首相の「弱体化」でアベノミクスは変質するのか 内閣改造、「経済最優先」は不発?

日経ビジネスオンラインに8月4日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/080300056/

「安倍一強」と言われていたのがウソのようだ

 安倍晋三首相は8月3日、内閣改造に踏み切った。第3次安倍第3次改造内閣のスタートである。森友学園加計学園問題、防衛省南スーダン派遣部隊日報問題などで安倍内閣への批判が強まり、内閣支持率は大きく低下、不支持が支持を上回った。ほんの数カ月前まで「安倍一強」と言われていたのがまるでウソのようだ。安倍首相は改造によって人心を一新し、求心力を取り戻したい考えだ。

 支持率の低下に対して、安倍首相は「経済最優先」を再び強調した。これまで、特定秘密保護法や、安全保障関連法の成立を巡って支持率が大きく低下した局面でも、「経済最優先」を訴えることで短期間での支持率回復を果たしてきた。国民にとっては安全保障問題よりも切迫した問題である経済問題に力を入れる姿勢を示すことで、「期待感」をつなぎ止める戦略を取り、見事に成功してきたわけだ。

「雇用情勢」好転が、安倍内閣支持につながってきた

 国民の多くは「景気回復の実感はない」と言いながらも、アベノミクスを容認している。もっとも国民生活にとって影響の大きい「雇用情勢」が好転し続けてきたことは、安倍内閣の高い支持率を支えてきた。7月末に厚生労働省が発表した6月の有効求人倍率は1.51倍と43年4か月ぶりの高水準を記録。正社員の有効求人倍率も初めて1倍を超えた。雇用者数は5826万人と4年前に比べて250万人も増え、完全失業率は2.8%にまで低下している。

 若年層の安倍内閣支持率が高いと言われるのは、こうした雇用情勢の好転が大きい。何せ、就職氷河期と言われ職に就けなかった先輩たちを間近に見てきた若年層にとって、現在の引く手あまたの就職環境への変化は、まさに夢のような激変ぶりだったのである。

「経済最優先」を示す布陣

 では、果たして、今回の支持率の急落局面でも、「経済最優先」は“復活の呪文”になるのだろうか。その行方を占う第一歩が内閣改造だった。「経済最優先」を示す布陣が敷けるかどうかが焦点だった。

 焦点の経済閣僚は、アベノミクスの司令塔とも言える経財再生相に茂木敏充政務調査会長を据えた。当初、経済再生相として過去に実績を持つ甘利明氏の「復活」も噂されたが、政策通の茂木氏で落ち着いた。経済産業相世耕弘成氏が留任、「働き方改革」で労働基準法の改正が控える厚生労働相には加藤勝信働き方改革担当相を横滑りさせた。農協改革などが控える農林水産相には斎藤健・農水副大臣を抜擢した。副総理兼財務相麻生太郎氏、官房長官菅義偉氏ら、留任が4閣僚にとどまる大幅改造にもかかわらず、経済分野は「手堅い」布陣で固めたと言える。

「派閥均衡」色が強く、首相の「弱体化」を露呈

 もっとも、全体としては党内各派閥に配慮した「派閥均衡」色の強い布陣になった。留任とみられた岸田文雄外相が閣外に出て、党政務調査会長に就くなど、派閥や本人の意向に配慮した人事が目立ち、安倍首相の「弱体化」が否応なく表れた格好になった。

 問題は、今後、「改革色」を打ち出し続けられるかどうか。アベノミクスの1本目の矢である大幅な金融緩和姿勢は継続、2本目の矢である機動的な財政出動についても、公共工事の拡大などが進む可能性がある。一方で、3本目の矢である成長戦略は息切れが懸念される。

 特に、成長戦略の柱を規制改革とし、岩盤規制に穴を開けるドリルになるとしてきた安倍首相にとって、国家戦略特区での加計学園獣医学部新設が問題になったことは痛手。民進党が国家戦略特区の仕組み自体に批判の矛先を向けていることもあり、今後、特区申請に手を挙げる自治体や事業者が激減することも懸念されている。

 特区は、政治のリーダーシップによって、旧来の担当官庁の規制を突破する仕組みだが、加計学園問題を機に、首相も特区での改革指示が出しにくい環境になりつつある。

改革の試金石となる農協改革

 改革姿勢を貫けるかどうかを占う試金石は農協改革だろう。抜擢された斎藤農水相の手腕が試される。全国農業協同組合中央会JA全中)の会長選挙で、これまで改革路線を取ってきた奥野長衛会長が後継として支持した須藤正敏・JA東京中央会会長が敗北、JA和歌山中央会会長の中家徹氏が圧勝したのだ。これまでの農協改革路線の転換が迫られることになりかねない。

 もう1つが「働き方改革」に絡む労働基準法の改正。秋の臨時国会与野党激突の法案になる可能性が高い。安倍内閣閣議決定して国会に提出したものの2年以上にわたって審議さえされていない「高度プロフェッショナル制度」の導入が実現できるかが焦点だ。高度プロフェッショナル制度は、年収1075万円以上の社員に限って、残業代や労働時間規制から除外する仕組みだ。1075万円以上の年収がある社員は全体の1%未満だが、共産党民進党労働組合などは、「残業代ゼロ法案」「過労死促進法案」などと批判している。

働き方改革」に絡む法改正で、与野党激突へ

 加藤氏が働き方改革担当相として3月末にまとめた「働き方改革実行計画」では、残業時間の上限規制を導入する一方で、高度プロフェッショナル制度についても早期に実現を目指すとしている。残業時間に上限を法律で定めることは、労働側にとっては画期的な「成果」で、何としても法律改正を早期に行いたいもの。連合は政府との間でいったん高度プロフェッショナル制度を条件付きで受け入れる姿勢を見せたが、傘下の労働組合の反発にあって撤回している。

 今後、内閣は、上限規制と高度プロフェッショナル制度の導入を一本化した労働基準法改正案を国会に提出することになるとみられるが、民進党などとの駆け引きが激しさを増しそうだ。安倍内閣の支持率が回復しないようだと、民進党は「残業代ゼロ法案」という批判を再び展開。安倍内閣を追い込むことも想定される。

 安倍内閣としては「経済最優先」で、国民に分かりやすい成果を示すことで、支持率の回復につなげたいところだが、これまでの「安倍一強」の政治情勢が大きく変わった中で、それがうまくいくかどうか。

経済政策で「対案」を提示できない民進党

 安倍内閣にとっての「好材料」は、アベノミクスに代わる「ポスト・アベノミクス」を明示する勢力が現れていないこと。自民党の支持率が下がっているにもかかわらず、民進党の支持率も下がっているのは、民進党が経済政策で「受け皿」を作れていないことを如実に物語っている。

 民進党蓮舫執行部では、アベノミクスに対する批判を行うものの、対案らしきものを全く示せていない。蓮舫代表の辞任を受けて、代表選挙を9月1日に行うことになり、枝野幸男氏と前原誠司氏がすでに立候補を表明している。枝野氏、前原氏がどんな経済政策を打ち出すのかによって、ポスト安倍政権の受け皿としての期待感が出てくるかどうかが分かれる。

 蓮舫執行部では、2030年に原発ゼロを目指す方針をいったん目指しながら、党内や支持母体をまとめきれなかった苦い経験がある。枝野氏や前原氏が代表選を通じて、アベノミクスを凌駕する経済政策の体系を打ち出し、党内を一本化できるかどうかが注目される。

「ポスト・アベノミクス」を掲げる勢力は登場するか?

 永田町では、安倍首相が秋の臨時国会を召集した直後に、解散総選挙に打って出るのではないか、といった見方も出ている。民進党の新体制が整う前に、選挙を行った方が有利だ、という判断だ。すでに民進党の中には、秋に選挙がある事を想定して地元に臨戦態勢を指示した議員もいる。

 いずれにせよ、年内に解散がなくとも、来年は総選挙の年である。それまでに「ポスト・アベノミクス」を掲げる「受け皿」が出てくるのかどうか。現状のままでは、消極的選択で安倍内閣が存続し続けるというシナリオになり、民進党は壊滅することになりかねない。