「安倍流リフレ政策」を断行しても問題がすべて解決するわけではない

月刊誌エルネオスの1月号に掲載された記事を編集部のご厚意で以下に再掲いたします。
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■デフレの“恩恵”を受けてきた
 政権公約の冒頭に「経済を取り戻す」を掲げて総選挙を戦った自民党。「明確な『物価目標(二%)』を設定、その達成に向け、日銀法の改正も視野に、政府・日銀の連携強化の仕組みを作り、大胆な金融緩和を行う」としている。長期にわたって「デフレ」、つまり物価が持続的に下落していく状態から脱却できなかったのは金融緩和が不十分だったからだ、という主張が背景にある。では、本当におカネを刷り、金融を緩和すれば、デフレは止まり経済が成長力を取り戻すのだろうか。
 安倍晋三総裁の周囲には期せずして「リフレ派」と呼ばれる学者やエコノミストが集結している。これまでも「物価目標」、つまり「インフレ・ターゲット」を設定すべきだという主張は繰り返されてきた。だが、日銀も政府も、のらりくらりとそれを拒絶してきた。そんな日銀に批判的だった安倍氏自民党総裁になったことで、一気にリフレ派が勢いづいたのである。
 リフレとはリフレーションの略。不況期の需要不足と供給過剰の差(需給ギャップ)を埋めるために、主として金融緩和によって有効需要を創出して景気を回復させる手法だ。緩やかで安定的にインフレを起こそうとする政策で、「通貨再膨張」と訳されることもある。
 二〇一一年頃から安倍氏は「日銀法改正」を主張してきた。現在は日銀法によって政府の政策からの独立性が保証されている。日銀総裁人事は国会同意が必要で、政府の意向で自由に任免できるわけではない。これは国際的な慣行でもある。安部氏は、この日銀法を改正して、政府との合意に基づく「インフレ・ターゲット」を設定、それが達成できない場合などには総裁を罷免できるようにすると主張した。
 また、国債を日銀が直接引き受けることも求めた。国が発行する債券を日銀が引き受ければ、それと引き換えに日銀券つまりおカネが出て行くわけで、紙幣を増発することになる。つまり、直接的な金融緩和効果があるというわけだ。
 日銀法改正や国債の直接引き受けには、日銀は真っ向から反対。国債を発行する財務省も難色を示した。さすがに総選挙の政権公約では直截的な表現は控えたが、今後、公約を実行していく段階では、議論が再燃するのは間違いない。
 ところで、なぜ日銀はインフレ・ターゲットに反対なのか。白川方明日銀総裁は講演などで「中央銀行の膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えに従えば制御不能なインフレになる」と繰り返し述べている。つまり、リフレ政策を取ると、二%を目指してもそこで止まらずにインフレになってしまうと言っているのだ。日銀は伝統的にインフレと闘うことがレーゾンデートル(存在理由)だったから、インフレを容認する政策に舵を切ることには強い抵抗感があるのだろう。
 安倍氏は、インフレになるという危惧に対しては、「二%を目標にするのだから、それを超えたら金融を引き締めるので、制御は可能だ」と主張している。
 では、物価目標を設定し、おカネを刷って供給すれば、本当にデフレは止まって成長が始まるのだろうか。たしかに通貨供給量を増やせば、おカネの相対的な価値が落ち、物価の下落が止まる可能性はありそうだ。先々インフレが起きそうだとみる人が増えれば、資産をおカネで持つのをやめ、不動産や株式などにシフトするかもしれない。そうした流れが続けば、景気拡大につながっていきそうにも思える。
 だが、インフレになると経済が成長し、生活が良くなるのかどうか。この二十年近く、多くの国民がデフレの“恩恵”受けてきたのも事実だ。衣料品や食料品など生活必需品の価格は軒並み大幅に下落した。吉野家などの外食チェーンユニクロに代表される低価格衣料品、家電量販店などによって、モノは格段に安く買えるようになった。
 二十年来、サラリーマンの給与は増えずに、むしろ下落したが、それでもデフレによって実質的な生活は悪化しないで済んでいた。もちろん、デフレによって企業は儲からなくなり、その結果、雇用を減らし、給料も減るという「デフレ・スパイラル」のような現象が起きている。

■製品や経営力に問題がある

 さて、ここでリフレ政策が取られると、どうなるか。様々な商品の価格が上がり、その結果、企業は儲かるようになり、給料が増え、新規の雇用が生まれるのか。そうなれば御の字である。だが、物価下落が止まり、物価の上昇が始まっても、企業が儲かるとは限らない。さらに、給料が増える保証もない。物価上昇はむしろ国民生活に大きな負担を生じ、消費を抑制するなど、一段と景気を冷え込ませる可能性もある。
 通貨供給量が増えれば、おそらく為替の円安が進むだろう。実際、安倍氏が公約を発表して以降、対ドル、対ユーロで円安に振れた。円安になると、輸入品の価格はその分、上昇する。特に輸入額の三分の一を占める原油天然ガスなどエネルギー価格が上昇すれば、ガソリン価格や電気料金に跳ね返る。そうなれば、鉄道運賃やタクシー代など公共料金も上がるだろう。もともと健康保険料や年金掛け金などが毎年上がっているうえ、二〇一四年からは消費税も上がる。そう考えると、しわ寄せは一気に国民に押し寄せることになりかねないのだ。
 そもそもデフレが止まったからといって企業業績が上向くかどうかは、かなり疑問だ。円安になったからといって、日本の家電製品の国際競争力が一挙に回復するとみるのは早計だ。今、日本企業が儲からないのは、製品力や経営力に問題があるからで、為替や景気など外部環境の影響ばかりではない。
「大胆な金融緩和」がどんな効果をもたらすのか。とりあえずは、「やってみる」価値はありそうに思う。だが、それで問題がすべて片付くような魔法のような一手にはならないだろう。これまで繰り返し指摘されてきた、日本の企業や社会の構造問題などのクビキから解き放たれない限り日本経済は浮揚しないように思う。