アベノミクスの切り札「国家戦略特区」は 所轄官庁外しで岩盤規制を打ち破れるか

1日発売の月刊「エルネオス」に掲載した連載記事です。今回は国家戦略特区を説明しました。

硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》連載──34


 安倍晋三首相が規制改革の突破口と位置付ける「国家戦略特区」が動き出した。昨年十二月七日に法案が成立、首相自らが議長を務める「国家戦略特区諮問会議」が設置された。アベノミクスが掲げる成長戦略では、長年続いた強固な規制、いわゆる「岩盤規制」の打破が大きな課題になっている。安倍首相は「国家戦略特区」を使って、どうやってその岩盤を突破しようとしているのだろうか。
 国家戦略特区の仕組みはこうだ。
 政府がある地域で規制を緩和する特区を認定した場合、それぞれの特区ごとの「特区会議」を置く。特区会議は、特区担当大臣とその地域の自治体の首長、実際に事業を行う事業者の三者によって構成する。法律では、この三者による会議で規制のあり方を決めることができる。
 規制の権限を握る所管官庁を除外していることがポイントで、いわば中央省庁の規制に縛られない独立政府のような役割を特区会議が担うわけだ。法律では、特区担当大臣と自治体の首長が協議したうえで、担当省庁の大臣を加えることもできると規定しているが、一方が否定すればメンバーに加えることができない。また、仮に所管の大臣が加わった場合、特区会議で決まった結果を尊重しなければならないと法律に明記されている。霞が関からすれば、特区会議に加わっても加われなくても、規制を死守するのは至難の業となる。
 これまでも、さまざまな特区がつくられてきた。小泉純一郎政権時代に導入された「構造改革特区」や民主党政権下でできた「総合特区」などだが、こうした特区は、自治体や民間から要望を出させ、それに対して各省庁が規制を緩和するかどうかを決める形だった。現実には霞が関の抵抗が強く、規制緩和はなかなか進まなかった。だが今回の「国家戦略特区」はこれまでとはまったく違うものだと竹中平蔵慶應義塾大学教授は言う。
 竹中氏は、アベノミクスの成長戦略を策定した「産業競争力会議」の議員で、国家戦略特区の導入を主張した。霞が関の官僚からは反対論もあったが、安倍首相の決断で特区導入が決まった。成長戦略をまとめる過程で「岩盤規制」に斬り込めていないとの評価が広がり、株価が急落した。改革姿勢を示し続けたい安倍首相は、改革の象徴として特区を成長戦略に盛り込むことにしたのである。

霞が関の規制が及ばない特区
 では、特区で何をやろうとしているのか。
 岩盤規制と指摘されているのは「医療」、「農業」、それに「雇用」だ。それぞれに強固な既得権層がいる。政治力の大きい医師会や農協、労働組合が、既得権を守るために規制の維持や強化を働きかけてきた。ここに風穴を開けようとしているのだ。
 これまでの特区との大きな違いは、特区で何をやるかが法律で明記されていることだ。「高度医療提供事業」「農業法人経営多角化等促進事業」といった具合だ。前者は医療法の特例、後者は農地法などの特例が適用される。雇用については、法律の附則で、労働契約法の適用除外など「特定措置」を講ずると定められた。このほかにも、都市計画法に特例を設ける「国家戦略都市計画建築物等整備事業」や、建築基準法の特例を認める「国家戦略建築物整備事業」など、容積率の緩和などを行う「町づくり特区」が盛り込まれている。
 二〇二〇年のオリンピック東京開催が決まったこともあり、東京都心部を特区に指定し、老朽化したインフラの作り替えなどを一気に進めようという狙いがある。「国家戦略特区諮問会議」で三月をメドに特区に指定する地域の決定などが行われるが、東京が指定されることはほぼ間違いないが、具体的には都知事選挙で選ばれた新知事が特区にどう取り組むか次第となる。
「国家戦略特区諮問会議」は地域選定のほかに、特区のあり方を定める基本方針を議論することになっている。現在のところ、法律では特区として認めるものを六分野十五項目指定しているが、これでは不十分だという指摘も強く、今後これに追加する特区の選定なども諮問会議で議論していくことになりそうだ。
 特区はある一定の地域とはいえ、霞が関の規制が及ばないところをつくろうとするわけで、当然ながら各省庁の抵抗は激しい。諮問会議がどこまでこの抵抗を突き崩せるか。諮問会議の議論が重要な意味をもつ。

一枚岩でない諮問会議
 諮問会議は議長である首相のほか、十人以内の議員で構成することになっている。しかも半数は「有識者」を当てることが法律に明記されている。また、メンバーには官房長官と特区担当相が加わることが決められている。つまり、首相と官房長官、特区担当相が、有識者つまり民間議員と手を組めば、岩盤規制を突破できる建て付けになっているのだ。
 だが、もちろん、構図はそう簡単ではない。特区担当相は新藤義孝総務相が兼務することになった。通信・放送や郵政、地方自治体などへの規制権限を持つ総務相が特区を主導する格好になったのだ。また、麻生太郎・副総理もメンバーだが、麻生氏は財務相を兼務している。規制以上に税が経済成長の障害になっているケースは少なくない。経済再生担当相の甘利明氏はアベノミクスの司令塔だが、経済産業省と近いことで知られる。つまり、特区諮問会議の中も改革に向けた一枚岩ではないのだ。
 ちなみに諮問会議の有識者には改革派の象徴である竹中教授が加わった。このほか、国家戦略特区ワーキング・グループの座長として特区法に盛り込む事業の選定などに当たった八田達夫大阪大学招聘教授や、同じくワーキング・グループの坂村健東京大学教授、ボストンコンサルティンググループ・パートナーの秋池玲子氏、コマツ相談役の坂根正弘氏がメンバーになった。坂根氏は、産業競争力会議の議員として成長戦略策定にも携わった。日本の経営者には珍しく理詰めの経営判断を行ってきた実績があり、コマツを国際競争力を持つ会社として復活させた立役者である。経団連の副会長だが、経団連経営者としては改革派の筆頭といっていい。
 今後、この諮問会議でどんな議論が展開されるのか。アベノミクスの成否は、首相とこの十人の覚悟にかかっている。


いそやま・ともゆき 一九六二年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日本経済新聞入社。証券部記者、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを務めて、二〇一一年三月末で退社、硬派経済ジャーナリストとして独立した。