減ることはない。万が一にも国家財政が破綻しても、自分たちの退職金や年金がパーになることなどないと高をくくっている。だから、誰も本気で借金返済など考えないのだ。

一般個人の家だったら、借金を返そうと思ったら、保有している資産を売却して借金返済に充てるだろう。だが、霞が関も永田町の誰も、そう考えない。JR九州が予想外に上場できた際の株式売却益も借金返済には回されなかった。今後行われる日本郵政の株式売却益も借金返済に回されることはない。便利な口実は「復興支援」。誰も反対できない。

だが、こんな予算の膨張も、借金の増大も、どこかの段階で限界が来る。

太平洋戦争中の国の膨大な借金は、戦後の預金封鎖とインフレによって解消した。国家財政が瓦解し、猛烈なインフレになることでしか、日本国の借金削減も国家予算の抜本的な見直しもできないというのが、国の舵取りを考えているはずの永田町や霞が関の幹部たちの本音だろう。

オーダーメイド“ハンガー”という世界

雑誌Wedgeに連載中の「Value Maker」がWedge Infinityに再掲載されました。ご覧ください。オリジナルページ→

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15147

 高級な背広やドレスをオーダーメイドするようなオシャレに敏感な人でも、その服をかけるハンガーにまで気を使っている人は少ないのではないか。

 「誰でも必ず使っているのに、深く考えたことがないモノの代表格がハンガーでしょう」

 そう言って笑うのは「NAKATA HANGER」を展開する中田工芸の中田修平社長。服は身体に合わせて縫製するが、服をかけるハンガーは一般に売られているものだと、形や大きさはほぼ同じ。服に合うハンガーを選んで使えばまだいいが、服を買った時に付いてくるプラスチック製のハンガーや、クリーニングから戻ってきた針金のハンガーにつるしたまま、洋服ダンスにしまうケースも少なくない。

 NAKATA HANGERはそんな常識を打ち破り、洋服にフィットするハンガーを提案している。S・M・Lのサイズに合わない体格の人や、色や形にこだわりの強い人向けには、オーダーメイドのハンガーも作って世に送り出している。

 それができるのは、兵庫県豊岡市で木材から職人が機械を使って彫り出す手作りハンガーを製造しているからだ。中田工芸は1946年の創業以来、一貫してハンガーの製造・販売を行ってきた。木材ハンガーを国内で大量生産しているメーカーは今や中田工芸だけ。メーカーの多くは中国などから入ってくる安価な輸入品に駆逐されて国内製造を断念していった。

 ハンガーの最大の需要先はアパレルメーカーで、ショップに服を陳列する際の必需品だ。高級婦人服ブランドのブティックで使う、色や形にこだわったハンガーの注文などを受けてきたが、90年代ごろから中国製品が入ってきて「価格勝負」になっていった。中田工芸も台湾のパートナー会社に低価格品の製造を委託、激しい価格競争を何とか生き残ってきた。

 そんな中、修平さんの父で現会長の中田孝一さんは、個人客向けのハンガーを作って販売する「BtoC」に力を入れ始める。価格勝負になりがちなファッション業界用から、より高付加価値の個人用へと舵(かじ)を切ろうと考えたのだ。そこへ、ちょうど米国での仕事を終えて戻った修平さんが入社する。2007年のことだ。

 「アメリカまで行って田舎に戻るのは正直嫌だったのですが、東京の青山に店を開くというので、面白そうだと思ったのです」と修平さん。入社して初めての仕事が青山のショールーム作りだった。

未知の世界に飛び込む

 家業とはいえ未知の世界に飛び込んでみると、そこには大きな資産の山があるように見えた、という。当時でも60年以上の歴史があり、確かな技術があり、ハンガーづくりへのこだわりや思いがあった。それを消費者に伝えていけば、必ず価値を見いだす人たちがいる。そう確信したのだという。

 それまでは、「どんな良い商品でも安くしないと売れない」という考えが全社的に染みついていた。価格勝負が当たり前になっていたのだ。修平さんが、良いものなら高く売れると説いても、社員は半信半疑だった、という。

 モノづくりの発想も違った。取引先から言われた通りのモノを忠実に作るのがメーカーの役割だという考えが染み込んでいた。どんなハンガーが良いか、消費者に提案することなど、考えてもいなかった、というのである。

 青山のショールームでは「NAKATA HANGER」というブランドを前面に押し出した。中田工芸という社名では何の会社か分からない。ハンガーの後ろに付けるロゴも作ったが、豊岡で製造したものにしか、このブランドを付けないことに決めた。国産品を徹底して高付加価値商品として売ることにしたのだ。

 きちんとした価格で売れば、その分、腕の良いハンガー職人の給与を引き上げて報いることができる。人手不足の中で、きちんとした給料を払わなければ将来を託せる人材は集まらない。そうなれば、技術の伝承もままならない。経済の循環を維持し続けるには、良い商品をきちんとした価格で売る高付加価値路線が何よりも大事なのだ。

一枚板から削り出す

 そうして生み出された定番品のNH−2という商品は、特別な厚みの一枚板から職人が南京鉋(がんな)などの道具を使って削り出していく職人技が光るハンガーだ。幅43センチメートル、厚さ6センチメートルの重厚なもので、紳士用のジャケットなどをかける高級感があふれる逸品だ。販売価格1本3万円(税別)のこのハンガーを作れる腕を持っているのは中田工芸の職人の中でもわずか2人。商品名のNHはもちろんNAKATA HANGERの略だ。

 左右をつなぎ合わせた通常の作り方で仕上げたAUTシリーズの紳士用スーツかけは、人工工学に基づいて削った滑らかな湾曲が特長で、洋服をかけた時のフィット感にあふれる。4000円から5000円(税別)の価格帯だ。業界の常識からすれば「かなり高い」NAKATA HANGERは、百貨店の紳士向けのこだわり商品のコーナーに置かれたり、高級ホテルのスイートルームで使われるなど、少しずつ知名度が広がっていった。

 そんな「国産」「職人技」へのこだわりが、思いもかけないコラボに結びついた。石川県輪島で、輪島塗の伝統を守り続けている千舟堂から声がかかり、NHに輪島塗を施した最高級のハンガーを作ることになったのだ。付け根の部分に赤富士の蒔絵(まきえ)を施したハンガーは1本15万円(税別)である。

 「今では3000円のハンガーだと、安いねと言ってもらえるようになりました」と中田社長は言う。

 中田工芸の個人向け商品の割合は今や4割。全体の売り上げの伸びは小さいが、付加価値の高い個人向け商品の割合が大きくなることで利益体質になっている。だが、今後もファッション業界向けは減少が懸念されている。アパレルの通信販売が広がり、実際の店舗に洋服を展示せずに販売される形が急速に広がっているからだ。店舗で洋服をつるす必要がなくなれば、ハンガーは不要になる。個人向けに力を入れなければ会社の発展はない。

 「世界一のハンガー屋になりたい」。17年、父親の跡を継いで3代目の社長に就任した修平さんは言う。海外展開は父の代からの夢だったが、もはや夢ではない。海外で日本製の商品が注目されているのだ。海外の展示販売会で2日で100本のハンガーが売れるなど、NAKATA HANGERは世界でも知られた存在になり始めている。社長自ら、シンガポールや英国に売り込みをかけている。

 本家本元の英国で、日本製のハンガーを認めさせる─。そんな目標も視界に入ってきた。「会社の規模を大きくするというのではなく、世界一感動してもらえるハンガーを世界に広めていきたい」と抱負を語っていた。

使わないなら家計に回せ!企業「内部留保」が7年連続過去最大って…  アベノミクス機能不全の元凶

現代ビジネスに9月5日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66995

増え続けているが「好循環」には遠い

企業が持つ「内部留保(利益剰余金)」が、またしても過去最大となった。

内部留保は、企業が上げた利益のうち、配当などに回されず、会社内に蓄えられたもの。2008年度以降毎年増え続け、7年連続で過去最大となった。

財務省が9月2日に発表した法人企業統計によると、2018年度の金融業・保険業を除く全産業の「利益剰余金」は463兆1308億円と、前の年度に比べて3.7%増えた。

全産業の経常利益が83兆9177億円と0.4%に留まるなど利益の伸びが大きく鈍化したこともあり、剰余金の伸び率は2017年度の9.9%増に比べて小さくなった。

安倍晋三内閣は「経済好循環」を掲げ、好調な企業収益を賃上げによって家計に回すことや、積極的な設備投資や配当の増額などを求めている。

同年度に企業が生み出した「付加価値額」は314兆4822億円。前の年度に比べて0.9%の増加に留まった。一方で、「人件費」の総額は1.0%増の208兆6088億円で、かろうじて付加価値の伸びを上回った。このため、付加価値に占める人件費の割合である「労働分配率」は2017年度の66.2%から2018年度は66.3%へとわずかながら上昇した。

もっとも、2017年度の人件費の伸び率は2016年度に比べて2.3%増えていたが、2018年度の人件費の増加率は1.0%に留まった。安倍首相は2018年の春闘に当たって「3%の賃上げ」を求めたが、結果を見る限り、程遠い実績となった。

また、企業が支払った「租税公課」は10兆8295億円と6.5%増えた。法人税率は下がっているものの、企業業績の好調を背景に、法人税収や消費税収が増えた。実際、国の集計でも、2018年度の税収は60兆3564億円となり、バブル期を上回って過去最大となった。

人件費の1.0%増という伸びは、租税公課の6.5%増、内部留保の3.7%増を大きく下回っており、「国」「企業」「家計」という3主体で見た場合、家計への分配が立ち遅れていることを示している。

設備投資、税収、配当に比べ人件費が

ではいったい、なぜ、企業の内部留保は増え続けるのだろうか。

しばしば言われるのが、企業にとって魅力的な投資先がないため、投資を手控えている、というもの。政府が企業の投資に税制上の優遇策など様々な恩典を与えている。2018年度はそうした効果が出はじめたのか、全産業で8.1%設備投資が増えている。

株主への還元も国際水準に比べて低いという指摘がされてきた。2018年度の配当金の総額は26兆2068億円。前の年度に比べて12.4%増えた。

ここ数年、日本企業のコーポレートガバナンス改革が進み、大株主である生命保険会社や年金基金などが「モノ言う株主」へと変わり始めている。

生保など機関投資家に対してはスチュワードシップ・コードによって保険契約者などの最終受益者の利益を最大化するよう行動することが求められており、配当の引き上げや自社株消却といった株主還元を企業に求める声が強まっている。こうした圧力に企業が押されている面もあり、配当が増加傾向にある。

やはり問題は人件費の伸びが小さいことだ。安倍首相はさんざん経済界に賃上げを求め、最低賃金の引き上げも続いているが、統計数字で見る限り、人件費の伸びは小さい。一方で、雇用者数は過去最多を更新し続けており、1人当たりの人件費はむしろ減少している可能性が高い。

10月から消費税率が引き上げられるなど、税負担が増えているほか、社会保険料負担も増しており、家計の可処分所得は減少傾向が続いている。消費が一向に盛り上がらないのは、家計が貧しくなっているからに他ならない。

働く側の主張が企業経営者に届かないという問題もある。

厚生労働省の「労働組合基礎調査」によると、2018年の労働組合の推定組織率は17.0%。組織率の低下が続いており、賃上げ要求など経営への「圧力」がますますかからない状態になっている。

組合がない企業や、組合があっても組合員にならない社員が増えている。これが、賃上げ要求などの力を弱めている面もある。

家計のみが犠牲に

増え続ける内部留保に批判の声は強い。

共産党だけでなく、立憲民主党や、参議院議員選挙で躍進したれいわ新選組など野党は、引き下げられてきた法人税率の引き上げを求めている。高所得者や資産家とともに、大企業からももっと税金を取るべきだ、というのだ。

第2次以降の安倍内閣は、法人税率を大幅に引き下げることで、日本企業の国際競争力を維持しようと試みてきた。アベノミクスの大胆な金融緩和もあって円高が修正されたこともあり、企業収益は過去最高に跳ね上がった。税率を引き下げても税収が過去最高になったわけだから、政策としては間違っていなかったと言うこともできる。

想定外だったのは、企業収益が思ったほど家計に分配されていないということだ。アベノミクスの恩恵を感じないという個人が多いのも、賃上げが進まず、可処分所得が増えていないことが大きい。れいわ新選組の主張に共鳴する有権者が多かったのも、こうした不満が国民の間に溜まっていることを示している。

政府自身も内部留保の増加には頭を痛めている。

日本が成長しないひとつの理由として、企業が儲けを溜め込んで再投資しない点を問題視している。

一部には内部留保に課税すべきだという意見もあったが、「2重課税になるという批判もあり、現実には難しい」(財務省幹部)という見方が一般的。

一時は外国ファンドなどが株主還元の増加を狙って、内部留保課税の導入を政府に働きかけていたが、今はその動きも消えている。

このままでは、再び企業収益の伸びが大きくなれば、その分だけ内部留保が増えることになりそう。果たして、この問題にどう安倍内閣は手を打っていくのか。

消費増税で家計への負担が高まる中で、企業ばかりが懐を膨らませているという批判は、有権者の怒りに火をつける可能性もある。