「木製サッシ」で日本の住宅に革命を起こす

雑誌Wedgeにの2月号(1月20日発売)に掲載された、毎月連載している『Value Maker』です。是非お読みください。

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2020/01/20
  • メディア: Kindle
 

 

 「木製サッシ」と言うと、「サッシってアルミサッシじゃないの」と多くの人が思うに違いない。それほどサッシと言えばアルミというイメージが強い。もともと英語のサッシ(sash)は窓枠に使う建材のことで、欧米では木製のサッシが広く使われている。
 日本でアルミニウム合金製のサッシが広がったのは、加工がしやすい一方で、価格が手ごろで腐食にも強いため。より多くの住宅供給が求められた高度経済成長期の日本で爆発的に普及した。このため、サッシと言えばアルミサッシという印象が定着したのだ。
 「日本は木が豊富にある国で、木製サッシなら気密性も高く、結露もしないのに、なぜ使わないのだろうか」
 そう、建築家の中野渡利八郎さんは不思議に思い続けてきた、という。中野渡さんは東京・世田谷を中心に一戸建て住宅の建設を手掛けてきた「東京組」の創業者。1993年以来、注文住宅やデザイン住宅など6000棟を建ててきた。営業にカネをかけず、モデルハウスも持たないユニークな経営スタイルで知られる。
 実は、結露が発生せず、断熱性が高い木製サッシを、中野渡さんは自社で建てる住宅に数多く使ってきた。大半がイタリア製の輸入品だった。北欧製や米国製のサッシも使ったが、窓の木組みの精度が優れているイタリア製に惚れ込んだ。

 

日本の木でサッシを作りたい


 だが、それでは、建物を日本の木材にこだわって建てたとしても、窓枠や窓だけが輸入材になってしまう。日本の木でサッシを作れないか。そう考え続けてきた。その末に、自分自身でサッシ工場を建てることを決める。
 2016年にサッシ工場のための会社を設立した。社名は、名付けて「日本の窓」である。これこそが、日本の木で作った日本の窓だ、というわけだ。日本の木で窓を作ることで、日本の森を守り、森の文化を育むことにつながる。
 本社と工場は青森県十和田市に置いた。中野渡さんの故郷である。友人の牧場に、すべて日本の木を使って工場を建てた。木造である。白木の丸太が作り出す空間は美しい。筆者は仕事柄、数多くの工場を見てきたが、間違いなく日本一美しい工場だろう。優れた窓を作るには、美しい空間で働いてこそ、創造意欲が湧く。そう考えたのだという。
 青森を選んだのは、もちろん、故郷に恩返しをしたいという思いもあった。だが、それだけが理由ではないと、中野渡さんは語る。
 「正直言って、材料にする青森の杉は節が多いなど加工が難しい。逆に言えば、ここで成功すれば、他の銘木の産地なら簡単にできるということです。どんどん真似をしてもらい、日本の木を使った木製サッシが広がって、主流になって欲しい」
 そんな中野渡さんの夢を形にした工場が稼働したのは17年4月。窓はひとつひとつ作るので、サイズも色も自由に決められる。完全なオーダーメイド。注文主の窓が製造ラインに流れる際に、工場に招き案内することも可能だ。
 木材を削り出していくのは、イタリアから直輸入した専用の工作機械。木材を窓枠に精密に組み立てるための「ホゾ」なども自動で削り出す。木と木がぴったり合わさることで、気密性が保てる窓ができ上がる。木材にはガラス塗料を塗り、防水性も高い。ガラスは日本の技術の粋を集めた大手ガラスメーカーの製品をはめこむ。ガラスは三層構造まで作れる。年間ざっと2000の窓を作る。
 唯一、窓を窓枠に固定する金具類はイタリア製だ。密閉させるために重要な役割を担うが、中野渡さんを満足させる日本製はない。「日本の技術をもってすれば、もっと精密な良い金具が作れると思うのですが、需要が少ないのか、手に入りません」と言う。
 ちなみに、中野渡さんが自ら木製サッシ工場を作ろうと思ったのには、ひとつの大きなきっかけがあった。

 

火にも強い「木」


 日本国内で流通していた防火アルミサッシの多くが建築基準法で定められた防火性能を満たしていないことが発覚したのだ。結果、サッシメーカー各社が防火アルミサッシの販売を一斉に中止。基準に合わせるため樹脂製などに仕様を大きく変更したが、価格がいきなり2.5倍になった。住宅建築の注文を受けていた東京組が大損害を被ることになったのだ。
 木製サッシは火に弱いのではないかと思われるに違いない。だが、実験の結果はまったく違った。800度の温度で20分持つことが基準なのに対し、アルミサッシはわずか6分でガラスとアルミの接合点が溶けた。一方、木製の場合、炭化しても反対側に火が出ることはなく、20分の耐火試験を難なくパスした。密閉度だけでなく、耐火性でも優れていることが分かったのだ。
 家を建てる建築家にとって、注文主に品質を偽ることは信頼を裏切る行為にほかならない。耐火性能の偽装は、その一点においてアウトだった。建築家でありながら建材工場を建てる決心をしたのは、そんな背景があった。
 11年の東日本大震災以降、省エネへの関心が大きく高まった。そんな中で、日本の住宅の断熱性能の低さが問題視され始めている。断熱性が低いために、部屋ごとの冷暖房が必要になり、大量の電力を無駄にしているというわけだ。
 部屋ごとに温度差が大きいため、冬のトイレで脳卒中で倒れるなど、「ヒートショック」で死亡する人は、交通事故死よりもはるかに多い、という統計もある。その住宅の断熱性能の低さの最大の原因が「窓」の断熱性が低いことなのだ。
 一方で、欧米の住宅の窓はガッチリした木製サッシが主流で、外と室内の熱を遮断する。このため、寒冷地にあっても欧米の家は暖かい。暖房設備も家全体を温める仕組みのものが多く、熱効率が高い。

 つまり、日本は「住宅省エネ後進国」なのである。皆が断熱性能の高い家に住むようになれば、冷暖房のために使う電気などのエネルギー使用量が激減し、省エネが進む。
 「最大の問題は世の中の人がなかなかその事実を知らないことです」と中野渡さんは言う。

 

100年以上使い続ける


 戦後、日本の住宅政策は、国民の持ち家率を上げることばかりが目指され、住宅の「質」には重点が置かれないきらいがあった。20年から30年で建て替えることが前提の家ばかりになり、何世代にもわたって使い続ける欧米の住宅との質的格差が大きくなった。見えないところにコストがかかる「断熱性能」にはほとんど見向きもされてこなかった。
 「これぞ日本の家という住宅を作りたい」と中野渡さんは言う。100年以上にわたって使い続ける本物の家だ。木製サッシの普及は、そのための一歩なのだろう。中野渡さんが「日本の窓」から見据える将来は、日本が長年育んできた木の価値、文化の価値を見直すことにほかならない。

ヤフー・アスクル騒動、ここへきて「火中の栗を拾った人」たちの事情 「アスクル・モデル」がもたらす衝撃度

現代ビジネスに2月13日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70390

アスクル・モデル」登場

2019年8月の株主総会で、大株主のヤフー(現・Zホールディングス)に現職の社長だった岩田彰一郎氏の再任を拒否されたアスクル。ヤフーは返す刀で独立社外取締役3人もクビにし、同社には社外取締役がいない状態が続いてきた。

その社外取締役を決める暫定の「指名・報酬委員会」(委員長、國廣正弁護士)がようやく候補者4人の選定を終え、3月13日に開くアスクルの臨時株主総会に提案することになった。

候補者に選ばれたのは、弁護士で多くの企業の社外取締役を務めてきた市毛由美子氏、医薬品のインターネット販売会社ケンコーコム(現・楽天)を創業し代表を務めた後藤玄利氏、麗澤大学教授でコーポレートガバナンスに詳しい高巌氏、石川島播磨重工業(現・IHI)で副社長を務めた塚原一男氏の4人。

昨年9月に國廣弁護士が委員長を引き受けるに当たって、「アスクル側でもヤフー側でもなく、市場のため、アスクル企業価値を上げるために相応しい候補者を探す」と宣言。アスクル、ヤフーの両社がそれを受けて入れていたといい、候補者選びに両社は関与しなかったという。

候補者を選ぶ過程で打診をすると、「火中の栗を拾うのは」と尻込みする人もいたという。12月前半に4人に候補を絞ってから発表するまでの間に、アスクルの経営陣やZホールディングスの経営陣、同じく大株主のプラスの経営陣と対話を重ね、前回の株主総会社外取締役への再任が否決された斉藤惇・日本取引所グループ前CEO(最高経営責任者)らとも意見交換するなど、「徹底的に議論を重ねてきた」(國廣弁護士)という。

もちろん、4人とも過去にアスクルやZホールディングスなどとの関係はないほか、4人どうしにもつながりはないという徹底した「独立性」を重視したという。

独立社外取締役の効用

株主総会での選任に向けて、前代未聞のユニークな手法を取っている。社外取締役候補者4人に「抱負文」を書かせ公開したのだ。また、臨時株主総会では選任議案の可否を問う前に、候補者に抱負を語らせたうえで、株主からの質問に答える場を作る方針だという。

通常の株主総会では、取締役候補者は選ばれてから紹介されるのが一般的で、選任前に株主の質問に答えるのは、おそらく上場企業では例がない。

國廣弁護士はこうした手法を「アスクル・モデル」と呼び、委員の落合誠一弁護士も「相当なインパクトを与えるものと思う」と述べ、独立社外取締役を選任する場合の方法として、他社にも広がることを期待する、としていた。

さらに國廣弁護士らは、独立社外取締役らで作ることになる「指名・報酬委員会」の規定案のたたき台も示した。そこにもベスト・プラクティスとして「アスクル・モデル」を作り上げる提案が含まれている。指名・報酬委員会のあり方として以下の8項目を掲げている。

1. 取締役会の常設の諮問・勧告機関とする
2. 構成員は独立社外取締役全員とCEOとする
3. CEO、取締役、執行役員などの選解任を取締役会に答申する
4. CEO、取締役、執行役員などの個別報酬を答申する
5. 取締役会からの諮問事項以外でも勧告できる
6. 取締役会は勧告を尊重する
7. 外部の専門家を会社の費用で選任できる
8. 勧告等を行った事項について株主総会等において意見を表明できる

また、独立性を保つ観点から、社外取締役の任期を1年でなく例えば2年にする一方で、在任期間の上限を設けることも検討しているという。

ここまで独立社外取締役の権限を明記するのは、支配権を握る大株主が強権を振って少数株主の利益を侵害しないようなガバナンス・ルールを作ることがある。数の論理だけで社長のみならず独立社外取締役を再任拒否した昨年の株主総会を繰り返さないためだと言える。

「そのためにはルールを作るだけでなく、徹底的に議論することが大事だ」と國廣弁護士は言う。

そもそも少数株主の権利が軽視されている国

日本では、世界では珍しい親子上場が広く行われている。Zホールディングスもアスクルの議決権の過半を握る実質親会社だ。一方で、支配株主以外の少数株主の権利に関する規定は、日本では整備されていない。

親会社の株主と上場子会社の株主の利益が相反した場合、欧米では少数株主の利益を守ることが強く求められる。訴訟になる恐れもあることから、欧米では上場企業の親子上場はほとんどないのが実情だ。

日本でも経済産業省などが旗を振って、少数株主の利益を守るためのガイドライン作りなどが進んでいる。

そんな最中に、アスクルとヤフー(Zホールディングス)の問題が勃発。支配権を持つ親会社が強権発動して株主総会で現職社長の取締役再任を拒否、現職社長を取締役候補に選んだ指名報酬委員会を構成する独立社外取締役まで再任しなかったわけだ。

確かに、新しいアスクル・モデルは、独立社外取締役の機能を強化するうえでは、画期的だろう。指名報酬委員会の答申などを取締役会が尊重しなかったり、親会社が無視した場合、社外取締役株主総会で答申や勧告の内容をぶちまけることができる、というのはなかなかの武器には違いない。支配株主として強権発動した親会社は、世の中の批判を浴びることになるからだ。

抱負文の中で候補者4人はこう述べている。

「経営陣や親会社・支配株主の意向と一般株主の利益とは、必ずしも一致するとは限りません。(中略)独立社外役員は、空気を読まず積極的に意見を言わなければなりません」(市毛氏)

「親子の利害が異なる場合、上場子会社単体の部分最適を親会社グループの全体最適よりも優先させます。少数株主がいる以上、親会社への貢献は上場子会社の価値向上を通じて提供することを原則とすべきです」(後藤氏)

「重要事項の検討・判断にあたっては、『株主全体の共通の利益の向上』という基本中の基本を肝に据え、取締役としての信認義務を厳格に果たしていきたく考えております」(高氏)

「主要株主と経営陣が信頼関係を早急に築くことが肝要であり、そのためには両者の間でダイアログを頻繁に行うことが求められます」(塚原氏)

4人の候補の選任に対して、Zホールディングスは同意しているといい、臨時株主総会では無事4人の社外取締役が加わることになる見込み。現在の5人の取締役は吉岡晃社長兼CEOと、吉田仁COO、木村美代子COOに加え、Zホールディングスから派遣されている輿水宏哲氏と、Zホールディングスの取締役専務執行役員を務める小澤隆生氏が占める。

アスクルと旧ヤフー(Zホールディングス)の間には、子会社化してもアスクルの経営の独立性を維持することや、取締役派遣は2人までという申し合わせがあり、数の論理だけで取締役会の支配権をZホールディングスが握ることは難しい。

Zホールディングスがアスクルの事業を思う通りにコントロールしようとする場合、新たに選ばれる独立社外取締役の支持を受けることが不可欠になる。

3兆円投入のツケ「東京五輪の失敗」で大不況がやってくる  1964年五輪と同じ轍を踏むことに

プレジデントオンラインに2月7日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/32810

SARS終息宣言は発生から8カ月後だった

新型コロナウイルスへの感染者が日本国内でも広がっている。潜伏期間とされる2週間以内に中国渡航したことがない国内在住の人の感染が確認されたほか、発症していない人からも感染が広がっている模様で、日本の「水際対策」では十分に防御できていないとの見方も出ている。死亡率は高くないとされているが、中国・湖北省武漢市では死者が相次いでおり、不安が高まっている。

そんな中で、米国は保健福祉省が緊急事態を宣言。直近で中国に渡航歴のある外国人の入国を停止したほか、英国は中国に滞在する自国民に退避勧告を行った。

焦点はこの感染拡大が、いつ終息するかだ。

日本は今年夏に東京オリンピックパラリンピックを控えており、7月末には開会式を迎える。SARS重症急性呼吸器症候群)が集団発生した際は、2002年11月16日に中国で始まり、WHO(世界保健機構)が終息宣言を出したのは2003年7月5日だった。仮に今回の新型コロナウイルス蔓延まんえんの終息宣言が7月までずれ込むと、オリンピックを目当てに世界からやってくる観光客の数に大きな影響を及ぼす可能性も出てくる。

ずば抜けて多い「中国人旅行者の買い物代」

世界から日本にやってきた訪日旅行客は、日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2019年に3188万人と過去最多を記録した。政府はオリンピックがある2020年に4000万人の目標を掲げてきたが、その達成に黄色信号が灯っている。2018年に初めて3000万人を超えた時には、2020年の4000万人到達は十分にあり得る数字だったが、日韓関係の冷え込みで韓国からの訪日客が激減、2019年は前年比2.2%増というわずかな伸びにとどまった。

そんな中で、大きく伸びたのが、中国からの訪日客。前の年よりも14.5%多い959万人に達した。何と全体の30%が中国からの観光客・ビジネス客だったのだ。

彼らが日本国内で落としたお金も大きい。

観光庁の「訪日外国人消費動向調査(速報)」によると、2019年に訪日外国人客が日本国内で消費した金額は、4兆8113億円。前の年に比べて6.5%増えた。それを支えたのが中国からの旅行客の増加だった。推計によると、前の年より14.7%多い1兆7718億円にのぼったとみられている。外国人の消費額全体の37%に達する。

「爆買い」に象徴されるように、中国からの旅行者が「買い物」に使う金額は他の国々からの旅行者に比べてひときわ多い。ひとり当たりの消費額は21万2981円と、全体の平均15万8458円を大きく上回る。消費額が最も多いのはオーストラリアからの旅行客の24万9128円だが、彼らが使った「買い物代」は3万1714円にすぎない。モノの消費を担っているのは中国人旅行者だということが分かる。

「世界一コンパクトな大会」のはずが巨額の支出に…

そんな最中に起きた新型ウイルスの蔓延である。中国からの来日客が減少し、日本の百貨店での春節期間(1月24日から30日)の免税売上高は前年比2ケタのマイナスになったと発表されている。

当然、中国以外の地域、特に欧米からの観光客が中国や日本などアジアへの旅行を忌避する可能性は高まっており、今後も日本経済への打撃は深刻だ。特にオリンピックへの来場者が減れば、大会前後の関連消費が期待外れに終わる可能性が出てくる。

オリンピックが期待通りの経済効果をもたらさなかった場合、日本経済は大会後にそのツケを払うことになる。

誘致した際には「世界一コンパクトな大会」にするとしていたが、関連予算は大幅に膨らんでいる。会計検査院が昨年12月4日に公表した集計によると、オリンピック・パラリンピックの関連事業に対する国の支出は、すでに約1兆600億円に達している。政府と大会組織委員会が「国の負担分」や「関係予算」として公表してきた額は2880億円だが、すでにそれ以外に7720億円が使われたとしているのだ。

国の支出以外にも、東京都が道路整備なども含め約1兆4100億円、組織委員会が約6000億円を支出することになっており、検査院の検査結果を加えるとオリンピックの関連支出は3兆円を超す巨額にのぼることが明らかになった。

組織委員会の支出を支える「スポンサー」企業

大会組織委員会が支出する6000億円については、スポンサー料収入が最大の「財源」になっている。

4段階あるスポンサーのカテゴリーのうち最上位の「ワールドワイドオリンピックパートナー」は国際オリンピック委員会IOC)と直接契約しており、1業種1社に限られている。契約料は高額でトヨタ自動車は10年で2000億円の契約金を支払ったと言われている。このカテゴリーには14社が加わっており、日本企業では、トヨタと並んでブリヂストンパナソニックが名を連ねている。

次のカテゴリーは、日本オリンピック委員会JOC)と契約し、日本国内でのみオリンピックのスポンサーと名乗ることができる「東京2020オリンピックゴールドパートナー」。これには国内企業15社が名を連ねる。スポンサー料は4年契約で100億円程度とみられている。通常、オリンピックの企業スポンサーは「1業種1社」が常識だが、今回の東京オリンピックでは、国内スポンサーに限って「1業種1社」の枠組みを外した。みずほ銀行三井住友銀行NEC富士通などの同業種が並んでスポンサーになった。横並び意識の強い日本ならではの「商法」だった。

前回の東京オリンピック後に訪れた「40年不況」

組織委員会の6300億円の収入予算のうち、チケットの売り上げが900億円、ライセンス収入が140億円、IOC負担金が850億円などとなっている。IOCの負担金の原資は、IOCに直接入るスポンサーからの収入やテレビ放映権料だ。IOCは東京大会で過去最高の3倍に当たる30億ドル(約3300億円)超のスポンサー料を日本国内の企業から集めたと公表している。IOCとしてはビジネスとして成功が約束された大会ということだろう。

オリンピックはかつて国の威信をかけて行う国際大会という色彩が強く、巨額の国家予算が投じられた。その結果、大会後に深刻な不況に見舞われるケースが頻発した。前回の1964年(昭和39年)の東京オリンピックでも、その後「40年不況」と呼ばれる景気悪化に見舞われ、山一証券は事実上破綻して日銀特融を受け、山陽特殊製鋼などが倒産した。

過剰な投資を行えば、そのツケが回ってくるのは当然である。その反省から昨今のオリンピックはお金をかけずにコンパクトに済ませるようになった。日本はその国際的な流れを無視し、巨額の資金をつぎ込んでしまったわけだ。

そうでなくてもその反動が大会後の日本を襲うことが懸念されるところに、新型コロナウイルスの蔓延である。消費増税もあり国内消費が冷え込んでいる中で、オリンピック関連のインバウンド消費に期待が集まっていたが、万が一そのアテが外れることになった場合、不況に直面した前回東京大会の轍を踏むことになりかねない。

高級時計の付加価値で得た利益を「よのなか」のために使う

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』がWedge Infinityに再掲載されました。是非およみください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17031

Wedge (ウェッジ) 2019年6月号【特集】漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業

Wedge (ウェッジ) 2019年6月号【特集】漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2019/05/20
  • メディア: 雑誌
 

 200万円で売られている世界を代表する高級腕時計の原価はいくらか。時計の専門家に話を聞いた藤原和博さんは度肝を抜かれた、という。

 ムーブメントと呼ばれる駆動装置は技術の進歩が究極までたどり着いていて、何社かに集約され大量に生産されている。価格は4500円くらいとみられるが、実際にはもっと安いという説もある、という話だった。特殊な貴金属を使わなければケースを合わせても原価2万円。それが200万円に化けるのだ。

 「付加価値を生むブランドの力というのは正直凄いと感心した」と藤原さんは振り返る。

 リクルート出身の藤原さんは、東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校の校長を務めるなど教育改革の実践家。「よのなか科」の生みの親として知られる。当時は和田中学の5年の任期を終えたところだった。

 教育に関わるかたわら、藤原さんは日本的な良さと最先端の技術を組み合わせる「ネオ・ジャパネスク(新しい日本風)」を掲げてきた。自宅も和の伝統を重んじながら、現代的な便利さを導入したものを建築家と共に建てている。

 時計は日本を代表する製品に育ちながら、欧米の高級ブランドのデザインに押されている。もっと日本の美を凝縮した時計が作れるのではないか。日本を代表する経済人や政治家が、世界に出かける時に腕にしていって夜の晩餐会で高級ブランドに引けを取らない「ネオ・ジャパネスク」の時計ができないか。

 長年の夢が、原価を聞いた途端、藤原さんの中でプロジェクトとして動き出した。ブランド物と同じクオリティの時計が20万円か30万円で売れるのではないか、とひらめいたのだ。

 問題はどう作るか。そんな折、セイコーを退職して、長野県岡谷市で、純国産の腕時計ブランド「SPQR(スポール)」を企画製造していた清水新六・コスタンテ社長を知る。

 清水社長はセイコー時代、ジェノバやミラノ、香港に駐在。商品企画からものづくり現場、アフターサービスまで、「時計作りに関わるひと通りの仕事を経験させてもらった」と清水さん。自分が欲しい時計を作りたいと一念発起し52歳で退職した。セイコー時代の人脈ネットワークを使って新しい時計が生まれていった。時計製造の日本でのメッカとも言える諏訪地域を中心に、ものづくりだけで30社、販売まで含めれば70社との連携で時計が世に出て行く。いわばバーチャル・カンパニーだ。

 藤原さんは清水社長に会うと、この人ならば自分が考えているものを形にしてくれると直感する。その日のうちに手書きでイラストを描いた時計のコンセプトが藤原さんから清水社長に送られてきた。

 文字盤は藍色の漆(うるし)。長野オリンピックでメダルを作った漆加工職人の手によるものだ。深い宇宙を思わせる、引き込まれるような藍色である。文字盤には機械の動きが見えるシースルーの窓が付いているが、通常とは逆で、向かって右側にある。

 「これまでの時計は大体向かって左、つまり右側にテンプ(振動する部品)が置かれていた。でも時計を人に見立てると心臓は本来、左側にあるべきではないのか」

 そんな藤原さんの発想は時計業界の常識からすると全くの型破りだった。向かって右側にテンプを置くには、針を調整するリュウズを左に持ってこなければならない。左利きならばともかく、右利きの時計はリュウズが右と決まっている。それでも清水社長は藤原さんのリクエストを形にしていった。

 藤原和博プロデュース「japan」プロジェクト。藤原さんが清水社長に会ってからわずか半年で、2モデルが出来上がった。「大手時計メーカーだったら製品化に5年はかかります」(清水社長)というから破格のスピードだ。

 価格はゴールドモデル25万9200円(税込)とシルバーモデル19万4400円(同)と決して安いものではない。それでもそれぞれ限定25本という希少性もあって、予約段階で完売した。ストーリー性のある本物にはお金を惜しまない消費者が確実にいる。藤原さんはそう確信した。

 もともとは一回限りのプロジェクトのつもりだった藤原さんだが、その後もプロジェクトは続くことになる。製造に当たる清水社長の仲間たちが「ネオ・ジャパネスク」の時計にやりがいを感じたからだ。もちろん、完売後も問い合わせが続くなど、「japan」の人気が高かったこともある。

 そんな最中、東日本大震災が起きる。津波の被害にあった宮城県雄勝町の特産品である雄勝石。復元された東京駅舎の屋根に張られている石だ。津波で泥まみれになっていた石をボランティアが掘り出し、洗い清めた。その雄勝石を薄くして文字盤にできないか。

 藤原さんが「japan311」と名付けた限定品が発売されたのは震災から5カ月後のこと。40本作り、30本を31万3200円で販売。10本は地元関係者に寄贈した。また、売り上げから300万円を寄付、津波で流された「雄勝法印神楽」の太鼓や衣装の購入費用とした。寄付付きということもあって、このモデルもあっと言う間に完売している。

 2016年に、日本の磁器が佐賀県有田に誕生して400年を迎えるのに合わせて藤原さんは、有田焼の白磁で文字盤を作れないかと思いつく。藤原和博プロデュースの第5弾は「SPQR arita」と名付けられ、13年に発売された。有田焼の窯元「しん窯」が文字盤用に薄い白磁を完成させた。リュウズの先端にも蛇の目模様の有田焼が付けられている。

 この有田焼の文字盤がセイコーの目に留まる。今秋発売予定の「プレサージュ」匠の技シリーズに採用されたのだ。実は、担当者から藤原さんに「別の白磁メーカーに作らせるのでいいでしょうか」と事前に確認があった。藤原さんは即座に、むしろ技術開発に苦労した「しん窯」を使ってあげてほしいと伝える。自分は一銭もいらないけれど、あとで「セイコーがまねをした」くらいのことは言ってもいいですよねと微笑んだという。

 ネオ・ジャパネスクを広げたい藤原さんにとっては、セイコーからの話は願ってもないことだった。一方で、自分のアイデアをまねされたと言いふらせることは遊び心満点の藤原さんにとって何よりの報酬だというわけだ。

 藤原さんがプロデュースする日本の様々な技術と時計との融合は、ものづくりを守り育てることに大きく役立っている。世界の高級ブランドと同じ品質のものを、きちんとした価格で売れば、携わる職人たちが満足する手間賃を得るだけでなく、企画する清水社長にも利益が残る。

 その利益から清水社長はラオスでの学校建設に寄付をしているのだ。学校建設の基金と出会ったのも、藤原さんの紹介だった。

 付加価値を付けた本物志向のものづくりの利益が循環して、海外での学校建設にまでお金が回る。藤原さんのアイデアから生み出された価値は、とてつもなく大きい。

 

総務省の「泉佐野市いじめ」が止まらない…!ふるさと納税の報復か  やはり「地方自治」は名ばかり

現代ビジネスに2月6日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70259

どう見ても嫌がらせ

ふるさと納税の制度を利用して多額の寄付金を集めた大阪府泉佐野市に対する総務省の“いじめ”が続いている。

2019年12月分の特別交付税の同市への配分額を、前年度に4億3502万円あったものを、災害対応分の710万円に大幅減額したのだ。交付団体の中で災害対応分だけだった自治体は泉佐野市だけだった。事実上、交付税を受け取らなくても財政運営ができている「不交付団体」並みの扱いがされた。

もちろん泉佐野市が黙っているわけがない。「ふるさと納税での収入増を理由に交付税を減額されたのは納得できない」として、国に審査を申し立てていた。ところがこれに対しても「却下する」との高市早苗総務相からの文書が1月24日に届いた。地方交付税法の規定は特別交付税の算定方法に対する不服等は審査の対象としていない、という紋切り型の回答書で、門前払いだったが、背後にふるさと納税を巡る同市との対立があることは明らかだった。

泉佐野市の千代松大耕市長は声明を出し、こう憤った。

「本市を狙い撃ちにして大幅減額するようなルール変更がなされたことは、ふるさと納税をめぐって国と争っている本市への嫌がらせであるということは、誰の目に見ても明らかです」

泉佐野市への交付税の減額は2019年3月に続いて2度目で、総務省泉佐野市を目の敵にしていることは明らかだ。

確かに、泉佐野市がふるさと納税制度を巡って「やりすぎた」ことは間違いない。

2018年度に泉佐野市は497億5300万円のふるさと納税制度による寄付を集めた。全国最多の受入額だった。初めてトップになった2017年度は135億円と唯一100億円を集めて話題になったが、それをさらに大きく上回った。

総務省ふるさと納税の制度を見直し、2019年6月から新制度に移行するのを前に、「閉店セール」として返礼品のギフト券を大盤振る舞いするなど、総務省の神経を逆撫でした。

もともとネットショップばりのホームページを開設、豊富な返礼品の品揃えで人気を集めていたが、それに拍車をかけたのだ。総務省は繰り返し大臣名の通知を出して、返礼品の寄付額に対する割合を3割以下に抑えることや、地場産品に限ることなどを求めていたが、泉佐野市はそれを無視していた。

法律が代わって新制度になるのを前に「駆け込み」で多額の寄付を集めたのだ。

逆らうものは許さじ

そんな泉佐野市に総務省は“懲罰”を加える。地場産品の利用や返礼品の金額割合を抑えることに従わなかったことを理由に、寄付額上位の4つの自治体、泉佐野市、静岡県小山町和歌山県高野町佐賀県みやき町を新制度の対象から除外したのだ。

他の3市は黙ってそれを受け入れたが、泉佐野市は闘争を開始する。新制度から除外した総務省の決定を不服として、「国地方係争処理委員会」に審査を申し立てたのだ。

2019年10月に委員会は、「過去の募集方法を根拠に(新制度から)除外するのは改正地方税法に反する恐れがある」と指摘、総務省に再検討を求めた。ところが、それでも総務省は除外方針を変えなかったため、泉佐野市が大阪高等裁判所に提訴した。

その裁判の判決も1月30日に下され、請求は棄却された。

佐村浩之裁判長は判決理由で、これまでの過度な返礼品競争などの経緯を踏まえると、過去の実績を考慮し参加自治体を指定する新制度は総務相の裁量の範囲内だ、とした。

泉佐野市は、後からできた法律で、過去の行為を問題として新制度から除外するのは、法律の大原則である「不遡及の原則」に抵触するとしていたが、高裁はこれを認めなかった。泉佐野市は判決を不服として最高裁判所に上告した。

もっとも、泉佐野市との係争は、総務省にとっては願ってもないことだったに違いない。国の言うことを聞かない自治体は、交付税を減らすという仕打ちを覚悟しなければならない、ということを裁判所も認めたからだ。

もともと総務省ふるさと納税に対して反対で、本来は住民サービスに使われるべき税金が他の自治体に回り、しかも返礼品で納税者に戻っているのは問題だという批判を繰り返し展開してきた。その問題性を証明する格好の事例が泉佐野市なわけだ。

目覚めた自治体の自立意識が

実は、ふるさと納税制度で、地方自治体の意識が大きく変わっている。人口減少が続く中で、どの自治体も税収減に悩まされているが、自らの努力で地域を売り込み、寄付金という形で収入を増やす道ができたのである。

制度ができる前までは、地方交付税交付金を配分する総務省や、様々な補助金を交付する霞が関に日参するくらいしか、方法がなかったのである。

ところが、工夫してせっかく収入を増やしても、地方交付税を減らされてしまうのでは何にもならない。泉佐野市への仕打ちは、自治体の財政的自立を妨げることにつながりかねないのだ。

そもそも総務省は、自治体を財政的に自立させようと考えていないことは明らかだ。全国に1765ある自治体のうち、財政が黒字で交付金を受け取っていない自治体(不交付団体)はわずかに86だ。圧倒的多数が財政的に自立せず、交付税に依存している。

これは交付税額を決める総務省にとっては権限を増すことになる。総務省の人材を副市長や部長など幹部に迎える自治体が後をたたないのは、そんなところに理由がある。再分配機能に名を借りた国による地方支配が続いていると言っても良い。

ふるさと納税は大幅に増えたと言っても、まだ5000億円だ。地方交付税交付金の総額は15兆2100億円にのぼる。むしろ、多くの自治体が、国への依存を高めている。

2018年度に泉佐野市にふるさと納税した人は、のべ250万人。2位の小山町の29万人をはるかに上回る。そうした人たちが全て、返礼品目当ての「損得」で泉佐野市を「応援」したのだろうか。地方自治のあり方を考える上で、今後も国と泉佐野市のバトルから目を離せない。

「世界経済」占う「スイス時計」新型肺炎は影響するか

新潮社フォーサイトに2月6日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/46483

 景気の先行きが見える高級品の需要に急ブレーキがかかっている。高級時計の代名詞であるスイス製時計の全世界向け輸出額を見ると、世界や輸出する先の国・地域の経済動向が見えてくるのだが、好調と思われていた世界経済に明らかに鈍化の兆しが見えている。

香港向け輸出が激減

 スイス時計協会が発表した2019年のスイス時計輸出額は216億8060万スイスフラン(約2兆4380億円)と、2018年に比べて2.4%増えた。輸出額の増加は3年連続だが、2018年の対前年伸び率6.3%より明らかに鈍化した。

 

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「団塊の世代」全員70歳以上で 過去最高続ける医療費はどうなる

ビジネス情報誌「エルネオス」2020年2月号(2月1日発行)『硬派ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 

エルネオス (ELNEOS) 2020年2月号 (2020-02-01) [雑誌]

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  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: エルネオス出版社
  • 発売日: 2020/02/01
  • メディア: Kindle
 

 

第二次世界大戦直後の一九四七年(昭和二十二年)から四九年(昭和二十四年)の間に生まれた第一次ベビーブーム世代、いわゆる「団塊の世代」が昨年末までに全員七十歳になった。
 この三年間に生まれた人は八百六万人で、日本の人口ピラミッドでは、大きな塊を成している。この世代が本格的に「老後」を迎える前に年金制度や健康保険制度など社会保障制度を抜本的に見直さないと日本は大変なことになる、そう霞が関も永田町も分かっていながら、問題は先送りされてきた。最近では団塊の世代が全員七十五歳以上の「後期高齢者」になる「二〇二五年問題」を声高に指摘する向きが多いが、五年間の猶予があるわけではなく、すでに問題は刻々と深刻さの度合いを増している。
 何せ、団塊の世代など高齢者を支える人口が激減しているのだ。団塊の世代の多くが結婚出産した七一年から七四年は出生数が毎年二百万人を超え、「第二次ベビーブーム」と呼ばれた。この間に生まれた世代は「団塊ジュニア」と呼ばれる。つまり、二十四年後に出生数が増えたのだ。だが、その次の世代、つまり九五年以降になるが、ここでは「ブーム」は起きず、むしろ少子化が進行した。
 晩婚化や出産年齢の上昇もあるが、「団塊ジュニアのジュニア」世代は、「就職氷河期」や「金融危機」に伴う企業の業績悪化の時期と重なり、なかなか子供を産むことが難しい時代が続いた。二〇一九年には、ついに年間の出生数が九十万人を割り込んだ。
 総務省の一九年十二月一日現在の推計概算値では、総人口(一億二千六百十五万人)に占める六十五歳以上の人口は三千五百八十万人で、二八・四%を占める。もちろん、この「高齢化率」は世界最高である。一方、これを支える「現役世代」はどんどん減っており、十五歳から六十四歳までの人口は七千五百十七万人にすぎない。

長期にわたる医療費の増加

 政府は「女性活躍促進」「生涯現役」といったキャッチフレーズを掲げて、働くこと、働き続けることを奨励しているが、背景には少しでも「支える側」に居続ける人の数を増やす狙いがある。年金の支給開始年齢は六十五歳以上に引き上げられたが、さらに七十歳へと引き上げることを検討している。それを実現するためには「無年金期間」をどうするかが焦点になるため、現在、企業に六十五歳までの雇用義務を課しているものを、さらに引き上げたい意向だ。それぐらい支え手の激減が深刻な事態になってきたのだ。
 健康保険はさらに深刻だ。医療費の増加が止まらないのである。
 厚生労働省が公表した一八年度の「概算医療費」は四十二兆六千億円と一七年度に比べ〇・八%、約四千億円増加した。概算医療費とは労災や全額自己負担の医療費を含まないもので、全体の総額である「国民医療費」の九八%に相当する。国民医療費は一年遅れで公表されている。
 増加は二年連続ということになっているが、高額医薬品の登場などで一五年度に三・八%増と大きく増えた反動で翌一六年度に十四年ぶりに〇・四%減少したためで、実際は長期にわたって増加傾向が続いている。〇一年度は三十兆円だったので一・四倍になった。この間の名目GDP(国内総生産)は六%しか増えていないのだから、医療費の伸びがいかに大きいか分かる。
 医療費の増加は、医療が高度化したからという理由もある。だが、日本の医療費の増加の最大の要因は「高齢化」だ。四十二兆六千億円のうち、三八・五%に当たる十六兆四千億円が「七十五歳以上」の医療費なのだ。しかもその伸び率は二・四%。全体の伸びを上回り、増加は続いている。
 一人当たりの医療費で見ても、七十五歳以上は九十三万九千円。七十五歳未満の二十二万二千円に比べて四倍以上だ。終末期に膨大なお金がかかっているなど高齢者医療のあり方を問う声は以前からあるが、一人当たりの医療費はほとんど減っていない。
 国民医療費の調査報告には詳しい年齢別の医療費が出ているが、一七年度の場合、国民医療費の五〇・九%を七十歳以上が使い、六十五歳以上にすると、六二・四%に達するとしている。

資産はあっても「一割負担」

 もう一つ大きな問題がある。その医療費を誰が負担しているかだ。自己負担は七十歳未満ならば「三割負担」である。ところが七十歳になると「二割負担」、七十五歳以上の「後期高齢者」になると「一割負担」に下がる。現役並みの所得がある人は三割負担のままということになっているが、どんなに資産があっても所得さえ少なければ一割負担だ。
 そう、つまり、団塊の世代で現役並みの所得がない人はすべて負担が減るのだ。結局、その分は健康保険組合などの保険財政にしわ寄せされ、現役の保険料負担が増える。さらに団塊の世代が七十五歳以上の「後期高齢者」になれば、負担は一割。その分、健康保険組合後期高齢者向け負担金などが増えることになる。もちろん、国民健康保険の保険料も引き上げられていくことになる。
 ちなみに国民医療費全体のうち一一・六%が患者の自己負担、四九・四%が保険料(被保険者が二八・三%、事業主が二一・一%)で賄われているが、国庫負担や地方自治体の負担といった「公費」による負担も三八・四%に達している。もちろん、こうした財政支出は納税者や次世代の負担となっていく。
 このままでは、現役世代の負担がどんどん大きくなる。これを避けるために、政府は七十五歳以上の負担を現在の一割から二割に引き上げたい意向だ。ところが昨年秋にそう報じられると、猛烈な反発が起こり、一月召集の通常国会への法案提出は見送られた。秋の臨時国会での提出を目指すが、導入されるとしても「一定以上の所得」がある人だけに限られる可能性が高い。投票権を持ち、投票率も高い高齢者に不利益をもたらす負担増を、自民党はなかなか認めることは難しい、という背景がある。
 本来は医療費を抜本的に圧縮する方策をとるべきだが、保険点数の引き下げなどで医療費を圧縮しようと思えば、医師会が強く反対する。これまた政治家の有力な支援者である。いわゆる「シルバー民主主義」が医療費圧縮や高齢者負担の増加を困難にしていることを、真剣に考えなくてはならない時だ。