不動産売買のアンバランスを克服する一手

日本の庶民の資産の大半は自らが住む住宅でしょう。若い頃からローンを組んで手に入れたマイホームが個人の最後の拠り所と言えます。その不動産の価値は、放っておけば下がり続けます。人口減少が続けば、不動産への需要は減ると考えられるからです。最近、私の住む郊外の住宅街でもお年寄りの住んでいた大きな一戸建てが売りに出ていますが、見ているとなかなか売れないようです。おそらく価格が折り合わないのでしょう。人口減少が止まらない中で、住宅価格を維持あるいは上昇させるにはどうするか。WEDGE1月号に掲載した拙稿を編集部の御厚意で以下に再掲します。キーワードは「住宅面積倍増」。

オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1654

 東京都世田谷区の閑静な住宅街。庭木が生い茂り、古びた木造家屋は今にも朽ち果てようとしている。家に人の気配はない――。

 今、世田谷区や杉並区といった住宅街で、老朽化した一戸建ての空き家が社会問題になっている。伸び放題の草木やそれに集まる虫や鳥への苦情が寄せられ、不法投棄のゴミに周辺住民も頭を抱える。

 登記上の所有者は高齢者が多く、現在どこに住んでいるのか分からないというケースも多い。老人ホームで暮らしているのか、親類宅に身を寄せているのか。住民登録がきちんと行われていないと、行政ですら追跡が難しいという。

 総務省が2008年に行った住宅土地統計調査によると、全国の住宅総数は5759万戸。そのうち756万戸が空き家だ。率にして13%。03年の同じ調査と比べて空き家は約100万戸も増加した。これにはアパートやマンションなどの空き家も含まれるが、東京近郊の住宅地の場合、戸建の空き家が目立っている。

 高齢化と人口の減少が急ピッチで進む日本。空き家率は今後も高まっていくのは間違いなさそうだ。日本の総世帯数は今や4900万世帯余り。住宅戸数の5759万戸はそれを大きく上回っている。「家余り」とも言える状態になっているのだ。

 では、家余りで何が起きるか。需要と供給で価格が決まるという経済学の原理からすれば、供給が過多になれば不動産価格が下がり、需要を喚起するはずだ。だが、都心の不動産業者はまったく違ったことを言う。

 「老朽化した一戸建てはこれから、簡単には売れなくなると思いますね」

 世田谷区や杉並区の165平方メートル(約50坪)の土地だと、最低でも5000万〜6000万円。これに家を新築するとなると8000万〜1億円はかかる。今や、若い世代でこれだけの高額物件を買える経済力のある人は少ない。25坪の2区画に分けたとしても5000万円。住宅ローンの金利が歴史的な低水準にあるとはいえ、なかなか手が出る水準ではない。

 一方で、あえて家は買わない、という若い世帯も増えている。少子化によって〝潜在的な〟持ち家比率が上昇していることが背景だ。1人っ子どうしの結婚が多くなり、両方の親の家をいずれ相続することになる。加えて祖父母が健在でやはり家を持っているというケースすらある。いずれは何軒かの家を相続することになるので、わざわざローンを組んでまで家を買う必要はない、という若者が増えているという。そうなると、少子化によって深刻な買い手不在という状況が不動産市場に起きることになる。

 都会では、民間の老人ホームなど老人介護施設に入居する高齢者がどんどん増えている。入居と同時に自宅を売却する人もいるが、それはむしろ少数派。いずれ資金が足らなくなったら売却しようと、そのままにしてあるケースが多い。これが冒頭の空き家へとつながっている一因とみられる。

 だが、こうした空き家はいずれ売却される。80歳以上から60歳以上へなどの「老老相続」が増えており、相続する側も家を持っていることが少なくない。また、介護施設暮らしが長くなれば、家を処分する決断もしなければならない。「これからは買い手不在の中で売り手がどんどん増える」というのが前出の不動産業者の読みなのだ。

 内閣府の「国民経済計算」によれば、09年日本の家計は2400兆円余りの総資産を持つ。1450兆円が金融資産で、残りが非金融資産だが、その主体は言うまでもなく不動産だ。金融資産の6割は60歳以上の人が保有するが、おそらく不動産も似たような傾向だろう。土地だけでも家計資産の3割を占めており、この不動産が「売れない資産」になりかねないというのだから深刻だ。あるいは「相続すれば1億円」とはじいている一戸建てが、現実に相続して売りに出したら、思い通りの価格では売れないということが現実に起き始めている。

小規模住宅への優遇策から転換を
 バブル崩壊後、日本の土地価格は右肩下がりが続いてきた。このまま少子高齢化が進み、団塊の世代が老人ホームに移るようになれば、売りに出る不動産が一気に増えることになりかねない。少なくとも家計資産の3割を占める不動産の価格が下落し続ければ、消費マインドも落ち込み、デフレも止まらなくなる。今後予想される不動産の売りを吸収する術を考える必要がある。

 ということで、今月の復活のキーワードは「住宅面積倍増」としたい。単純化して考えれば、1人っ子夫婦が両親から2軒の住宅を相続すると仮定した場合、1軒を売りに出せば、住宅価格の下落につながる。そこで住宅面積を2倍にすれば、1軒分の売りは吸収されるではないか。

 実は、日本は長年、住宅を小さくする政策を取り続けてきた。大きな家を細分化することで、持ち家比率を引き上げようとしてきたのだ。住宅戸数が世帯数を大きく超えた今、この政策を180度転換して、住宅を大きくすることを奨励すべきなのだ。

 例えば土地にかかる固定資産税は、自治体が決める「課税標準」に1・4%をかけた金額が基本だが、住宅用地の場合、200平方メートル(約60坪)以下の部分は「小規模住宅用地」として、課税標準額が6分の1に軽減され、一方で200平方メートルを超える部分は「一般住宅用地」として課税標準額が3分の1に軽減される。つまり、200平方メートルを超えた部分は税金が2倍になるのだ。また、建物への固定資産税も新築なら軽減されるルールがあるが、対象は床面積280平方㍍以下の建物に限られている。つまり、小規模な住宅が優遇される仕組みなのだ。これを大きな敷地にすれば、税金が割安になるように変えてはどうだろう。

 住宅の面積が大きくなれば、自ずから住宅設備機器や家電製品の需要は増える。大型の住宅建設が増えれば、大型の液晶テレビなども売れるようになる。住まいは文化を育む基盤でもある。日本的な佇まいを磨くようになれば、それが世界に通用する新しい日本の価値を生むことになるだろう。

 住宅用地の面積が大きくなり、樹木を植えるスペースができれば、環境へ配慮する余裕が生まれる。コンクリートを敷き詰めて起きた夏のヒートアイランド現象も解消できるに違いない。

 また、何よりも、不動産価格を下支えする結果となり、デフレの深刻化を回避できるかもしれない。失われた20年が不動産価格の下落からスタートしたデフレ・スパイラルだったことを考えれば、不動産価格の下落を止める「住宅面積倍増」は、再成長への転換点になり得る。そろそろ「ウサギ小屋」と決別する時だろう。              ◆WEDGE2012年1月号より