「インバウンド消費」頭打ちで考えるべき「日本産品」シフトの「工夫」

新潮社フォーサイトに1月30日にアップされた拙稿です。オリジナルぺージ→

https://www.fsight.jp/articles/-/44819

 日本にやってくる外国人による消費、いわゆる「インバウンド消費」が頭打ちになってきた。2018年の訪日外国人数は3119万人と初めて3000万人を突破し、彼らが日本国内で落としたお金も過去最多を更新したが、消費の増加率は前の年に比べて、わずか2%増に留まった。国内消費の低迷が続く中で、インバウンド消費による下支え効果が大きかっただけに、日本経済の先行きに暗雲が漂い始めたと見ることもできそうだ。

「モノ消費」から「コト消費」へ

 観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査」によると、2018年1年間の訪日外国人による消費額は推計4兆5064億円だった。2017年は17.8%の伸びを示していたが、2018年は2.0%の増加だった。最大の消費者である中国からの旅行客による消費が、1兆5370億円と9.3%も落ち込んだことが響いた。中国人消費が減少したのは2012年以降初めてだ。中国大陸の景気の影響を大きく受ける香港からの旅行者の消費額も、3355億円と1.8%減少した。

 中国からは近年、クルーズ船でやってくる旅行者が激増している。観光庁のこの調査は空港での旅客への調査だったが、2018年分からクルーズ客も対象に加えた。クルーズ客は短期滞在の傾向が強いことから、消費額も少ないため、その影響が集計結果に表れた、という。従来通りの方法で推計した場合の伸び率は8.7%増だといい、2.0%増よりは大きくなるものの、前の年より大きく鈍化していることに変わりはない。

 訪日外国人の消費で最も多いのが「買物代」。全体の34.7%にあたる1兆5654億円に上った。前年の「買物代」は1兆6398億円だったので、4.5%減ったことになる。次に多い「宿泊費」が6.1%増加、「飲食費」や「娯楽等サービス費」も増えており、「買物代」の落ち込みが目立つ。

 その主因はやはり中国人消費の落ち込み。中国人観光客の「買物代」は、2018年は8033億円だったが、2017年は8777億円だったから8.5%も減ったことになる。

 旅行者1人あたりの消費額で見ると、「買物代」は全体平均では5万880円だが、中国人観光客はダントツに多い11万923円を使っている。が、2017年の11万9319円と比較すれば、いわゆる「爆買い」に象徴される中国人観光客の買い物は頭打ちになりつつある、というのが統計から読み取ることができる。

 ちなみに日本を訪れる旅行者の平均宿泊数は9.1泊で、前の年と変わらなかった。が、消費された「宿泊費」は1人4万5822円と、2017年の4万3397円に比べて増加した。日本の観光地ではホテルや旅館の宿泊代金が上昇しており、それが数字に表れていると見られる。また、「飲食費」も9.1%増えた。

 さらに、「娯楽等サービス費」が5952円と、前の年の5014円から18.7%も増えており、「モノ消費」から「コト消費」へという旅行者の嗜好の変化が表れている。

 京都や奈良などでは、若い外国人の男女が和服姿で街中を歩いているのを多く見かける。今、日本にやってくる旅行者の間では、体験型の観光が大人気になっており、「買い物ツアー」が花盛りだった頃と大きく様相が変わりつつあるのだ。

 日本の旅行業界や観光地は、そうした体験型のプログラムを多数用意し、滞在時間を延ばすことで、宿泊や飲食、買い物などにつなげていこうという取り組みが増えている。今後も旅行消費は「買い物」一辺倒から、より多様になっていくに違いない。

 もっとも、そうは言っても、日本国内在住者による消費が今ひとつパッとしない中で、買い物を中心とするインバウンド消費が頭打ちになるとすると、その影響は大きい。

「客層」の変化にも理由

 日本百貨店協会が公表している全国百貨店売上高概況によると、2018年の百貨店売上高は5兆8870億円と、2017年比で0.8%減少した。一方で、免税手続きによる売上高は3397億円と25.8%増えている。2017年は46.3%も増えたので、それに比べれば鈍化しているが、全体に占める割合は5.7%から5.8%へとジワリと増えている。つまり、外国人観光客への依存は年々高まっているわけだ。

 百貨店の売上高も月単位で見ると、2018年は後半の失速ぶりが鮮明だ。地域別に見ると、外国人向けの売り上げが大きい大阪の百貨店売り上げは、2017年5月から2018年6月まで14カ月連続で対前年同月比5%を上回る伸びを記録していたが、7月にマイナス1.7%、9月にはマイナス4.1%と大きく落ち込んだ。地震や台風による高潮被害などで関西国際空港を利用する外国人観光客が減ったことが主因と見られるが、明らかにムードが変わりつつある。11月0.0%増、12月2.2%増と回復ピッチも鈍い。

 もう1つ気になることがある。百貨店での免税手続きをした人の、1人あたりの購入金額、いわゆる単価である。2018年の平均(月額平均の年平均)は6万5000円と、2017年の6万7583円から低下した。月別に見ると、2017年10月に7万4000円だったものが、2018年7月には6万円にまで下がっている。高級ブランド品の「爆買い」が影をひそめ、化粧品や食料品といった単価の低いものへシフトしている影響と見られる。

 日本にやってくる外国人観光客はリピーターが増えている。回数を重ねればお土産品の目新しさも消える。また、LCC(格安航空)やクルーズ船を使った低価格での旅行者も増加している。こうした「客層」の変化も、インバウンド消費が頭打ちになってきた大きな理由だろう。

アジアのエンターテイメント拠点

 日本政府は2020年に訪日外国人旅行者数4000万人を目指している。2018年の3119万人をベースに、伸び率実績8.7%増が続くとしても、2020年には3685万人になる。2020年には東京オリンピックパラリンピックの開催という大きなイベントがあるので、目標の4000万人は何とか達成できる可能性もありそうだ。

 さらに、政府は外国人消費を2020年に8兆円とする目標も掲げている。「爆買い」で1人あたりの旅行消費が17万円を超えていた2015年をベースに立てた数字で、こちらの達成はほぼ絶望的と見られている。

 もっとも、「爆買い」のターゲットだった高級ブランド品はほとんどが輸入品。売り上げは大きいものの、日本の生産者に恩恵が及ぶことはなかった。円高で欧米から安く仕入れたものが、その後の円安で、外国人旅行者にとっては「格安」になり、バーゲンセール状態になったのが「爆買い」の大きな理由だった。つまり為替のマジックによる消費ブームだったと言える。

 最近、日本にやってくる外国人旅行者の買い物のターゲットは「メイド・イン・ジャパン」。日本でしか手に入らない良いものを求めようという傾向が強まっている。中国からの旅行者に人気の食べ歩きでも、日本産のいちごなど果物や、海産物などがひっぱりだこ。日本人から見ると驚くような高値で売れていく。

 こうした日本産品へのシフトは表面上は金額が小さくなるかもしれないが、日本経済の下支えになることは明らかだ。

 日本で開く美術展を目がけてアジア各国から観光客がやってくるのも当たり前になった。観劇やスポーツ観戦なども、旅行者に人気だ。必ずしも日本的なものだけでなく、アジアのエンターテイメント拠点として日本の可能性はまだまだある。

 どうやって外国人観光客を増やし、日本でより多くのおカネを落としてもらうか。そうした工夫をせず、旧来型の観光にあぐらをかいていると、為替が円高に振れたとたん、日本旅行ブームが去ってしまうことになりかねない。そうなれば、日本の消費経済への打撃は深刻なものになるだろう。

 

円安なのに「過去最高の海外旅行ブーム」の複雑な事情をご存じですか 原因は国内旅行にあるかもしれない

現代ビジネスに2月14日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59853

 

過去最高の海外旅行ブーム

ここへきて海外旅行が人気だ。今年のゴールデンウィーク天皇陛下の譲位の式典などで10連休になることから、2月の時点で海外旅行が軒並み満席になっているというニュースが飛び交っている。

日本政府観光局(JINTO)が発表した2018年1年間の出国日本人は1895万4000人と、2012年に記録した1849万657人を上回って6年ぶりに過去最多を更新した。この勢いならば2019年も最多を更新することになるだろう。

確かに大型連休は海外旅行に行くチャンスだが、なぜ、海外旅行が増えているのだろうか。

過去最多の出国数だった2012年は猛烈な円高が追い風だった。2011年10月に1ドル=75円を付けた円相場は2012年も1ドル=76円から86円前後で推移した。海外での円の購買力が猛烈に強まったこともあり、海外旅行が大ブレイクしたわけだ。

その後は2012年12月に発足した第2次安倍晋三内閣が、アベノミクスを打ち出したことで、急速に円安が進んだ。このため、海外から日本にやってくる外国人にとっては「超割安」な旅行先となった。いわゆる「インバウンド・ブーム」の始まりである。

訪日外国人が大幅に増加した一方で、日本から海外に行く日本人は2013年から2015年まで3年連続でマイナスとなった。

それが再び増加に転じたのは2016年で、5.6%増、2017年は4.5%増えたのち、2018年は6.0%の伸びになった。月ごとの統計でみると、2018年10月には前年同月比12.8%増、11月は8.2%増、12月は10.9%増と大幅に出国者が増加した。

賃上げ効果ではない

ではいったいなぜ、海外旅行に行く日本人が増えているのだろうか。6年前のような急激な円高効果ではないのは明らかだ。

景気が良くなっているからだろうか。安倍晋三首相は2012年以降、繰り返し「経済好循環」を政策目標に掲げ、円安で好転した企業収益を「賃上げ」によって従業員に還元するよう求めてきた。2018年の春闘では「3%の賃上げ」を経済界に要望していた。

今年になって不正が発覚した「毎月勤労統計」では2018年6月は3.3%も給与が上昇したとされたが、修正値では2.8%に下方修正された。

国会審議の過程では、2018年は実質賃金が本当にプラスだったのかも怪しくなっている。ということは、ここへきての海外旅行ブームも、賃上げ効果が旅行消費に向いてきた、ということではなさそうだ。

ではなぜ、海外旅行なのか。観光庁が行っている「主要旅行業者の旅行取扱状況」という統計にヒントがありそうだ。

それによると2017年度(2017年4月から2018年3月)の海外旅行の総取扱額は2兆653億円と前年度比6.7%増えた。一方で、国内旅行の総取扱額は3兆4190億円と、3.0%の伸びにとどまっている。

「募集型企画旅行」の旅行商品で取り扱った人数を見ると、海外旅行は4.2%増なのに、国内旅行は2.8%減っている。

つまり、海外旅行が増えているのは、国内旅行からのシフトだと考えられるわけだ。しかも、国内旅行は取扱額よりも取扱人数の減少率が大きい。単価が上昇したことで割安感のある海外旅行に流れているとみられるのだ。

ということは、海外旅行ブームは景気が良くなったからではなく、むしろ日本人は価格にシビアになっている、と考えられるのだ。

円安を上回る国内価格の上昇

インバウンドで日本に押し寄せる外国人が増加したことで、これまで「価格破壊」状態だった国内のホテルや旅館の価格が上昇している。また、観光バスの代金などが高くなった結果、国内パック旅行も激安商品が姿を消している。どこへ行っても外国人観光客ばかりで、なかなか個人では予約が取れない、ということもある。

一方で、LCC(格安航空会社)の普及で、アジア諸国向けの航空運賃が割安になり、海外旅行の価格単価が安くなっている。インバウンドが増えたことでLCC便が増加し、日本人も海外に行きやすくなった、と言えるだろう。日本国内の航空運賃は高止まりしており、国内旅行敬遠に拍車をかけているのかもしれない。

「主要旅行業者の旅行取扱状況」の2018年4月以降の月次データを集計してみると、発表済みの1月までの累計で、海外旅行の取扱額は前年同期間比6.7%増え、前年度の傾向が続いていることがわかる。一方で、国内旅行はマイナス2.0%となっており、前年度よりも国内旅行の取扱が減っていることを示している。

ちなみに日本の旅行会社が扱うインバウンド旅行も増加している。2017年度は12.1%も増加した。2018年度も11月までの累計で16.2%増えている。日本人の国内旅行が減少する中で、外国人の国内旅行に営業をシフトしようとしている旅行会社の姿が浮かぶ。

訪日旅行者もリピーターが増え、高級旅館や体験型のリゾートなど高級化も進んでいる。「爆買い」の旅行版という指摘もある。そうした訪日客によって国内旅行代金が年々高くなりつつあるのも事実だ。

訪日外国人による日本旅行ブームを横目に、日本人の海外旅行ブームが起きていることが、日本人にとって国内旅行を「高嶺の花」になりつつあるのだとすると、何とも寂しいことだ。「失われた20年」の間に日本人の給与水準が大きく下がり、アジアの人たちに比べても「貧しくなった」とすれば、やりきれない。

働き方改革で変わる会社との関係 求められる「労働組合」の機能変化

ビジネス情報誌「月刊エルネオス」2月号(2月1日発売)に掲載された原稿です。

働き方改革」の影響で、会社と働き手の関係にも大きな変化が起きようとしている。
 終身雇用・年功序列を前提とした伝統的な日本企業では、会社と働き手はある意味「一心同体」。一生懸命に働いていれば、いずれ会社が報いてくれるという前提で、一種の信頼関係が成り立っていた。同期入社ならばある一定レベルまでは格差をつけず、昇格昇進させ、給与もほぼ同じ、というのが日本の会社の良さでもあった。会社と働き手の関係は「画一的」だったともいえる。
 ところが「働き方改革」によって、その前提が大きく変わり始めている。多様な働き方を求める人が増え、同じ社員でも労働時間や待遇が大きく違う例が増えつつあるのだ。これまでは考えられなかった「副業」の拡大などに政府も旗を振る時代だ。
 働く時間などをフレキシブルにした裁量労働制も広がっている。さらには、時間によらない働き方を認める「高度プロフェッショナル(高プロ)制」も導入された。会社と働き手の関係は、人それぞれ、多様になってくるのは明らかだろう。
 そんな中で問題なのは、どうやって働き手の権利を守るか、である。これまでは、働き方が画一的だったことから、勤務時間の短縮やベースアップなど賃金の引き上げを働き手全体として経営陣に要求する手法が取られてきた。従業員が所属する労働組合と経営陣が交渉して待遇を決める「労使交渉」がそれを担ってきた。
 労働基準法は労働条件の最低基準を定めた法律だが、そこにもしばしば、労働者の過半数で組織する労働組合との協定を結ぶことを求めている。働き手の条件を改善していくためには使用者、つまり、経営陣に要求を認めさせるよう、「労働者が団結」することが重要だ、というのがこれまでの「労働運動」の基本であった。

非正規社員と正規社員の格差

 ところが、働き方が多様になると、なかなか労働者は団結することが難しくなる。会社に求めるものも多様になってくるからだ。伝統的な製造業では今も労働組合が存在するが、新しいIT(情報技術)企業などでは、労働組合がない場合が少なくない。
 厚生労働省が毎年十二月に発表している「労働組合基礎調査」によると、二〇一八年六月三十日現在で全国にある労働組合は二万四千三百二十八組合。前の年に比べて百三十七組合減った。減少は過去二十年以上にわたって続いている。組合員の数自体はここ四年間、微増が続いているものの、全体の雇用者数が増えているため、推定組織率は一七・〇%と八年連続で前年を下回り、過去最低となっている。
 つまり、労働者の権利を主張し、権利を守る母体だった労働組合の組織率は年々低下しているのだ。
 特定の労組に入っていることを雇用条件にする「クローズド・ショップ」と呼ばれる仕組みをとっている場合、社員になった段階で、労働組合への加入が義務付けられる。一方で、加入が社員の自由である組合も多い。そうした場合、会社に入っても労働組合には加入しない、というケースが出てくる。会社にもともと労働組合がないのではなく、あっても入らない人がいることが、組織率の低下に結びついている。
 ではなぜ、労働組合に入らないのか。
「組合が働き手の味方になってくれるとは思えない」という声もある。本当の意味で、働き手の利益を代表していない、というのだ。大会社でさまざまな職種がある場合など、そうした不満の声をよく聞く。また、前述の通り、働き方が多様化して、労働組合が働き手それぞれの要望を捉えきれていない、という例も少なくない。
 その典型がパートタイムなど非正規労働者と、正社員の格差だ。大企業などの労働組合では、正社員は組合員になれても、非正規社員は組合員になれないケースが多い。厚労省の調査によると、パート労働者で労働組合に加入している人は百二十九万六千人。この四年で三十三万人も増加した。パート労働者の組織率は年々上昇しているとはいえ、二〇一八年で八・一%にすぎない。
 連合など労働組合団体にとっては、組織率の低下は重大問題だ。労働者の代表という立場に疑問を呈する向きも出てくるからだ。実際、政府は「働き方改革」の原案を作る段階で、労働組合代表の数を減らした。それまで、労働政策については、公労使(公益・労働・使用者)の代表による「三者合意」がなければ改革できないという不文律があった。それを「無視」する理屈にも、労働組合が労働者を代表しているとはいえない、という論理があった。

企業別組合から職能別組合

 連合などは、傘下の組合に対して、非正規雇用の人たちを労働組合に受け入れるよう呼び掛けている。非正規雇用の割合が高くなる中で、非正規の人たちの声も吸い上げなければ労働組合運動とはいえない、という切実な思いがある。しかし、正社員と非正規社員では利害が相反する場合もあり、共に闘うという形にはなりにくいのが実情だ。
 もう一つ、日本の労働組合企業別組合が基本で成り立っているという特殊性にも問題がある。欧米では職能別の労働組合が多く、企業の枠を超えて、同じ職種の人たちが組合をつくっているため、企業を超えて、職種や働き方が似た人たちが「団結」することを可能にしている。
 では、働き方が一段と多様化する中で、今後、労働者の権利はどうやって守られていくべきなのだろうか。旧来型の労働組合のあり方とはまったく違った発想で、新しい組合をつくっていく必要があるのかもしれない。企業単位ではなく、欧米のように、同じ職種の人たちが、働き方や待遇の改善を求めることがより重要になるかもしれない。また、個々の働き手が企業と労働契約を結ぶ形になっていく中で、そうした契約内容の是非などをアドバイスする役割も労働組合が担うべきではないか。
 高プロ裁量労働など、ともすると仕事を与える会社側の立場が有利になり、ブラック企業が大手を振ってまかり通ることになりかねない。多様な働き手を守る仕組みを作るためにも、労働組合が変化する時に来ているのではないか。

 

 

エルネオス (ELNEOS) 2019年2月号 (2019-02-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2019年2月号 (2019-02-01) [雑誌]

 

 

日本の国内消費が一気に腰折れ。天災による一時的なものか見極め必要

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。1月号(12月上旬発売)に書いた原稿です。→

https://www.webchronos.net/features/26934/

 

日本の消費に急速に暗雲が広がり、時計販売にも影響が出始めた。スイス時計の日本向け輸出額を月別に見ると、日本の消費の失速ぶりが鮮明になる。

 6月の対日輸出額は1億3100万スイスフラン(約149億円)と、前年同月比で31.8%も増加。スイス時計の輸出先として香港(2億7030万スイスフラン)、米国(1億8940万スイスフラン)に次ぐ3位に躍り出た。あの中国大陸向け(1億2390万スイスフラン)を抜き去ったのである。

 6月の日本国内の百貨店売上高も絶好調で、一気に景気が好転するかに思われた。安倍晋三首相が経済界に訴えてきた「賃上げ」の効果もあり、給料やボーナスが増えたことが、ようやく消費に向かってきたのではないか、そう見られていた。6月の販売好調を受けて7月のスイス時計の対日輸出も前年同月比16.6%増と高い伸びを続けていた。

 ところが、である。夏場以降、日本国内の消費が一気に腰折れしたのである。最大の要因は天候不順。西日本豪雨災害や連日の記録的な猛暑、そして相次いだ台風直撃と、自然災害に襲われた。とても買い物をしていられる場合ではなくなったのだ。

 さらに追い討ちをかけたのが、8月に関西を直撃した台風による高潮被害で関西国際空港が一時閉鎖に追い込まれたこと。さらに9月には北海道胆振東部地震が起き、北海道への旅行客が激減した。JNTO(日本政府観光局)の推計によると、9月の訪日外客数は216万人と前年同月比5.3%減少、何と5年8カ月ぶりの減少となった。当然のことながら、訪日外国人によるいわゆるインバウンド消費も一気に萎む結果になった。

 前回(2018年11月号)の本欄で、インバウンド消費が落ち込むようなことになれば、「日本の消費が失速する可能性がある」と書いたが、まさにそうした状況に追い込まれたのだ。スイス時計の日本向け輸出は、8月は9.9%増だったが、9月には2.4%増になり、10月はついに1.0%のマイナスとなった。これまで好調だったものが一気に失速したのである。

 問題は10月のマイナスが一時的なものなのか、トレンドが変わったと見るべきなのか。日本向けスイス時計輸出を、1月から10月までの累計で見ると、まだ前年同期間を10.8%上回っている。11月から再びプラスに戻れば、年間でも2ケタのプラスを確保できるだろう。

 だが、11月以降もさらにマイナス幅が大きくなるなど、失速が鮮明になってくるとムードは完全に変わる。万が一にも年間でマイナスになるようなことになれば、来年の日本の消費が相当弱くなることを覚悟しなければならないだろう。日本経済の先行きを占う重要なタイミングに差し掛かっているように見える。

 JNTOの推計による10月の訪日外客数は264万人と10月としては過去最多を更新した。しかし伸び率は1.8%増にとどまっており、ひところの力強さはない。インバウンド消費が再び日本の消費を牽引するようになるのかどうか。

 さらに、日韓関係が再び冷却化しそうなことも、訪日外客数に影を落とす。韓国からの訪日客は10月に8.0%も減少した。元徴用工に関する韓国最高裁の判決をきっかけに両国関係が冷えこめば、両国の人の移動も減り、消費の足を引っ張ることになる。

 一方で、米中貿易戦争の余波で、中国経済が失速するのではないか、という懸念については、まだ深刻な影響は消費には表れていない。日本を訪れる中国人観光客も1-10月の累計で前年同期比15%の伸びを維持している。スイス時計の中国大陸向けも1-10月累計は14.0%増だ。米中関係の悪化が日本の消費に大打撃を及ぼす事態にはまだ発展していないと見ていいだろう。

 2019年10月に予定される消費税率の8%から10%への引き上げも、消費に大きな影響を与えそうだ。足元の消費が弱い中で、消費増税の準備の話題が広がるだけでも、消費マインドに水を差すことになる。政府では増税後の消費の減少対策を行うことで議論されているが、それ以上に、今冷え込んでいる足元の消費対策を行う必要がありそうだ。

 

 

クロノス日本版 2019年1月号

クロノス日本版 2019年1月号

 

 

株価維持に使われた"日本人の年金"の末路 運用赤字は"14兆円"では止まらない

プレジデント・オンラインに2月8日にアップされた拙稿です。オリジナルぺージ→

https://president.jp/articles/-/27616 

 

海外投資家の「日本株売り」が続いている

海外投資家による「日本株売り」が目立っている。日本取引所グループ(JPX)が発表している投資部門別売買状況によると、海外投資家は2018年11月12日から2019年1月18日まで10週連続で「売り越し」となった。1月21日から25日の週は久しぶりの「買い越し」だったが、本格的な買いを伺わせる勢いには乏しい。2月7日に発表した1月28日から2月1日の週は「売り越し」となった。

2018年1年間の合計でも、海外投資家は5兆7402億円の売り越しだった。2012年末に第2次安倍晋三内閣が発足し、アベノミクスが始まって以降、最大の売り越しである。一方で、2012年以降、大量に売り越してきた「個人」が、3695億円の売り越しと、少額の売り越しにとどまった。海外投資家が日本株を「見限る」一方、「個人」が比較的強気になっていたことが分かる。

また、年間で「買い越し」ていたのは事業法人の2兆5705億円、投資信託の1兆4172億円といったところ。事業法人の買いは、上場企業による自社株買いとみられる。投資信託は個人が投資信託を買って間接的な株式保有を増やしたようにもみえるが、実際には日本銀行によるETF(上場投資信託)を通じての日本株買いの可能性が高い。

また、「信託銀行」も年間で1兆5065億円買い越した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などの年金マネーが株式を購入する場合、この統計では「信託銀行」に表れるとされる。

海外投資家が売上高の過半を占める市場

つまり、海外投資家の大量の売りを、自社株買いや日銀、年金マネーが買い支えた、という構図が浮かび上がってくる。

東京株式市場は売買高の過半を海外投資家が占めるユニークな市場だ。このため、日本株のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)自体よりも、為替や海外の金融情勢などに大きく振り回される。円高になると株価が下がり、円安になると株価が上がるといった乱高下を繰り返している。これも、ドルベースで日本株を見ている海外投資家が多いからだとされる。

日経平均株価が上昇するかどうかも、海外投資家の動向に大きく左右される。昨年秋以降、日経平均株価が大きく下げたのも、冒頭に示したような10週連続の海外投資家の売り越しが響いていた。

海外投資家はアベノミクスが始まった2013年に15兆円を買い越した。日経平均株価が戻ってきたところへ「個人」はやれやれの売り物をぶつけ、8兆7508億円も売り越したが、日本を再び成長軌道に乗せるという安倍晋三首相の方針に「期待」した海外投資家が多かった。

海外投資家が日本株を「見限った」理由

だが、2015年以降、海外投資家は慎重姿勢を強めてきた。2016年には3兆6887億円を売り越した。アベノミクスへの期待がはげ、「やはり日本は変わらない」といった諦めに似た見方が海外投資家に広がったのだ。2018年はほぼ一貫して売り越したが、秋以降は売り姿勢を強めた。

なぜ、海外投資家は日本株を「見限り」、それ以降も本格的に買いに入って来ないのだろうか。

通常国会で野党の最大の攻撃材料になっている「毎月勤労統計」の調査不正問題がボディーブローのように効いている。不正が始まった段階ではおそらく罪の意識がなく、ケアレスミスだったに違いない。だが、問題に気付いて以降、内部で勝手に修正をし、問題を糊塗しようとしていた疑いが強まっている。また、問題が発覚した後の検証や調査も極めて杜撰で、当事者のヒアリングに外部者がひとりも立ち会っていなかったことなどが次々に明るみに出ている。

政府は、過去から続いたミスだとして早々の幕引きを図っているが、問題を矮小化して早期に決着しようという姿勢がミエミエである。

日本の調査統計への信用が大きく揺らいでいる

海外投資家が首をひねるのが、毎月勤労統計の中で調査されてきた「賃金」の実態。安倍首相は就任以降「経済好循環」を掲げて財界首脳に「賃上げ」を求めてきた。為替が円安に振れたことで企業収益が大幅に改善したが、それが給与の増加につながり、さらに消費へと結びつくことが重要だと強調していたのだ。ところが、毎月勤労統計調査の不正によって、2018年の実質賃金は本当に上昇していたのか、実態がよく分からなくなっているのだ。

少なくとも2018年6月の公表結果で3.3%としていた賃金上昇率は、実際には2.8%だったことが現段階で明らかになっており、それもサンプル入れ替えの影響が大きいことが国会審議などで明らかになっている。アベノミクスの「成果」として強調されていたことが、実は、統計手法の不正や調査対象の入れ替えによって出来上がっていたのではないか、という不信感が強まっている。野党は「アベノミクス偽装」だと批判を強めている。

安倍首相は調査結果をコントロールすることは無理だとしているが、日本の調査統計に対する世界の信用が大きく揺らいでいることは間違いない。

官僚機構への信頼が瓦解している

この1年あまり、日本の官僚機構に対する信頼は瓦解していると言っても過言ではない。2018年の2月には裁量労働を巡って安倍首相が答弁に使った調査データが、そもそも比較不能だったことが明らかになり、法案から裁量労働制を拡大する部分を削除する大失態を演じた。3月には森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざんが明らかになって大問題となり、官僚OBらからも「前代未聞」と批判された。

また、障害者の法定雇用率を巡って、霞が関の多くの省庁で「水増し」されていたことが8月には明らかになっている。そして、年末には国の「基幹統計」で相次いで不正が発覚した。

株式投資をするうえで、その国の経済実態がどうなっていくかを予測することは極めて重要だ。景気が悪くなる国の株価をわざわざ買う投資家はいない。日本の統計が当てにならないということになれば、日本株は買えない、ということになってしまう。

「日本で取締役は危険」が欧米の常識に

もうひとつ。昨年11月に突然逮捕され、今も勾留が続くカルロス・ゴーン日産自動車前会長の問題も、多くの海外投資家に「日本は異質だ」という印象を与えている。ゴーン前会長が日産自動車を私物化していた点は庶民感情を刺激するには十分だが、それが本当に特別背任罪となるだけの犯罪行為だったのか。ゴーン氏は無実を主張し、すべて合法的に社内決裁を経ているとしている。

本人が罪を認めず長期の拘留を続ける手法を、「前近代的」だと感じている欧米人は少なくない。「日本で取締役になるのは危険だ」という見方が、今や欧米ビジネスマンの間では常識になりつつあるという。

海外投資家に見放された日本株市場は、そう簡単には「上値を追う」展開にはならないだろう。アベノミクス開始以降に買い越した分を、今後も海外投資家が売ってくれば、日銀や年金マネーが買い支えるのにも限度がある。

年金マネーによる株式投資の結果

GPIFが2月1日に発表した2018年度の第3四半期(10‐12月期)は、期間収益が14兆8039億円の赤字となった。収益率としてはマイナス9.06%という、大幅な損失である。日本を含む世界の株式相場が下落したことで、資産の評価額が大きく目減りした。

安倍内閣は年金マネーによる株式投資を推進したため、今や150兆円あるGPIFの資金の半分は国内外の株式で運用されるようになった。第2次安倍内閣が発足した2012年12月段階では112兆円の資産の60.1%は国債を中心とする「国内債」で運用され、「国内株式」は13%にすぎなかった。

それが、今や国内株式で24%を運用、国内債券は28%にまで減っている。外国株式も10%未満から24%へと大きく増やした。

安倍内閣は「デフレからの脱却」を掲げ、デフレからインフレへという経済構造の転換を目指してきた。このため、金利が上昇すれば価格が下落することになる債券を持ち続けるよりも、成長が見込める株式にシフトすることが、ある意味合理的だったともいえる。

だが、当然、株式は債券以上に価格変動リスクが大きい。四半期ごとに10兆円を超す損益が出て、それに一喜一憂する体制になったわけだが、そうした年金資産の増減を国民が納得しているのかどうか、今ひとつ判然としない。

債権中心への「逆戻り」は難しい

GPIFは米国のカリフォルニア州職員退職年金基金CalPERS)などを例に、株式投資が世界の流れだと説明してきたが、米国の社会保障信託基金は全額米国債で運用されている。150兆円をマーケットで運用している基金というのはGPIFがダントツで大きいのだ。

問題は、GPIFが今後、株式から債券中心に「逆戻り」することが難しいことだ。35兆円を超す金額を日本の株式市場に投じてしまったGPIFは、「池の鯨」状態。身動きをすれば池の水があふれるように、影響力がデカすぎるのだ。保有株の1割を売ろうと思えば、株価を大きく下落させることになってしまう。そうなれば自らのクビを絞めるから、売ろうにも売れないのだ。

海外投資家が見限った日本市場を、GPIFも日銀も見限ることができなくなっているということを、国民は覚悟すべきだろう。

公的年金15兆円の損失で、そろそろ考えるべき「逃げるタイミング」 安倍政権が頼む順回転は終わった

現代ビジネスに2月7日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59763

 

当然の大損

そろそろ年金運用の「日本株頼み」は見直す時期なのだろうか。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2月1日に発表した2018年度第3四半期(10-12月期)の運用成績は、14兆8039億円の赤字となった。期間収益率としてはマイナス9.06%という、大幅な損失である。

日本を含む世界の株式相場が下落したことで、資産の評価額が大きく目減りしたことが響いた。年度の通算(4月から12月まで)収益率もマイナス4.31%、額にして6兆7668億円の損失となった。

株価下落の影響をモロに受けているわけだが、株価が運用成績に直結するようになったのは、株式で運用するウェートを大きく高めたため。逆に言えば、株価が上昇した時は巨額の利益がもたらされる。

2017年度は第3四半期までに15兆円の利益を稼いだが、最後の3カ月で5兆円を失い、年度では結局10兆円のプラスになった。株価の上下に一喜一憂する体制になっているわけだ。

GPIFは大きく分けて、国内外の債券と、国内外の株式に分散投資している。かつては7割を債券で運用していたが、第2次安倍晋三内閣で株式に大きくシフトした。現在は、国内株式24%、外国株式に24%と、ほぼ半分を株式に投じている。債券は国債を中心とする国内債券に28%、外国債券に17%だ。残りは「短期資産」に回っている。

アベノミクスの蹉跌

安倍内閣はかねてから、「デフレからの脱却」を掲げ、2%を目標にインフレを目指してきた。インフレによる金利上昇を目指すわけだから、債券価格は下落することになるので、債券から株式へというシフトは合理的だったともいえる。

ところが、ここへ来て、2%のインフレ率がなかなか達成できないうえ、デフレに回帰しそうな気配さえ伺える。また、日経平均株価も昨年秋以降、低迷が続いている。

日本経済は成長力を取り戻すので、日本株は上昇を続ける、という安倍内閣の主張をすんなり受け入れられる状況にはなくなっているのだ。アベノミクスの成果を疑う野党を中心に、年金運用での株式依存の危うさを指摘する声は根強い。

GPIFの株式シフトで、株式市場に多額の年金マネーが流れ込んだが、それもいつまで続くわけではない。

GPIFは基本ポートフォリオ(資産運用割合)を決めており、国内株式については25%ということになっている。上下9%の乖離幅が認められているが、これは保有株の評価額が大幅に増加した場合などを想定しているためで、34%まで買い進むことを前提にしているわけではない。

第2次安倍内閣が発足した2012年末当時、GPIFの日本株投資は全体の12.9%で、14兆4598億円に過ぎなかったがピークの2018年9月末には43兆5646億円に達した。何と30兆円近くも増えたのである。

それが結果的に日本株を買い支えることになり、株価の上昇を支えてきた一因になった。GPIFが株を買うから株価を下支えし、GPIFの資産価値も保たれるという構図が続いてきた。株価が下がったらGPIFが買い支えることができるうちは良いが、いつまでもそれが続くのかどうか。

GPIFは国民の年金財産を運用会社に委託して市場運用しているが、それがそのまま年金支払いの原資になっているわけではない。国の年金特別会計などから寄託されたものを運用する仕組みで、運用成績などを見ながら特会に納付する。

GPIFには今でも毎年数兆円規模の資金が特別会計から流れ込んでいる。つまり、まだその分で株式を取得することが可能だ。GPIFによる株式の売買の姿は見えにくい。年金運用の受託会社などが株式を売買する際に表れるとされる「信託銀行」の売買は2018年の年間で1兆5000億円を超す買い越しになった。

日本の年金が生き残るために

だが、今後、日本の年金制度は試練を迎える。年金を払い込む人が減る中で、年金を受け取る人が大幅に増えていくのだ。国民全体でみても、金融資産の取り崩しが始まるタイミングが来ると懸念されている。それでも株価は上昇し続けるのか。

これまで、アベノミクスへの期待から日本株を買ってきた海外投資家にも変化がみられる。日本取引所グループ(JPX)がまとめている投資部門別売買動向によると、2018年の52週のうち、海外投資家が「買い越し」たのはわずか16週のみ。年間のトータルで5兆7402億円を売り越した。

海外投資家はアベノミクスが始まった直後の2013年に15兆円を買い越したが、それ以降、最大の売り越しである。

日本の株式市場は海外投資家による売買が過半を占め、その影響力が大きい。これまで日本株を買い進めてきた海外投資家が本格的に売りに転じ、それを日本の年金マネーが拾い続けていけば、年金資産が日本株に固定化されることになりかねない。

年金が売ろうとすると、株価が下がり年金自身の首を絞めることになれば、売りに売れない資産になってしまう。

そうなる前に、成長余力の高い国の株式などにシフトし、分散投資をするのが本来の年金運用だろう。年金運用は利回りを上げて年金資金を確保するのが狙いで、株価を上げるのが目的ではないことは明らかだ。

"国民のため"に統計を操作する官僚の驕り これでは政策の効果が検証できない

プレジデント・オンラインに1月25日にアップされた拙稿です。オリジナルぺージ→https://president.jp/articles/-/27426

「なぜ」が不明なうちに、さっさと処分を決定
厚生労働省は1月22日、年明けに発覚した「統計不正」問題で、鈴木俊彦事務次官ら計22人の処分を発表した。鈴木次官と宮川晃審議官は訓告、調査を担当した元職員らを減給などした。加えて、根本匠厚労相は4カ月分の給与と賞与を全額返納。副大臣政務官事務次官、審議官ら計7人も給与を自主返納する。

何とも早い対応である。特別監察委員会(委員長、樋口美雄労働政策研究・研修機構理事長)が同日、中間報告を公表したとはいえ、肝心の「なぜ」そんな不正が続いていたのかも明らかになっていない中で、さっさと処分を決めたのは、早期の幕引きをはかりたいとの意図が見え見えである。

不正があったのは厚労省が発表している「毎月勤労統計」。従業員500人以上の大企業について、本来は「全数調査」をしなければならないにもかかわらず、東京都については、2004年からほぼ3分の1の「抽出調査」しかしておらず、全数調査と違いが生じないようにする統計学的な補正も行われていなかった。

2000万人に600億円を追加支給することに
問題が大きくなったのは、その調査結果で得られた現金給与総額の伸び率である「賃金指数」が、雇用保険労災保険船員保険などが支払われる際の算定基準として使われていたこと。大企業の一部を除外した格好になるため、現金給与総額が本来より低い数字に抑えられていた。年初段階で厚労省は、計算上564億円が過少に給付されていた、と発表した。

しかも、その対象になる人数がのべ2000万人を超えることが明らかになったことから、大騒ぎとなったわけだ。早々に政府は、過少給付分を全額、追加支給する方針を表明。金利など37億円と合わせて600億円あまりの支払いが生じることとなった。すでに閣議決定していた2019年度予算の修正を行わざるを得なくなったことから、厚労省の責任問題に発展していた。

早期の幕引きへ処分を急いだ背景には、首相官邸の強い意向があったとされる。というのも、安倍首相周辺は一様に「ある問題」を思い出したからだ。

「データ不備」は安倍首相らのトラウマ
2007年の「消えた年金記録」問題である。当時の社会保険庁(現・日本年金機構)のデータ不備が発覚、年金記録5000万件が消えているとして大騒ぎになった。これが第1次安倍晋三内閣の支持率を急落させ、わずか1年の短命内閣として崩壊するひとつの原因になった。それが安倍首相らの「トラウマ」になっている、と官邸の幹部は言う。今回の統計不正の影響が2000万人にのぼるとあって、安倍官邸には大きな衝撃が走ったわけだ。

問題を公表した1月11日から14日までの4日間だけで、過少給付に関する問い合わせが1万2000件以上に達したことが明らかになり、国民の不満が燎原の火のごとく広がる懸念が強まっていた。だからこそ、処分を急いだのである。

また、今回の問題を「過去の問題」として矮小化しようという意図も透けてみえる。事務次官と審議官を除く処分対象者20人のうち、現職は4人だけ。すでに退職している官僚が16人にのぼる。2004年以降、統計に直接携わった人たちだ。

処分の理由はあくまで「全数調査」すべきなのを「抽出調査」にした「不適切」な手法を、問題だと気付きながら、前任から踏襲したというもの。あくまでも「初歩的なミス」ということにしている。不正の意図はなかった、ということで問題を終わらせようとしているわけだ。

「不正ではない」と結論づけていいのか
確かに、全数調査すべきところを東京都だけ抽出調査にしたのは、作業量を抑えるためだったのだろう。厚労省が2003年に作った厚労省のマニュアル「事務取扱要領」に「全数調査でなくても精度が確保できる」とする記述があり、翌年から抽出調査になっていたとされる。今回の問題発覚する前まで、「抽出調査」を東京都だけでなく、大阪や愛知などにも広げようと準備をしていたことも明らかになっており、まったく「悪意」がなかった傍証とも言える。

過去から続いてきた調査方法の不備は、確かに統計法違反で、保険支給に多大な影響を与えたが、それ自体が「不正」として悪質性の高いものではないように見える。厚労省が言うように「不適切」な「基本的ミス」ということかもしれない。

それでは問題はない、不正ではない、と結論づけていいのか、というとそうではない。問題は、統計手法に問題があると気づいて以降の対応だろう。

2015年になって前述のマニュアルから、抽出調査で問題ないとする記述が消えた、と報じられている。つまりこのタイミングで、厚労省は問題に気づいていたということである。

ちょうどこのタイミングで、ひとつの動きがあった。

公式な会議で見直しを「指示」した麻生氏
2015年10月16日に首相官邸で行われた経済財政諮問会議。その席上、麻生太郎副総理兼財務相が、毎月勤労統計について「苦言」を呈しているのだ。

「毎月勤労統計については、企業サンプルの入れ替え時には変動があるということもよく指摘をされている。(中略)統計整備の司令塔である統計委員会で一部議論されているとは聞いているが、ぜひ具体的な改善方策を早急に検討していただきたいとお願いを申し上げる」

公式な会議で、正式に見直しを「指示」されたのだ。厚労省はこれを受けて、統計手法の見直しに着手する。従業員30人以上499人以下の事業所についてはもともと「標本調査」を行っていたが、その対象入れ替えの方法を変えたのだ。

実は、麻生氏がこの調査にかみついたのには理由があった。ほぼ3年に1度行われてきた対象入れ替えは、「総入れ替え」して行われていた。2015年1月にも総入れ替えが行われたが、過去にさかのぼって実績値が補正された。その結果、安倍政権が発足した2012年12月以降の数字が下振れしてしまったのだという。安倍政権発足以降も賃金が下がっている、というのはおかしいのではないか。麻生氏が指摘したというのだ。

「サンプル入れ替え」の影響に気付いていたはず
おそらく、このタイミングで、厚労省の担当者は全数調査とされていた500人以上の大企業が東京都では抽出調査になっていたことに気づいたはずだが、それでも調査方法を全数調査に戻すことはしなかった。この辺りから、意図的な隠蔽が始まったとみていいのではないか。

調査方法の見直しによるサンプル入れ替えが実施された2018年1月以降、賃金指数が非常に高い伸びを示した。麻生大臣にはご満悦の結果になったわけだが、統計を見ているエコノミストの間からは疑問の声が上がった。

名目賃金6月 3.6%増、伸び率は21年ぶり高水準」(日本経済新聞

「6月の給与総額、21年ぶり高水準 消費回復の兆しも」(産経新聞

2018年8月8日、新聞各紙はこう一斉に報じた。厚労省が発表した現金給与総額の伸びの速報値である。その後の確定値では、5月が対前年同月比で2.1%増、6月は3.3%増となったが、このデータが景気回復と賃金上昇を裏付けることになったことは間違いない。ところがエコノミストから「数字が変だ」という指摘が相次いだのである。

実は、対象入れ替えが大きな影響を及ぼしていることに厚労省は気づいていた。そのため、「継続標本」での比較という資料を公表していた。入れ替えの前後で共通するサンプルだけで比較した場合、5月は0.3%増、6月は1.3%増であるという。もちろん、新聞記者はそんな数字には全く気が付かず、厚労省が発表した統計数字を「21年ぶりの高水準」と報じたわけだ。

達成されていなかった「3%の賃上げ」
安倍首相はかねて経済界の首脳たちに、賃上げの拡大を求めてきた。2018年の春闘では「3%の賃上げ」と具体的な数値を示していた。つまり、毎月勤労統計の数字は、「公約」が守られたことを「証明」する数字だったのだ。これが報じられた8月は、自民党総裁選に向けて自民党有力者たちの立候補の動きが注目された時期である。

今回、明らかになった「不適切」な統計によっても、この数字が押し上げられていたことが明らかになった。厚労省の再集計によると、6月の賃金指数の伸びは2.8%。サンプル入れ替えを問題なしとしても、抽出調査の影響で0.5%も低かったことが判明したのだ。3%という公約は、実際には達成されていなかったことが明らかになった。

日本の統計は政治家や官僚たちに都合のよいように、恣意的に操作されているのではないか。そんな疑念が広がる。政策決定の基礎である統計が操作されていたとすれば、その政策決定自体が歪んでいることになりかねない。

厚労省は昨年2018年にもデータで大チョンボを引き起こしている。安倍首相の答弁用に用意した裁量労働を巡るデータが都合よく加工されたものだったのだ。

「都合のよいデータ」を使うのは官僚の常套手段
安倍首相は1月29日の衆議院予算員会で、「平均的な方で比べれば、一般労働者よりも(裁量労働制で働く人の労働時間が)短いというデータもある」と発言した。ところが、その前提だったデータは、調査方法が違う2つの結果をくっつけたもので、本来は単純に比較できない代物だったのだ。

安倍首相は答弁を撤回しただけでなく、裁量労働制拡大を「働き方改革関連法案」から削除するところまで追い込まれた。なぜ、そんなデータを首相答弁用に作ったか、今も真相はやぶの中だ。法案を通したい安倍首相に「忖度」したとも、逆に裁量労働制拡大を潰すために仕掛けた「自爆テロ」だとも言われている。いずれにせよ、官僚が自分たちに都合のよいように鉛筆をなめていたのだ。

自分たちに都合のよいデータを使って政策説明をする、というのは霞が関官僚の常套手段になっている。政策官庁自身が多くの統計を自分たちで調査していることも、そうした「操作」の温床になっている。政策が正しいかどうか、あるいは、政策実施によって効果が表れたかどうか、中立的な統計が保証されていなければ、実態が分からない。

霞が関からは、不適切な調査が行われたのは人手不足だからだという声が出始めている。欧米に比べて公務員数は少ないのだから、増やせというのだ。霞が関の真骨頂である「焼け太り」だ。独立性を重視した統計を目指すならば、いっそのこと、すべての統計作業を民営化するなり、民間シンクタンクに委託するべきではないか。