関電「第三者委員会」調査後まで「岩根社長」が居座る姑息なワケ

新潮社フォーサイトに10月18日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/46004

 関西電力の役員らが原子力発電所のある福井県高浜町森山栄治・元助役(故人)から多額の金品を受け取っていた問題で、八木誠会長が10月9日に辞任した。10月2日に開いた記者会見では「今回の件を厳粛に受け止め、すべての膿を出し切るため、原因究明と再発防止対策を進めることが最大の責務」だとして辞任しない意向を示していたが、わずか1週間で辞任に追い込まれた。

 

 

公務員の給与増は結局ダメ職員を増やすだけだ  高齢職員がポストを占有する構造

プレジデントオンラインに10月18日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/30370

「民間の給与が上がっているから」という大義名分

またしても公務員の給与が引き上げられることが決まった。政府は10月11日に閣議を開いて、2019年度の国家公務員一般職の月給とボーナスを増額する給与法改正案を閣議決定した。8月の人事院勧告を受け入れ、月給を平均387円、ボーナスを0.05カ月分それぞれ増やす。公務員給与の増額は6年連続だ。

対象は国家公務員27万7000人だが、人事院勧告に沿って改定される地方公務員も含めると約330万人に影響する。財務省などの試算によると、引上げによって2019年度には国家公務員で約350億円、地方公務員で約680億円人件費が増えることになる。

人事院勧告は毎年8月に出されるが、目的は民間と国家公務員の給与水準を合わせること。スト権などが制限されている公務員自身が給与の増額を要求する術がないので、代わって人事院が民間並みを確保するよう給与改定額を決定、政府に対して「勧告」する仕組みになっている。第2次以降の安倍内閣ではこの勧告をほぼ完全に受け入れてきた。

つまり、公務員給与が増えるのは、民間の給与が上がっているから、というのが大義名分なのだが、本当だろうか。

庶民感覚からずれている総裁談話

8月の人事院勧告で、人事院は次のような総裁談話を出した。

「本年4月分の月例給について、民間給与が国家公務員給与を平均387円(0.09%)上回る結果となりました。そのため、初任給及び若年層について俸給月額を引き上げることとしました。また、特別給(ボーナス)についても、民間事業所における昨年8月から本年7月までの直近1年間の支給割合が公務を上回ったことから、年間4.5月分に引き上げることとしました」

あくまで民間が上昇しているとしているのだが、このあたり、庶民感覚とは違う。給与が増えているのは大企業だけで、中小企業の働き手には賃上げの実感が乏しい。また、景気の先行きに不透明感が漂っていることもあり、大企業でも2019年夏のボーナスは前の年に比べて減額されているケースも少なくない。

人事院は4月の月給をベースに比較しているが、それ以降、急速に民間給与は減っていることが統計で明らかになっている。厚生労働省が10月8日に発表した「毎月勤労統計調査(速報)」によると、8月の「実質賃金」は前年比0.6%減少と、前年同月を8カ月連続で下回った。名目賃金に当たる「現金給与総額」も27万6296円と前年同月を0.2%下回り2カ月連続でマイナスとなった。日本経済新聞は「8月の実質賃金、前年比0.6%減 賞与の減少響く」と報じていた。

「人材確保のため」は言い訳ではないか

この「毎月勤労統計調査」は今年の初めに発覚した「不正統計」で大きな問題になったもので、統計対象企業の入れ替えなどの影響が大きい。

その後、政府は、過去からの時系列の変化を見るには統計数字は不適切だとして、集計対象を共通の事業所だけにした「参考値」を公表してきた。何とか、給与が増えているということを数字で示したかったのだろう。

その「共通事業所」の現金給与総額は、政府が数字を公表した2017年8月以降、ずっとプラスが続いてきたのだが、ついに2019年7月には、このデータでも0.9%減とマイナスになった。どうやら、民間の給与は増加が止まり、再びマイナスになり始めているのだ。

それを横目に公務員給与引き上げを決めた人事院もさすがに後ろめたさを感じたのだろうか。「初任給及び若年層について俸給月額を引き上げることとしました」とし、30歳代半ばまでの月給は平均0.1%引き上げるものの、それ以上の年代では据え置くとしたのだ。人事院は「民間が若年層への配分を増やす中で、人材確保のために初任給などを引き上げた」と説明しているが、苦し紛れの言い訳だろう。

有能な若手人材ほど「今の高い報酬」を求める

確かに、少子化による働き手の不足によって公務員でも若手の人材確保が難しくなっているのは事実だ。かつて、東京大学法学部を卒業したエリートは霞が関に就職するというのが当たり前だったが、今やトップ人材は官僚にならない。外資系のコンサルティング・ファームや金融機関などが就職先として人気だが、いずれも若いうちから高給が支払われる。また、霞が関の各省庁に就職しても、数年で辞めていく若手公務員が少なくない。期待と現実のギャップで2~3年で辞めるのならともかく、7~8年たってこれから働き盛りという年頃で辞めていく人が少なくない。中堅・若手の相次ぐ退職に各省庁は頭を悩ませている。

そのひとつの理由が、仕事量に給与が見合っていないことだと言われる。公務員の俸給制度は勤続年数に重点が置かれているため、若手の給与は低い。その代わり、基本的にクビになることはないし、将来にわたって収入が増えていくので「安定」しているというわけだ。だが、民間企業の間でも終身雇用が崩れつつある中で、将来にわたる安定を求め、「今は苦しくても将来は安泰だ」と考える若者は着実に減っている。とくに有能な人財ほど、将来よりも今の高い報酬に惹かれる。人手不足が深刻化する中で、霞が関は有能な若手人材の草刈り場になっている。

雀の涙のような引き上げでは不十分

本当に人事院が、有能な若手人材の確保を狙うのならば、雀の涙のような賃金引上げで効果があると考えるのは不十分だろう。

実は、自民党行政改革推進本部が、「公務員制度改革の徹底について」という意見書を2019年3月8日に出している。そこでは、2008年の公務員制度改革基本法に明記されながら、いまだに実現していない改革を早急に実行することを求めているのだが、その柱が、能力・実績主義の徹底による若手官僚の抜擢の仕組みの導入なのだ。

意見書には、①幹部職員に求められる役割を明確に示すこと、②民間からの幹部ポストへの登用の拡大、③抜擢人事に不可欠な「特例降任」の実施、④能力・実績主義の人事評価の徹底――が本来実行されるべき事として明記されている。そのうえで、「能力・実績主義を一層貫徹するために、給与制度の見直しこそ最重要課題である」と結論付けている。

要は、定年までの雇用を前提にした年功序列の賃金制度ではなく、優秀ならば若手でも幹部ポストに抜擢し、比較的高い給与を支払う給与制度に変えるべきだとしているのだ。ちなみに、降格が必要なのは、ポストによって定員が決められている公務員の場合、降格ができなければポストを空けることができず、若手や民間人を抜擢する事ができないのである。

定年廃止、能力主義の人材配置が必要

与党である自民党ですら改革を求めている霞が関の人事制度だが、政府や霞が関はまったく耳を貸そうとしないのが現状だ。年功序列の給与制度は、一定以上の勤続年数がたち、ポストに就くようになると、一気に待遇が改善される。

霞が関で課長になれば1100万円から1400万円、局長級は1800万円から2000万円、事務次官ともなると2500万円から3000万円になるとされる。「公務員の給与は安い」と一般的に信じられているのは、現業職の現場や課長補佐以下の職員の給与である。今回の給与法改正は一般職の給与改定だが、幹部の給与もこれに連動して引き上げられることになる。

さらに、公務員の定年の引き上げもほぼ固まっている。現在60歳の定年を、段階的に65歳まで延長する方針だ。民間企業の場合、60歳の定年を機に再雇用となり、給与水準が大幅に引き下げられるのが一般的だが、公務員は60歳からはそれまでの7割程度とするとされている。「民間並み」などどこ吹く風なのだ。

定年が引き上げられ、高齢職員がポストに居座り続けることになれば、ますます若手に重要なポストは回ってこない。課長になるのが遅くなれば、当然、若手の給与は低いまま放置される。

いっその事、欧米のように定年自体を廃止してはどうか。そのうえで、年齢や勤続年数に関係のない能力主義の人材配置を行う。そうなれば若手の抜擢も可能になり、有能な人材を霞が関に集めることができるだろう。

「NHKはまるで暴力団」を撤回しない元総務次官の「見識」  許認可官庁はそんなにえらいのか

現代ビジネスに10月17日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67844

不正販売した側が被害者然

NHKはまるで暴力団」と言い放っていた日本郵政の鈴木康雄・上級副社長が10月15日に国会に呼ばれ、「真意」をただされた。鈴木氏は「反社会的勢力が行うことと同様ではないかという意味で言った」と開き直り、ついぞ発言を撤回しなかった。

かんぽ生命保険の不正販売問題を取材していたNHKに対して日本郵政が抗議を繰り返し、続編の放送を見送らせていたとされる問題で、鈴木氏は抗議を行っていた当事者。

鈴木氏が国会で答弁したところによると、NHKの公式ツイッターで公開された動画が、具体的な事実の指摘がないまま「かんぽは詐欺だ」などとしていたため、取り下げを要請したところ、NHK側が「取材を受けてくれるなら動画を外してもいい」と言ってきた、という。

この取材を受けるなら動画を外すという言い方が、暴力団と同じだ、というのである。2018年夏のことだ。その後、かんぽ生命の不正販売の実態が明らかになり大きな社会問題になっているのは周知の通りだ。

10月3日の記者団の取材に対して鈴木氏は、「殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ。俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と痛罵していた。

どうみても適切とは言えない発言だが、問題はそこに留まらない。鈴木氏は日本郵政の副社長に収まっているが、もともとは総務省の官僚で、旧郵政省の放送政策課長や総務省の情報通信政策局長などを経て、2009年から2010年まで総務事務次官を務めた。総務省の大物OBの抗議に、NHKは震えあがり、経営委員会が上田良一会長を厳重注意する事態に至ったと考えるのが常識だろう。言うまでもなく総務省は放送局に免許を与えている所管官庁である。

国会での質問に鈴木氏は、役所を辞めて8年以上になり、行政に影響を与えることはあり得ない、と述べていた。だが、国が大株主である日本郵政の副社長というポストを当てがわれたのも、総務次官OBだからであり、広い意味での総務省の人事の一環だ。決して鈴木氏の経営能力が買われたわけではない。いまだに総務省の現役官僚たちに大きな影響力を持っているというのが実態だろう。

鈴木氏は2018年10月にNHKの経営委員会に、ガバナンス体制の検証を求める書面を送付。前述の通りNHK経営委員長の石原進・JR九州相談役が、上田会長を厳重注意とした。結局、上田会長は「番組幹部の説明を遺憾」とする事実上の謝罪文を日本郵政側に届けた。会長名の書簡を届けたのは専務理事・放送総局長と編成局部長だったという。放送の現場責任者が、日本郵政の抗議に屈したわけだ。

「経営委員会へ圧力」も当然

それでも鈴木氏の怒りは完全には収まらなかったようだ。謝罪文を受け取った鈴木氏は、経営委員会宛てに文書を送り付けていたことが、報道で明らかになっている。こんな具合だ。

「会長名書簡にある『放送法の趣旨を職員一人ひとりに浸透させる』だけでは充分じゅうぶんではなく、放送番組の企画・編集の各段階で重層的な確認が必要である旨指摘しました。その際、かつて放送行政に携わり、協会のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場から、ひとりコンプライアンスのみならず、幹部・経営陣による番組の最終確認などの具体的事項も挙げながら、幅広いガバナンス体制の確立と強化が必要である旨も付言致しました」

文中にあるように、自らが総務官僚として放送行政に携わってきたことを「誇示」し、自分自身がルールブックであるといわんばかりに自らの主張を押し付けている。なにせ、企画・編集段階で重層的にチェックをし、幹部・経営陣が番組を最終確認するのが、NHKに求められるガバナンスだと言っているのである。

もし鈴木氏が言うように現役総務官僚への影響力がないのだとすれば、この文書は過去のポストをひけらかして自らを大きく見せる「虎の威を借る狐」であることを示している。もちろん、NHKの経営委員長がすぐさま行動に出たのは、鈴木氏と監督官庁総務省を重ね合わせたからに他ならないだろう。

君は一体何様だ

それでも鈴木氏は、自らの行動が、ジャーナリズムへの介入だということに気が付いていないようだ。いや、もしかすると、ジャーナリズムに介入する権限を総務省は持っていると思っているのかもしれない。

国会答弁ではこう答えている。

「自分の一方的な主張を正当化するために他人に無理やりに余計な行為をさせるということであり、放送倫理に違反する。今でも同じように考えている」

放送倫理に違反するかどうかは、日本郵政の一副社長が決定する話ではない。NHKの現場記者が正義感にあふれるあまり、かんぽ生命の販売手法を「詐欺だ」と決めつけて取材していたことは十分にあり得る。逃げ回る経営者に何とか取材を受けさせようと、相手からすれば脅しに聞こえるキツイ言葉を使うこともあったかもしれない。

だが、不正が指摘されている以上、日本郵政の経営者としては、きちんと社内を調査し、取材を受けて説明をするのが役割だったはずだ。それはその後の不正販売問題の広がりを見れば分かることである。

総務次官OBが役所の権限をかさにきてNHKに圧力をかけていたことは、決して看過されるべきことではない。発言を頑なに撤回しない鈴木氏はどう考えても、不正販売の撲滅と信頼回復が急務の日本郵政の経営者としては不適格だろう。

最低賃金、初の1000円突破は 日本経済にプラスかマイナスか

 ビジネス情報誌「エルネオス」9月号(9月1日発売)『硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

エルネオス (ELNEOS) 2019年9月号 (2019-09-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2019年9月号 (2019-09-01) [雑誌]

 

 

今年も十月から最低賃金が引き上げられる。最低賃金は年に一度、十月に見直されているもので、厚生労働省中央最低賃金審議会が決めた「目安」に従って、都道府県ごとに地方の審議会が最低賃金(時給)を決める。
 これまで全国加重平均八百七十四円だったものが、二十七円引き上げられ、九百一円になる。引き上げ率は三・一%で、二〇一六年以降、四年連続で三%超が続くことになる。中でも注目されたのは、全国で最も高い東京と、それに次ぐ神奈川で、それぞれ一千十三円、一千十一円と、全国で初めて一千円の大台に乗せた。
 最低賃金の引き上げは、パートやアルバイトの時給などに、すぐに反映される。最低賃金を下回る時給での求人はできないため、店頭に貼られる募集チラシは書き換えられることになる。また、月給制で働いている人も、時給に換算して最低賃金以下になるような給与は法律違反になるため、賃上げされることになる。給与水準が低い中小企業などで、賃金の底上げを促すことになるわけだ。
 給与をもらう働き手にとっては、何ともありがたい仕組みだが、こうした最低賃金の引き上げに真っ向から反対する声もある。
 日本商工会議所全国商工会連合会全国中小企業団体中央会といった中小企業経営者の集まりである。政府が今年の最低賃金の検討に入る直前の今年六月、連名で「要望書」を提出した。そこにはこう書かれている。
「大幅な引上げは、経営基盤が脆弱で引上げの影響を受けやすい中小企業・小規模事業者の経営を直撃し、雇用や事業の存続自体をも危うくすることから、地域経済の衰退に拍車をかけることが懸念される」
 最低賃金の引き上げは、日本経済にマイナスだというのだ。

賃金上昇が消費を底上げし
経済にプラスに働くという方針

 一方で、政府の立場はまったく逆だ。
 第二次安倍晋三内閣以降、安倍首相は「経済好循環」を掲げ、賃金の引き上げを経済界に求めてきた。アベノミクスによって円高が修正されたことで、企業収益は過去最高になったが、その恩恵を従業員に賃上げの形で分配し、それが消費に回って再び経済を底上げするという「好循環」が必要だとしてきたのだ。「官製春闘」と言われながらも、財界首脳に賃上げを直接要請することでベースアップが実現。一八年の春闘では「三%の賃上げ」という目標数値を首相自ら訴えた。
 こうした財界首脳への呼びかけは大企業での賃上げには貢献したが、日本の企業の大半を占める中小企業にはなかなか届かない。経済の底上げの役割を担っているのが最低賃金の引き上げなのだ。つまり、最低賃金の引き上げは消費の底上げにつながり、日本経済にはプラスに働くというのが、安倍内閣の基本スタンスなのである。
 中小企業団体が、政府が「三%」という引き上げ目標を掲げることに反発している一方で、「三%」では不十分だという主張もある。
 経済財政諮問会議の民間議員を務める新浪剛史サントリー社長は、最低賃金について、全国平均三%の引き上げというここ数年の引き上げ率にとどまらず、五%前後の引き上げが必要だとしている。低迷が続く個人消費の底上げに最も効果があるというのが新浪氏の意見だ。これに対しては、菅義偉官房長官も理解を示し、諮問会議の席上でも支持する意見を述べていた。
 果たして、最低賃金の引き上げは景気にプラスに働くのか、マイナスに働くのか。
 足元の消費は芳しくない。十月に消費税増税が控えているが、「駆け込み」消費が思ったほどに盛り上がっていない。
 一四年の消費税増税以降、消費は低迷を続けてきた。その理由はさまざま言われているが、背景に可処分所得、つまり使えるおカネが年々減っていることがあるのは間違いない。
 確かに大企業を中心に賃上げなどが行われているが、一四年の消費税増税だけでなく、社会保険料率の改定が続いてきた。厚生年金や健康保険料は給料に保険料率をかけて納付金額が決まるので、給与が増えたら自動的に保険料も上昇する。さらに、出国税や森林環境税など新しい税金も導入され、所得税も控除の見直しなどで増税が続いている。

多くの地方でワーキングプア
容認してしまっている現状

 一方で、政府がデフレ脱却に旗を振っていることから、物価もジワジワと上昇している。輸入品を中心に、食料品などは統計以上に値段が上がっている印象だ。
 特に、若者世代の平均所得は年々減少、「ワーキングプア」という言葉が定着している。
 政府は、最低賃金の加重平均で早期に一千円を目指す方針を示している。この一千円という数字には理由がある。働き手が一日八時間、週四十時間、年間五十二週働いた場合、「ワーキングプア」のラインとされる年収約二百万円を稼ごうとすると、時給換算で約一千円になるのだ。つまり、現状の多くの地方の最低賃金では、ワーキングプアを容認していることになってしまうのである。
 全国で最も最低賃金が高くなるのは東京都で一千十三円になるが、最も低いのは鹿児島県など十五県の七百九十円だ。
 当初、厚労省が示した二十六円引き上げという「目安」に従えば、昨年、単独最下位だった鹿児島県は七百八十七円で今年も最低になるはずだった。だが、「最も最低賃金が低い県」という不名誉を返上するため、目安より三円多い二十九円の引き上げを行った。東京や神奈川の引き上げ幅が二十八円だったので、それを上回る引き上げをしたのだ。
 この結果、最低ラインには十五県が並び、最高の東京と最低十五県の格差は二百二十三円と、一八年の二百二十四円から一円縮小した。長年、格差が拡大し続けてきたものが、十六年ぶりに縮小することとなった。
 鹿児島が全国最下位の汚名を返上したかったのは、最も最低賃金が低いというイメージが広がることで、働き手が隣県に流れるという「実害」が懸念されていたからだ。九州や東北、山陰などの県では、「目安」を上回る引き上げをした県が多かったが、地方のほうが人口減少が著しく、人手不足が激しいという事情がある。
 最低賃金の引き上げをきっかけに、賃上げが広がり、可処分所得が増えて、消費税増税の影響が吸収されることを祈るばかりだ。

 

実取 義洋 農家 理想と現実の間で持続可能な農業を続ける

Wedge5月号「Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人」に掲載された記事です。Wedge Infinityに10月12日に掲載されました。オリジナルページ→https://wedge.ismedia.jp/articles/-/16736?layout=b

「自然農法」という理想を持って、条件の厳しい山間部で就農した青年。10年の歳月をかけて経営として成り立つ農業を確立した。 

 「30年後、私は68歳。父の今の年齢になります。その時まで、山間地に人が住み、山林も農地もあり、きれいだと言ってもらえる風景が残せるかどうか」

 実取義洋が子どもの頃住んでいた熊本県菊池市の山間部に戻り、農業を始めて10年近くになる。農薬だけでなく肥料も使わない「自然農法」でコメを作る。イノシシが出て全滅した年もあるなど苦労の連続だったが、「自然」にこだわり続けた。

 父は養豚業を営む。「命」を頂いて大きくなったことに「疼(うず)き」のようなものを感じてきた。狭い豚舎でストレスをため、病気が出るのを抑えるために、抗生物質を与える。まるで人間社会の縮図ではないか。

 自然農法という農業の常識からすれば無謀な取り組みに、周囲の農家は温かい目を向けた。菊池には40年以上前から自然農法に挑戦する先輩たちがいた。

 「皆が安全で安心な物をお腹いっぱい食べて笑顔になるために努力をしてきた。先輩たちの思いが息づいている」。そんな伝統をどう次世代につないでいくか。

 自然農法を通じて、人は自然のみで生きられると痛感した。先人たちは自然を使って生活を豊かにしようと工夫した。コメを作り、川の水運で物を運んだ。もう一度、山の資源を最大限に活用して、豊かさを実感できる山間地の生活を実現したい。

 幻のコメと言われる「旭1号」や「亀の尾」の栽培にも取り組む。明治の農家が在来種から生んだ傑作とも言える品種で昭和に広く普及した。後のササニシキコシヒカリあきたこまちなどの先祖に当たる。原点を知ることで先人に思いをはせる。

 食味の良さは抜群だが、育てるのは難しい。だが、そうやって思いを込めて育てたコメがきちんとした価格で売れるようになった。菊池で通販サイト「自然派きくち村」を営む渡辺義文が、「言い値で全て買い取る」と言ってくれたことが大きい。また、ご縁があって銀座の高級寿司店「はっこく」に「旭1号」を納める。店主に「決め手は味」と言われたことが自信になった。

 「理想を追うだけではダメ。経営として成り立つ農業にして初めて後継者が育つ」と、菊池の自然農法のパイオニアである冨田親由にアドバイスされた。

 実取は菊池の名産品である水田ごぼうの生産にも乗り出した。ところが無肥料ではまともに育たない。実家の養豚から出る堆肥を使う決断をした。菊池は畜産王国だが、その糞尿は産業廃棄物として処分されている。これを農業に循環できないか。

 実取の子ども6人は自然の中で育つ。「夢は農家。父ちゃんの後を継ぐ、と言ってもらえるかどうかですね」。

関西電力の闇…会長が辞任しても社長が「調査後」まで居座る理由  そこまでして政治家ルートを隠すのか

現代ビジネスに10月10日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67702

責任をとったのは会長だけ

ようやくと言うべきだろう。関西電力八木誠会長が辞任すると主要メディアが報じた。高浜原発がある福井県高浜町森山栄治元助役(故人)から約3億2000万円の金品を関電幹部が受け取っていた問題では、八木会長や岩根茂樹社長も金品を受け取っていたことが明らかになり、批判が高まっていた。

9月2日の記者会見では会長社長とも続投する意向を示していたが、大株主である大阪市松井一郎市長や、監督官庁経済産業省菅原一秀大臣らから批判の声が上がっていた。

驚いたのは、八木会長が辞任することになった一方で、岩根社長は居座りを決めたこと。報道では「年末までに進退を判断する意向」「近く設ける第三者委員会の調査が終了するまでは職にとどまり、その後、辞任する方向」などと伝えられている。

9月2日の会見で岩根社長は「原因究明、再発防止を行い、少しでも会社の信頼を上げられるように、先頭に立って経営責任を果たしていきます」と述べていたが、まさに「原因究明」は自らが行うという姿勢を変えていないのだ。

あくまで会社側の第三者委員会

三者委員会というとあたかも会社から独立した組織のように思われがちだが、実際には、会社がメンバーを選び、会社が報酬を支払うので、実際には独立性を維持するのが難しい。会社で最も力を持つトップの意向が人選に働くのは当然である。

今回の関電のように金品を受領した当事者が社長として力を持っている中で、その社長に指名された「第三者委員会」がどこまで雇い主である社長の批判をできるのか。関電トップの口から何度も漏れている「不適切だが、違法ではない」という結論が初めから見えてきそうだ。

つまり、岩根社長が調査終了まで社長にとどまりたいのは、調査内容に影響力を与えたいからに他ならないだろう。

コーポレートガバナンスに詳しい久保利英明弁護士や國廣正弁護士らが自主的に行っている「第三者委員会報告書格付け委員会」(http://www.rating-tpcr.net/)が過去21回行った格付けでも、第三者委員会としての報告書として体をなしていないという判断を委員がした報告書は10に及んだ。多くが、第三者委員会としての会社からの「独立性」に問題があるという理由だった。人選した会社側、多くは社長らトップの意向を忖度した報告書が出来上がっているわけだ。

関電は10月9日に臨時取締役会を開いて、第三者委員会の設置を決めた。大物をずらっと揃え「完全に独立した社外委員」を選んだとしている。問題は社長として調査に関わり続ける岩根氏がどんな形で「協力」することになるのか。当然、社内の文書や記録を委員会に提出するかどうかは社長が判断することになるだろう。

「第三者委員会」と言っても警察ではないので、事務室に踏み込んで強制捜査ができるわけではない。会議室で会社側が用意した資料を検証し、幹部や社員にヒアリングすることになる。

関電関係者だけではないからこそ

しかし、岩根社長がそこまで居座って調査終了まで見届けなければならない理由というのは何なのだろうか。現状出ている金品の授受だけで終わらない何かがあると見るべきだろう。

メディアでは、稲田朋美・元防衛相(福井1区)や高木毅・元復興相(福井2区)の講演会が、森山元助役側から献金を受けていたと報じられている。また、森山氏が相談役を務めるなど関係のあった会社から、政治家への献金などもあきらかになっている。

今、大手メディアは各政治家の政治資金収支報告書を当たって、関西電力関係や、森山元助役の関係会社などからの政治献金を洗っている。こうした原発マネーの政治家への還流などは、関電は把握していた可能性があるが、岩根社長はそうした「余計な」情報が第三者委員会に流れないようにブロックする役割を担うのだろうか。

会見でも明らかになったように、関電側はいかに森山元助役が高圧的に金品の受領を迫ったかを繰り返し述べ、「預からざるを得なかった」という印象操作を行っている。だが、世の中一般の会社は、そうしたコワモテの相手との関係は、2000年前後の総会屋事件で各社とも清算を終えている。

関電が機能不全にしたモノとは

コーポレートガバナンスの強化は、社長の行動を縛る面ばかりに目が行きがちだが、実は社長をそうした不法行為や暴力的行為から守る仕組みでもある。

監査役社外取締役の厳しい目があるから、社長の一存でそうした行為に手を染められない。いくら脅されようとそれを受け入れたら自分はクビになるというプレッシャーがあると同時に、ガバナンス上、そうした金品を受け取れば監査役会などの知るところとなり、白日のもとに晒されてしまう。そうなれば金品を贈った側にも批判が及ぶ。

ところが、関電はそうしたコーポレートガバナンスの仕組みを、自ら機能不全にしていたことが明らかになった。監査役が幹部による金品の授受の実態を把握していながら、取締役会に報告していなかったというのである。

多額の金品を受け取っていた役員だけでなく、それを知りながら見逃していた常勤監査役や社外監査役も、この際、すべて辞任するべきだろう。関電の信頼回復の道のりは遠い。

日本人の賃金が増えない根本理由 「内部留保優先の経営」から脱却せよ

10月9日から、ITmediaビジネスオンラインで新連載『磯山友幸の「滅びる企業 生き残る企業」』が掲載されます。是非ご覧ください。オリジナルページ→

www.itmedia.co.jp

 働く人の給与が一向に増えない。一方で、消費者物価はジワジワと上昇しており、いわゆる「実質賃金」はむしろ減少傾向が鮮明になってきた。未曾有の人手不足だと言われる中で、なぜ人々の給与が増えないのか。あるいは、増えたという実感に乏しいのか。

 厚生労働省が9月20日に発表した「毎月勤労統計調査(確報)」によると、7月の「実質賃金」は前年比1.7%減少と、前年同月を7カ月連続で下回った。名目賃金に当たる「現金給与総額」も37万4609円と前年同月を1.0%下回り2カ月ぶりにマイナスに転じた。9月8日に発表された8月の統計の速報値でも、実質賃金は8カ月連続でマイナスとなり、現金給与総額も2カ月連続で減少した。

 この調査は2019年の初めに発覚した「不正統計」で大きな問題になったもので、統計対象企業の入れ替えなどの影響が大きい。自民党の総裁選挙を前にした18年8月に発表された同年6月分の賃金上昇率が3.3%増(速報値では3.6%増)と公表され、新聞各紙が「21年ぶりの高い伸び率」と報じていたが、結局、対象の入れ替えの影響が大きく、実際には1.3%増だったことが明らかになっている。

その後、政府は、過去からの時系列の変化を見るには統計数字は不適切だとして、集計対象を共通の事業所だけにした「参考値」を公表してきた。何とか、給与が増えているということを数字で示したかったのだろう。その「共通事業所」の現金給与総額は、政府が数字を公表した17年8月以降、ずっとプラスが続いてきたのだが、ついに7月には、このデータでも0.9%減とマイナスになった。

 どうやら給与は増えるどころか、減少し始めていることが統計数字のあちらこちらで鮮明になってきたのだ。

 安倍晋三首相は12年末の第2次安倍内閣発足以来、「経済の好循環」を繰り返し主張し、円安で過去最高の利益を上げている企業から、「給与増」の形で、従業員などへの恩恵が行くことを求めてきた。「禁じ手」と言われながらも、春闘に向けて経済界のトップらに毎年「賃上げ」を要請し、19年春の春闘まで6年連続でのベースアップを実現させた。18年の春闘では安倍首相が「3%以上の賃上げ」と具体的な目標数値まで示した。

 だが、こうした春闘で賃上げが決まるのは主として大企業だけだ。世の中の大半を占める中小企業の賃金はなかなか上がらない。多くの国民は所得が増えたという実感が乏しいと語る。

増え続ける「内部留保

 大企業にしても儲(もう)かった分に見合った賃上げをしているとは言い難い。

 というのも、企業が社内に溜め込んだ「内部留保」の増加が止まらないのだ。

 財務省が9月2日に発表した法人企業統計によると、18年度の金融業・保険業を除く全産業の「利益剰余金」、いわゆる内部留保は463兆1308億円と、前の年度に比べて3.7%増えた。企業が上げた利益のうち、配当などに回されず、会社内に蓄えられたもので、08年度以降毎年増え続け、7年連続で過去最大となった。

 全産業の経常利益が83兆9177億円と0.4%増に留(とど)まったこともあり、剰余金の伸び率は17年度の9.9%増に比べて小さくなったが、3.7%という増加率は利益の増加率0.4%を大きく上回っており、内部留保優先の経営が続いていることを物語っている。内部留保の463兆円は経常利益(83億円)で言えば、5年半分である。

 では、一方で、どれぐらい企業は「人件費」を増やしたのだろうか。

 法人企業統計で見ると、同年度に企業が生み出した「付加価値額」は314兆4822億円。前の年度に比べて0.9%の増加に留まった。一方で、「人件費」の総額は1.0%増の208兆6088億円で、辛(かろ)うじて付加価値の伸び率を上回った。とはいえ、17年度の人件費の伸び率は16年度に比べて2.3%増えていたのだが、18年度の人件費の増加率は1.0%である。安倍首相が言っていた「3%の賃上げ」には程遠い。この伸び率では、物価が少し上昇すれば、実質賃金はマイナスになってしまう。それが統計数字として現れてマイナス続きになっていると言ってもいいだろう。

 18年度に限って言えば、企業が生み出した付加価値の伸びと同率の伸びを人件費でも実現したことになる。だが、巨額に積み上がった内部留保という過去の蓄積を取り崩したのかと言えば、全くそうではない。前述の通り、むしろ、過去最大に積み上がっているのである。

 企業が生み出した付加価値のうち、どれぐらいを人件費に回したか、を見る指標がある。「労働分配率」といって、付加価値に占める人件費の割合を見たものだ。法人企業統計の年度数値は財務省が毎年9月に発表するので、担当の麻生太郎副総理兼財務相は毎回、記者から質問を受けてきた。昨年、2017年度の時は数値上「人件費」は増えているが、「労働分配率は下がっている」と噛(か)みついていた。法人税率を引き下げることになった際も、それで浮いた企業の利益が内部留保に回るなら意味がない、と苦言を呈していた。

低下し続けてきた「労働分配率

 今年発表した18年度の「労働分配率」は66.3%で、17年度の66.2%からわずかながら上昇した。人件費が大きく増えたと胸を張れる水準ではないのだが、今年は、麻生大臣は静かだった。あまり批判すると、安倍首相が掲げる「経済好循環」の足元を切り崩すことになってしまうからだろうか。

 ちなみに、「国」と「企業」と「家計」を経済の3主体と呼ぶ。18年度で見た場合、誰が最も収入を増やしたのだろうか。法人企業統計で見ると、企業が国に支払った「租税公課」は10兆8295億円。前年度に比べて6.5%増えた。法人税率は下がっているものの、企業業績の好調を背景に、法人税収や消費税収が増えた。実際、国の集計でも、18年度の税収は60兆3564億円となり、バブル期を上回って過去最大となった。

 租税公課は6.5%増、企業に残った内部留保は3.7%増だったのに比べて、人件費の1.0%増というのは、3主体で見た場合、家計への分配が立ち遅れていることを示しているのではないだろうか。

 労働分配率アベノミクスで企業収益が好転するなかで、ほぼ一貫して低下を続けてきた。株主に分配する「配当」は総じて増加してきたのとは対照的だ。コーポレートガバナンス企業統治)の強化が進むなかで、年金基金や生命保険会社などの発言力が増し、企業に増配などを求めるようになったことが大きい。

 コーポレートガバナンスの強化に反対する経営者の一部は、増配要求などをする米国のファンドなどが大儲けしているように言うが、実際は、日本国民の年金資産などを運用する基金や保険会社、金融機関を通じて、国民が受け取る年金の財政に寄与している。

 では、一方の労働分配率がなぜ上がらないのか。

 ひとつに働く側の主張が弱まっていることがあるかもしれない。毎年年末に厚生労働省が発表する「労働組合基礎調査」によると、18年6月30日現在の労働組合の組織率は17.0%。労働組合に入らない働き手が増え、加盟率が年々低下しているのだ。物言う株主が増えたように、物言う働き手が増える必要があるのかもしれない。

「付加価値」をいかにして増やしていくか

 ただし、「労働分配率」を金科玉条のように考えるのは問題だ。企業収益が落ち込み、もともと生み出す付加価値が減れば、労働分配率は逆に上昇するからだ。リーマンショックの後などはむしろ労働分配率は上がった。だからと言って、働く人たちの給与が増えたわけではない。

 何よりも大事なのは、企業が分配の原資である「付加価値」をどうやって増やしていくか。付加価値を増やして、それを人件費として分配していくことこそ、企業の重要な役割だろう。日本企業は付加価値が低いと言われ続けている。特に、運輸や小売り、外食、宿泊といった産業では、国際的に見て低付加価値産業だと言われ、その結果、低賃金に喘(あえ)ぎ、人手不足に陥っている。どうやって日本企業の付加価値を高めていくのか。この連載で考えていくことにしたい。