日本人の「給料2ヵ月連続増加」という“厚労省発表”のウラで進む「危ない現実」 実感とは違う統計数字に隠れた実態

現代ビジネスに6月11日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84044

2018年以来の伸び

経済統計によると、ここへ来て働く人たちの賃金が増えている。

厚生労働省が6月8日に公表した4月の毎月勤労統計(速報)では、現金給与総額は前年同月比1.6%増の27万9135円と2カ月連続で増えた。残業代などを除いた「所定内給与」も0.9%増の24万8843円で、こちらは4カ月連続の増加である。

1.6%増という伸び率はこの統計としては高く、2018年11月以来の伸び率である。

もちろん、これには数字のマジックがある。比較が前年同月比なので、新型コロナウイルスの蔓延で経済活動が止まった1年前の2020年4月と比較しているわけだから、どう考えても伸びる。昨年の減少の反動というわけだ。

昨年4月は0.7%減だったが、5月は2.3%減、6月は2.0%減と落ち込みが大きくなるので、今年は5月も6月も給与は大きく増加することになるだろう。

こうした統計は、通常の経済活動が続いている場合には、前年同月と比較すれば、その年の傾向を知ることができる。だが、新型コロナで経済活動が止まるという「特殊事情」があった場合、前年同月との比較では状況を正しく表さない。

例えば、全国百貨店売上高がそうだ。

日本百貨店協会が5月24日に発表した4月の売上高は167%増。つまり前年4月の2.67倍だった。通常ならば絶好調ということになるが、実態は違う。さすがに同協会も数字が誤解を与えると思ったのだろう。「反動要素を除く前々年比では27.7%減と大幅に水準を下げた」と概況で述べている。

27%の減少というのは通常の百貨店売上高から考えれば凄まじい減少だ。一見、数字は良さそうに見えるが、実態は大変だということである。

残業代と助成金

それでも現金給与総額の場合、27万9135円という実額を前々年の4月(26万6932円)と比べてみても大きく増えている。どうも百貨店の売上高のような「反動」要因だけではなさそうだ。

ひとつは残業代など「所定外給与」が増加に転じたことが大きい。4月の所定外給与は6.4%増と、2019年8月以来のプラスになった。消費税率の引き上げがあった2019年10月を境に実体経済は悪化していた。また、働き方改革による長時間労働の見直しもあって、企業はこぞって残業圧縮に動いた。それが残業代の減少につながってきた。

特に新型コロナでテレワークが一気に広がった昨年4月の所定外給与は12.8%減、5月は26.3%減、6月は24.5%減と激減していた。今年4月の6.4%増は伸び率としては大きいが、所定外給与の額は1万8998円で、2年前の2019年4月の2万487円には及ばない。

もうひとつは、政府が雇用維持を狙って企業に支給している「雇用調整助成金」が、給与水準を支えているという見方もできる。

雇用調整助成金は業務縮小などで一部の従業員を休ませた場合、その従業員の給料分を国が負担する制度だ。新型コロナウイルスの蔓延で経済が凍りつく中で、失業を生まない「切り札」として使われ、2021年4月分までは特例として支給額の上限が1人1日1万5000円に引き上げられてきた。

これによって、企業は余剰人員をクビにせず、抱え続けることができるわけだ。逆に言えば、これがなければ、従業員の一部をクビにしたり、クビにしない場合は給与を引き下げるなどの本格的なリストラが必要になる。つまり、本来だったら給与カットをせざるを得ない企業でも元の水準の給与を支払い続けている可能性がある。

麻薬が切れたとき

何せ、この雇用調整助成金、新型コロナが広がった昨年4月以降、累計で3兆6669億円もの金額が支給されているのだ。この雇用調整助成金によって、日本の失業率は低水準を維持している。2019年12月に2.2%と過去最低を記録した後、新型コロナの影響で悪化したが、それでも2020年10月の3.1%まで。直近の2021年4月は2.8%だ。

世界的にみれば3%というのは完全雇用に近い状態だ。企業の人件費を国が肩代わりしたと考えれば、本来ならば失業していた人を企業に抱え込ませるだけでなく、給与の引き下げなどリストラが回避され続け、結果的に給与水準が維持されていると考えることができる。

ということは、問題はこれからかもしれない。雇用調整助成金は一種の麻薬である。

それぞれの企業の活動が新型コロナ前に戻ることを前提にして人を抱えさせているわけだが、コロナが明けても業務が元に戻らなければ雇用を維持することはできない。政府頼みの雇用調整助成金がなくなった段階で、結局は人員を削減することになりかねない。

それでも人員削減に踏み切らず、余剰人員を抱え続けようとすれば、人件費を圧縮するために、全体の給与を引き下げていく動きが本格化するかもしれない。

緊急事態宣言が長引く中で、深刻な打撃を受けている企業も増加している。一見、景気が順調に回復しているように見えても、まだまだ予断を許さない。