「1日2万件」はどこへ?厚労省が「PCR検査の数値目標」に反対するワケ いまだに抵抗する厚労省、保健所

現代ビジネスに7月9日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73912

激しい対立が水面下で起きている

なぜ日本では新型コロナウイルス対策にPCR検査が活用されないのだろうか。

PCR検査の体制を拡充すべきだという声が根強くあるものの、一向に検査件数の「数値目標」が示されない。「1日2万件」と安倍晋三首相が国会で答弁し続けたものの、一向に目標件数に達することがなかったトラウマなのか。

7月6日に初会合が開かれた政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(分科会長・尾身茂地域医療機能推進機構理事長)でも、「検査体制を拡充するための基本的考え・戦略」という「たたき台案」なる文書が配布されたが、その中にも検査数の目標については一切明記されていない。

関係者に聞くと、件数を明記することを巡って激しい対立が水面下で起きているのだという。

新設「有識者会議」の下の分科会が

分科会は、感染症医師らを集めた「専門家会議」を廃止して「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下に新設された。

廃止ではなく、法的な位置付けを明確にしたのだ、と公式には説明されているが、「専門家」が独走して対策を作るため、経済界や国民の感覚から乖離しているという批判があった。また、厚労省の代弁ばかりしているという苛立ちが首相官邸にもあったという。

いずれにせよ、メンバーには専門家会議の12人の中から8人が横滑りしたのに加え、連合の石田昭浩・副事務局長や平井伸治鳥取県知事、経済学者の小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹、大竹文雄大阪大学教授ら10人が加わった。

分科会の会長には専門家会議の副座長だった尾身氏が就いた。いわゆる専門家が半分以下に抑えられている。

経済界、スポーツ界が賛同

5月に有識者会議のメンバーに追加選任された小林氏はPCR検査の検査体制を拡充することが最も有効な経済対策だと主張。国として検査件数の目標数値を示し、体制整備を急ぐべきだとしてきた。

これまでの会議の場だけでなく事務方の厚労省担当者などにも働きかけたが、一向に取り上げられなかったとされる。

そのため、小林氏は6月中旬に、独自に民間有志に声をかけ、「9月末までに1日当たり10万件、11月末までに1日当たり20万件の検査能力を確保する」ことなどを求める提言をまとめた。

この提言には著名な経済学者の多くが賛同しただけでなく、日本商工会議所の三村明夫会頭や、榊原定征・前経団連会長など経済界の大物や、神津里季生・連合会長、神奈川や埼玉、愛知などの県知事など100人以上が名を連ねた。

提言には斉藤惇・日本野球機構会長(プロ野球コミッショナー)も賛同していた。プロ野球は全選手にPCR検査を受けさせることで無観客ながら試合を再開させてきた「先行事例」だ。検査によって陰性を確認することで、試合を行うことを可能にしたわけだ。

それでも抵抗する理由

ところが、健康な選手にPCR検査を受けさせることに、厚労省や保健所は当初、激しく抵抗したとされる。

同じく提言に名前を連ねる大手企業の経営者も、社員全員に新型コロナの抗体検査は受けさせているが、PCR検査を受けさせることができないと苦言を呈する。

民間の検査施設のキャパシティは余っているにも関わらず、民間が検査を行えるのは保健所との契約に沿ったものだけに限定されているため、症状がなく、感染している懸念の低い一般社員に検査を受けさせることに保健所、つまり厚労省がゴーサインを出さないのだという。

経済界がPCR検査体制の充実を主張するのは、陰性であることを証明しないと海外諸国が入国を認めないなどビジネスに大きな支障をきたすことになりかねないためだ。

すでに欧米などでは検査体制を拡充することで陰性確認の体制を整え、経済活動を再開させる動きが強まっている。日本では経済活動の再開が進められているが、検査体制が不備なままでは感染爆発のリスクと隣り合わせだと多くの識者が感じている。

厚労省の伝統の技

そんな提言をまとめ上げた小林氏のこと、分科会の初会合では「20万件」体制を整えるよう強く主張すると思われたが、そうした場面はないままに終わった。

では、小林氏が心変わりしたのかというとそうではない。会議関係者によると、小林氏らには「たたき台」という文書が会議に出てくることはまったく知らされておらず、医療専門家系のメンバーと厚生労働省でまとめられたという。

尾身会長が会議前に小林氏を訪ねて議論したとされるが、会議でたたき台を出した尾身氏は「小林先生にも了解頂いている」と突然発言。「そんな進め方になるとはまったく知らなかった」という小林氏は顔を真っ赤にしていたという。厚労省など事務方のペースに完全にはまったというわけだ。

役所が役所であることを優先

なぜ、厚労省は「数値目標」に反対なのか。安倍首相は4月から国会答弁で「1日2万件の検査体制」を敷くと明言、実際に厚労省にもそう支持していた。

ところが実際にはまったく現場が動かず、検査件数は低迷した。役所としては責任を問われかねない数値を明言することは何としても避けたいという思いがあるという。

また、20万件という数値を明確にすれば、保健所を通じた現状の検査体制を、広く民間に開放せざるを得なくなる。これに抵抗しているという見方もある。

いずれにせよ、厚労省が長年築いてきた仕事のやり方やそれに伴う人事利権などが、国民の安心よりも優先されていることだけは間違いなさそうだ。

「高品質高価格」「宅配」が「新ビジネス」の根幹

雑誌リベラルタイム8月号の特集記事に掲載された拙稿です。ぜひお読みください。

 

 

 緊急事態宣言の解除で、東京や大阪など大都市圏でも出歩く人の数が大きく増えてきた。だが、2カ月に及ぶ「巣ごもり」によって、人々の行動はガラリと変わり、ビジネスのあり方も激変している。自粛が解除されたからと言って、それらが「元の姿」には戻らないという見方が支配的になっている。

 「過疎というのが、今後、逆に強みになるのではないでしょうか」と秋田県仙北市の門脇光浩市長は語る。

 仙北市田沢湖を中心に、乳頭温泉玉川温泉武家屋敷と桜で知られる角館など、豊富な観光資源を持つ。移動の自粛によって観光産業は大打撃を受け、そう簡単には元に戻らないと覚悟する。

 だが、そんな中で、人が少ない「過疎」が「売り」になるというのだ。「過疎」はまさに「三密」の真逆。例えば「旅館をひと家族で貸し切りにするなど新しいスタイルの旅行の形が生まれる」と希望を膨らませる。過疎ならではの、おもてなしの方法があるというのだ。

 これまで観光業の多くは、数をこなし回転率を上げることで経営を成り立たせようと必死になってきた。国内人口が減少に転じる中で、外国からやってくる外国人旅行客、いわゆるインバウンドをいかに取り込むかに力を注いできた地域が多い。東京オリンピックが開かれるはずだった2020年は世界から4000万人が日本にやってくるという皮算用を立てていた。

 ところが4月の訪日外国人は、日本政府観光局(JNTO)の集計では、わずか2900人。前年同月と比べると99.9%減である。新型コロナの感染拡大が落ち着いても、もはやそう簡単に外国人旅行者が大挙して押し寄せてくるようになるとは考え難い。つまり、数を頼みにした観光業のスタイルは、一変せざるを得ないのだ。

 

「低価格」より「利益」重視へ

 

 飲食店のスタイルも変わる。

 透明なアクリル板を衝立に客席を仕切り、客席数を減らして、元のスタイルの営業に何とか戻そうとしている店もある。だがそうすると回転率は落ち、経営は成り立たない。少ない客数でも採算を合わせるには、価格を引き上げていかざるを得なくなる。

 高くても来てもらえる店、つまり、高い満足度を与える一方できちんとした料金を取るという形にビジネスは変わっていくことになっていくのだ。

 おそらく新型コロナを機に、大量生産・大量消費型のビジネスは力を失っていくのだろう。それを維持しようと思えば、さらなる価格競争に陥り、収益が確保できずに経営も破綻する。景気の悪化で所得が減り、とにかく「価格」を求める消費者が増える可能性はある。だが、マーケットが縮小する中での価格競争で生き残るのは至難の技だ。

 つまり、「安くて良いものをたくさん」というモデルから、「少々高くでもより良いものを少し」というモデルに変わっていくのだろう。より付加価値を高め、「売り上げ」よりも「利益」を重視するビジネスモデルに変わっていく、ということだ。

 苦境に立っている「外食産業」が、「外」だけを見ている時代も終わった。

 テレワーク等、宅勤勤務が当たり前になったり、オフィスに行ったとしても外食する機会は減っている。一方で、持ち帰りやデリバリーといった新しいニーズが大きく膨らんでいるのだ。

 日本マクドナルドホールディングスの発表によると、4月の既存店売上高は6.5%も増えた。客数自体は18.9%減と大幅なマイナスになったが、客単価が31.4%も上昇したため、売り上げは増えたのだ。家庭での仕事が増えたことで、自宅に持ち帰って、ちょっと奮発した食事にする家族が多かったのかもしれない。他の外食チェーンが軒並み大幅な売上減になっている中で、マクドナルドが増収だったことは、人々の生活スタイルが大きく変化したことを如実に示している。

 台湾ティーのチェーン店「ゴンチャ(貢茶)・ジャパン」は一風変わったチェーン展開に乗り出した。お客を呼ぶ「店」を展開するのではなく、デリバリーの「拠点」を広げているのだ。住宅地やオフィス街を問わず大きく増えているデリバリー需要を取り込もうとしている。もちろん、新型コロナで店舗への来客数を増やすことが難しいという判断もある。さらに、来店客が減った居酒屋などの飲食店にフランチャイジーになってもらい、「拠点」の一翼を担ってもらう戦略を取り始めた。

 エンターテインメントの世界でも新しいビジネスモデルが生まれている。

 サイバーエージェントの子会社OENは、格闘技のK-1JAPANと組んで、7月にも「K-1 DX」を開催する。無観客での対戦をライブで配信する他、選手と観客がオンラインでコミュニケーションできるコンテンツを流したり、試合後のオンライン・パーティーを実施することも検討している。

 新型コロナ禍で実際のイベントが開催できなくなる中で、デジタルやオンライン技術を使って、新しいエンターテインメントを作り上げようという取り組みが広がっている。集まらなくてはできないと思われていたものが、全く新しい形に生まれ変わり、新しいビジネスが出来上がっているのだ。

 

大チャンスの時期

 

 ロックアウト(都市封鎖)による外出禁止が続いた欧米では、「フード・デリバリーサービス」や「宅配」が生命線になった。こうした中で、アメリカのアマゾン・ドット・コムは、3月以降5月末までに17万5000人もの働き手を臨時採用したが、そのうちの12万5000人を本人の希望に応じて無期雇用に転換すると発表した。つまり、一過性で終わる需要ではないという確証を持ったということだ。

 日本でもヤマト運輸の5月の宅配便取り扱い個数が1億6498万個に達し、前年同月に比べて19.5%も増え、年末並みの大忙しとなった。宅配を支える運輸会社へのニーズが一気に高まり、新たな仕事を生み出しているのだ。もはや、これは元には戻らないだろう。

 テレワークや時間にとらわれない「新しい働き方」が一気に広がったことで、テレビ会議システムや、業務管理ソフト、オンライン会議に適したカメラやマイク、といった関連機器が飛ぶように売れ、相次いで新製品も売り出されている。

 4月の家計消費支出は11.1%も減少した。5月はさらに落ち込んだ模様だ。経済活動の再開で、徐々に消費の落ち込みも底を打ってくると見られる。だが仮に前年同月比並みの消費に戻ったとしても、全ての業種、全ての企業が元の数字に戻るわけではない。新型コロナをきっかけに、姿を消す業種やサービスがある一方で、前述のような取り組みの結果、新たな成長産業、成長企業が生まれてくることになるだろう。

 大激震の時は、大チャンスの時でもある。

サラリーマンを待ち受ける絶望…正社員を「秋の大リストラ」が襲う? 新型コロナで雇用情勢が激変

現代ビジネスに7月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73732

オイルショック以来の求人減

新型コロナウイルスの蔓延による経済収縮が労働市場を揺さぶっている。

仕事を求めている人1人に対して企業などから何人の求人があったかを示す「有効求人倍率」は、5月は1.20倍と4月の1.32倍から急落した。倍率で0.12の下落は、オイルショック後の1974年1月に記録した0.20の下落以来46年4カ月ぶりの下げ幅となった。

2月の1.45倍、3月の1.39倍から大幅な下落が続いており、「人手不足による求人難」から一気に「求職難」へと状況が一変し始めている。

一方、総務省が6月30日に発表した5月の労働力調査によると、就業者数、雇用者数とも、88カ月ぶりにマイナスとなった4月に続いて2カ月連続の減少となった。この結果、完全失業率も2.9%に0.3ポイント上昇、3年ぶりの高水準となった。

それでも雇用者の減少率は前年同月比1.2%の減少にとどまっている。特に正規の職員・従業員の場合、3534万人と昨年に比べてわずか1万人減っているだけで、ほぼ横ばいと言える。

日本は健闘している方だが

米国では3月中旬から5月末までの失業保険の新規申請件数が4000万件を突破、労働人口と単純比較すると4人に1人が失業した計算になる。それに比べれば、日本はほとんど失業者を出していないに等しい。

政府が雇用調整助成金の支給対象を大幅に広げたり、保障額を大幅に引き上げた事で、大手企業を中心に雇用には手を付けず、社員を抱え続ける決断をしたことが大きいとみられる。

パートやアルバイトについても、休業補償をした事業者には補填をする制度拡充が行われた結果、大手企業を中心にパートなどもクビにせずに雇用を維持したところもある。

日本企業はもともと内部留保が多く、手元資金も潤沢なため、結果的にこれが奏功して、従業員の雇用を守り続けることができたと、とりあえずは言って良さそうだ。

もちろん、労働力調査でも、パートなどの「非正規雇用」は1年前に比べて2.9%、61万人も減少しており、女性パートを中心にした雇い止めなどが広がっていることを統計数字は示している。「外食チェーンを解雇された」といった女性パートや、「シフトがなくなって収入が途絶えた」という学生バイトも少なくない。

だがそれでも、本格的な雇用調整は起きていないというのが現状だろう。

正念場は6月以降に

では、このまま、雇用情勢は回復に向かうのだろうか。4月、5月は政府や自治体の休業補償などもあって、従業員を「休業」させたところも多い。休ませることで雇用調整助成金などが入るので、企業にとってはダメージが少なかったわけだ。

問題は営業が再開された6月以降。飲食店や小売店がお店を開ければ、当然、人件費はかかるし、店舗の家賃も光熱費もかかる。そうした営業経費を賄えるだけの売り上げが確保できれば良いのだが、なかなか経済はV字回復とはなっていない。

 

つまり、政府が人件費や家賃などの面倒を見てくれなくなる6月以降が、経営者にとっては正念場なのだ。

新型コロナの蔓延が収まらない中で、「密」を避けるために客席の数を減らしたり、入店客数を制限すれば、当然売り上げは元には戻らない。旅館やホテルなどでも同様だ。そうなると、売り上げや客の数に合わせて従業員を削減しなければならなくなる。

ある温泉地のホテル経営者は、「営業は再開したが、お客様の数が元に戻るには数年はかかる。残念ながら高齢な社員やパートさんには退職してもらうしかない」と話す。

そうした人員整理が始まるのは、むしろこれから、というわけだ。

秋には正規社員のリストラも

中堅大手の上場企業も、ほとんど雇用には手を付けていない。だが、売上高が大幅に激減している中で、今年度は赤字に転落する企業が少なくない。

それが誰の目にも明らかになってくるのは9月中間決算が発表される10月から11月にかけて。今は今年度の業績予想を「算定不能」として公表していないところが多いが、秋になれば今年度の業績の深刻さが明らかになる。

そんな中で、年末のボーナスを支給できるのか。あるいは雇用に手を付けずに踏ん張ることができるのか。

当然、年末のボーナスが減れば、消費にも大きく響き、再び小売業などの業績悪化に結びつく。景気悪化のスパイラルが始まる可能性もある。そうなれば世の中で再び「リストラ」という言葉が口の端にのぼることになるだろう。

好転の要素は見当たらず

海外からやってくる訪日外国人旅行客の回復も見込めない。インバウンド消費に依存していた観光関連産業の苦境はそう簡単には収まらない。

国境を超えた人の動きがままならないことで、日本と海外の間の貿易量も大幅に減少している。輸出入関連の企業などもボディーブローのように響いてくるに違いない。

外出自粛によるテレワークの急激な普及などで、通信・電子機器やソフトウエア、宅配会社など需要が盛り上がっている企業もある。だが、消費全体が落ち込んでしまえば、こうした企業の売り上げ増は一時的な「特需」で終わってしまうことになりかねない。経済活動の停滞が続いて儲かる産業や企業などほとんどないのだ。

新型コロナ感染症は高齢者や持病を持つ人など「弱者」に襲いかかっている。経済的にも非正規労働者など不安定な弱い立場の人たちに真っ先にしわ寄せが言った。今後、突然、新型コロナが消滅でもしない限り、リストラの波は高齢者や女性のパート・アルバイトなどから正規雇用の人たちへと影響が広がっていくことになりそうだ。

カカオでつなぐ日本とコロンビアの懸け橋

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』。Web版のWedge Infinityにも掲載されました。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/19701

 「上質なチョコレートを日常で楽しむ文化を日本でも広げたいと思ったんです」

 2015年に「ca ca o」ブランドを創設したメゾンカカオ(旧ジャーニーカンパニー)社長の石原紳伍さんは言う。

 もともとはチョコレートを食べられなかった石原さんが、その魅力にとりつかれたのは南米コロンビアを訪れた時のこと。同国産のフレッシュなカカオと、コロンビアの風景にすっかり魅せられた。

 チョコレートは融点が高く、口の中の唾液量や温度などで味が変化するほど繊細な食べ物。そのためチョコレートに含まれる水分量や空気量が重要だが、最大の要素は、素材であるカカオ豆の品質だ。

 世界のチョコレート製造は長い間、川上のカカオ栽培など農業分野は発展途上国が担い、川下の工場での原料製造や、最終製品の製造・販売は先進国が行うというモデルが続いてきた。欧州諸国のチョコレート・ブランドが日本を含む世界の先進国市場を席巻しているのはご存じの通りだ。それではカカオ農場を持つコロンビアなど発展途上国の付加価値は低く、いつまでも生産者は豊かにならない。

 また、収穫したカカオ豆は発酵させ、消費地である先進国に持っていくが、そのまま輸送する場合、貨物船を使えば発酵はどんどん進み、その間に品質は大きく劣化する。本物の上質なチョコレート原料を手に入れるには、自ら生産地であるコロンビアを訪れ、実情を知り、真のパートナーシップを築く必要がある、そう石原さんは考えた。生産地と消費地を直結すれば、お互いに潤うことになる。

 石原さんはコロンビアでまず自社農場を作った。500メートル四方の農園を始めたが、事業が軌道に乗るにつれ契約農家を増やし、今では4000軒にのぼる農家と取引する。コロンビアのパートナー企業の工場でチョコレート原料に加工、年間200トン近くを製造する。使うカカオ豆にすれば2000トンだ。

 石原さんとコロンビアの関係はどんどん深まっていった。16年からは、コロンビアで学校を建設するプロジェクトにも乗り出した。自社農園近くの学校に新校舎を立てたが、きちんとした教育の機会を与えることで、工場や農園で働く人材を育てようと考えたのだ。現地のパートナー企業と組んで、学校建設を行い、今では500人の生徒が学ぶようになった。

 コロンビア側の供給体制は急速に整っていった。問題は、そうした良質のカカオ豆から製造したチョコレート原料をきちんとした価格で仕入れること。そのためには、最終的な「出口」、販路が不可欠だ。日本側にセンスの良いチョコレートショップを作ることがカギを握った。

 石原さんが作った「ca ca o」の本店は神奈川県鎌倉の中心「小町通り」にある。鶴岡八幡宮に通じる最も観光客など人通りの多い通りだ。「鎌倉」のブランドバリューも高く、周辺に住む住民の消費センスも高い。

 さらに神奈川・大船、東京・新宿の駅ビルにも店を出した。口コミもあって、おしゃれなパッケージと絶品のチョコレートの人気は一気に広がった。

 看板商品である「アロマ生チョコレート」は含まれる水分量を限界まで高め、口に入れた瞬間にとろける。マスカットなどフレッシュな旬の果実、お茶や日本酒を合わせた商品もある。サクサクとした生地に生チョコレートを乗せた「リッチ生チョコタルト」は1日に1000個売れる。

鎌倉駅前の銀行を変身させる

 鎌倉駅前の銀行の支店跡地に作った店舗「CHOCOLATE BANK」には、金庫だった場所を改装した特別室を設け、「ガストロノミーレストランROBB」を19年にオープンした。1日2枠の完全予約制のランチで、カカオのフルコースを出してきた。新型コロナに伴う営業自粛で店舗はいずれも臨時休業中。だが、オンラインでの販売は続け、その対応に追われている。

 店舗はいずれも洗練された構えだが、もともと石原さんは「ca ca o」を、世界の高級ブランドと肩を並べる「世界ブランド」にすることを狙っていた。

 20年5月にオープン予定だった「ニュウマン横浜(NEWoMAN横浜)」では、グッチやティファニーが並ぶ1階に出店する準備ができており、新店名を「MAISON CACAO(メゾンカカオ)」にした。4月から会社の名前も同じにした。高級品と肩を並べるブランディングは当初からの計画通りだ。

 現在予定している国内店舗は合計8店だが、それ以上は当面、国内では増やさない。一方で、パリに進出する準備を進めており、本場で勝負に出る予定だ。本来ならば今年オープン予定だったが、新型コロナの影響で時期は後ろ倒しにした。いずれ出店が実現すれば、「世界ブランド」に飛躍する足がかりにしたい考えだ。 

 一方で、日本国内にも工場を作る計画を進めている。現在、大手油脂会社が大型プラントでチョコレート原料を作っているが、小回りのきく小型設備を完備して、日本のパティシエなどに厳選したカカオから作った製菓用チョコレートを卸販売する。

 もうひとつ石原さんが「世界ブランド」と並んで当初から掲げてきた方針がある。「100年ブランド」を作る、というものだ。コロンビアのカカオ農家を支え、発展させるためには、一過性のブームで終わらせるわけにはいかない。

「ワン・チーム」の秘訣

 石原さんは帝京大学ラグビー部の出身。大学4年生の時に「学生コーチ第1号」になり、監督と共に組織改革に取り組んだ。もう試合には出られない4年生が、本気になって練習に取り組むことで、3年生以下のレギュラーになれないメンバーも真剣になるという。「ワン・チーム」を作り上げる秘訣(ひけつ)を学んだわけだ。

 学生コーチとして基盤を作った帝京大学ラグビー部はその後9連覇を遂げる。ナショナルチームで活躍している後輩も数多い。

 「チームをまとめていくという経験が経営に役立っています」と石原さんは語る。

 どうスタッフのモチベーションを高めるか。メゾンカカオでは月に一度、最も活躍したスタッフをMVPとして表彰している。数字の見える営業だけでなく、配送や管理のスタッフも対象だ。MVPや敢闘賞には報奨金も出す。年間MVPには旅行券をプレゼントする。スタッフのやる気がどれだけ高まるかが、チーム全体の成績に直結することを石原さんは痛感しているからだ。

 チーム石原が今後、どんな風に化けていくのか。石原さんたちの挑戦はまだまだ始まったばかりだ。

 

コロナにも使えない「マイナンバーカード」に存在価値はあるのか  4年たっても普及率は16%

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』。6月26日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/36575

「運転免許証」のほうが気軽で便利

またしても「マイナンバー」を巡る政府の思惑が大きく外れたようだ。

新型コロナの蔓延に伴う経済対策として政府が国民に一律10万円を支給する「特別定額給付金」。この申請にマイナンバーを使うことで、一気にマイナンバーカードが普及すると期待がかけられた。

ところが結果は散々。マイナンバーを使った申請で、各地の自治体でトラブルが相次ぎ、結局、郵送での受付が主流になったのだ。「やはりマイナンバーは使えない」。そんな印象を強く国民に刻み込む、むしろ逆の結果になった。

全人口に占めるマイナンバーカードの発行枚数、いわゆる普及率は未だに16%と低迷している。マイナンバーが導入されたのは2016年だから、4年たってこの有様なのだ。なぜ、こんなに普及しないのだろうか。

政府は導入にあたって、「便利さ」を強調した。身分証明書になる、コンビニで住民票がとれる、といった感じだ。だが、残念ながら、それぐらいでは国民に「便利さ」を感じさせることはできていない。身分証明書ならば運転免許証の方が気軽で便利だし、住民票などそう頻繁に取るものでもない。

持っていると「厄介なカード」になってしまった

一方で、政府はマイナンバーの導入時点で大きな失敗をした。番号を絶対に流出させてはいけない「秘密」だとしたのだ。本来、マイナンバーを利用してもらうには、誰に伝えても問題が起きない気軽な番号にすべきだったのだが、「第三者に知られてはいけない」という強迫観念が真っ先に植え付けられた。

勤務先などに提出する際にわざわざシステム会社などに簡易書留でコピーを送らせるなど、煩雑な手続きを経験して、ますます番号を知られてはいけないのだ、と国民は思ったわけだ。最近は番号を収集する企業側の管理を厳格にしているだけで、個人が番号を知られても特段大きな問題は起きない、と言い始めている。だが、時すでに遅し。仮にカードの発行を受けても、持ち歩かずに金庫にしまっているといった話をよく聞く。

つまり、マイナンバーカードを持っていると断然便利、あるいは、持っていないと不便という話にならないのだ。だから、わざわざ時間をかけて不要なカードを作る必要はない、ということになってしまう。そもそも財布の中は様々なカードでいっぱいだから、余計なカードは作りたくないし、紛失する恐れもあるから、そんな厄介なカードは持ちたくない、ということになる。

「課税しよう」という下心がミエミエ

政府は「便利さ」を強調するものの、国民は政府の本当の狙いをうすうす感じている。それもマイナンバーカードが普及しない理由だ。「便利だ」と言いながら、実のところ、収入や財産を把握して課税しようという下心がミエミエだと、国民の多くが見透かしているのだ。国に財布の中味まで知られたら、どんな不利益を将来被らないとも限らない、と多くの人が考えている。

 

マイナンバー制度の導入は政府にとって長年の悲願だった。国民に番号を与えることは、長い間、国民を管理するための「国民総背番号制」として批判され続けてきた。今や、コンピューターやインターネットが普及し、様々な取引でID(認証番号)が使われるのが普通になっているので、国民の番号に対するアレルギーは時代とともに薄れた。マイナンバー制度の導入が実現したのもそうした国民の意識の変化がある。

だが、その番号がどう使われるかについては、国民はいまだ疑心暗鬼なのだ。

国からサービスを受けるためなら使うはずだが…

本来は国からサービスを受ける場合に必要な番号にすれば、そのサービスを受けたい国民は必ず番号を使う。そのために「便利」ならばカードを作るはずだ。米国では社会保障番号が生活に必要不可欠の番号として普及している。社会保障番号を他人に知られたらマズいということにはなっておらず、日々、使われている。

ところが日本の場合、そうしたサービスにマイナンバーはほとんど関連づけられていない。年金を受け取る場合にカードが必要となれば、まずは年金生活者には100%カードが行き渡るはずだ。健康保険証についても同じだ。確定申告など税務申告に当たっても納税者番号とは別にマイナンバーの記載とコピーの提出が求められるが、それがどう利用されるのか国民はなかなか分からない。

政府はようやく、マイナンバーカードを健康保険証として利用できるように変えるという。2021年3月からの実施を目指している。だが、世の中の健康保険証を全てマイナンバーカードに一体化するのではなく、健康保険証も今まで通り使えることになりそうだ。

しかも、「人には知られてはいけない」ということで、病院の窓口では職員が番号部分を見ないようにすることなどが議論されている。もともと金庫にしまってあるマイナンバーカードでは、誰も健康保険証代わりに使おうとは思わない。

マイナンバー一本化」は縦割り行政にとって不都合

一方で、総務省マイナンバーを銀行口座と「紐付け」ることを義務化する方針を打ち出した。マイナンバーを一つの口座に紐付けることで、災害時の給付金などが迅速に振り込まれるようにする、というのだ。

 

これも「便利さ」を前面に出しているが、日々資金の出入りがある口座をマイナンバーに紐付ければ、それこそ財布の出入りが国に把握されることになりかねない。総務相の方針を聞いて「衣の下によろいが見えた」と思った国民は少なくないだろう。

国からの給付を受ける口座をマイナンバーと紐付けるならば、非常時の話を持ち出すよりも、年金受給などの口座と一体化する方が、より国民に理解されそうだが、なぜか、霞が関はそういう動きにならない。

なぜか。答えは簡単で、縦割り行政だからだ。年金や健康保険を扱うのは厚生労働省で、マイナンバーは総務省。税金の「納税者番号」は財務省国税庁の管轄だ。番号をマイナンバーに一本化し、管理するというのは、自分たちの省庁の権益を総務省に渡すに等しい。つまり、自分たちだけが使う固有の番号を握ることで、仕事と権限を抱え込んでいるわけだ。

だから、「紐付け」るという議論は出ても、番号を一本化しようという話にはならない。それでは国民からみて便利な番号にはならず、カードも普及しない。

省庁再編だけは受け入れられない霞が関

かねてから、国民からの納税収入を扱う「国税庁」と、国民からの社会保険料を徴収する「厚生労働省の関連部局」を一体化して、「歳入庁」を設置すべきだ、という議論がある。国民からの「入り」を一本化し、社会保障サービスの「出」と一体管理すれば、行政は効率化する。だが、これには、財務省厚生労働省も反対だ。マイナンバーを一本化すれば、自ずから省庁を再編することになるが、それは何としても受け入れられないというのが霞が関の論理だ。

というのも、霞が関の省庁は、未だに役所別に人材採用を行っている。人事も基本的に省庁内だけで、人事権は一部の高級幹部を除いて各省庁が握っている。「省益あって国益なし」と言われて久しいが、マイナンバーが本気で利用されないのは、総務省だけが旗を振っているからに他ならない。

では、どうすれば、その霞が関の構造を打ち破れるか。横割りで政府のデジタル化を進める「司令塔」が必要だ。台湾では閣僚級の「デジタル担当政務委員」に天才プログラマーと言われるオードリー・タン(唐鳳)氏を抜擢し、政府のデジタル化に強力な権限を与えた。今回の新型コロナウイルス蔓延でも様々なデジタルツールを開発・普及させ、新型コロナの感染拡大を未然に防いだ。

日本の「電子政府」は名前倒れだ

日本政府もデジタル政府を掲げてはいる。2019年6月14日、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定した。その中で、これまでのIT戦略の歩みについてこう述べている。

 

「政府CIOがIT政策の統括者となり、府省庁の縦割りを打破して『横串』を通すことにより、政府情報システムの運用コストの削減やデータ利活用の促進など、着実な成果を積み重ねてきている」

成果が出ていると「自画自賛」しているのだ。だが、全世帯にマスクを配ることも、一律10万円を配ることも各省縦割りの対応で、猛烈に時間がかかっている。「電子政府」は名前倒れだ。

ちなみに政府CIO(最高情報責任者)の正式な日本語名称は「内閣情報通信政策監」。官僚トップである内閣官房副長官の半格下の高級ポストである。台湾のタン氏と同じ役割を日本の政府CIOも期待されている。

「5000円」で国民はマイナンバーカードに飛びつくのか

さすがに官僚では無理で、民間人から登用した。現在は大林組の元専務で、情報システム担当などを務めた三輪昭尚氏が就任している。だが、台湾のタン氏は現在39歳だが、三輪氏は68歳だ。また、政府CIOの下に、各省庁のCIO(情報化統括責任者)が置かれているが、これは役人として出世してきたそれぞれの省の幹部官僚が兼務している。ITに詳しいわけでもなく、パソコンをどれぐらい使いこなせるかも分からない。

結局は、政府内にITの専門知識を持った人たちがおらず、外部から任用された人たちも官僚組織の中では権限が与えられない。各省庁別の巨額のIT予算には「ITゼネコン」と呼ばれる企業が結びつき、横割りで統合することを難しくしている。「マイナンバーのシステムは一から作り直した方が早いかもしれない」と新興のシステム企業の創業者は言う。それほど、マイナンバーカードは問題山積なのだ。

総務省は9月から、マイナンバーカードを持っている人だけが還元を受けられる「マイナポイント」キャンペーンを始める。「最大25%還元」がうたい文句だが、上限は5000円だ。要は5000円を販促費にマイナンバーカード普及を目論んでいるのだ。果たして国民は、5000円分のポイント還元で、便利とは言えないマイナンバーカードに飛びつくのか。カネで釣れると思っているところにも、国民をなめている霞が関官僚たちの顔がちらつく。

世間相場を度外視した「超好待遇」国家公務員「定年延長」の裏取引

新潮社フォーサイトに6月26日にアップされました。無料公開中です、是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47045

 通常国会が閉幕した。検察官の定年延長を盛り込んだ検察庁法改正案は国民の猛烈な反発に遭い、一緒に出されていた国家公務員法改正案とともに「廃案」になった。

 閣議決定した法案で審議入りしていたものが、「継続審議」にもならず、廃案になるのは極めて異例のこと。与党が圧倒的多数を占める国会情勢下ではなおさらだ。

 しかし、もうこれで、法律改正は「消えた」のかと思いきや、そうではない。

 政府はこの法案を秋の臨時国会に再度提出する方針だ。しかも、内閣の判断で検察幹部の定年を3年延長できる特例規定を削除し、法案を再提出するという。

 この特例、黒川弘務・東京高検検事長の定年を、閣議決定だけで延長したことへの批判をかわすためと批判を浴びた。ところが、当の黒川氏が緊急事態宣言中に賭けマージャンをしていたことが発覚、引責辞任に追い込まれた。もはやこの特例にこだわる必要がなくなったということのように見える。

 だが、問題の本質は別のところにある。

民間並みでも比較は大企業

 もともと政府が強行採決してでも成立させようとしていたのは、検察庁法改正案よりもむしろ、セットで出されていた公務員法改正案の方だった。秋の臨時国会で出し直すのも、この公務員法改正案の方が「本丸」なのである。

 公務員法改正案には、いったい何が盛り込まれているのか。公務員全体の定年延長である。現在60歳の定年を、2022年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、2030年度に65歳にするという法律だ。通ってしまえば、2022年度の直前に大不況が来ようが、2030年度直前に国家財政が破綻しようが、定年は粛々と延長されていく。

 しかも、民間企業で多く採用されている「再雇用」ではなく、定年が延長されるのだ。国家公務員にはスト権がない代わりに、よほどのことでない限りクビにならない身分保証がある。能力のあるなしにかかわらず、65歳まで雇用が保証されるのである。

 民間では60歳で再雇用された場合、大幅に給与が下がるのが普通だ。しかし、公務員には俸給表というのがあって、それに従って毎年賃金が上がっていく仕組みになっている。要するに、定年まで減給されることはなく、上昇し続けていくのだ。

 だが、さすがに、65歳まで給与が上がり続けるのはマズいと思ったのだろう。

 人事院などの資料によると、

 「60歳を超える職員の俸給月額は60歳前の70%の額」

 とするとしている。キャリア官僚の場合、60歳で1500万円くらいに達しているので、定年を延長すれば、60歳を超えてなお、軒並み1000万円を超える「高級高齢職員」が生まれるわけだ。

 しかも、7割を規定した法案の条文には、わざわざ「当分の間」という一文が付け加えられている。ほとぼりが冷めれば、「7割」はなし崩し的に消えていくということなのだろう。

 民間企業では50代半ばで「役職定年」となり、役職手当がなくなることで給与が大幅に減るのが普通だ。さらに、定年で再雇用となれば、給与が退職時の半分以下、ピークから比べれば3分の1以下というケースもある。公務員でいう「7割」はピークの7割である。

 あくまで公務員の給与は、「民間並み」というのが建前だ。毎年夏に人事院が「勧告」を出し、政府はそれを受け入れるのが基本となっている。

 今回の定年延長も、2018年に人事院が出した「意見」がベースになっている。内閣に勧告する権限を持つ人事院は、さぞかし国民の利益を最大化するために、公務員の人員や報酬の抑制を行っているかと思いきや、まったく違う。

 人事院の幹部もほとんど官僚だから、霞が関の待遇を引き上げることに躍起になっているように見える。民間並みといっても比較するのは大企業だけだ。

 定年の引き上げは霞が関官僚の悲願でもある。今も民間の再雇用と同様、「再任用」の制度はあるが、定年延長となれば、待遇はぐんと良くなる。

 世間の相場から外れた待遇改善だけに、国民にバレたらマズいと思ったのだろうか。前国会での論戦も検察庁の話で終始し、公務員全体の定年引き上げについては、ほとんど議論されなかった。

労組の支援を受ける野党も賛成

 実は、与党だけでなく、野党も公務員の定年引き上げには賛成なのだ。検察庁法改正は強く批判していたものの、公務員全体の定年延長には賛成していた。

 5月11日の衆議院予算委員会で質問に立った立憲民主党枝野幸男代表は、検察庁法改正について「火事場泥棒」だと厳しく詰め寄ったものの、

 「国家公務員法改正には大筋賛成」

 だと発言していた。連合や自治労など労働組合にとって、公務員の定年延長は「悲願」。その労働組合の支援を受けている野党だからこそ、賛成に回るのは当然だ。

 同日の参議院予算委員会では、同党の福山哲郎議員が、検察庁法の改正部分を削除すれば、国家公務員法の改正、つまり公務員の定年延長には賛成だと発言している。自民党検察庁法改正の特例を削れば賛成する、と秋波を送っていたようにも聞こえる。

 だが、安倍晋三首相はこれに乗らなかった。

 「公務員全体の定年延長を含む制度改革に当たっては、国民の意見に耳を傾けることが不可欠だ」

 「社会的な状況も大変厳しい。法案を作った時とは状況が違っているのではないかという、党にもそういう意見があることを承知している」

 5月21日、法案成立を断念したことについて安倍首相は、公務員全体の定年延長の話を持ち出した。「党の意見」というのは、19日に、世耕弘成参議院幹事長が新型コロナウイルスの蔓延による経済への打撃を前提に、

 「人手不足という前提状況が変わった。雇用環境が厳しい中、公務員だけ5年も定年延長されていいのか。経済的に苦しい国民の立場に立った議論が必要だ」

 と、公務員の定年延長自体を見直すべきだと苦言を呈したのだ。

 これには自民党内だけでなく、野党からも批判の声が上がった。自民党森山裕国対委員長は、

 「党の正式な手続きを経て法案を提出している」

 と不快感を示したのに対して、立憲民主党安住淳国対委員長は、

 「法案が問題だと支離滅裂なことを言う。非常識だ」

 と怒りを露わにした。おそらく国対委員長の間では、継続審議にして法案を修正のうえ可決させるという話ができていたのだろう。噂によると、世耕氏はその後、森山国対委員長に詫びを入れた、と言われている。

 また、いったん「廃案」にしたのには別の理由もあるという。自民党内には公務員の定年引き上げに反対している議員も一部いる。彼らが武田良太・国家公務員制度担当大臣を突き上げ、法案には次のような附則が付いていた。

 「職員の能力及び実績を職員の処遇に的確に反映するための人事評価の改善が重要であることに鑑み、この法律の公布後速やかに、人事評価の結果を表示する記号の段階その他の人事評価に関し必要な事項について検討を行い、施行日までに、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」

 つまり、ABCといった評価方法などを決め、能力実績評価に変える、という文言が盛り込まれていた。

 これには人事院が最後まで抵抗したが、武田大臣が押し通したといわれる。人事院霞が関の官僚たちは、この目障りな附則を、何としても秋に出し直す法案から葬り去ろうとしているのではないか、というのだ。

若い人の就業機会を奪う

 法案は秋に再提出されるのだろうか。

 菅義偉官房長官は閉幕後の記者会見で、

少子高齢化が進む中、国家公務員の定年引き上げが必要との認識に変わりはない」

「改正案にはさまざまな意見があった。そうしたことも踏まえながら、再提出に向けて検討していきたい」

 と述べた。

 だが、秋に臨時国会が開かれる頃には、新型コロナの蔓延による企業業績への影響が現れ、雇用情勢が一変しているに違いない。

 4月の労働力調査では就業者数、雇用者数ともに、対前年同月比で88カ月ぶりのマイナスになった。第2次安倍内閣発足の翌月から続いていた連続プラスが、ついに途切れたのである。これは一過性のものではない。雇用の悪化は日増しに深刻さを増すだろう。

 こうした状況で、公務員だけが定年延長をすることを、国民が許すのかどうか。人口減少が続いているにもかかわらず、公務員の人数が大きく増えることはあり得ない。そんな中で定年を延ばせば、若い人たちの就業機会を奪うことになる。また、国家公務員の定年延長は、そのまま地方公務員の定年延長にもつながる。

 もちろん、定年は年齢差別なので、廃止すべきだという意見もある。だが、それは年齢に関係なく、能力が足りなければクビになる世界の話だ。いったん就職すれば全員が定年まで安泰という公務員に適用されるべき問題ではない。

 民間企業が業績悪化で雇用調整に動いている状況下で、国家公務員だけは特別と言えるのか。

 少なくとも国民の目を誤魔化して法案の成立を目指すのではなく、法案を再提出すべきかどうかを含め、真正面から議論するべきだろう。

 

まさか百貨店が「壊滅」する…のか? 新型コロナ自粛の恐るべき傷跡  営業再開で果たして復活できるのか

現代ビジネスに6月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73571

 

売上消滅


新型コロナの営業自粛の影響で百貨店の売上高が壊滅的な減少を記録した。日本百貨店協会が6月23日に発表した5月の全国百貨店売上高は、前年同期比65.6%のマイナスになった。

東京や大阪などでは食料品売り場など一部を除いて営業を停止したことから、かつて経験したことのない減少となった。


もともと昨年10月からの消費税率引き上げで、売上高の伸びはマイナスに転じており、5月まで8カ月連続の減少。1月までは訪日外国人旅行客の「インバウンド消費」があったことから、減少率はひとケタに止まっていた。

ところが新型コロナウイルスの蔓延が世界に広がり始めた2月以降は外国人客が激減。売上高は2月12.2%減→3月33.4%減とつるべ落としで悪化した。



消費増税の影響が出た昨年10月でも17.5%減だったので、3月時点でそれを大きく上回る打撃になっていたことがわかる。さらに4月には緊急事態宣言が出されたことで営業自粛が広がり、売上高は72.8%減を記録、前述の通り5月も65.6%減った。売上減少というよりも「売上消滅」といった状態に陥った。

頼みのインバウンドも消えた

この間の外国人旅行客によるインバウンド消費の「消滅」も凄まじい。

百貨店で免税手続きをして購入された「免税売上高」は1月の316億円から2月には110億円と3分の1近くに減少。

3月は47億円となった。日本政府観光局(JNTO)の集計では日本を訪れた外国人旅行客は4月、5月とも99.9%減となり、免税売上高も4月がわずか5億円、5月が7億7000万円と事実上「消えた」に等しい金額となった。

地域別で見ても、新型コロナの影響が鮮明に見て取れる。

2月に感染が拡大し、営業自粛を要請した北海道は2月に25.8%減と全国に先駆けて大幅なマイナスとなった。

3月にはクラスターが発生した大阪の百貨店売上高が42.2%減と大きくなった。大阪の百貨店の場合、インバウンド消費の恩恵を大きく受けてきただけに、その反動も大きかった。


緊急事態宣言が全国に広がった4月には、全国各地の百貨店が7割から8割の売上減少を記録。5月もそれが続いた。

細々ながら営業を続けた食料品は落ち込みが小さいものの、4月は53.0%減、5月は45.2%減と、これまで経験したことがない減少率であることには変わりない。

インバウンドが消えたこともあり、高級品の「美術・宝飾・貴金属」の売上減少が著しく、4月、5月とも前年同月比80.0%のマイナスになった。衣料品も4月は82.7%減、5月は74.1%となった。

「終わっているビジネスモデル」本当の終焉


これだけの「売上消滅」で百貨店の経営は大丈夫なのだろうか。4月、5月に休業した場合は雇用調整助成金で休業従業員の人件費は補填されるものの、すべてのコストを政府がみてくれるわけではない。自治体から休業補償が出たとしても焼け石に水だ。

むしろ問題は6月以降だ。4月、5月と比べれば改善したように見えるものの、前年同月と比べれば売上高は2ケタのマイナスが続く。


新型コロナが完全に終息する見通しはたたず、百貨店での消費が平常に戻るには相当な時間がかかりそうだ。しかも営業を再開することで、光熱費や人件費なども大幅に増加することになる。むしろ、経営的にはこれからが正念場だと言えるだろう。

そのうえ、新型コロナをきっかけに人々の消費行動が大きく変化し、元に戻らないのではないか、という見方も広がっている。

人混みが発生する旧来型の大型商業施設が敬遠される傾向が強まれば、「ビジネスモデルの終焉」が言われて久しい百貨店の経営が一気に苦境に立たされる可能性が高い。

 

「新しい日常」の中に居場所はあるか


ここ数年、百貨店は訪日外国人客の免税売り上げが急増。インバウンド依存を高めていた。2019年4月には百貨店売上高の7.7%を免税売り上げが占めた。

中国からの旅行者を中心に、旅行客は高級ブランドの衣料品や時計・宝飾品などを購入する傾向が強く、比較的利益率の高い「上顧客」だった。



2020年は本来ならば東京オリンピックパラリンピックが開かれ、訪日外国人旅行者は過去最多の4000万人を超える皮算用を立てていた。

ところが新型コロナに伴う国境を越えた移動の消滅で、1月から5月までの訪日客の累計は394万人。新型コロナの世界での感染拡大が続いている現状を考えると、今年は1000万人どころか500万人にも届かない可能性が高い。

旅行客の大幅な増加による「インバウンド消費」の取り込みを狙ってきた百貨店にとって、戦略の見直しが急務になっている。

特に、インバウンドの恩恵を受けてきた大阪、福岡、札幌、東京といった地域で、今もなお新型コロナの罹患者が発生し続けており、こうした地域に元のように外国人旅行者が大挙して押し寄せることは想定できない。

おそらく元に戻るには数年を要するか、あるいは、国際間の人の動きも劇的に変わってしまうことになりかねない。

米国では百貨店の多くが店を閉め、スーパーもデリバリーに活路を探るなど、商業の業態転換が模索されている。日本でも居酒屋やファミリーレストランなど外食チェーンの店舗閉鎖が相次いでいる。

長年、日本の消費の中心として持続してきた百貨店という業態が、新型コロナをきっかけにやってくる「新しい日常」の中で存在し続けて行くことが出来るのか。付け焼き刃の合従連衡ではもはや乗り切れないところに追い込まれつつある。