「ガバナンス・コード」骨抜き許すな

成長戦略のひとつの柱がコーポレート・ガバナンス・コードの制定になりそうです。月刊ファクタの6月号(5月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

3月決算企業の株主総会が佳境を迎えている。ここ数年の懸案だった社外取締役の導入に踏み切る企業が相次いでおり、2〜3人の社外取締役を選任する会社が目立っている。会社法改正で「社外取締役の1人義務付け」に強硬に反対した日本経団連全国銀行協会など財界の反応はいったい何だったのだろうかと思ってしまう。ともかくも、日本の上場企業の大半が社外取締役を置くことになりそうで、まがりなりにも形は整う。今後は社外取締役をどうやって機能させるか、より実質的な課題に取り組むことが必要だろう。

安倍晋三内閣が昨年6月にまとめた成長戦略では、機関投資家が投資先企業に収益向上などを働きかける「受託者責任」のあり方を定める「日本版スチュワードシップ・コード」導入を盛り込んだ。これまでしばしば「モノ言わぬ株主」だと批判されてきた生命保険会社など機関投資家が企業経営に良い意味でプレッシャーを与える体制ができることになった。

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今年に入って金融庁は導入を決めたが、実は生命保険会社などには「それほど真剣に対応しなくて大丈夫です」と平然と説明していた。大手生保に真正面から反対されてはスチュワードシップ・コードの導入自体が揺らぎかねない。成長戦略に明示された金融庁への「宿題」だけに、機能するかどうかよりも、何とか形だけは整えたいというのが本音なのだろう。

だが、そこは日本企業である。一度ルールとして導入されると、必死になって真面目に対応する。日本版スチュワードシップ・コードの導入で機関投資家と企業の関係が大きく変わりそうな気配で、日本企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)が大きく前進する可能性が出てきている。

そんな中で問題となっているのが、企業統治の具体的な姿、いわゆるベスト・プラクティス(最善の慣行)を示す「コーポレート・ガバナンス・コード」が日本には存在しないことである。英・仏・独など欧州諸国では、このコードによって独立取締役設置や取締役の指名方法、報酬決定等の透明化など上場企業のあるべき姿を示している。その上で、そのコードに従えない場合には、理由を説明するよう経営者に求めている。

いわゆる「comply or explain」(遵守せよ、さもなくば、従わない理由を説明せよ)ルールだ。これまで日本の会社を取り巻くルール設定では、一般的に法律や規則で最低限のルールを示す方法が取られてきた。最低限のことを守っていれば良いわけで、これがなかなかあるべき姿、つまりベスト・プラクティスに到達できない理由とも言えた。

ところが、今、国会に提出中の会社法改正案では、この「comply or explain」の考え方が取り入れられた。社外取締役を導入しない場合、それを「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明するよう義務付けているのだ。法律での設置義務付けを何としても避けたかった経済界や法務省が、説明義務の導入に渋々応じたのである。

ところが、である。説明を求める前提になるベスト・プラクティスを示した「コード」が日本にはないのである。




昨年末に本誌の招聘で来日したドイツのゲアハルト・シュレーダー前首相が、自らの改革を振り返ってコーポレート・ガバナンス強化の重要性を訴えた。その際に会談した政府・自民党幹部がシュレーダー前首相から「なぜ日本にはコーポレート・ガバナンス・コードがないのだ」と問い質されて答えに窮したという。その後、自民党の日本経済再生本部の議論の中で、コードの導入が急速に議題になっていったのはこのためだ。

その議論が5月の連休明けにヤマ場を迎えた。自民党案では6月にも政府が見直す成長戦略の中に、コードの制定を明記するよう求める方向だ。具体的には、金融庁有識者会議を設けてベスト・プラクティスの内容やコードの考え方をまとめるよう求め、それを受けて東京証券取引所が具体的なコードを2014年度内に制定するよう政府が求めるという内容だ。

さらに自民党案では、コードの具体的な内容を成長戦略に例示させようと目論んでいる。例えば、独立社外取締役を複数確保することや、株式を保有する銀行や企業、機関投資家に、株主としての責務を果たすことを求め、株主総会でどんな議決権行使を行ったかを開示させることなどを検討している。

また、株式持ち合いを極力縮小させることも浮上。株主の利益と潜在的利益相反するうえ、ガバナンスを確保する上でも支障になるとして、いわゆる「政策保有目的の株式」について「保有目的の合理性を説明させる」という一文を入れようとしている。

こうした自民党の原案に対し金融庁は抵抗している。「日本にだけない」と指摘されたコードの制定については真正面から反対はしていないものの、政府が有識者会議をつくるのではなく、東証に公開の有識者検討会議を設けて議論すれば十分だと主張している。政府と東証という2段階での議論の場を作ると、むしろ内容が弱まると金融庁は主張しているようだ。

もちろんそれは本音ではなく、金融庁の監督下にある東証の会議で内容を決めることにすれば、自民党など政治に余計な意見を言われずに済むという思いがあるのだろう。あるいは、自らが火中の栗を拾う役回りは演じたくないということか。

また、株式持ち合いについても、戦略的に保有する経営的な意義があるようなケースもあるとして、「極力縮小させる」という自民党案に難色を示している。それでも株式持ち合いを継続する場合には、その必要性や合理性について十分な説明をするという点については金融庁も歩み寄っている。

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日本企業の統治のあり方はどうあるべきか。それを規定するコーポレート・ガバナンス・コードの内容をどうするのか。日本企業のガバナンス強化は、安倍首相の“対外公約”のようになっている。

にもかかわらず、金融庁が目論むように東証にすべて下駄を預けてしまえば、発言力の強い経済界代表の意のままにコードが作られる可能性もある。せっかくコードができあがっても、日本企業の経営者に何のプレッシャーも与えない“ベスト・プラクティス”になったならば、世界の投資家を大いに鼻白ませることになるだろう。大反対からわずか数年でなし崩し的に社外取締役の導入に走ったような醜態を繰り返さないためにも、世界に誇れるコーポレート・ガバナンス・コードをつくるべきだ。