「素人感覚で突貫取材」を始めた「東京プレスクラブ」弱腰記者の本当の狙い

メディアのあり方が厳しく問われている昨今ですが、様々な新しい取り組みが出てきています。そんな一例を「現代ビジネス」にアップしましたので、是非ご一読ください。編集部のご厚意で以下にも再掲します。
オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31809

 大新聞など既存のメディアは本当の事を伝えていないのではないか。昨年3月の東日本大震災以降、そんな疑念が国民の間に急速に広がっている。ブログやツイッターフェースブックなどの新しい"メディア"が台頭し、ジャーナリズムのあり方にも変化が生じている。もっと国民の目線で政治家に体当たりできないか---。そんな思いで生まれた新しいジャーナリズムの試みがある。東京プレスクラブ。「弱腰記者」という不可思議な名刺を持つ松島凡氏の様々な取り組みが今、ネット上で話題になっている。

 書籍の大手取次会社である日本出版販売株式会社(日販)の社員である松島氏にはもう1つの顔がある。昨年6月に知人の会社経営者らが趣味で立ち上げた東京プレスクラブに参加し、ジャーナリストとしてデビューしたのだ。名刺にある「弱腰記者」という肩書きとは裏腹に、「フツーの人が疑問に思っていることを素直に聞いてみる」(松島氏)という素人ならではの突撃主義を掲げている。そんな突撃主義がいくつもの"戦果"を上げている。

 最初の突撃作戦は蓮舫行政刷新担当相(当時)の記者会見での質問。当時、経済産業省の改革派官僚として話題になっていた古賀茂明氏のベストセラー『日本中枢の崩壊』(講談社刊)を「蓮舫大臣はお読みになったか」と聞いたのだ。答えはNO。それで終われば普通の下世話な記者と変わらない。

 さっそく、古賀氏に会って、蓮舫大臣が読んでいないことを伝えると、古賀氏からサイン本を託された。その後取材で訪れた渡辺喜美みんなの党代表に、蓮舫大臣に手渡して欲しいと依頼する。二つ返事で引き受けた渡辺氏は国会の委員会で蓮舫大臣にサイン本を手渡したのだ。その一部始終を動画を駆使したブログで詳報したのだ。記事も作れて書籍告知も出来る一石二鳥作戦でもある。

 松島氏は「プロの記者が集まる会見に初めて出て、プロが聞かないことを聞かねばと思った」と語る。行政改革に取り組まない民主党政府を批判する古賀氏の主張を直接の責任者である大臣に無理やりにでも読ませてしまおう、ということだ。記者がそこまでやるのはジャーナリズムを逸脱しているという批判もあるだろう。だが、ネットなどの新しいメディアを駆使することで、政治家に行動を促す手法は面白い試みではないか。

 そんな弱腰記者の行動が次に向かったのが、朝霞公務員宿舎問題。まずは現場である埼玉県朝霞市の建設予定地に向かった。周辺住民に話を聞くためにやったことはプラカードである。「朝霞に公務員住宅を作るお金を、震災復興の財源に回してはいかがでしょう。野田首相」という趣旨の看板を掲げて街を歩いた。地元の人々が集まってきて公務員住宅を巡る生の声を聞くことができたが、もちろん、この場でもカメラを回して動画を撮影している。東京プレスクラブは徹底した公開主義なのである。

 東京プレスクラブのブログにもこうある。

 〈 オンライン会見の開催や勉強会の中継、話題となっている出来事の取材やネットでのオープンな素材提供をおこなっております。また、特定の記者やジャーナリストだけではなく『誰でも参加でき、質問できる記者会見』をネットを活用してつくり、共有すべき情報や資料は迅速に共有し拡散することでみなさんのお役に立つことを目指しています 〉

 フリージャーナリストが記者クラブを批判して第二記者クラブを作ったのとは発想が根本から違う。ともかくオープンにしてしまおう、というわけだ。しかも「情報は自由に使ってください」と掲げて、以下のように述べている。

 〈 東京プレスクラブに掲載された情報は転載・引用・転送・共有・拡散、すべて自由です。もちろん、ブログ、ニュースサイト、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ等々、各種メディアでの利用も自由です 〉

 朝霞の公務員住宅問題はその後、国会で大きな議論になった。9月の段階では野田首相が「変更するつもりはない」と答弁していたが、自民党塩崎恭久・元官房長官予算委員会で取り上げて質問したことなどで世間の批判が高まり、12月になると建設中止が正式に決定された。また、公務員宿舎の25%削減も表明せざるを得なくなった。

 塩崎氏が朝霞問題を質問に取り上げた背景には、国会に原発事故調査委員会を設置する問題を取材しに松島氏が塩崎氏を訪ねたこともひとつの引き金になった模様だ。

 次いで東京プレスクラブが始めたのが「国会ファイトクラブ」。国会の代表質問や予算委員会などはインタネットテレビで同時中継され、さらにアーカイブとして誰でも見ることができるようになっている。国会での質疑を国民が見るチャンスが大幅に増えているのだが、この事実を知らない国民も多い。

「大相撲にはダイジェストというテレビ番組があるので、国会討論もダイジェストを作ろうと考えました。元官僚や政策秘書などが、ネット上にある国会討論の短縮版を作ってアップしました」(松島氏)

 多くの国民が国会議員の政策論議に真剣に耳を傾けることから民主主義は始まる。そのための仕組み作りもジャーナリズムの大きな役割としているのだ。政策に通じた有識者に国会質疑を議員別に採点してもらうことも始めた。実際、議員によって質問の質的なレベルの差が大きいことが分かる。国会質問をネット上で「採点」されたことで、政策通でならす国会議員の間に緊張感が走っているという。

 弱腰記者の松島氏。趣味だけで東京プレスクラブを運営しているわけではない。所属する日販は出版取次という特殊な業態で、取引出版社の書籍プロモーションも松島氏のプロジェクトの目的の1つなのだ。

 さらに氏は取次各社が出資する出版社を通じて「東京プレスクラブ新書」という新書シリーズの出版を始めた。すでに「『国会原発事故調査委員会立法府からの挑戦状」と「この国を根こそぎ! 超党派政策集団『にほんを根っこから変える保守の会』政策集」の2冊を出版。今後次々と政策を訴える書籍の刊行を行うという。

 面白いのはそのビジネスモデルだ。制作費を著者などが負担し、編集作業は東京プレスクラブがすべて行う。そのうえで数千部から1万部を印刷。取次のルートで書店に並べる。一方で著者が持つ独自のルートでも大量に配布するというものだ。一種の自費出版だが、通常の自費出版の場合は書店に多くは並ばない。プロモーション・ブックなのである。もちろん世の中の人たちが関心を持つ政策を分かりやすく書いた良書でなければ本屋では売れない。

「新書もソーシャルネットワークのツールの1つだと考えているんです。訴えたい事がある人に訴えたい内容の新書を作ってもらい大量に配る。それをブログやツイッターなどと連動して世の中に訴えていく。本をもう一度コミュニケーションのツールとして復活させたいという狙いもあるんです」

 東京プレスクラブの当たって砕けろ式の実験はまだ始まったばかりだ。だが、出版や新聞、テレビなどが大規模化、商業化する中で見失ってしまった何かを取り戻そうとしているように思う。

松島凡(まつしま・ぼん)氏
1964年 福岡県生まれ。1990年上智大学文学部哲学科卒。ゼネコン他を転々とした後、1993年より日本出版販売に勤務。アミューズメント施設の開発やミシュランガイドの発売企画など、幅広く出版の新規事業にかかわる。2011年よりustreamyoutubeニコニコ動画などソーシャルメディアを中心に活動する「東京放送部」をスタート。6月には「東京プレスクラブ」を発足させた。本人によれば「シニカル&弱腰記者として」活動中。取材からリアル出版までを手がける。