デフレ脱却の切り札? 次期総裁人事は? 国会で盛り上がる「日銀法改正」の意味

デフレから脱却できないのは日本銀行の政策のせいだ、という声が国会を中心に強まっています。そこで言うことをきかない日銀総裁を国会がクビにできるようにしてしまおう、という動きになっています。来年春には白川方明総裁が任期を迎えるため、またしても、国会で人選を巡って大混乱に陥るのでしょうか。エルネオスの連載でこの問題を取り上げました。ご一読下さい。

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エルネオス」7月号
硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫連載15

日銀の独立性に疑問の動き
 なぜ日本は長期のデフレから脱却できないのか。日本銀行による資金供給が絶対的に不足しているのが最大の原因だという声が、国会を中心に高まっている。日銀の白川方明総裁は、やるべきことはやっているというスタンスを崩さないため、ついに法律を改正して国会が日銀総裁をクビにできるようにしようという動きまで出てきた。「日銀法改正」の動きである。
 現在の日銀法では、日本銀行に高い独立性を認めている。政府や国会が日銀の政策について命令をするなど、権限を行使することはできない仕組みだ。これを改正し、物価変動率の目標(インフレ・ターゲット)などを政府が指示できるようにしようというのである。
 日銀と政府の間で物価変動率の目標数値を協定として結び、その目標が達成できているかどうかを定期的に政府に説明する。さらに、現実の物価変動率が目標数値から著しく乖離した場合には、日銀総裁や副総裁、政策委員会審議委員を衆参両院の同意を得て解任できるようにするというのだ。
 すでに、みんなの党が改正法案を国会に提出しているほか、自民党も同様の動きを見せている。人事権を握ることによって、政府・国会が日銀にインフレ・ターゲットの実現を目指すように圧力をかけようというわけだ。
「これは主要国が採用している世界標準の考え方だ」と、日銀法改正を後押しする元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授は言う。インフレ・ターゲットを導入し、それを実行するために、日銀が国債を直接引き受けるべきだという高橋氏のかねてからの主張には、徐々に賛同者が増えている。
 こうしたインフレ・ターゲットの導入や、日銀による国債の直接買い入れに対して、日銀も財務省も否定的な考えを述べ続けてきた。米国のFRB米連邦準備制度理事会)はインフレ・ターゲットを導入していないというのが理由の一つだった。
 ところが、一月二十五日にFRBが二%のインフレ・ターゲットを導入してしまったのである。ついに日銀も二月十四日の政策決定会合で、「中長期的な物価安定の目途」を導入、一%という「目途」を掲げた。ところが日銀は、これはあくまで「目途」であってインフレ・ターゲットではないと強弁している。
 もっとも、市場はすぐに反応した。「目途」は実質的なインフレ・ターゲットだとみたのである。直後から株価は急騰、為替も円安にふれた。
 しかしその後も、白川総裁はインフレ・ターゲット導入派の神経を逆撫でし続けている。
中央銀行が際限なく国債を買ってお金を出し続ければ、制御不能なインフレになる。それが歴史の教訓だ」
 四月末に米国で講演した白川氏は、こう発言し、物価目標を達成するために国債を引き受けることなどできないという姿勢を示したのだ。
 五月になっても発言はやまない。「朝日新聞」のインタビューでもこんなことを答えた。
「財政の信認がなくなれば、物価の安定も、金融システムの安定も損なわれます。財政が持続できないと思われれば、国債は売られ、国債を大量にもっている金融機関は大きな損失を被ります。そうすると貸し出しがしにくくなり、実体経済に悪影響が出てきます」
 つまり、責任は政治にあるのであって、日銀に責任はないと言ってのけたのだ。こうした発言への反発が国会を「日銀法改正」へと向かわせている。
 物価変動の目途を導入した二月に円安になったり株価が急騰したことについて、日銀は必死になって「相関関係はない」と国会議員に説明に歩いた。一方で、四月二十七日の金融政策決定会合でも、「資産買入等基金」の総額を六十五兆円から七十兆円に増やすことを決め、量的緩和を進めているという姿勢を見せた。だが逆に、円高が進み、株価は下げている。
 これに対して、日銀の緩和姿勢は「擬装だ」という批判が上がった。急先鋒は「産経新聞」の田村秀男・編集委員である。
「日銀は表向きこそ『金融緩和』をちらつかせてはいるが、内実は緩和に背を向けていることがマーケットに見抜かれたからである。現に三月末の『基金』実績額は前年同期比で十七兆円増えたが、量的緩和度を示すマネタリーベースは逆に六兆四千億円減らした」
 要は、資金供給量は増えるどころか減っている、だから円高、株安になったのだというわけだ。

後任総裁選びでまた混乱か
 では、日銀法を改正すれば、問題は解決され、日本経済はデフレから脱却できるのだろうか。
 日銀出身で自民党衆議院議員塩崎恭久・元官房長官は、白川氏には批判的だが、日銀法改正には慎重だ。中央銀行の独立という仕組み自体、「歴史上いろいろな失敗を経験したうえで生まれた、民主主義の知恵、資本主義の知恵で、先進主要国の常識」だとみているからだ。
 日銀法が一九九七年に改正され、今のような独立性が認められたのも、バブルを生んだ反省からだ。一九八六年に、日銀の副総裁だった三重野康氏が「乾いた薪の上に座っているようなもの」として金利引き上げを求めたが、当時の宮澤喜一・大蔵大臣は利上げをすれば円高になるとの恐怖心から利上げを認めなかったとされる。当時の日銀総裁は大蔵事務次官出身の澄田智氏で、事実上、大蔵省(現財務省)支配だった。
 国会で日銀法改正に決着がつかなかった場合、白川総裁の後任選びで再び混乱をきたすのは必至だ。白川総裁の任期は来年四月まで。人選は年内にも行われるが、人事には国会の同意が必要だ。前回の総裁選びでは財務省出身の武藤敏郎氏らが候補になったが、当時、野党の民主党がいずれにも同意せず、総裁が空席という異常事態を生んだ。
 今の情勢では、よほどインフレ・ターゲットの導入や国債の直接引き受けに前向きな発言をする候補者でない限り、国会の同意は得られないだろう。世界の金融市場が不安定さを増す中で、五年前のすったもんだが繰り返されることだけは避けなければいけない。