AIJ企業年金消失問題で勢いを増す 「年金運用は安全第一で」の落とし穴

月刊誌エルネオス5月号に掲載した連載≪生きてる経済解読≫の記事を編集部のご厚意で再掲致します。雑誌HPは→http://www.elneos.co.jp/


天下りOB中心の素人基金
 一千億円を超える巨額の年金資金を消失させたAIJ投資顧問。国会に証人として呼ばれた浅川和彦社長は、利益が出ているという虚偽の運用実績を顧客に報告していたことは認めたものの、一貫して「顧客を騙すつもりはなかった」という主張を繰り返した。
 運用を委託していた基金の加入者からすれば、「俺の年金を返してくれ」「返せないなら重罪に」と言いたいところだろう。だが、運用で失敗しただけとなれば、重罪に問うのは難しいという。世の年金受給者を大きく動揺させた今回の事件の教訓は何なのか。
 被害に遭った多くの厚生年金基金は「総合型」と呼ばれる基金だった。同業種の中小零細企業などが集まって設立した基金だ。大企業などは自社一社で基金を持つケースが多いが、中小零細企業の場合、一社では従業員が少なく運用できるだけの資産規模にならない。このため、業界でまとまって一定規模の年金資産を集め、それを運用しているのだ。
 総合型の問題点は管理・運用能力が低いことだ。大企業が一社で設立する基金の場合、運用で穴をあければ会社が損失処理を迫られるため、経営者も基金の運用成績などに目を光らせる。
 ところが総合型の場合、母体企業がもともと中小零細で、年金制度や資産運用に精通した人がほとんどいないのが実情だ。今回改めて指摘されているように、多くの総合型基金には厚生労働省(旧・社会保険庁)の官僚OBが常務理事や事務長として天下っている。
 だが、天下りした官僚OBが年金資産の運用に精通しているかというと、まったく違う。年金制度には精通しているものの資産運用にはまったくの素人というケースがほとんどだ。そんな素人を相手にAIJは営業をかけていたわけだ。
 浅川社長は大手証券会社の営業出身。AIJのやり方を見ると、素人の顧客を「絶対上がるいい株があります」と言いくるめて資金を出させ、結局はすってんてんにした四半世紀前の営業マンを彷彿とさせる。虚偽の報告書を作り始めたのは顧客に年金基金が加わってからで、「それ以前の(私募投信段階の)顧客はうるさく言う人がいなかった」と、浅川社長は証人喚問で吐露している。つまり、昔ながらの営業手法で年金基金も相手にしてしまったということなのだろう。年金の資金を預かるようになった当初から運用実績を「水増し」してきたというから、初めから噓の塊のような投資顧問だったわけだ。
 また、実際に投資している先は海外のファンドや投資事業組合。まさに「ブラックボックス」だ。具体的にどんな株式や金融派生商品デリバティブ)を買っているのか、基金の担当者は知ることはできなかったのだろう。
 名もない基金が高い実績を上げていると主張したところで、普通は誰も信じない。しかも実際の投資先がブラックボックスでは「危ない」と思うのが常識だろう。ところが、天下りが中心の素人基金は、この〝うまい話〟に軒並みひっかかった。厚労省OBがAIJを推薦していたことが分かっているが、そんなOBネットワークが効を奏したのだろうか。一千億円以上の年金資金が集まったわけだ。

資産大国だが運用貧国
 基金が危ない運用に走るのは、高い利回りを前提にした年金制度の設計に問題があるからだ、という声もある。長い間、年金の予定利回りは五・五%で、その後引き下げられても三・二%だ。国債利回りが一%前後にまで低下している中で、たしかに高すぎる前提のまま据え置かれているとみることもできる。だから、基金の運用担当者は無理をしてAIJのようなところに金を預けてしまうのだという理屈だ。
「年金運用は安全第一であるべきだ」という主張もある。老後の資金という虎の子をリスクに晒すのは問題だというのだ。株式やデリバティブコモディティ(商品取引)などで運用するのは危険なので、国債で運用するのが一番ということになる。
 一見、正しい主張のように思える。実際、厚生労働省など役所も規制の見直しに動いている。かつて年金基金には「五・三・三・二」規制と呼ばれた運用制限があった。一九九六年まで、国債など元本保証のものを五割以上、株式は三割以下、外貨建て資産も三割以下、不動産は二割以下に制限されていた。運用委託先も生命保険会社や信託銀行が中心だった。また、金融庁も比較的規模が大きい基金を「プロ投資家」として扱っている現行の仕組みを見直し、アマチュア(一般投資家)と見なして、リスクの高い金融商品への投資を実質的に制限することを検討しているという。
 AIJ事件をきっかけに、規制緩和されてきた年金運用は逆に規制強化に動く可能性が強まっているのだ。
 だが、そこに大きな問題がある。低金利の今、国債保有で運用していたら年金資産はほとんど増えないのだ。一千万円を五%で三十年間運用すれば四千三百万円になるが、一%では一千四百万円に満たない。定年後の存命期間が長くなっている中で、これでは到底、十分な年金を支払うことはできないのだ。
 つまり、年金給付額を大幅にカットせざるをえなくなる。逆に、低金利を前提に年金額を維持しようと思えば、保険料を大幅に増やさなければならなくなる。年金の減額は高齢者が受け入れず、保険料の大幅増は若年層が負担に耐えられない。
 積極的な運用で知られる米カルパースカリフォルニア州職員退職年金基金)の運用利回りは過去十年で五・五%だった。米国内外の株式や債券、不動産などに分散投資している。日本の公的年金の運用組織や厚生年金基金で五・五%の利回りを上げているところなど、まずない。
 高齢化が進む一方で、一千四百兆円といわれる個人金融資産に代表されるように、日本はまだまだ資産大国だ。その資産をいかに活用し増やすかが鍵を握る。顧客に本当の数字を隠し続けたAIJのようなケースを繰り返さないために、情報開示や外部監査などの制度整備を進める一方で、資産運用業がまだまだ貧弱な「運用貧国」の現状を変えることが先決だろう。