スイスの時計輸出が底入れ。中国向けが大きく牽引

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。9月号(8月上旬発売)に書いた原稿です。
高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]→http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2017年 09 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2017年 09 月号 [雑誌]

 世界の時計宝飾品需要は2016年を底に今年はプラスに転じる可能性が強くなってきた。スイス時計協会が発表するスイス時計の輸出統計によると、対前年同月比の輸出額は5月が9.0%増、6月が5.3%増となり、1月から6月までの累計で0.1%増と、ついに水面上に顔を出した。

 上半期の輸出先地域別の金額の対前年同期比を見ると、中国が21.7%増と最も伸び率が高く、スイス時計の輸出牽引役になっている。金額は7億1910万スイスフラン(845億円)と、すでに2015年上半期の6億9300万スイスフランを上回っている。

 スイス時計の中国向け輸出は年間では、2012年の16億5260万スイスフラン(1950億円)がピークで、その後、4年連続で減少してきた。2016年は12億9320万スイスフラン(1520億円)にまで低下した。香港、米国に次ぐ世界3位の需要地であることには変わりないが、2016年は4位の日本に12億6200万スイスフラン(1484億円)と肉薄されている。それだけに中国が2017年に年間で5年ぶりの増加になるのかどうかが大きな注目点だ。

 中国では今年秋に第19回共産党全国代表大会が開かれる。5年に1度の大会で、最高指導部である中央政治局常務委員の選出などが行われる。すでに共産党幹部の汚職による摘発が相次ぐなど、権力闘争と見られる動きが加速している。習近平総書記が権力基盤を一段と固める大会になると見られる。

 そんな政治情勢の中で、習近平総書記にとっては、国民の支持を得る政策が求められる。特に経済情勢は政治的な安定には必須条件とも言えるため、景気底入れ策が取られ続けることになると見られる。

 都市部を中心に不動産価格が大幅に上昇しており、消費を底上げしていると見られる。一種の「資産効果」で、不動産価格の上昇が、高級時計や宝飾品といった高額品の消費に結びついている。

 こうし不動産価格に調整をもたらす金融引き締めの動きは秋の代表大会までは出てこないとの見方が強い。そうなると年内いっぱいは消費も好調を持続しそうだ。

 中国の景気に大きく左右されるのが香港での時計需要。スイス時計の輸出先は現在も香港がトップである。ピークだった2012年には43億7090万スイスフラン(5138億円)を記録したが、その後、大幅に下落。2016年は23億8260万スイスフラン(2800億円)にとどまっている。この香港向けがいつ底を打つのかも大きな注目点だが、今年上半期の段階で前年同期比0.5%のプラスになっている。これで本格的に底入れするかどうかはまだ予断を許さないが、ひとつの兆候である可能性は十分にある。

 欧州では英国の好調が続いている。上半期のスイスからの時計の輸出額は16.3%増と欧州の中で圧倒的に高い数字が出ている。欧州連合EU)からの離脱、いわゆるブレグジットを決めた昨年6月の国民投票以降、英通貨ポンドが大幅に下落したのをきっかけに、「ポンド安バブル」と言っても良い好景気が続いている。不動産価格の上昇や消費の盛り上がりにより、時計販売も好調だ。英ポンドが安くなったことで、海外から英国に訪れる旅行者が増加したことも、時計販売の好調に結びついている。

 そんな中で、輸出先世界2位の米国と、昨年まで4位だった日本の時計需要は振るわない。上半期までの累計で、米国は前年同期比5.9%減、日本は9.8%減となっている。米国はトランプ政権発足以降、不法移民などを制限するために入国管理を厳格化している。航空機に乗る際の検査や機内持ち込みの制限も厳しくなっており、旅行者に敬遠されていることも、間接的に時計需要に響いているとみられる。年末のクリスマス商戦に向けた下期に輸出額が増えるのかどうかが注目点だ。

 日本の消費もなかなか底を打たない。スイス時計の日本向け輸出は2016年までは世界4位だったが、上半期時点で英国とイタリアに抜かれ、6位に後退している。年末に向けてプラスに転じてくるかどうかが注目される。