緊急事態宣言「なし崩し解除」せざるを得ない深刻な国民の政府不信 「強行すれば世論は変わる」のか

現代ビジネスに6月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84259

強い懸念の中で

10都道府県に出されてきた「緊急事態宣言」について政府は、沖縄を除く9都道府県で期限の6月20日をもって解除することを決めた。6月17日に開いた専門家による「基本的対処方針分科会」(尾身茂会長)に諮ったうえ、正式決定した。

東京、大阪や、北海道、愛知、兵庫、京都、福岡の7都道府県については「蔓延防止等重点措置」に移行させ、7月11日までは引き続き自粛などを求めることとしたが、「解除」で一気に人流の増加などが起き、再び感染拡大するのではないかと懸念されている。

このタイミングで「解除」することに、懸念の声も少なくない。

6月16日に開いた厚労省の専門家会合では、感染力が強いとされるインド型変異株(デルタ株)の影響が小さかったとしても、7月後半の東京オリンピックパラリンピック開催期間中に、再度緊急事態宣言の発出が必要になる可能性があると試算。東京都の新規感染者も再び1日1000人以上になるとの懸念を示した。国民の中にも「このまま解除して大丈夫なのか」という不安の声は少なくない。

なぜ、政府はこのタイミングでの「解除」に踏み切ったのか。1カ月後に迫ったオリンピックがあるのは間違いない。世論調査では「中止すべきだ」といった声が多く上がり、野党も中止を求めた。

ところが、菅義偉首相は「選手や大会関係者の感染対策を講じ、安心して参加できるようにすると同時に国民の命と健康を守っていくというのが開催にあたっての基本的な考え方」だと、壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返し、オリンピックの中止検討はおろか、国内からの観客の有無など具体的なことは一切答えなかった。どんなに反対されても強行するという姿勢を示し続けてきた。

地ならし解除?

そんな中、観客規模を決めるとしてきた6月末を前に、緊急事態宣言の「解除」に踏み切ったのは、緊急事態宣言が出たままで観客を入れた開催を決めることが難しかったからだろう。いわば、オリンピックの地ならしのために解除したわけだ。

実際、政府は解除を決める前日の6月16日にもうひとつの分科会「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(こちらも分科会長は尾身茂氏)に対して、緊急事態宣言が解除された地域では、観客受け入れの上限を1万人とするという方針を提示した。

 

緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置が出ている地域では、「定員の50%以下か5000人以下の少ない方」が適用されてきたが、解除後は6月30日まで「定員の50%以下か5000人以下の多い方」が適用されてきた。これを7月からは緊急事態宣言が解除されれば、「定員の50%以下か1万人以下の多い方」とすることとしたのだ。

分科会は政府のこの方針を了承。これでプロ野球やJリーグのサッカーの試合は1万人まで観客収容が可能になることとなった。

分科会の尾身会長は会見で「オリンピックとは関係した話ではない、ということを政府側に確認し了承した」と述べ、あくまでオリンピックの観客数を見越した対応ではないとしたが、それを信じる人は少ない。

これでメインスタジアムの国立競技場は50%、小規模会場は1万人の枠を確保した、ということだろう。

国民は政府を無視し始めた

「解除」にはもうひとつ大きな要因がある。

緊急事態宣言の長期化で、要請に従わない人たちが急増しているのだ。特に宣言が2度目の延長をされた6月1日以降、その傾向は顕著で、特に東京都の感染者数が減少するデータが示されるのと反比例する格好で人流が増えた。

 

6月中旬になると朝夕のラッシュアワーは身体が密着する混雑度合いに戻り、夜の渋谷駅周辺は、緊急事態宣言中とは思えないほど若い人たちが集まった。

また、夜遅い時間の電車には赤ら顔のサラリーマンも増え始め、アルコール提供自粛の要請を無視している店舗が増加していることを示していた。赤坂や六本木には要請を無視してアルコールを出す店も増え、そうした店は客で溢れるという事態になっていた。

つまり、誰も政府の言うことを聞かない事態に直面し、宣言を「延長」しても効果が期待できないところに政府も都道府県も追い込まれていたのだ。

政府への信頼が失われている背景には、きちんとした説明をしない菅首相の姿勢がある。なし崩し的にオリンピック開催を進め、観客規模を決める前に国会を閉じるなど、「議論封殺」が目立つ。何を言われても無視し続けるという姿勢に徹しているのだ。

6月16日に緊急事態宣言の解除方針を決めたにもかかわらず、菅首相は17日の専門家会議が終わるまでは何も言わないという姿勢を貫いた。「決めるのはあくまで専門家」といういつもの責任逃れだった。

ゲームチェンジはあるのか

「ワクチンがゲームチェンジャーだ」――。菅首相小池百合子東京都知事も口にするようになった。大規模接種会場の設置などでワクチン接種を進めることで、敗色濃厚のゲームを挽回させようということだろう。

オリンピックも強行開催してしまえば、国民は競技に喝采し、「やはりオリンピックをやって良かった」と世論が変わると見ているのか。

ワクチン接種が順調に進めば、政府に対する「不信感」は消え、内閣支持率が盛り返すと思っているのだろう。

そうしたゲームチェンジによって秋に迫った総選挙を戦える、というのが菅首相の戦略なのだろう。そんな「結果さえ出せば文句はないだろう」と言わんばかりの首相の姿勢を国民がどう評価するのかが今後の焦点になっていく。