物流「2024年問題」はまだ序の口。トラック業界の試練はこれからだ ドライバー残業上限年960時間ルールがスタート

現代ビジネスに4月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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電通過労自殺事件をきっかけに

トラックドライバーなどの残業時間の上限を年間960時間に制限するルールが4月1日からスタートした。全国の多くの地点間で翌日に荷物が届くのが当たり前といった、世界屈指の体制が維持できなくなるサービスの低下が懸念されている。今後、様々な分野で人手不足によってサービスが維持できなくなることが予想されており、物流業界は「日本問題」の最先端とも言える。だが、残念ながら問題を解決する打開策はまったく見えて来ない。

この残業時間規制は突然出てきた話ではない。長時間労働の是正が大きな課題として浮上したのは2016年秋。安倍晋三内閣が「働き方改革」に本格的に取り組むために「働き方改革実現会議」を立ち上げた時だった。人口の減少が本格化する中で、「労働生産性」を上げなければ日本経済は沈む、という危機感から始まったが、ひとつの事件をきっかけに、長時間労働の是正が最大テーマとなった。

事件とは、電通の新入社員がその1年前に自殺したのは過労によるものだったとして「労災認定」されたことだった。このニュースが大きく取り上げられたことで世の中の「長時間労働」に対する批判が噴出。その是正が「働き方改革」の最大テーマになった。世論を無視できなくなった安倍内閣は、財界の反対を押し切る形で2017年に残業時間の上限の厳格化を決定。残業の上限が「原則」年360時間、特別な場合でも「年720時間」「月100時間未満」と法律で決められた。そのルールが施行されたのは今から5年前、2019年のことだ。

5年間で問題解決せず

その段階からトラックドライバーの扱いが焦点になっていた。あまりにも現実との格差が大きかったからだ。深夜の長距離トラックなど、長時間の残業が当たり前だったのだ。そこで5年間の猶予期間が設けられたほか、上限時間も他の業種よりも長い年960時間に設定された。ハードルを低くして、しかも対策に5年という十分な時間を設けたわけだ。この5年の間に「問題」を解決してください、という話だったのだ。

最大の「問題」は、当然のことながら人手不足だ。トラックドライバーのなり手を増やさなければ、輸送力が2024年には14%減るという試算がされてきた。ドライバーを確保することが大きな課題だったわけだ。ところが、総務省労働力調査」の道路貨物運送業の「輸送・機械運転」従事者は2019年の86万人からほとんど増えておらず最新の2022年でも86万人にとどまっている。5年の猶予期間に人を増やすことに失敗したのだ。

なぜか。最大の「問題」はトラックドライバーの報酬が安いこと。長距離トラックのドライバーなど、かつては「稼げる」仕事というイメージがあったが、実際には違う。厚労省の調査では、トラックドライバーの年間所得は大型トラックでも477万円(2022年)と、全産業平均の497万円を下回る。2019年の457万円に比べると増えているものの、全産業平均に追いついていないのだ。つまり、稼ごうと思えば、長時間の残業をこなさなければならないわけだ。さらに残業時間規制が厳しくなれば、所得が減ることが想定される。結局、5年の間に若者を惹きつける職業に変身させることに失敗したわけだ。

稼ごうと思えば長時間残業しなければならないトラックドライバー。その就労環境は厳しい。2022年度の過労死などへの労災認定を見ると、「脳・心臓疾患」での労災認定は全産業で194件(うち死亡は54件)あったが、最も多い業種が「道路貨物運送業」の50件(死亡は19件)だった。2019年度には全産業で238件(うち死亡82件)で、「道路貨物運送業」は83件(死亡は27件)だったので、件数は減っているものの、業種としてダントツの1位であることに変わりはない。つまり、トラックドライバーが「身を削る」ことで利便性が成り立っている状況にはほとんど変化がなかったのである。つまり、5年間で労働環境を改善することにも失敗したわけだ。

高齢者が去れば働き手はなくなる

年間残業960時間という他産業より「緩い」規制で大騒ぎをしているが、今後、さらに状況は悪化を続けることになるのは間違いない。というのも他産業よりも「高齢化」が著しい体。道路運送業で働く人の年齢別構成を見ると、2022年は20歳代、30歳代が22.9%に過ぎない。圧倒的に多いのが50歳代で29.9%、60歳以上が18.9%に達する。つまり、48.8%が50歳以上なのだ。10年前の2012年には20歳代、30歳代は、50歳以上は36.2%だったから、高齢化が著しく進んでいることが分かる。

問題は今後、こうした高齢ドライバーが急速に減り始める一方、若年層労働者の総数は大きく減ることが確実なことだ。60歳代以上の人が多いタクシードライバーは、団塊の世代の引退で、一気に人手不足に喘ぎ、タクシー乗り場が大行列になるなど利用者の利便性に大きく影を落としている。残業規制の強化がなくても、トラックドライバーの深刻な不足は続き、今後も状況は悪化することになるだろう。

一方で、トラックドライバーは、女性がほとんど働いていない業種でもある。前出の「輸送・機械運転従事者」86万人のうち、女性はわずか3万人だ。つまり、長時間労働などキツい労働環境が、女性を職場から排除しているわけだ。

残業上限960時間は、他産業に比べて、まだまだ長い。業界の労災認定者が減らなければ、上限を他産業並みにさらに引き下げる必要も出てくるだろう。そんな状況の中でどうやったら消費者へのサービスを落とさずに維持できるのか。トラック業界の試練はこれからが本番だ。