月500円ではなく年1万円以上の負担増…少子化対策「支援金制度」で岸田首相が"あえて言わないこと" これは「ステルス増税」にほかならない

プレジデントオンラインに2月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/78748

「ステルス増税」にほかならない

「実質的な負担は生じない」と岸田文雄首相が繰り返している「支援金制度」を導入する法案が2月16日閣議決定された。今国会での成立を目指す。少子化対策の財源として導入されるもので、「国民1人あたり月500円弱」社会保険料負担が増えると言いながら、「負担は増えない」と言い張る首相の論理は、どうみても詭弁きべん。児童手当の拡充や10万円の「出産・子育て応援交付金」などの財源として1兆円が必要になるとされるが、それを「保険料」と同時に徴収しようとする「ステルス増税」にほかならない。

国会論戦では野党側が「実質的な増税だ」と批判しても、岸田首相は「歳出改革と賃上げで実質的な負担は生じない」とただただ繰り返すばかり。具体的な論拠などはまったく示さなかった。

「国民1人あたり月500円」というと大した金額ではないように感じるが、これは必要になる財源額を単純に国民の数で割った金額に過ぎない。政府はこの制度を使って2026年度に6000億円、27年度に8000億円、28年度に1兆円を徴収する方針を固めている。この額を単純に割って「平均額」と言っているが、実際には、共稼ぎならば2倍になるし、社会保険の保険料率と同様に「率」で決めることになれば、収入が増えれば負担も増えることになる。

年間1万円以上負担が増える人もいる

また、加入する保険によっても金額が増える。日本総研の西沢和彦理事の試算として、医療保険の加入者1人あたりの支援金の月平均額は、協会けんぽで638円、健保組合で851円、共済組合で898円、国民健康保険で746円になると日本経済新聞は報じている。

何よりも政府が言っているのは「月額」の話で、仮に500円だったとしても年間6000円、健保組合だと1万円を超えることになるとみられる。共稼ぎならば2万円超ということだ。支援金制度の具体的な制度設計も明らかではなく、収入が多い人の負担はさらに高まる可能性もある。

どうみても家計の負担は増えるのに、岸田首相は「実質負担は増えない」と言い張る。その理由を「歳出改革と賃上げ」としているが、岸田内閣は大盤振る舞いを繰り返しており、歳出改革に真剣に取り組んでいるわけではない。また、「賃上げ」は民間企業などが行うもので、「賃金が増えるから負担は増えない」などと言い始めたら、どんな増税でも賃金さえ上がれば負担はないことになってしまう。今後予定される防衛増税なども、賃金が増えているのだから「実質負担は増えない」と言うのだろうか。

「消費などに使えるお金」はどんどん減っている

だが、この賃上げは「名目」の金額に過ぎない。拠出を「実質負担」というならば、「賃上げ」も「実質」で言わねばならないが、岸田首相が繰り返し「賃上げ」を言っても、物価上昇がそれを上回っていて、「実質」の賃金は下がり続けている。厚生労働省が2月6日に発表した2023年12月の毎月勤労統計調査(速報)によると、実質賃金は1.9%の減少で、マイナスとなるのは21カ月連続となった。名目の賃金が増えれば現行の社会保険料の負担額も増えていく。実質的な可処分所得、つまり消費などに使えるお金はどんどん減っているというのが実情だ。そこにさらに拠出金を上乗せするわけだから、今後、消費の足を引っ張ることになるとみられる。

これは統計にもはっきり表れている。総務省が2月6日に発表した2023年12月の家計調査によると、2人以上の世帯の実質消費支出は前年同月比2.5%減った。これも10カ月連続のマイナスだ。見た目の賃金が上がっても物価が大きく上昇しているため、消費する「数量」は抑えざるを得なくなっている、ということを如実に示している。巷の声で聞くようになった「物価が上がった分、節約するようになった」というのはこのことを指している。そこにさらに社会保険料を増やそう、というのだから、消費への打撃は避けられないだろう。

社会保険料」という名目で徴収するのは常套手段

なぜ岸田首相は国民を欺くような説明をするのだろう。御本人は深く考えず、官僚が用意した紙を読んでいるだけなのかもしれない。子育て支援にせよ、防衛費にせよ、きちんと説明して税負担を求めるのが政治家ではないのか。支持率低下や議席減を恐れて、国民が反対する政策は口に出さず、誤魔化そうとしているのか。

税金ではなく、「社会保険料」という名目で徴収するのは、日本の官僚たちの常套手段だ。保険料率を上げれば、給与が増えなくても天引きされる保険額はどんどん増えていく。社会保険料は「事業者と折半」というルールなので、給与をもらう人たちの負担感は小さい。だが結局は、企業は社会保険料の支払いを含めた「人件費総額」を見ているので、社会保険料が上がれば、新規採用を抑えたり、賃上げを抑制しようとする。結局は働く人にしわ寄せが来るわけだ。

増税と違い保険料率の改定は国民に見えにくいこともあり、反対の声が出ない。実は、それに味をしめた経験があるのだ。

保険制度でやってはいけない「他目的への流用」

厚生年金の保険料率は2004年9月までは13.58%(半分は会社負担)だったものが毎年引き上げられて2017年9月には18.3%になった。1回の法律改正で10年以上にわたって引き上げることを決めたので、その後は国会審議にもかけられず、毎年負担が増えていった。13年間で4.72%も料率が引き上げられたのだ。法改正の時は、18.3%で打ち止めにしてそれ以上は増やさないという約束だったのでその後は頭打ちになっていたが、今回の子育て支援の財源として再び使おうとしているわけだ。官僚にとってはまさに「打ち出の小槌」なのだ。

これは保険なのだから、いずれ皆さんにも給付金として戻ってくるので税金とは違います、というのが説得文句だが、今回はこの「負担と給付」の関係が成り立っていない。つまり負担する人が将来、直接恩恵を受けるわけではない。子どもが増えればあなたの年金が安泰です、という言い方はできるが、そこには何の保証もない。つまり、保険制度としてやってはいけない他目的への「流用」に近いものなのだ。

上がり続けている国民負担率が一気に下がることはない

岸田首相は昨年秋の国会審議では、「実質的な追加負担は生じさせない」とする「負担」の指標を、国民所得に対する税や社会保障の負担割合を表す「国民負担率」で測ることを明らかにしていた。

2月9日に財務省が発表した国民負担率は、2022年度の実績で48.4%と過去最高を更新した。2023年度は46.1%に急低下する見込みを発表しているが、これはまったく当てにならない。1年前に2022年度の見込みを発表した際には47.5%と前の年度の48.1%を下回るとしていたのだが、結局蓋を開けてみれば48.4%とさらに負担は高まった。

2024年度は45.1%まで下がるという予想を出しているが、この十数年、財務省は毎年のように負担率は下がるという予想を出しながら、結局は毎年、負担率は最高を更新してきた。一度として予想通りになったことはない代物なのだ。

財務省は政府の経済成長予想などを機械的に当てはめて計算しているだけで、意図的に操作しているわけではないと言うが、政府の経済予測自体が常に過大になっているので、政府にとっては都合の良い予想数字が作れるということなのだ。まず当たることがない予想をベースに、「国民負担は下がります」と首相に言われても、まったく説得力がない。

上がり続けている国民負担率が一気に下がることはまずあり得ない。過去最高の国民負担率48.4%が、一気に46.1%に下がるという予想を平気で出し、それを前提に「負担が増えない」と言っていること自体、国民を欺いているとしか言いようがない。

国民負担率48.4%、過去最高でも岸田首相「今後は下がります」のウソ! ホント?

現代ビジネスに2月21日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/124625

低下見込みはどうなった

「実質的な負担は生じない」——。子育て支援金を巡って、岸田文雄首相はこう繰り返しているが、何とも不思議な話である。実際に家計から出ていくお金が増えるのに、負担が増えないと言う。そんなマジックのようなことが可能なのか。

岸田首相は国会答弁の中で出てきたのが「国民負担率」というモノサシだ。国民負担率とは、税金と社会保険料を合わせた額が、国民所得の何%を占めるかを示すもの。要は国民の稼ぎの何割をお上が吸い上げるのか、という尺度である。つまり、国民所得を分母に、税金と社会保険料を分子として計算する。

岸田首相は、分子である社会保険料が増えたとしても、「賃上げ」によって分母の国民所得がもっと増えれば、負担率は下がると言っているのだ。

昨年10月23日の臨時国会での所信表明演説で、岸田首相は「30年ぶりの3.58%の賃上げ、過去最大規模の名目100兆円の設備投資、30年ぶりの株価水準、50兆円ものGDP国内総生産)ギャップの解消も進み、税収も増加しています」と胸を張った。続けて「その一方で、国民負担率は所得増により低下する見込みです」と述べていた。では、国民負担率は本当に下がったのか。

財務省が2月9日に公表したデータによると、2022年度の実績は48.4%、2023年度の実績見込みは46.1%、2024年度の見通しは45.1%になっている。この発表を受けて、マスコミ各社は以下のような見出しを立てた。

◇「24年度の国民負担率45% 国民所得拡大で2年連続縮小へ」(日本経済新聞
◇「国民負担率、45.1% 2年連続低下見込み 24年度」(時事通信
◇「2023年度の『国民負担率』46.1%、前年度を下回る見込み 財務省」(NHK

各社とも、一見、岸田首相の発言を裏付けるような「低下」という見出しを立てている。だが、実のところ、財務省がこの時期に出す「見通し」数字は当たったためしがない代物なのだ。本来ならば、確定した「実績」、つまり2022年度の48.4%という数字こそが信頼できるもので、それを報じるべきなのだが、毎年、メディアは財務省の予想発表を鵜呑みにして記事を書いてきた。

実は、実績の48.4%という国民負担率は、過去最高である。過去13年にわたって負担率は低下したことがないのだ。20年前、2002年度の国民負担率は35.0%。それが、2013年度には40%を超え、2020年度は45%を突破した。この間、税率5%だった消費税は8%、そして10%へと引き上げられた。国民所得に対する租税負担(国税地方税の合算)は2002年度の21.2%から2022年度には29.4%にまで上昇した。また、健康保険などの社会保険料率も大幅に引き上げられてきた。国民所得に対する社会保障負担は、13.9%から19.6%にまで上昇している。これが国民負担が激増してきた20年の「実績」である。

本当か? 3.3%ポイントも急低下

財務省が発表した見通しでは、2022年度実績で48.4%だった国民負担率は、2024年度には45.1%に、3.3%ポイントも急低下するとしている。現在の統計方法になった1994年度以降で大幅に低下したのは2008年度の39.2%から2009年の37.2%の2%ポイント下がったのが最大で、3.3%ポイントも下がるというのは前代未聞である。果たしてこんなことが実際に起きるのだろうか。

財務省の予想で大きいのが、分母である国民所得の推計だ。2024年度は443兆4000億円になるとしている。2022年度の実績409兆円から34.4兆円、率にして8.4%も増えることを前提にしている。もちろん、デフレが収束してインフレ経済になってきたことで、物価上昇分が国民所得を押し上げる効果はある。

財務省が出している社会保障費の負担率に国民所得をかけてみると、2024年度は81.6兆円と2022年度実績の77.7兆円に比べて3.9兆円も増える予想になっている。実際には3.9兆円もの大幅な社会保障費負担の増加を見込みながら、国民所得がさらに増えるので負担率は下がりますよ、と言っているわけだ。これはまさに岸田首相が言っていることである。

ところが、租税負担は2022年度に120兆円だったのが、2024年度には118.4兆円になるという。国民所得が増えて消費が増えれば、当然、消費税収も増えるので、租税負担額は増えそうだが、おそらく税収は低く見ているのだろう。また、防衛費の大幅増額に伴って増税を行うことになっているが、これまた試算には入れていないのだろう。

さすがに2024年度の数字は危ういと思ったのか、NHKは2023年度の「実績見込み」を見出しに立てている。残り2カ月弱の今年度の数字だから、はずれることはないと思ったのだろう。

だが、財務省が毎年発表する実績見込みもまったく当てにならない代物だ。1年前の発表で、2022年度の実績見込みを財務省は47.5%としていた。前の年度2021年度の実績が48.1%だったので、負担率は「低下」するとしていたのだ。それが今年の発表で明らかになった2022年度の実績は前述の通り48.4%。低下するどころか上昇して、過去最高を更新した。

毎年誤報の日本メディア

「低下します、低下します」と言って、蓋を開けたら上昇しているというのはここ10年以上繰り返されている財務省の常套手段なのだ。確定した「実績」を報じず、財務省の言う実績予想や見通しをそのまま報じている大手メディアは、結果的に毎年誤報を書かされていることになる。

残念ながら、2023年度の国民負担率が前年度の48.4%から46.1%に下がる保証はない。それが分かっているからか、1月30日に行われた岸田首相の施政方針演説では、言い回しが変化した。

「歳出改革を継続しながら、『賃上げ』の取組を通じて所得の増加を先行させ、デフレからの完全脱却を果たすことは、高齢化等による国民負担率の上昇の抑制につながり、財政健全化にも寄与します」

あれ、国民負担率は下がるのではなかったのか。「上昇の抑制」という言葉にトーンダウンさせて、予防線を張ったのだろう。もちろん、これは首相が考えてのことではなく、原稿を作る役人の「保身」に違いない。国民負担率は下がると大見えを切っておきながら、上昇した場合、ウソをついたことになる首相から官僚が叱責を受ける可能性がある。だからこそ曖昧な表現に変えたのだろう。

だが岸田首相の「実質負担は増えない」という発言が誤りだと批判される心配はない。2023年度の実績が発表されるのは1年後、来年の2月なので、その頃には誰も首相発言を覚えていない。またメディアも、どんな実績が出ようともそこを記事にすることはなく、財務省の「見通し」発表に従って、国民負担は低下するという記事を書くことになるのだろう。

自民党「裏金」問題はパーティー券を「買う側」の問題に行きつく。問われる財界の姿勢 経団連は「何が問題なのか」

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https://gendai.media/articles/-/124305

国民は納得していない

政治資金パーティーを巡る「裏金」問題への自民党の対応への批判が強まっている。自民党は2月5日に党所属の全国会議員に「派閥による政治資金パーティーに関する全議員調査」と題したアンケートを配布したが、質問は政治資金収支報告書の「記載漏れ」に関する2問だけ。岸田文雄首相は国会で「実態把握」すると繰り返し述べてきたが、実態を把握する姿勢に乏しく、形だけの調査でお茶を濁すつもりではないか、といった声が噴出している。

裏金問題を受けて自民党は「党政治刷新本部(本部長・岸田総裁)」を設置、1月25日に「中間とりまとめ」を総務会で了承、公表した。当初、盛り込むとみられていた全派閥の解散については踏み込まず、派閥を「カネと人事」から切り離すとするにとどまった。その後の国会審議で、解散を拒否している麻生派などへの対応について聞かれた首相は、カネと人事から切り離したことで、従来の派閥は無くなったとする「珍解釈」を展開。そこでも改革に向けた本気度が疑われる結果になった。

NHKが行った世論調査でも、政治刷新本部の中間とりまとめについて、「大いに評価する」とした回答はわずか4%、「ある程度評価する」も32%で、「あまり評価しない」(29%)、「まったく評価しない」(28%)と6割近くが否定的な反応だった。「政治資金問題への岸田首相の対応」についても、「大いに評価する」(1%)、「ある程度評価する」(22%)と評価する声は少数にとどまり、「まったく評価しない」(33%)、「あまり評価しない」(36%)という声が7割近くに達した。自民党の自浄能力に疑問が呈されていると言っていいだろう。

出し手が記載していない金を

派閥からキックバックされたカネを政治資金収支報告書に記載していなかった議員も一様に口をつぐんでいる。不記載が4355万円にのぼり略式起訴された谷川弥一衆議院議員自民党を離党後、議員辞職し、4800万円不記載の池田佳隆衆院議員は逮捕された。安倍派の幹部なども軒並み1000万円を超える不記載が表面化したが、離党や議員辞職は頑なに拒んでいる。

そのカネを何に使ったのかもまったく説明されていない。「政治活動」といった曖昧な説明を繰り返している。首相自身も不記載について「事務的なミス」と言い、誰ひとり「道義的責任」を取る政治家も出てこない。時が過ぎて人々が忘れるのを待っているかのようだ。

NHK世論調査では、「不記載議員の説明責任」について、「果たしていない」という声が88%に達した。もはや議員本人から説明責任を果させるのは無理ということなのだろう。

「出し手(派閥)が記載していないものを議員が記載するわけにはいかないんです」と党政治刷新本部の主要メンバーのひとりは言う。つまり、カネの出し手が名前や金額を伏せているものを、もらった側が記載できるはずはない、というのだ。結局、事務的なミスでも何でもなく、構造的な問題であることを正直に吐露している。

逆に言えば、裏金の使い道を明確に言えないのは、言えば、その金をもらった側の問題に波及するからだろう。すでに指摘が出ているように、議員の「領収書のいらない金」は、県議会議員や市議会議員などにわたり、選挙などの資金として使われてきた。河井克行元法相夫妻の買収事件でもその一端が現れた。モノいえば唇寒し。下手をすれば買収疑惑が浮上することになりかねない。政治評論家が解説するような、秘書給与に必要だといった類の話ではない。

つまり「出し手」側がきちんと記載すれば、受け取った側は自ら収支報告書に記載せざるを得なくなる。これはパーティー券の構造も同じだ。

財界は政策を金で買っている

パーティー券は20万円までならば買ってくれた企業名や個人名を記載しなくて良いことになっている。相場は1枚2万円なので10枚までならば名前が表に出ない。しかも1回のパーティーあたり20万円なので、年に何回もパーティーを開けば匿名で寄付ができる。企業も「交際費」や「寄付金」として経費処理ができる。結局、この仕組みが企業などの政治献金の「裏ルート」になっているのだ。

パーティー券の購入者名を開示せよ、ということになるが、出し手がどう処理しているか分からない金を、もらっている政治家の側が公表することなどできるはずもない。この問題を解決する簡単な方法は、企業や個人の側に政治資金を出した場合の公表義務を課すことだ。

経団連の十倉雅和会長は記者会見で「あってはならないこと。検証を徹底的に」と語っているが、本気で経済界が今の政治と金の問題を徹底的にきれいにしようとしているとは思えない。金の出し手である財界が本気になれば、政治と金の問題は一気に透明化できるはずだ。

なぜ、経団連は傘下の企業にパーティー券の購入を止めよと号令を発しないのだろうか。あるいは政治資金の「出し手」の開示ルールを強化しようと提案しないのか。

昨年の十倉会長の記者会見を報じた東京新聞は、「企業団体献金が税制優遇に結び付くなど政策をゆがめているとの指摘に対しては『世界各国で同様のことが行われている。何が問題なのか』」と発言したと報じられた。

2009年に民主党政権が誕生すると同党に「企業献金は受けない」と拒絶されたのを機に経団連は、会員企業に声をかけて政治献金を取りまとめることをやめた。自民党が政権に復帰すると2014年に企業献金を再開。その後、経団連の主張してきた法人税率の引き下げなどが実現している。結局、財界は政治を金で買っているのではないか、という疑惑が付き纏っている。

政治と金の問題の解決を、金の受け手である政治家に期待するのは無理がある。金の出し手である財界が、政治とカネの問題を国民が納得する形で解決しない限り、政治献金を辞めると言えば、この問題は一気に解決するだろう。

このままでは13年後に紙の新聞は消滅する…熱心な読者からも"質が落ちた"と苦言を呈される残念な理由 減少率は"7.3%"で過去最大となった

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https://president.jp/articles/-/78272

2036年には紙の新聞は姿を消す計算になる

紙の新聞が「消滅」の危機に直面している。日本新聞協会が2023年12月に発表した2023年10月時点の新聞発行部数は2859万部と1年前に比べて7.3%、225万6145部も減少した。2005年から19年連続で減り続け、7.3%という減少率は過去最大だ。

新聞の発行部数のピークは1997年の5376万部。四半世紀で2500万部が消えたことになる。全盛期の読売新聞と朝日新聞毎日新聞の発行部数がすべてごっそり無くなったのと同じである。このまま毎年225万部ずつ減り続けたと仮定すると、13年後の2036年には紙の新聞は消滅して姿を消す計算になる。

昨今、朝の通勤時間帯ですら、電車内で紙の新聞を読んでいる人はほとんど見かけなくなった。ビジネスマンだけでなく、大学生の年代はほとんど新聞を読んでいない。

「デジタルで新聞を読んでいる」学生はごく一部

私は、教えている大学で学生に「紙の新聞をどの程度読んでいるか」を毎年アンケート調査で聞いている。2023年度に教えた、のべ1026人の学生のうち、紙の新聞を「まったく読まない」と回答した学生は728人と7割に達した。一方で「定期購読している」という学生はわずか13人、1.3%だった。この数には自宅通学生で親が購読している新聞を読んでいる学生も含まれているから、ごくわずかしか毎日読んでいる人がいない、ということになる。

たまに読むという学生も「レポートなどで月に数回程度読む」という回答で、もはや「紙の新聞」は学生の情報源ではないのだ。学生時代に紙の新聞を読んだことがなければ社会人になっても読む習慣はほぼないから、ビジネスマンが新聞を読んでいる姿をほとんど見ることがなくなったのも当然だろう。ますます紙の新聞の発行部数は減っていくことになるに違いない。

いやいや、デジタル新聞に移行しているのだから、紙の新聞が減るのは当然だろう、と言う人もおられるだろう。だが、電子新聞など新聞社の情報メディアを使っている学生もごく一部で、「新聞」という媒体自体が凋落しているのは明らかである。学生の情報源はタダのSNSが主体だし、ビジネスマンの多くも無料の情報サイトで済ませている人が少なくない。つまり、情報を得るために「新聞」を買って読むという行為自体が、失われつつあるように見える。

新聞社が儲からなくなり、人材も育たなくなった

紙の新聞の凋落による最大の問題点は新聞社が儲からなくなったことだ。新聞記者を遊ばせておく余裕がなくなり、今の若い記者たちは私が新聞社にいた頃に比べて格段に忙しくなっている。紙の新聞は日に何度かの締め切りがあったが、電子版は原則24時間情報が流せるから、記者にかつてとは比べ物にならないくらいの大量の原稿を求めるようになった。ハイヤーで取材先の自宅を訪れて取材する「夜討ち朝駆け」も減り、取材先と夜飲み歩く姿もあまり見なくなった。新聞社も働き方改革で「早く帰れ」と言われるようになったこともある。

新聞社は取材を通じて勉強していくOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が伝統で、ベテランのデスクやキャップから、若手記者は取材方法や原稿の書き方を学んでいた。そんなOJT機能が忙しさが増す中で失われ、人材が育たなくなっているのだ。儲からなくなった新聞社で人材枯渇が深刻化し始めている。

もちろん、それは新聞記事の「品質」にも表れる。長年、新聞に親しんだ読者からは、最近の新聞は質が落ちたとしばしば苦言を呈される。また、新聞の作り方が変わってきたことで、伝統的な紙の新聞のスタイルも変化している。

貴重な情報が隠されている「ベタ記事」が激減

最近の新聞からは「ベタ記事」が大きく減っている。かつて「新聞の読み方」といった本は必ず、「ベタ記事こそ宝の山だ」といった解説を書いていた。新聞を読まない読者も多いので、ベタ記事と言われても何のことか分からないかもしれない。紙の新聞では1ページを15段に分けて記事が掲載される。4段にわたって見出しが書かれているのを「4段抜き」、3段なら「3段抜き」と呼ぶ。これに対して、1段分の見出ししか付いていない記事を「ベタ記事」と呼ぶ。そうした細かい、ちょっとした記事に、貴重な情報が隠されているというのだ。

ところが最近は、このベタ記事がどんどん姿を消している。デジタルでネットに情報を出すことを前提に記事を作るため、ひとつの原稿が長くなったことで、ベタ記事が入らなくなった、という制作面の理由が大きい。長い読み物的な記事が紙の新聞でも幅をきかせるようになり、新聞が雑誌化している、とも言われる。一見同じページ数でも、記事の本数が減れば、実質的に情報量が減ることになる。細かいベタ記事に目を凝らして読んでいた古い新聞愛読層が新聞の情報量が減ったと嘆くのはこのためだ。

「成功している」日経ですら電子版は100万契約にすぎない

一方で、細かいベタ記事がたくさん必要だった時代は、記者が幅広に取材しておくことが求められた。駆け出しの記者でもどんどん原稿を出すことができたのだ。ところが、雑誌化すれば訓練を積んだ記者しか原稿が出せず、結果、若手の訓練機会が失われている。これも記者の質の劣化につながっているのだ。それが中期的には紙面の質の低下にもつながるわけだ。紙の新聞の凋落による経営の悪化や、デジタル化自体が、記者を劣化させ、新聞の品質を落としている。

デジタル版が伸びているので新聞社の経営は悪くないはずだ、という指摘もあるだろう。確かにニューヨーク・タイムズのように紙の発行部数のピークが150万部だったものが、デジタル版に大きくシフトして有料読者が1000万人になったケースなら、紙が半分以下に落ち込んでも十分にやっていける。

デジタル化で成功していると言われる日本経済新聞も、紙はピークだった300万部超から半分になったが、電子版は100万契約に過ぎない。紙の新聞は全面広告などで高い広告費を得られたが、デジタルの広告単価は低い。マネタイズする仕組みとして猛烈に優秀だった紙の新聞を凌駕できるだけの仕組みがまだできていないのだ。1000万部を超えて世界最大の新聞だった読売新聞はデジタルで大きく出遅れている中で、紙は620万部まで減少している。

「新聞の特性」自体が消滅しつつある

このまま紙の新聞は減り続け、消滅へと進んでいくのだろうか。本来、紙の新聞には情報媒体としての優位性があった。よく指摘されるのが一覧性だ。大きな紙面にある見出しを一瞥するだけで、情報が短時間のうちに目に飛び込んでくる。36ページの新聞でも、めくって眺めるだけならば15分もあれば、大まかなニュースは分かる。その中から興味のある記事をじっくり読むことも可能だ。

ネット上の記事は一覧性に乏しいうえに、自分の興味のある情報ばかりが繰り返し表示される。便利な側面もあるが、自分が普段関心がない情報が目に飛び込んでくるケースは紙の新聞に比べて格段に低い。自分の意見に近い情報ばかりが集まり、反対する意見の情報は入ってこないネットメディアの性質が、今の社会の分断を加速させている、という指摘もある。

そんな紙の特性を生かせば、紙の新聞は部数が減っても消えて無くなることはないのではと私は長年思っていた。ところがである。前述の通り、デジタル版優先の記事作りが進んだ結果、1ページに載る記事の本数が減り、ベタ記事が消滅するなど、新聞の特性自体が消滅しつつある。新聞社が紙の新聞を作り込む努力をしなくなったのだとすれば、紙の新聞の消滅は時間の問題、ということになるのだろう。

岸田内閣で株価上昇は「幻想」だ! 株・不動産の高騰の真相は「円の劣化」 「金建て」では内閣発足以来2割下落

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https://gendai.media/articles/-/123896

実は株価は下落している

「30年ぶりの水準となった賃上げ、設備投資、株価。日本経済が新たなステージに移行する明るい兆しが随所に出てきています」

岸田文雄首相は1月30日に国会で行った施政方針演説で、こう日本経済の状況を語った。確かに日経平均株価はバブル後の最高値を更新して3万6000円を突破。年初は3万3000円だったので1月で1割近くも上がっている。岸田内閣で唯一評価できるのが株高だ、といったこ声も出ている。

だが、それは「幻想」に過ぎず、実際の株価は岸田内閣発足時より安いと言ったら、読者各位は訝しく思われるに違いない。

30年ぶりだと岸田首相が胸を張る「賃上げ」にしても、表面上の賃金は上がっているが、物価上昇には追いつかず、「実質賃金」はマイナスが続いている。それと同様、見た目の株価は大きく上昇しているが、見方によっては実態価値は上がっていない、ということが起きている。これは物価との関係ではなく、株価を示している「円」という通貨の価値の問題だ。今の株価の急激な上昇は、円の価値が劣化しているために他ならない。

筆者が以前から使っている指標に、日経平均株価を「円建て」ではなく、貴金属である「金(ゴールド)」の小売価格で割った、いわば「金建て」の指数がある。証券界ではしばしば「ドル建て」の日経平均株価などが指標として使われるが、ドルという貨幣自体の価値も変動する。そこで人類の歴史と共に価値保存に使われてきた「金」をベースに日経平均株価を見ているのだ。

例えば2021年1月の「円建て」の日経平均株価と「金建て」の価格を100としてグラフを作ると、2021年秋までは似たような動きをしていたものが、それ以降、大きく乖離を始める。この乖離は岸田内閣発足後に円安が進むのと共に激しくなった。

岸田内閣が発足した2021年10月4日の両者の価格を100として指数化すると、2024年1月31日は「円建て」で127.6と3割近くも上がっている。これが岸田首相が胸を張る「見た目」の日経平均株価の大幅な上昇である。

ところが、「金建て」で見ると様相は一変する。1月末現在で指数は83.4。何と岸田首相が就任した時に比べて日本株の「実態価値」は2割近くも落ちているのだ。2021年10月4日の日経平均株価は2万8444円。金の国内小売価格は1グラム6981円だった。この1月末で日経平均は3万6286円になったが、金は1グラム1万674円まで上昇している。ドル建ての金価格は落ち着いているものの、円建てでは高値水準にある。つまり「円」が劣化しているのだ。

要するに円の劣化

確かに円安は進んでいるが、2022年秋のように1ドル=150円を超えていた頃に比べれば円高ではないか、という指摘もあるだろう。もうひとつの指標を見れば、その謎が解ける。「実質実効為替レート」だ。「円の実力」とも言われるもので、2020年を100とした指数が、毎月、日本銀行によって公表されている。

この実質実効為替レートは、実際の円ドル相場が150円を超える円安を付けた2022年10月の指数が73.70だった。ところが、2023年11月にはこれを下回って71.39と、過去最低を更新しているのだ。「見た目」の為替相場に比べて円の劣化は進んでいるということができる。

ちなみにこの指数の計算が始まった1970年1月は2020年を100として75.02なので、すでに円の実力は1970年を下回っているということになる。当時の「見た目」の為替レートは1ドル=360円の固定相場時代だ。その後、最も円の「実力」が強くなったのは1995年4月。2020年を100とした指数で193.97を付けた。円ドル為替レートが1ドル=79.75円を付けた時だ。猛烈に円が強くなり、海外旅行ブームが起きていた。その時の指数に比べて現在は3分の1近い。円の実質的な強さも3分の1になったということだ。

今、アジアに海外旅行をしても物価水準は日本と変わらないか、高い。米国でラーメンと餃子、ビールでチップを入れると1万円近くかかった、という話も聞くようになった。円の弱さを痛感している日本人は多い。

米国は経済成長しているので1995年の1ドルの価値は今と比べ物にならないくらい高かった。一方で、日本国内での円の購買力はさほど変わらない。なので、1ドル=150円の円安と言っても、その昔に1ドル=150円だった頃とドルの価値は大きく下がっている。つまり、見た目の「円」は同じ150円でも実態価値は劇的に下がっているということなのだ。

今の3万8915円は同じ価値ではない

それが、猛烈に進行しているのが岸田内閣ということになる。円安を放置し、物価上昇を起こさせる政策を取れば、当然、円の実態価値は下がる。長年、デフレに親しんだ日本国民からすれば、円建ての価格が上がって、価値が上がっていると思っているが、これは「見た目」の賃金が上がっても「実質賃金」が下がっているのと同じことだ。

これは明らかに過去のバブル時代とは違う。都心のマンション発売価格が1億円を超えたとしてニュースになっているが、これも「円」の劣化による「円建て」価格の上昇と見ることも可能だ。中国人富裕層など外国人が東京のマンションを買うようになって、日本の不動産市場は「円」の相場が実態を示さなくなったのではないか。バブル当時は賃金も大幅に上がり、資産を持っている人たちも「バブル」に浮かれて高級品消費に走った。今、そうしたムードは少なくとも庶民の間にはない。

2008年にベトナムに取材に行った際、通貨ドンの価値が日々劣化するのに対応して庶民が「金」に変える姿を見た。当時のマンションなど不動産価格はドンではなく金建ての「カイ」という単位で価格表示されていた。通貨が劣化して信用を失うと究極はそういう事態に陥る。

いやいや、日本株が上昇しているのは、企業収益が大きく改善しているからだ、という反論もあるだろう。確かに、売り上げも利益も大きく増えている。だが、注意しなければいけないのは、これらの数字も「円建て」であることだ。かつての輸出中心の時代とは異なり、連結決算の海外利益は、円に転換されてキャッシュが国内に戻ってくるわけではない。海外の利益を円に換算した際の「見た目」が実態以上に良くなっているという側面もある。

だが、今後も日本円の劣化が止まらないとすれば、海外の事業が好調な日本企業などの円建ての収益はさらに大きく伸び、それに伴って円建ての株価も大きく上がっていくことになる。日経平均株価の3万8915円を抜いて、過去最高値を付けるのも時間の問題だろう。だが忘れてはいけないのは当時の3万8915円と今の3万8915円は同じ価値ではないということだ。

「日経平均は絶好調」でも生活が苦しい…「物価上昇を上回る賃上げ」ができない日本人を襲う"厳しいシナリオ" 株価や不動産が上がっても庶民の生活はラクにならない

プレジデントオンラインに1月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/77825

世界的にも目立つほどの日経平均株価上昇

日本の株価上昇が勢いづいている。日経平均株価バブル崩壊後の高値を連日更新し、34年ぶりに3万6000円に乗せた。1989年12月29日に付けた3万8915円87銭の史上最高値更新も視野に入ってきた、という声も聞かれる。

2023年の年間を通じても、世界の中で日本株は気を吐いた。日経平均株価の年間上昇率は28.2%。英国FTSE100指数の3.8%や米国ニューヨーク・ダウの13.7%、欧州ユーロ・ストックス指数の15.7%、ドイツDAX指数の20.3%を大きく上回った。好景気が続いた米国のナスダック総合指数の43.4%という上昇率には及ばなかったものの、世界的にも大きく目立つ存在だった。

世界の中でも株価が大きく上がっているのだから、日本経済は絶好調なのかというと、どうもそうではない。経済力を示す最も主要な指標であるGDP国内総生産)は、2023年にドイツに抜かれて世界4位に転落することがほぼ確実になった、と報じられている。かつてGDP世界2位だった日本は中国に抜かれて久しく、その背中も見えなくなったと思ったら、今度は人口がはるかに少ないドイツにも抜かれることになったわけだ。

物価上昇が見た目のGDPを押し上げている

もちろん、中国など人口が多い国のGDPが大きいのは当然とも言えるが、人口1人当たりのGDPでみても、日本はイタリアにも抜かれてG7(主要7カ国)で最下位となった。もはや「経済大国」などとは言っていられない事態に直面している。

株価は世界の中でも上昇が目立つのに、日本経済はすっかり落日の様相を見せているというのは、どうにもふに落ちない。GDPの順位低下と株価上昇。この一見矛盾する動きは、なぜ起きているのか。

1月15日にドイツ連邦統計局が発表したドイツの2023年のGDPは前の年に比べて6.3%の増加だった。日本の2023年のGDPは来月にならないと数値が発表されないが、概ね590兆円程度と見られる。前の年と比べると5.7%の伸びということになる。

もっともこの伸び率は、「名目」と呼ばれるものだ。物価が上昇している分、消費も生産も数値が上振れする。これを修正するために、物価上昇分を差し引いたものが「実質」だが、実質のGDP成長率は日本の場合は1.5%程度になると見られている。つまり、4%程度の物価上昇が見た目のGDPを押し上げているのだ。

これはドイツも同様で、実のところ、ドイツの実質GDPは0.3%のマイナスということになる。6%以上の物価上昇分が見た目のGDPを押し上げているのだ。物価上昇を引いた実質で見る限り、日本の成長率の方が、ドイツをはるかに上回っている。だから、日本の株価上昇率が高い、と考えることもできる。

円安が大きく進んだことも背景にある

もうひとつ大きいのが「通貨価値の下落」だ。円安が大きく進んだために、ドルベースで見たGDPは小さくなる。GDPのランキングは各国通貨の統計数字をドル換算したもので比べるので、ドルに対する為替レートが安くなれば、GDPは目減りし、順位を落とすことになる。それがモロに表れたのが2023年の日本のGDPだったと言える。

日本円建てで5.7%も伸びた名目GDPは、ドルベースに換算すると1.2%のマイナスになってしまう。専門家の中には「行きすぎた円安」によって実態以上にドル換算したGDPが小さく見え、実態を表していない、という人もいる。多くの為替専門家は、2024年は円高方向に振れると予想しているが、その根拠は「日米金利差」。米国のインフレが終息し、米国の金利引き上げが終わっただけでなく、今後、引き下げに転じる可能性があるとする一方、日本はマイナス金利を解除するので、今年は金利差は縮小する、だから円高に触れるというわけだ。

世界の中央銀行が通貨量を増やしたコロナ禍

もっとも、そうした「円高予想」にもかかわらず、昨年末から年明けの為替相場はなかなか円高方向に進んでいかない。昨年末には一時、1ドル=140円台を付け、年明けは1ドル=130円台に突入かと思われたが、ジリジリと再び円安になり、1月中旬には1ドル=147円まで戻している。為替専門家が言う「円高」も、最近は1ドル=130円が良いところで、2年前の1ドル=115円という水準に戻るという予想をする専門家はほとんどいない。仮に1ドル=130円になったとしても、本来は、到底「円高」とは呼べないレベルにまで日本円の通貨価値は下落していると見るべきだろう。

この通貨価値の下落が株高の理由と見ることもできる。新型コロナ対策で世界の中央銀行は、お金を刷ってばらまくことで景気の底割れを防ごうとした。経済活動が止まったら、1929年の世界大恐慌のような猛烈なデフレに襲われかねない。そこで通貨量を一気に増やすことで、経済縮小を防御したわけだ。これは一定の効果をあげたと見ていい。

不動産は「買いが買いを呼ぶ」バブル状態

その後遺症として表れたのがインフレである。経済実態以上に通貨供給を増やしたのだから、貨幣の価値が下がり、モノの価格が上がった。いわゆる「カネ余り」状態を人為的に作ったわけで、不動産や株式、貴金属、そしてビットコインまで資産の価格は大きく上がった。金融資産だけでなく、生活必需品の値上がりも激しさを増したので、中央銀行は一気に金利を引き上げて、過熱した景気を冷さざるを得なくなった。そしてようやくインフレが沈静化しつつあるというのが世界の状況だ。

一方で、日本でもマイナス金利政策や量的緩和などで「カネ余り」に拍車をかけた。これが株価を上昇させ、不動産価格を高騰させている大きな要因だ。

2023年の上半期(1~6月)に、東京23区の新築分譲マンションの平均価格が初めて1億円を超えた。前年同期に比べて6割も高い1億2962万円という驚愕の価格だ。もちろん東京で働くほとんどのビジネスパーソンには手が届かない価格になっている。中古マンションの価格も上がっているので、保有資産価値の上昇が購買力を生む「買いが買いを呼ぶ」バブル状態になり始めている。もちろん、円安によって「超お買い得」と感じた外国人が日本の不動産を買っているのも事実だが、そうした「実需」だけで不動産が上がっているわけではない。

物価は上昇しているのに、給与が増えない日本

年明けに3万3000円台だった日経平均株価が、わずか6営業日で3万6000円を付けることなど、バブル期を彷彿とさせる値動きだ。もちろん、新NISA制度が始まったことで、新たな長期投資資金が株式市場に流入しているのも事実だが、だからといって、あまりにもハイペースであることに変わりはない。

問題はそうした資産以外の生活必需品の物価上昇が、世界と様相を異にしていることだ。米国の場合、物価上昇と共に給与の引き上げも進み、購買力は維持された。物価上昇が経済成長へとつながったと言ってもいい。日本でも岸田首相が「物価上昇を上回る賃上げ」と繰り返し発言しているのは、日本の物価上昇が輸入原材料やエネルギー代に消えてしまい、企業や個人事業主の儲けにつながり、それが給与の形で還元される「好循環」になっていないことだ。

購買力が維持できなくなれば、経済成長は止まり、日本の経済力はますます低下していく。一段と円安が進めば、円建ての株価や不動産はまだまだ上昇する可能性がある。だが、円安で輸入物価の上昇に再び火がつけば、資産価格の上昇に何の恩恵も受けない庶民の生活は一段と厳しさを増すことになる。

自民党・政治刷新の数少ない目玉が派閥へのナンチャッて「外部監査」、本当に政治資金は透明になるのか

現代ビジネスに1月26日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/123365

企業への外部監査とはまったく別なもの

パーティー券収入など政治資金の不透明な扱いに揺れる自民党は、党政治刷新本部(本部長・岸田文雄総裁)が中間報告をまとめた。

派閥の解散を党として打ち出すことはできず、政策集団としての存続を容認する煮え切らない内容になった。政策集団によるパーティー開催を認めないことや、人事とポストから切り離すことなどが盛り込まれたが、どう実効性を保つのか不透明な点が多い。

政治資金収支報告書への不記載などの場合に会計責任者だけでなく政治家の責任も問う「連座制」も検討されているが、これは国会での政治資金規正法見直しが必要になり、どう決着するかは見通せない。

そんな中ですんなり盛り込まれたのが、政策グループの政治資金に「外部監査」を導入するという点。これまで国会議員の資金管理団体などは「外部監査」が義務付けられていたのに、派閥は対象外だったので、その対象に加える、というわけだ。

外部監査を入れるというと、資金の流れが外部の目で厳しくチェックされるようになると感じるだろう。だが、政治資金の世界で言う「外部監査」は、上場企業などで行われている「外部監査」とはまったく別もの。日本公認会計士協会の幹部ですら、「あれはナンチャッて監査ですから」と言う代物なのだ。

会計士協会の中には「政治監査禁止」の声も

まず、監査を行うことができる人の「専門性」と「独立性」がまったく違う。上場企業では会計専門家である公認会計士しか監査を行うことができず、それも個人ではなく、専門家集団である監査法人が監査を行う。監査法人は監査対象の企業とは利害関係のない独立性が求められる。

ところが政治の世界で言う「外部監査」は、監査法人でなくても、会計士個人や税理士、弁護士なども行うことができる。現在義務付けられている資金管理団体で、監査法人が監査を担当しているところはほとんどない。しかも、政治家の後援会に所属している税理士が担当するなど独立性が疑われるケースも少なくない。党に入った政党助成金から資金が流れることから外部監査が導入されたが、とても国民の血税が正しく使われているかを厳正にチェックする体制からはほど遠いのだ。

 

会計士協会の幹部などが集まる会合では、「いっそのこと政治資金がらみの監査からは手を引いた方がいいのではないか」と協会会長OBからも意見が出たという。金融庁などから「監査の質」を常に問われている会計士協会としては、「ナンチャッて監査」を会計士が引き受けることを禁止した方が良い、というわけだ。だが一方で、「そんなことをしたら、税理士に監査を取られる」という反対論が根強いという。

実は、会計士と税理士は長期にわたって職域論争を展開している。会計士は監査業務のほか税務も行うことができるが、税理士は税務だけで監査を行うことができない。税理士会は会計士協会に比べて政治家とのパイプが太く、選挙協力も行うため、政治力が圧倒的に強いとされる。過去にも税理士会が政治に働きかけて会計監査を税理士にも認めるよう求めてきた経緯がある。政治資金監査を手離したら税理士会の思うツボだというわけだ。

資金管理団体で行われている監査を仮に政策集団の資金団体にも義務付けたとしても、今回のような不記載はまったく防げない。上場企業でも経営者が意図して売り上げを隠したり、架空計上する「粉飾決算」を行なった場合、なかなか監査で見抜くことは難しい。銀行口座の残高証明や通帳の記録などをチェックしたり、取引先とのモノやお金の動きを調べることで粉飾決算を防いでいる。ところが政治資金監査の場合、領収書と帳簿の付き合わせぐらいしか行う権限がなく、今回の政治資金パーティー収入の不記載などを調べる方法がない。会計士幹部が「ナンチャッて監査」と言う所以だ。

こんな慣行はもうやめるべき

政治資金は政党助成金という国民のお金が政党を通じて政治家の資金団体などに流れているほか、課税が免除されるなど高い公益性を持つ。それは、上場企業の比ではない。それだけに、外部による厳しいチェックを入れるのが当然だろう。上場企業に義務付けている監査法人による厳密な意味での「監査」を導入するのが当然と言えるだろう。「外部監査を導入する」という言葉を鵜呑みにするのではなく、本物の監査を通じて透明性を図るべきだ。

今後、国会では政治資金規正法の改正が議論になる。日本の政治で資金集めの大きな手段になっているパーティー券の扱いを変えるべきだろう。1回20万円以下ならば購入者の名前を明らかにしなくて良いという「抜け穴」が最大の問題だ。企業からみても「交際費」や「寄附金」として経費処理でき、しかも名前が出ないことで株主などの批判をかわすことができるため、便利な仕組みとして定着してきた。だが、そろそろそうした「慣行」は止める時だろう。手っ取り早いのは、上場企業に政治家や政党、政治資金団体などへの支出はすべて情報開示させることだろう。

今回の「裏金」問題が発覚したのも資金の出と入りが一致していないことが明らかになったのがきっかけだった。政治資金の出し手つまり個人や企業側の情報開示を徹底すれば、受け手である政治資金団体は不記載ができなくなる。

岸田首相に近い政治家は「出し手が記載していない以上、受け手が記載するわけには行かなかった」と語っていた。受け手の不記載を防ぐ手立てを考えるよりも、出し手の情報開示を進めることが重要である。