日経平均6万5000円超えは「成長の証」ではない…日本円の劣化で"給与だけで生きる人"に忍び寄る悲惨な現実

プレジデントオンラインに5月26日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/113657

借金増加が止まらない

借金大国と言われ続けてきた日本国の借金増加に歯止めが利かなくなってきた。財務省が発表した3月末の「国債及び借入金並びに政府補償債務残高」、いわゆる「国の借金」が1343兆8426億円となり、前の年度末に比べて1.52%、20兆1271億円も増加、10年連続で過去最多を更新した。国の借金を巡っては、国債を国内で賄っているので増加してもまったく問題ないという主張がある一方で、長期金利の上昇や円安が進むといった問題も起きている。このツケはいったいどんな形で国民にのしかかってくるのだろうか。

「4月1日時点の人口推計の概算値(1億2286万人)を基に単純計算すると、国民1人当たりの借金は約1094万円になる」(時事通信)。国の借金のニュースになると各社は必ず人口ひとり当たりの金額を書く。単純計算では確かにその通りだが、そのツケが国民一人ひとりにすぐに回ってくるわけではない。理論上は国が徴税権を持っているので、いずれ増税という形で国民の負担になる、というわけだが、民主主義国家である日本では政治が決断しない限り、簡単には増税はできない。

最終的には国債頼み

実際、高市早苗内閣でも増税の話は目立つ形では行われず、逆に選挙で掲げた食料品の消費税をゼロにするか税率1%にするのかといった議論がかまびすしい。国民が喜ぶ減税には熱心でも、国民負担が増える増税は政治家は口にできないわけだ。

一方で、政治家は予算の大盤振る舞いには熱心だ。国民が物価上昇に悲鳴を上げれば、物価高騰対策として補助金を配りましょう、ということになる。

今も続くガソリンへの補助金。米国のイラン攻撃に端を発したホルムズ海峡の封鎖で原油価格が高騰する中、政府は1リットル170円程度に維持するとして補助金を出し続けている。その額1リットル当たり40円を超える。エコノミストの試算によると1リットル当たり10円の支給を1カ月続けると約1000億円かかるため、40円だと4000億円になる。現在、補助金は基金から出されているが、6月ごろには底をつく見通しだという。

ガソリンへの補助金は2022年1月から「激変緩和措置」として始まり、一時は取りやめになったものの、イラン情勢を受けて再開、強化された。すでに累計で8兆円以上の国費が投じられており、9兆円を突破するのは確実な情勢だ。財源の枯渇が懸念される中で、高市内閣は補助金継続の方針を示している。最終的には国債頼み、借金頼みということになる。

借金増を厭わない積極財政政策

さらに加えて、夏場の冷房需要の増大に向けて、7月から9月の3カ月間、電気・ガス料金の補助金を再開・拡充する方向が固まった。標準世帯で3カ月で5000円を超える負担軽減になる見込みだという。もちろん、これも財源は政府予算から出されるわけで、当面、5000億円規模の予備費を当てる。こうした大盤振る舞いも最終的には国の借金に積み上がることになる。

こうした国債発行残高の増加を懸念する声がある一方で、自国通貨を発行できる政府はいくら国債を増発して財政赤字を拡大しても、インフレ率が許容範囲内である限り、財政破綻はしないと主張する「MMT(現代貨幣理論)」の信奉者がおり、高市氏の周囲にもこうした理論を主張するブレーンがいると見られている。このため、高市氏の経済政策は国の借金増を厭わない積極財政政策になっているとされる。

確かに、ある程度の借金をしてでも積極的に財政出動することで景気が良くなり経済成長すれば、それによって税収も増え、借金返済の原資が生まれることになる。ただし、将来、リターンが戻ってくるものに投資をすることが前提で、単純に物価上昇を招くような財政支出は問題を引き起こす。

住宅ローンの「悪夢」

国債がデフォルトしなくても、財政悪化によって国債の信用度が落ち、債券価格が下落(金利が上昇)する懸念は十分にある。金利が上昇すれば、借り換え債を発行する際の調達コスト、金利負担が増えることになり、さらに借金が増えるという悪循環に陥りかねない。

実際、ここへきて長期金利が大幅に上昇している。5月18日には長期金利(10年物国債金利)が一時2.8%にまで上昇したが、これは何と1997年以来、29年ぶりの高水準だった。

これによって住宅ローンにも影響が出始めている。新規に固定金利で住宅ローンを組む人の利率が大幅に上昇しているのだ。例えば、「フラット35」の借入期間21年以上35年以下、融資比率9割以下の5月の最低金利は2.710%と前月に比べて0.220%上昇した。

変動金利型の住宅ローンも長年2.5%程度だった金利が3%を超えてきているが、返済額は5年間変わらないことになっており、すぐに生活を圧迫する事態にはならない。今後、さらに金利が上昇すれば、返済額では金利返済すらできず「未払い金利」が発生することになりかねない。返しても返しても借金元本が減らない悪夢が襲ってくる。

円安の進行は避けられない

財政赤字が拡大し、国の借金が増え続けた場合、もっとも端的に影響が出るのが為替だ。つまり円安の進行が避けられなくなるのだ。政府・日銀は1ドル=160円を付けたのをきっかけに、4月30日に大規模な「円買い・ドル売り」の為替介入を実施し、いったんは円高方向に為替を動かした。しかし、その後、ジワジワと円安が進み、再び1ドル=159円近くになっている。要は円高に動くほどの「国力」が示せていないわけだ。

その円安が進めば、輸入物価の上昇が進む。輸入する原油やLNG(液化天然ガス)の代金も大きく上昇することになり、国内のガソリン価格や電気代のコストを大きく引き上げる。何ということはない。再びガソリン代や電気代の補助金を積み増さざるを得なくなる。イタチごっこを繰り返すことになるわけだ。

では、どうすれば財政を健全化し、国の借金を減らすことができるのか。国の借金が1000億円を突破しそうな頃は、財務省もマスメディアを動員して借金増を抑えないと国の財政が破綻するというキャンペーンを張った。消費税率の引き上げが不可欠だというのが財務省のもっぱらの主張で、財政再建のためには増税を、という世論喚起に必死だった。

財政健全化よりも積極財政に

2021年10月には矢野康治財務次官が月刊誌『文藝春秋』に寄稿し財政赤字を放置する日本の状況を「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」だと痛烈に批判した。現役の次官が市販雑誌に寄稿するのは異例で、財務大臣などにも内諾を得た行動だったのだろう。

2021年3月末の国の借金は1216兆円と前の年度末に比べて100兆円近く増える異常事態だった。新型コロナやそれに伴う補助金の支出など、巨額の財政出動が行われたツケが借金の形で残ることになった。ちなみに、矢野次官の警句にもかかわらず、その後も借金は増え続け、2025年3月末には1300兆円を突破した。

結局、その後の内閣も、防衛費の大幅な増額や、景気対策の補助金などに大盤振る舞いを続け、いわゆるプライマリーバランスの黒字化も棚上げしている。高市内閣も財政健全化よりも積極財政に舵を切っているように見える。

すでに「インフレ税」を払わされている

では、このまま借金が増えた場合、どういう形でツケは回ってくるのか。実は既に国民はツケを払わされ始めている。いわゆる「インフレ税」である。日本円の実質的な価値が下がることで、預貯金の資産が目減りする一方、政府の借金の負担も実質的に軽くなるというわけだ。

物価上昇によって、同じものを買っても支払う消費税は着実に増える。インフレが進めば政府の税収も増え、借金は目減りするから、政府にとっては好都合なのだ。国民も政治家も浪費を続けて財政均衡を考えないならば、インフレで苦しむことになる。矢野次官の寄稿が国民に対する最後通牒だったのかもしれない。

日経平均株価は5月25日、初めて6万5000円台に乗せ、過去最高値を更新した。株高が日本の国力を示しているというよりも、円通貨の劣化が株価や不動産といった資産価格の急上昇をもたらしているように見える。資産を持たず、劣化する円建ての給与、しかも物価上昇には到底追いつかない賃上げしかされない給与に依存する日本の庶民が、金利上昇や円安という形でツケを払わされることになるのだろうか。

「食料品の消費税ゼロ」を実現する気など全くない…「レジの改修に時間がかかる」と逃げ回る政府と財務省の本音

プレジデントオンラインに5月8日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/112879

「消費税減税は悲願」と言うが…

高市早苗首相の肝煎りでスタートした「社会保障国民会議」が迷走している。「国民の受益と負担に深く関わる『給付付き税額控除』や『食料品の消費税率ゼロ』を含めた『社会保障と税の一体改革』について、国民の皆様にも見える形で、丁寧かつスピード感をもって検討を進めるため」にというのが設置理由。「まずは『給付付き税額控除』と『食料品の消費税率ゼロ』を同時並行的に議論を進め、その両者について、令和8年夏前を目途に中間とりまとめを行う』と内閣官房のホームページにある。

2月に行われた衆議院の解散総選挙の際、消費税率の引き下げなどを求める野党に対抗するためか、突如として自民党も公約に「食料品の消費税2年間ゼロ」を掲げた。以来、高市首相も繰り返し、「消費減税は悲願」だとしてきた。

2月26日に開かれた国民会議の初会合では、高市首相は、「物価高に苦しむ中低所得者の負担を緩和したい」「スピード感をもってやっていきたい」と語っていた。首相が悲願だとまで言う政策だから、国民会議では、すんなり食料品の消費税ゼロが決まるのかと思いきや、それ以来、5月上旬に至るまで国民会議は開かれていない。国民会議の下に置かれた「給付付き税額控除等に関する実務者会議」と「有識者会議」は開かれているが、消費減税については議論が迷走し結論が見えてこない。

「食料品の消費税1%案」の浮上

そんな中、政府内で食料品の消費税1%案が浮上していると報じられた。理由は、レジのシステム改修で、税率を0%にする場合は「1年程度かかる」が、1%ならば「5~6カ月でできる」という意見がレジメーカーから出たからだという。レジ会社のシステムは課税を前提に設計され、課税しないという選択ができないようになっているため、0%にするとなるとシステム改修が必要になる、というのだ。

通常使われている会計システムなどは消費税の「非課税取引」なども入力できるようになっており、すべてのレジ会社のシステムが0%に適応できないとは信じられないが、そういうレジシステムもあるということなのだろう。

消費税率引き下げの話になると、レジの改修に時間がかかるという意見が政府周辺から出てくるが、半年にせよ1年にせよ、決めてしまえばシステム改修を行うので、さっさと決断することこそ重要だと思われるが、どうも反対のための反対をする材料になっている感じだ。

消費者まで「消費税減税」に反対

最近、テレビのワイドショーなどでは「消費減税反対」を公言する識者が数多く登場するようになった。「食料品の消費税率をゼロにしても家計の負担減は年間8万8000円にしかならない」「富裕層ほど恩恵が大きい」「財政が悪化して円安になれば、物価が上昇して逆に家計の負担が増える」「消費税率を下げても物価がそれだけ下がる保証はない」といった反対論だ。これに影響されてか、消費税減税はしない方がいい、とテレビカメラに向かって答える高齢女性なども出てくる。

こうした報道が、政府などによるコントロールなのかどうかは置くとして、消費減税に反対する声が消費者から出るというのも不思議な反応だ。

年間8万8000円にしかならないのでは、物価上昇対策にならない、という声が意外に多い。財政悪化がさらに物価上昇に火をつけるという解説にうなずく人も少なくない。だが、これは本当なのだろうか。

本当の意味は「消費喚起」と「経済対策」

高市首相は食料品を消費税率ゼロにすることが「物価高対策」あるいは「生活困窮者対策」だとしている。だから、消費税率引き下げよりも「給付付き税額控除」が好ましい、という話になる。消費減税も年間8万8000円で2年間の時限措置ならば、給付でもいいじゃないか、と有識者が語るのも、物価高対策という視点からだ。確かに困窮者対策ならば、対象の人に直接現金給付する方が即効性もあり効果が大きい。

だが、本来、消費税減税は物価高対策よりも、「消費喚起策」「経済対策」としての意味が大きい。コロナが蔓延する中で、先進国で消費減税に踏み切ったところが多かったのは、消費が凍りついて需要が一気に減ったことが大きな理由だった。消費が減って景気が悪化することを何とかして避けようとしたわけだ。

税率を下げると税収が減って社会保障財源に問題を生じる、という言い方もしばしばなされるが、税率を下げたから必ずしも税収が減るとは限らない。税率を下げた結果、消費が増えれば、消費税収は増えるのだ。

実際、日本は5%の税率を8%、10%と引き上げる過程で、消費が大きく落ち込んだ。逆に言えば、消費税率を引き下げれば、消費が盛り上がり税収が増える可能性もある。

減税は「ある意味当然の政策」

ここへきて消費税収は大きく増えているが、これは消費が好調なためではない。消費する量は変わらないのに価格が上昇しているため、消費者が負担する消費税額も増えているのだ。消費量が変わらないのに増えている消費税額の分を、減税に回して消費を喚起するのはある意味当然の政策と言える。

面白いところでは外食業界が食料品の消費税ゼロに反対していることだ。食料品の税率がゼロになった場合、外食の消費税10%との差が大きくなり、客離れが起きるというのだ。一見、正しい反対論のように思えるが、外食店が仕入れる食材も税率がゼロになるわけで、その分、価格を引き下げる余地が生まれるはずだ。

また、家計の消費税負担が減ることで、その浮いた分が外食などに回ることも十分に考えられる。減税分ちょっと贅沢という感覚が広がれば、景気にプラスに働くだろう。

そうなれば、外食店にとっても、仕入れ食材の税負担が減るのはメリットが大きいはずだ。それでも業界団体が反対の立場なのは、食料品をゼロにするなら、同じ「食」なのだから外食の税率もゼロにしてほしい、というのが本音だろう。

政府・財務省の本音は「やりたくない」

4月21日に開かれた有識者会議では、給付付き税額控除の制度設計についての議論が行われた。給付付き税額控除は、所得に応じて所得税などから一定額を控除し、引き切れない分を現金で給付する制度。元々は旧民主党などが導入を求めていた政策だった。

具体的な実施方法として①企業が従業員の年末調整で税額控除した上で、公的機関が給付を行う②確定申告を受けた公的機関が減税と給付を行う③税額控除は行わず、所得に応じた給付のみを行う――という3通りの案が示されたという。

これに対して参加した有識者からは、「事務の煩雑化を招く」として、①や②の案に賛成する声はなく、③の給付のみに一本化するという案を支持する声が大半を占めたという。税金と給付を組み合わせると制度が複雑化して、こちらもシステム改修などに2、3年はかかるという見通しが政府から示されたという。

結局、消費税減税も、給付付き税額控除の導入も、政府・財務省はやりたくないということなのだろう。給付付き税額控除も要は減税の一環である。何としても税収を確保したいということなのかもしれないが、前述の通り、税金を増やすには経済活動を活発化させることが本来は王道である。物価上昇で国民の財布の紐が締まりつつある中で、どうやって国民の消費を減らさないようにするか。そのためにこそ消費減税という武器を使うタイミングだろう。

コンビニ弁当もクリーニングも「高くて不便」になる…「労働者はいいけど移民は反対」の日本人を待つ悲惨な末路

プレジデントオンラインに4月28日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/112483

空席があるのに客を入れられない

「テーブルは空いているのにお客さんを入れられないんです。外国人に働いてもらわないとサービスは維持できない。このままでは潰れかねません」

千代田区にあるレストランの支配人はこう嘆く。外食産業での人手不足はコロナ前からだったが、ここへきて深刻の度合いが増している。ところが、そこに追い討ちをかける政府の政策変更が起き、現場では戦々恐々の事態になっている。

農林水産省と出入国在留管理庁が、4月13日から外食産業で「特定技能1号」という資格で働く外国人の受け入れ停止を始めたのだ。「特定技能」は外国人労働者の在留資格制度の一つで、2019年にできた。建設や介護、外食といった人手不足の産業分野で、一定の専門性や技能を持った即戦力の外国人労働者を採用するための在留資格として急速に人数が増えている。

外国人の受け入れに関して、日本政府は以前から「移民制度は採らない」という立場を貫いている。従来多用されてきた「技能実習生制度」も「労働」ではなく「研修」という建前で長年使われてきたが、特定技能制度は正面から「労働力」として外国人を受け入れるための制度として作られた。

特定技能は「事実上の移民制度」

特定技能には「1号」と「2号」があり、1号は最長5年、在留することができる。さらに1号などを経験して熟練度を増した人を対象とする「2号」では、無期限の在留資格が得られ、家族を呼び寄せる事も可能になる。日本に長期にわたって定住することになるわけで、事実上の移民制度と言える。

すでに特定技能1号の在留資格で働く外国人は2025年11月末現在で37万5044人。政府は上限を設けているが、その数は80万5700人で、現在でも上限には達していない。ところが、分野別にも上限が設定されており、外食業は上限5万人。外食業で働く特定技能1号の外国人は昨年11月末時点で4万2396人だったが、今年2月末の速報では約4万6000人となっている。このペースで行くと5万人突破は確実なため、政府が4月13日以降の受け入れを停止したのだ。それ以降は申請しても不許可になっている。

スマホ注文、ロボット配膳でも人が足りない

こうした事態に、外食産業の現場からは悲鳴が上がっている。外国人を規制したからといって日本人が働いてくれるわけではない。かつては外国人労働者は「低賃金の労働者」という感覚があったが、「今や日本人と給与は同等だし、社宅などの用意もするのでコストは決して低くない」(前出の支配人)。要はお金の問題ではなく、とにかく人が足らないというのだ。

コロナ前までは居酒屋に行くと中国人留学生が対応するというのが定番だったが、今や中国人留学生は居酒屋では働かない、という。居酒屋のような重労働の職場は敬遠され、観光客の受け入れなどよりホワイトカラーに近い仕事を選んでいるという。何より中国人留学生が経済的に豊かになったこと、さらに円安で賃金が外国人から見て魅力的でなくなったことが大きい。

最近は、居酒屋はスマホなどを使った注文が主流になり、配膳もロボットが行うようになるなど、人手が大きく削られている。それでも店を回すのに十分なスタッフが確保できないという。ちなみに働いているロボットの多くも中国製だ。

緩和に動けない霞が関の事情

外食店での皿洗いといった裏方の仕事はほとんど外国人が占めている。中国やベトナムではなく、ネパールやパキスタン、ミャンマーなど、より自国内の賃金が安く、日本の重労働で比較的高い賃金を稼ぐことに意欲がある途上国の人たちが主流になっている。

このまま受け入れが停止すると、外食企業の人手不足倒産の増加などに直結しかねない。すでに業界からは5万人という上限の見直しを求める声が上がっている。

だが、そう簡単に霞が関は緩和に動けないと見られる。2025年11月に発足した高市早苗政権では、外国人政策に厳しい姿勢を見せているからだ。外国人の在留資格審査の厳格化や、永住・帰化の要件の引き上げなどを打ち出している。今後、無期限で在留できる「特定技能2号」の審査などもより厳格化される可能性もある。つまり、外国人労働者を増やすという政策にブレーキがかかっていく可能性が高いのだ。

「労働者ならいいけど、移民は反対」

背景には国民の間に広がっている「反移民」感情がある。右派政党などが意図的に移民反対を煽っていることもあるが、多くの国民が「労働者としての受け入れは良いが、移民は反対」というムードになっている。

多くの日本人は「外国人は出稼ぎに来て、後は国に帰ってください」というスタンスが通じると考えているようだ。というのも1980年代にイラン人やブラジル人が出稼ぎに来てその後、多くが帰国した経験を知っているからだ。それを繰り返せばよい、というのだ。

だが、当時と大きく違うことがある。通貨の強さだ。当時の円はどの通貨に対しても強く、世界最強の通貨と言われた。日本円で給料をもらえば、自国通貨に両替したら驚くような金額になった。日本の給与は世界一と言われたのもこの頃だが、要は通貨が強かったのだ。

ところが今や日本円はどんどん弱くなっている。1990年代に1スイスフラン=100円を下回っていた日本円は、つい先日1スイスフラン=200円の最安値を付けた。通貨が強く物価が高いスイスでは、1スイス・フラン=100円でも、日本人が驚くような高物価に感じたが、今や日本円で考えると凄まじい。

「移民受け入れ」を前提とした制度設計が必要

チューリヒのマクドナルドのビッグマックセットは15.10スイスフランなので3000円。日本の都市部では830円程度だから3倍以上に感じる。それほどに日本の円は弱くなっているのだ。

それでも日本に働きに来てもらおうと思えば、先進国並みの給与を払うしかない。米カリフォルニア州の最低賃金は時給16.90ドル(約2680円)だし、ドイツの最低賃金も13.90ユーロ(約2580円)だ。

また、短期間で帰ることが前提では、その国の制度や文化を学ぼうとしない、という問題がある。つまり、定住できる資格を与えてはじめて長期に安定して働いてくれる本当の日本の労働者になってくれると考えるべきだ。一方で、長期にわたって外国人に定住してもらうためには、ドイツが義務付けているようなドイツ語の学習時間や社会ルールの習得など、日本居住者としての最低のルールを身につけてもらう制度設計が必要だろう。これは「移民受け入れ」を前提としなければできない。

クリーニングもコンビニ弁当も…

それでも移民は受け入れないというならば、現在の生活水準が劇的に下がることを日本社会として受け入れるかどうかを決断する必要がある。クリーニング店に出せば早ければ翌日に仕上がってくる洗濯物の工場は、猛烈な熱さの中で働く過酷な環境だが、ほとんどを外国人労働者に頼っている。この環境で働く日本人を雇用するにははるかに高い賃金を提示しなければ集まらないだろうし、それでも過酷な労働に耐えられるかどうかは分からない。当然、サービスに時間がかかり、さらに料金も大幅に高くなることを覚悟しなければならないだろう。

午前中には何種類も並んでいるコンビニ弁当の惣菜を詰める工場の作業員も多くは外国人だ。深夜から早朝まで働く労働は決して楽ではない。そこに外国人労働者がいなかったならば、便利さは失われるか、便利さを追求するための商品の金額は大幅に上昇することになるだろう。これまで当たり前だと思ってきた便利さと決別するのか。

良き隣人になる移民は受け入れるのが世界の主流

不法滞在や就労、日本の公的サービスの不正利用といった不良外国人の問題が大きく取り上げられる。イギリスなど世界の先進国でも「不法移民」に対する抗議行動が起きているが、それはあくまで「不法移民」であって、自らの良き隣人となる移民は受け入れるという人たちが主流だ。移民に反対する人たちは、この不法移民と、真っ当な移民を意図的に混同して問題化している傾向がある。

出生数が70万人まで減る中で、サービスだけでなく、コミュニティを維持する上でも、移民を真正面から考える。今回の特定技能問題で見える課題は氷山の一角に過ぎない。

「金さえ出せば、輸入できる」は昭和の話…原油不足でも「普段通り」を強調する霞が関が信じる"時代遅れの教訓"

プレジデントオンラインに4月14日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/111841

本当に「普段通り」でいいのか

「普段通りの給油を」。3月中旬、経済産業省はメディアや政府広報を通じて、こう呼びかけた。3月19日出荷分からガソリン価格を引き下げるために補助金を出すほか、備蓄原油の放出で、1リットル=170円にするので、心配しないでほしい、というわけだ。

イランがホルムズ海峡を封鎖する中で、原油輸入の9割を中東に依存している日本での石油製品不足が懸念されているが、4月中旬になっても、高市早苗首相自ら、「日本には約8カ月分の石油備蓄があり、放出量を抑えながらも、年を越えて石油の供給を確保できるメドがついた」と語るなど、問題はないとの姿勢に終始している。

もちろん、危機感を過度に煽る必要はないが、国民は本当に「普段通り」の生活を続けて良いのだろうか。朝日新聞は社説で「長期化を見据え、無理のない範囲での需要の抑制策に舵を切るべきだ」と主張していたが、高市首相は「経済活動にブレーキをかけるような形で、今すぐ節約して下さいと申し上げる用意はない」としている。

「約250日分」にナフサやLPGは含まれない

4月11日~12日に行われたイランと米国の直接交渉は決裂し、ドナルド・トランプ大統領は、逆に「ホルムズ海峡を封鎖する」とSNSで表明した。イランが通行料を取って、非敵対国のタンカーを通過させるとしたことに対抗する措置と見られるが、海峡を巡って再び戦闘が開始されれば、原油不足は長期化し、世界経済に深刻な打撃を与えることになりかねない。中でも日本への影響は大きい。

政府は日本の石油備蓄は2025年12月末時点で約250日分あると主張している。政府の国家備蓄が約146日分、石油元売り会社が保管する民間備蓄が約100日分、原油国との共同備蓄が5日から7日分というのが内訳だ。この1日分という計算根拠は約170万バレルという消費量を前提にしているが、その対象はガソリンや重油、石油製品のみの計算で、ナフサやLPG(液化石油ガス)は含まれていないという。これを含めると消費量は314万バレルとなり、備蓄は100日分前後ということになるというのだ。のんびりと「普段通り」と言っている場合なのか。

特定の石油化学製品だけが不足することはあり得る

4月11日のTBS「報道特集」では「ナフサ由来の一部石油製品が供給不足、身近な現場に広がる切実な声」とする特集を放送。塗料などの溶剤として使われるシンナーが、欠品で手に入らないという塗装業者の切実な声を伝えていた。赤沢亮正・経済産業大臣は「足元では供給の偏りや流通の目詰まりが、かなりひどくなっている」とし、流通の目詰まりが原因だと語っていたが、業界団体の日本塗料商業組合は「私たちが大量に在庫を抱えているわけではなく、目詰まりを起こしているわけでもありません」としていた。

原油は精製されて様々な石油化学原料が作られるが、精製比率(得率)はガソリンが約31%、ナフサが約10%、軽油が約25%、重油が約16%などとなっている。ナフサなどからは様々な石油化学製品が作られる。一方の需要はこの比率通りではないため、製品によっては過不足が生じることになる。原油からナフサだけを作るということはできないわけだ。

つまり、計算上では原油は必要な量を確保できているとしても、特定の石油化学製品だけが不足することは十分にあり得るわけだ。もちろん、特定の製品だけを輸入することも可能だが、原油の世界的な供給量が大きく減っている中で、調達できる保証はないし、調達できたとしても価格が大幅に上昇するリスクがある。

経産省に伝わる第一次石油危機の「教訓」

今回の戦争で、サウジアラビアのパイプラインや油田の生産設備も攻撃を受け、同国の生産能力は一時、日量約60万バレルまで減少した。また、イラク南部での生産が8割減となるなど打撃を受けている。国際エネルギー機関(IEA)の分析では、世界需要の約1割に相当する量の生産が湾岸諸国で減少している。今後、ホルムズ海峡の封鎖が続けば、さらに供給が減る可能性が高い。

経済産業省が「普段通り」を強調する背景には、買い占めによる価格上昇など混乱を防ぎたいという思いがあるのだろうが、そのほかにも理由がある。第一次石油危機当時の「教訓」として省内に伝わっているのは、「価格は上昇したが量は確保できた。資金さえあれば、輸入することができる」というものだ。

だが、今回もその「教訓」は生きているのだろうか。円安が進んだことで、様々な海外資源の「買い負け」が起きていると言われ続けてきた。日本円の購買力が落ちている中で、量は確保できると言い切れるのか。また、日本円建てにして高価な原油を国民が買うことができるのか。国民が買えるように長期にわたって補助金を出し続ければ、財政悪化懸念からさらに円安が進み、価格を押し上げることになりかねない。

ガソリン補助金は政策的に誤っている

過去の石油危機のもうひとつの「教訓」がある。価格が大幅に上昇したことで、省エネ意識が強まり、技術革新が起きたことだ。これは高市首相も触れていることだが、その結果、日本企業は一段と高い競争力を手に入れた。

ならば、今の高市政権が進めている「価格を下げる補助金」や「普段通りの給油」は政策的に誤っているのではないか。政府は積極的に、不要不急の自動車利用を抑えてガソリン消費を節約するよう求めるべきではないのか。そのためには補助金を出してガソリン価格を引き下げるのではなく、価格上昇による消費抑制を目指すべきだろう。

ナフサ不足が進むと、プラスチック容器やビニール袋などが消える、とか、価格が上昇して小売業の利益を圧迫するといった声が聞こえる。では、これをきっかけに、大量にプラスチック製品を消費する日本人の生活スタイルを見直すきっかけにしてはどうだろうか。

ドイツや北欧の留学生が驚く日本の「大量消費」

プラ袋が高くなったので、プラ袋に入れるのではなく、カゴ皿に野菜を並べて精算後、買い物カゴや袋に直接入れて持ち帰ってもらうように変えた八百屋の話がニュースで流れていた。そもそも、ヨーロッパの国々の店で、日本のようにプラ袋に野菜を詰めて売っているところはほとんどない。スーパーなどは量り売りが多いのだ。

また、ドイツやスイスなどではゴミ収集時の料金が高いため、家庭から出すゴミの量を減らすために、お店で購入した段階で包装パッケージなどを店のゴミ箱に捨てていくケースが多い。

ドイツや北欧などの学生が日本に遊びに来ると決まってプラスチック容器を大量消費していることに驚愕する。ペットボトルやプラスチックは回収してリサイクルされていると考える人もいるが、実際は燃やして熱を利用している擬似リサイクルが多。ペットボトルは比較的マシで、ペットボトルに再生されるものもあるが、全量がそのまま使われているわけではない。

エコロジー重視の生活スタイルに見直す好機

ドイツなど欧州の家庭では当たり前のリターナル瓶は日本の個人消費から姿を消して久しい。こうした石油製品をできるだけ使わないようなエコロジー重視の生活スタイルに見直す好機と言えるかもしれない。大量生産、大量消費の中で便利さに慣れ過ぎてきた我々の生活を見直せば、石油製品の消費量も、エネルギーの消費量も大きく減らすことができるのではないか。

前回の石油危機では省エネに突き進んだ結果、企業は生産性を高め、利益を増やして、競争力を高めた。国全体の経済力が落ちている中で、無駄な消費を無くすことで、さらに有用なものに投資する原資を生み出すことができるかもしれない。危機を好機に変えるのが得意な日本人の真骨頂を発揮する時ではないだろうか。

「貯蓄から投資へ」でお金が増えると思ったら大間違い…「NISAに群がる日本人」が知らない"資産形成のカラクリ"

プレジデントオンラインに4月2日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/111233

「預貯金離れ」が起きている

「貯蓄から投資へ」――。歴代内閣が長年にわたってキャッチフレーズとして掲げてきた個人金融資産のあり方に変化が見え始めた。家計の金融資産に占める現金・預金の比率が2025年9月末で、18年ぶりに50%を割り込んだのだ。株価の大幅な上昇や、2024年1月から始まった新NISA(少額投資非課税制度)の利用増が、預貯金離れに拍車をかけている。この傾向はしばらく続きそうだが、預貯金離れが起きている理由を見てみると、必ずしも喜ばしいことばかりではない。

日本銀行の資金循環統計によると、2025年12月末の家計の金融資産残高は2351兆円と1年前に比べて5.3%増え、過去最高を更新した。金融資産が増えていると言うと、日本の家計全体が豊かになっている印象を受けるが、そうとばかりは言い切れない。

家計が持つ「株式等」は342兆円と前年同期比で22.6%も増えたが、背景には株価の大幅な上昇がある。2024年末の日経平均株価は3万9894円で、1年後の2025年末は5万339円なので、1年で26.2%上昇した。つまり、家計が新しく株式を購入したというよりも、保有している株式の価格が上昇したことで、保有残高が増えたと見ることもできる。

「円」の価値が下落している

もちろん、株価が上昇するということは、日本経済が今後成長するという先行きへの期待がある、という見方もできる。企業の成長を先取りして投資家が株式を買っている、ということだ。だが、一方で、株価を示している「円」の通貨価値が下落しているために株価が上昇しているように見える、と言うことも可能だ。つまり、円の実態価値が下落しているから、見た目の株式等の家計資産が増えていると考えることもできるわけだ。

円ドル為替レートで見ると2024年12月も2025年12月も1ドル=155円前後で大きく変わらない。しかし、ドル通貨もインフレで劣化しているため、ドルと円の単純比較では実態は分からない。日本銀行が毎月公表している「実質実効為替レート」、円の実力を見る指数では、2020年を100とした指数で、2024年12月は71.85、2025年12月は68.26となっている。つまり5%あまり日本円の通貨価値は劣化していると考えられるのだ。

また、人類古来の通貨とも言える金(ゴールド)の円建て価格で見ると、1グラム=1万4746円から2万5019円と70%あまり上昇した。もちろん、金への投資が増えて金価格自体が上がっていることもあるが、金を基軸にした場合、円通貨の劣化を示していると見ることもできる。

株式を持つ人と持たざる人の格差が拡大

そうは言っても、株価の上昇で恩恵を受けている人が多いのも事実だ。だが、最大の問題は株式を持っている人と持たざる人の格差がどんどん大きく拡大してしまうという点だ。つまり株式等の金融資産が増えて家計全体が潤っているというよりも、一部の資産家の資産がますます大きくなり、そうした人だけが大きな恩恵を受けていると見ることもできる。

こうした株価の上昇が、預貯金から株式などのリスク資産へのシフトを巻き起こしているのも事実だ。

特に少ない資金から簡単に始められるとして若年層などからも人気のNISAは大幅に残高を増やしている。金融庁の発表によると2025年12月末時点のNISAの累計買付額は71兆円と、1年前に比べて36%も増えた。2024年1月に新NISAとして投資できる金額を年間360万円まで拡大したことによって、個人の新規口座開設が急増。12月末の口座数は2826万口座と1年で10%増えた。

「株は絶対儲かる」という思い込み

しかも、NISAに入れたはいいが、株価が下がって含み損が生じている場合、なかなか売って現金化する決断ができない。売りたくても売れない事態に直面している人も少なくないという。損をしてまで売りたくないという心理が働くからだ。

なかなか現金化しにくくなるリスクは、長年、株式などを保有している人ならば百も承知、株価が下がっている間、「塩漬け」にしてきたという個人投資家も多い。ところが、ここ数年の株価上昇で、「株は絶対儲かる」といった感覚が広がり、余剰資金だけでなく、生活に必要な資金まで株式や投資信託に投じるという問題が生じているわけだ。

株式のみならず、投資信託にも資金流入が続いている。2025年末の家計が持つ投資信託は165兆円。前年比21.3%増えた。金融資産に占める「株式等」の割合は14.5%、「投資信託」は7.0%に達する。このほか、個人向け国債などの「債務証券」も1年前に比べて9.6%増え、34兆円となった。

日本企業の成長と株価の上昇が重要

こうしたリスク資産への資金シフトの結果、家計の金融資産に占める「現金・預金」の割合が2025年末では48.5%まで減ったわけだ。ピークは2001年末の55.5%だったので、7ポイントも低下したことになる。

もちろん、金融資産の中で、現金・預金の額自体が大きく減ったわけではない。2025年末は1140億円と1年前に比べて0.5%増えた。いわば経済成長並みの増加だったと言っていいだろう。

家計の金融資産の中味を見ると「貯蓄から投資」への流れが徐々に始まったようにも見える。それでも現預金の比率が12%の米国に比べればまだまだ預貯金中心の金融資産構成であることは間違いない。米国は株式や投資信託が55%と過半を占めているので、日本の家計の投資へのシフトはまだまだこれからだろう。

もっとも、株式などの資産は短期間に一気に増やす性質のものではない。経済成長とともに投資先企業が成長して株価が上昇していく、あるいは株式分割などで資産が増えていくというのが本来のあり方だ。つまり、日本株で言うならば、日本企業が大きく成長して株価も上昇していくことこそ、重要なのである。

企業も国も豊かになり、その結果、個人金融資産が増えていく。株式は、決して博打のように資産を増やすための手法ではない。日本円の劣化で株価が上昇しているように見えることに一喜一憂するのではなく、日本企業そして日本経済が成長した恩恵を個人も受ける。それが本来の資産立国ということだろう。

「ガソリン代が安くなる」と喜ぶのは大間違い…高市首相の「石油備蓄放出&補助金」がもたらす"大きすぎる代償"

プレジデントオンラインに3月17日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/110479

高市首相にとっては予想外の痛恨事

米国によるイラン攻撃は長期化の様相を見せている。対抗措置としてイランはホルムズ海峡の封鎖を宣言、石油タンカーなど船舶はホルムズ海峡を事実上通過できなくなっている。日本は原油輸入の9割を中東に依存、74%がホルムズ海峡経由だとされ、封鎖が長期化すれば、原油調達に支障を来し経済に大きな影響を与えることは間違いない。

高市早苗首相は、物価上昇を抑え込み、実質賃金をプラスにすることを半ば公約として掲げてきた。3月9日に厚生労働省が発表した1月の毎月勤労統計では、名目賃金から物価変動分を差し引いた「実質賃金」が前年同月比1.4%のプラスと、2024年12月以来、13カ月ぶりにプラスに転じた。

当初は大半のエコノミストが2月、3月もプラスが続くと見ていたが、ここへきて急速にガソリンの小売価格が上昇したこともあり、先行きに暗雲が漂っている。高市首相からすれば、実質賃金のプラスが定着したと胸を張りたいところだったろうが、まさに予想外の痛恨事になっている。

ガソリン価格の急激な引き上げ

首相としては、何としても物価上昇を抑えたいと思ったのだろう。石油備蓄の放出を決めたほか、激変緩和措置という名目で、石油元売り会社に補助金を出して販売価格を引き下げさせることを決めた。

石油備蓄は国が所有する国家備蓄と民間に義務付けている民間備蓄があり、昨年12月末で国家備蓄が146日分、民間備蓄が101日分ある。このうち石油元売り会社に義務付けている70日分を55日分に引き下げることで供給量の維持を目指す。さらに政府は、国家備蓄を1カ月分放出して元売りなどに販売することも決めた。備蓄の放出は合計45日分、約8000万バレルを取り崩す計画だ。

石油備蓄が200日分あるから大丈夫だ、と政府は繰り返すが、ホルムズ海峡の封鎖がどれだけ続くかは分からない。米国はイランに降伏と体制転換を要求しているので、現イスラム政権がそう簡単に折れるとも思えない。そうした中で、早くも備蓄放出に手を付けて大丈夫なのだろうか。

市中のガソリンスタンドではガソリンの急激な価格引き上げが起きている。1リットル190円台を付けるところも多く、元々価格が高めの長野県などでは200円を超えるガソリンスタンドも出始めた。そんな価格上昇を高市首相は補助金と合わせて抑え込み、1リットル当たり170円程度に抑えるとしている。財源として既存の基金の残高2800億円を当てるとしているが、原油価格の動向によっては基金は1カ月で底をつくとの見方もある。

これまでもガソリン価格を抑えるために3年半で8兆円という巨額の財政を投じてきたが、今後も価格が上昇する「市場」に戦いを挑み続けることになれば、国の財政は悪化の一途をたどる。

戦争が長引けば原油不足になる

伝統的な経済学者の間からは、石油価格を抑えるために多額の補助金を出し続けるのは「愚策」だという声が出ていた。もともと円安によって国内物価が上昇しているところに、補助金を出して政府の財政を悪化させれば、さらに円安が進んで、輸入価格が上昇しかねない。イタチごっこになるだけだ、という意見だった。

今回の場合、単に市場で価格が上昇しているだけでなく、ホルムズ海峡を通過できず石油自体が流れてこない深刻な「原油不足」が懸念されている。モノが足りなくなる懸念がある時に備蓄を放出して不足を補うのは意味があるが、価格を引き下げることを目的にするのは問題が多い。

価格が上昇すれば、消費者が節約するなど省エネに動くが、価格を引き下げてしまうと消費行動は従来と変わらない。戦争が長引けば原油不足になるリスクが顕在化しつつある中で、今重要なのは消費量をできるだけ減らす「省エネ」機運を盛り上げることだ。そのためには価格の上昇はある程度、放置し、市場に任せるべきなのだ。消費量が減って売れないとなれば石油元売り会社は価格を引き下げざるを得なくなる。それが市場原理というものだ。

市場原理を機能不全にしている

ところが、日本政府がここ数年とり続けている政策は、補助金によって、この市場原理を機能不全にさせているとも言えるのだ。

1970年代のオイルショックの時は価格が大幅に上昇したことで、製造業を中心に企業は猛烈な「省エネ」に動き、それがその後の日本企業のコスト競争力の向上と、収益性アップに結びついたとされている。つまり、価格を意図的に抑えることが必ずしも良い結果をもたらさないのだ。

また、財政赤字が拡大すれば、円安が一段と加速しかねない。実際、ここへきて再びジリジリと円安となり1ドル=160円に接近している。衆議院を通過した2026年度一般会計予算は122.3兆円と過去最大規模の予算となった。高市首相が主張する「積極財政」が示された格好だが、これによって財政悪化懸念も再び頭をもたげている。

将来の経済成長につながる投資の呼び水として財政出動するものはまだ良いとして、防衛費などの大幅増加がどれだけ景気浮揚に結びつくのか分からない。また、巨額の予算を賄うために、ジワジワと増税が行われていくのも景気にマイナスになりかねない。

物価上昇でますます苦しくなる

一方で、株価や地価、宝飾貴金属などの値上がりが大きく、こうした財産を持つ人と持たない人の格差がどんどん広がっている。米国とイランの戦争が始まった後は、株価は乱高下しているものの、「先行き不安から売り一色」という展開にはならない。それは、世界で余ったお金が行き場を失い、少しでも安全な資産へと資金が集まることから、必ずしも成長を買うということではなく、株価水準が一定以上下がれば買いが入るという構造になっているからだ。

イラン戦争によって原油価格が上がることで、幅広い物価が押し上げられていくと見られる。そうなると名目賃金が上がっても、物価上昇に追いつかないという状況が再び起きてくる。資産を持たない層は物価上昇でますます苦しむということになりかねない。選挙戦で約束したはずの食料品の消費税率ゼロを2年間という話も、遅々として実現するメドすら見えない。生活に困窮する世帯が益々増えることになるだろう。

実質賃金プラスを維持するのは困難

過去最高を記録した企業収益にも暗雲が漂う。3月決算上場企業の2026年3月期は5年連続で最高益を更新する見込みだが、2027年3月期は楽観視できなくなった。仮に1バレル=140ドルという過去のピークを超えて原油高が進んだ場合、製造業のコストが大幅に増加する可能性が高い。

これまでは大企業を中心に、好業績を背景にして従業員の賃金を引き上げる動きが広がっていた。深刻さを増す人手不足もこれに拍車をかけていた。この賃上げムードに一気に水を差すことになりかねない。名目賃金が今年ほど上がらないということになれば、ますます実質賃金がプラスを維持するのは難しくなるだろう。

円安が輸出企業の収益にプラスに働く傾向があるのは事実だが、地政学的な不透明さは貿易量そのものを減少させる懸念がある。中国の景気減速も鮮明で、日本から中国への輸出増も見込み薄だ。米国向け輸出は引き続きトランプ関税問題があり、不安定な状態が続く。欧州はウクライナとロシアの戦争、中東での紛争の影響で、経済成長は鈍化しそうだ。

1月に国際通貨基金(IMF)が発表した世界経済見通しでは2026年は3.3%に対して2027年は3.2%という予想だったが、イラン戦争の余波もあり成長率が下方修正される可能性も出てきた。日本は2025年の1.1%から2026年は0.7%、2027年は0.6%と鈍化する予想だったが、この数字すら危ぶまれる。物価上昇に対して国民がさらに財布の紐を締めることになれば、消費も一気に悪化する可能性が出てくる。

「古びた原発をなんとか稼働」なんて正気の沙汰じゃない…政治の無責任が招いた"知ると背筋が凍る"日本の現状

プレジデントオンラインに3月4日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/109882

石油価格の上昇による大打撃

米国とイスラエルがイランを軍事攻撃し、最高指導者ハメネイ師ら政権幹部を殺害した。イランはすぐさまイスラエルや周辺国米軍基地などへの報復攻撃に出ており、戦争状態が続いている。

こうした中で、革命防衛隊がホルムズ海峡の航行禁止を宣言し、ホルムズ海峡を通過して運ばれる湾岸諸国の原油輸出が不可能になることから、日本を含む世界各国の経済への影響が懸念されている。原油価格は緊張が高まる前の1バレル=60ドル前後から、一気に75ドルに跳ね上がった。専門家の中には100ドル以上への値上がりを予想する向きもある。

日本は原油輸入量のうちの74%をホルムズ海峡経由の原油に依存している。政府は、日本には254日分の原油・石油製品備蓄があるので、すぐに石油不足に陥ることはないとしているが、価格が上昇すれば、ガソリン代のみならず、様々な製品価格を押し上げる要因になる。物価上昇の抑制が最大の政策課題になっている現在、石油価格の上昇は日本の政治・経済に大打撃を与えかねない。

2011年までは「原子力発電へのシフト」を目指していた

ホルムズ海峡経由を含め、原油の9割以上を中東に依存している日本は、以前からエネルギー源の分散を目指してきた。2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故までは、原子力発電へのシフトが政策の柱で、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源として原発が重視されていた。

これは自民党だけでなく野党も同じで、民主党政権時には原発を14基新設する計画などが検討されていた。ところが東日本大震災による深刻な原発事故で方針を一転させ、「原発への依存度をできる限り低減させる」こととなった。

民主党政権時の2012年9月に同党は提言をまとめ、「原発ゼロ社会を目指す」として、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」としたが、「原発を即時に止めることは現実的ではない」といった異論もあり、閣議決定はできなかった。それでも具体的な原則として、(1)運転後、40年たった原発の運転制限を徹底する(2)原子力規制委員会が安全確認した原発のみ再稼働する(3)新増設は認めない――ことを打ち出した。

「安全神話」が崩れ「反原発」に

原発は安全だとした「神話」が大きく崩れたことで、事故後の世論は一気に「反原発」に傾いた。2012年3月末からは、毎週金曜日に首相官邸前で原発再稼働反対の抗議行動が繰り広げられていた。当時の官僚のひとりは「官邸の中まで反対運動の太鼓の音が響いた。国民の側に立った政権だという気持ちがあった我々はいたたまれない思いだった」と当時語っていた。原発ゼロという長期的な方針は、こうした国民世論に押されてのことだった。

その年の12月に解散総選挙が行われ、安倍晋三自民党が圧勝、民主党は政権を失った。「古い自民党には戻らない」とした安倍首相は、原発問題を争点にすることを極力避けた。「世界一厳しい安全基準」に合格した原発だけを再稼働させるとしたが、再稼働には時間を要した。

政府は定期的に国のエネルギー源のあり方などについて方針をまとめる「エネルギー基本計画」を公表している。自民党が政権を取り戻すと、2014年の改訂を目指して議論が始まった。

60年を超えて運転できるようにした

結局、2014年に閣議決定された第4次エネルギー基本計画では、それまでの基本方針だった、「安定供給」「経済効率性」「環境適合」に加え、「安全性」を最優先事項として定めた。その上で、「原子力発電への依存度を可能な限り低減する」ことを目的とすると明示した。一方で、原子力発電は重要な「ベースロード電源」であるとして、廃止の方針は修正した。

安倍首相は選挙で勝ち続け、高い支持率を維持したが、こと原発に関しては国民的な議論を巻き起こすことは避け続けた。議論をすれば国論を二分することになり、原発廃止の方向に動いていくと読んでいたのかもしれない。

だが、水面下では原発の利用促進がジワジワと復活しつつあった。事故から10年目の2021年にまとまった第6次エネルギー基本計画には、「原子力の社会的信頼の獲得と、安全確保を大前提として原子力の安定的な利用の推進」といった文言が盛り込まれた。さらに2023年5月には「GX脱炭素電源法」が成立、原則40年としてきた原発の運転期間を実質的に延長し、60年を超えて運転できるように2025年6月から法律が施行された。民主党政権時に打ち出した「運転後、40年たった原発の運転制限を徹底する」という「原則」を10年の時を経て反故にしたのだ。

「安全神話」を作り上げるための不正

さらに、石破茂内閣が2025年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2025」では、「新増設は認めない」というもうひとつの原則も反故になった。骨太の方針にはこう記された。

「廃炉を決定した原子力発電所を有する事業者の原子力発電所のサイト内での建て替え等の具体化を進める」

いわゆる「リプレース」を認めるとしたのだ。廃炉にした分を新設するわけで、これを認めることによって「原発ゼロ」を目指すことは無くなったと言って良い。

まもなく福島第一原発事故から15年。原発を巡っては各地で様々な隠蔽や改竄など様々な不正が露見してきた。いわゆる「安全神話」を作り上げるために、書類上の数字を誤魔化すようなことが繰り返し行われてきたのだ。

最近も、中部電力が浜岡原発(静岡県)の再稼働審査において、地震データを故意に操作して揺れを過小評価する不正を行っていた疑いが2026年1月に発覚した。原子力規制委員会の立入調査では「計算過程の記録が残っていない」ことも判明。捏造の疑いが強まり、中部電力社長の林欣吾氏は電気事業連合会の会長を辞任に追い込まれた。

国民的議論がほとんど行われてこなかった

こうした不正や隠蔽、改竄は、他の原発でも繰り返し表面化。到底、国民の信頼回復ができたとは言い難い。再稼働ありきの姿勢を見ていると、事故以来「安全が最優先」と言い続けている政府の方針が虚しく聞こえる。

ロシア・ウクライナ戦争、イスラエルのガザ攻撃、イスラエル・米国とイランの戦争によって、地政学的リスクがいよいよ大きくなり、日本のエネルギー確保が安全保障上の大きな問題になってきた。原油への依存を下げることを考えれば、経済効率が高いという理由で原発を重要視するのはわからないではない。だが、そのための、国民的な議論はこの15年、ほとんどと言って良いほど行われてこなかった。なし崩し的に再稼働が進み、60年を超える稼働やリプレースへと突き進んでいる。

「最新の技術の原発の方が安全性が高いのは当然」

だが、原発推進を主張する経済産業省のOBですら、40年以上前に建設された古い原発よりも、最新の技術の原発の方が安全性が高いのは当然だと語る。つまり、古い原発を60年を超えて使い続けるのはリスクが高いのは明らかなのだ。

また、原発から出る核廃棄物の処分場所はいまだに決まっていない。昨今の地震の頻発もあり、万が一にも予想外の断層が動いた場合、原発は無事でいられるのかも不安である。

さらに、地政学的不安定さは東アジアも変わらない。核開発に関する限り、イランよりも北朝鮮の方が深刻で、すでに核を保有しているとみられる上、ロケット発射も繰り返している。日本海を挟んで向き合っている東京電力柏崎刈羽原発には7基の原子炉が並んでいる。それをロケットで狙われた場合、甚大な被害に結び付く懸念も現実のものになってきた。原発をゼロにするのではなく、使い続けていくのなら、今ある発電所の立地内で建て替えるのではなく、より安全な立地を含めて再検討するべきではないのか。

いずれにせよ、これだけ国や国民にとって重要な課題にもかかわらず、国民的な議論が無さすぎるように思う。