シニア層におカネを使ってもらうカギは「3つのE」---『シニアシフトの衝撃』著者・村田裕之氏に聞く

経済再生を掲げて第2次安倍晋三内閣が発足する。大胆な金融緩和によってデフレからの脱却を目指すが、それですべての問題が片付く訳ではない。団塊の世代が本格的な高齢化を迎えるこれからが日本にとって正念場と言える。そんな「高齢化」をむしろチャンスに変えようという動きが広がりつつある。市場も企業活動も高齢化層にターゲットを移す「シニアシフト」の時代がやってきた、と言う東北大学特任教授の村田裕之氏に聞いた。     聞き手: 磯山友幸(ジャーナリスト)



 問 今後急速に進む高齢化に日本経済は耐えて行けるのでしょうか?

 いかにお年寄りに心地よくおカネを使っていただくか、というのが大きなポイントになるでしょうね。日本にはしばしば1,400兆円の金融資産があると言われますが、これには自営業者の事業性資金なども含まれるので、正確とは言えません。私の試算では、60歳以上の人が保有する正味金融資産の合計は482兆円ほどです。この金額でも大きいと思います。

 問 高齢者の金融資産を消費に回すということですか。

 はい。この正味金融資産のうちの3割でも144兆円になります。これに消費税率5%を掛けると、税収が7兆円あまり増えることになります。消費税率を10%に引き上げて得られる税収増は13兆5,000億円と試算されていますが、シニアの資産が消費に回すだけで、消費税率を引き上げなくても、それだけの税収が見込めることに注目してほしいと思います。
 
 問 確かに、国が財政支出を増やすよりも効果がありそうですね。

 2011年度の一般会計は90兆円あまりでしたから、その1.6倍ものおカネが実体経済に回ることになります。この効果は絶大です。

 問 村田さんはこのほど『シニアシフトの衝撃』という本を書かれました。高齢者におカネを使わせるためには企業が急速に認識を変えつつあると指摘されています。

 ええ。よくシニア・ビジネスなどと言いますが、これまで企業はあまり本気でシニア市場の戦略を考えて来ませんでした。2007年には団塊の世代が60歳の定年を迎えるということで、当時、いよいよ高齢化元年だと言われました。

 ところが、実際にはそんなに多くはリタイアしませんでした。女性が半分いたうえに、定年延長や再雇用などで退職の時期がズレたためです。それが、いよいよ本格的な高齢化時代に入ってきた。町中でも急速に高齢者が目に付くようになってきたと思いませんか。私は2012年が「シニアシフト元年」だと言っています。

 問 これからがいよいよ本番ということですか。

 はい。企業もシニアを対象にしたビジネスに本腰を入れ始めました。背景には所得構造の大きな変化があります。今、29歳以下の若者の平均年間所得は300万円を切っていると言われます。一方で年金をフルにもらっている70歳代は400万円以上になります。シニアの方が可処分所得が多いわけです。当然、企業も所得が多くて消費する層にターゲットを当てます。

 問 どんな業種が具体的にシニアシフトしているのでしょうか?

 小売業の動きが早いですね。イオンやイトーヨーカ堂、ローソン、セブン・イレブンといったスーパーやコンビニです。商品開発から店づくりまで、大きく変わりつつあります。1989年にセブン・イレブンの顧客の63%は30歳未満で、50歳以上は9%でした。それが2011年には30歳未満が33%、50歳以上が30%になっている。

 高齢者にとってコンビニが「近くて便利な存在」になったのです。コンビニ側も小量パックの弁当や惣菜など、シニア層が求める品揃えにシフトしています。こうした傾向はますます顕著になるでしょう。

 問 ターゲットにする顧客像が変わったということですね。

 夫婦に子ども2人というのが長い間、日本の「標準家族」像でした。今や夫婦2人や単身の家庭が大きく増えた。かつての「ファミリーレストラン」という分類自体がすでに過去のものになっています。退職したシニアがひとりで入店しても違和感のないような雰囲気づくりを進めたお店が支持されるわけです。コメダ珈琲などは午前中にシニア客で混雑しています。

 問 シニアをターゲットにすることで、新しいビジネスも生まれて来るのでしょうか?

 私も起業に関わりましたが、カーブスという女性専用のフィットネスクラブのフランチャイズが急成長しました。2005年7月にスタートしてわずか7年で1247店です。登録している顧客は53万人にのぼります。

 中高年の女性がターゲットで、実際、顧客の平均年齢は58歳。駅の近くではなく住宅地に出店し、月額会費も5,900円と安い。「ノーメン(男性なし)」「ノーメークアップ(化粧なし)」「ノーミラー(鏡なし)」で、仲間感覚で運動します。シャワーなどの設備はないので、開業費用も少なくて済みます。

 問 本当に、急成長ですね。

 フィットネスクラブはたくさんあって飽和状態のように思われていますが、市場規模は3,000億〜4,000億円に過ぎません。普及率も3%といったところです。既存のサービスで一見、飽和状態にあると思われている周辺に実は新しいビジネス・チャンスがあります。

 問 一方で、シニアシフトに乗り遅れている業界はどこでしょうか?

 それは明らかに製造業です。日本のメーカーは、「良いものを作れば売れる」という考えが染み付いて、タコツボに入っています。マーケット自体が分かっていないので、その変化にも付いていけない。あるいは現場は気が付いていても、経営体制が古くて、やらせてもらえない、というケースも多いようです。

 経営者が過去の成功体験に拘泥し、「そんなモノをうちの会社が作るわけにはいかない」といった反応を示す例が多いようです。

 問 では、具体的にどうやれば、高齢者層におカネを使ってもらえるのでしょうか?

 私は「3つのE」がカギだと思っています。「Excited(わくわくすること)」「Encouraged(勇気づけられたり、元気になったりすること)」「Engaged(当事者になること)」の3つです。

以前、『いきいき』という雑誌が米国のボストンに1ヵ月滞在しながら英語を学ぶ旅行を企画しました。飛行機代から語学学校の費用、食費まで含めてひとり120万円でしたが、30人の定員枠が2週間で完売しました。

 わくわくするようなモノでないとシニアはおカネを出してくれません。もともと、資産はあっても、収入は年金などで少額です。資産を消費に回してもらうには、きちんと納得してもらえるだけの商品性が必要になります。

 問 確かに、シニアが元気になれば消費は増えそうですね。

 元気になると、認知機能も高まり、服を買って、外出して、とおカネを使うようになります。「使うなら今のうちよね」という発想になれば、財布の紐を緩めます。また、当事者意識を持てると、社会への参加意識も強まるので、そこにおカネを出しても惜しくない、という考え方になります。

 問 そうは言っても、資産を使ってしまうことに不安を感じる高齢者も多いのではないでしょうか?

 将来への不安が、シニアの消費を妨げている最大の要因です。ですから、将来のリスクを「見える化」することが重要だと思う。60歳で定年になって例えば85歳で死んだ場合、具体的にどれぐらいおカネを使ったか、事実に基づいた数値を示すのです。

 今、現実に起きている事は、高齢者が実際に亡くなった後、数百万円、数千万円という現金を残しています。その結果何が起きるか。相続争いです。

 問 高齢化で健康保険や年金など社会保障の制度が揺らいでいると言われます。

 解決策の1つは、年をとっても仕事をしてもらうことです。仕事をしていれば、要介護の状態になるリスクを減らすことができます。そうすれば、健康保険の財政を圧迫している医療費の削減などにつながるでしょう。

 実際、70歳か75歳まで働きたいという人は増えています。この点は、5年ぐらい前とシニア層の意識が変わっているように思います。そうしたシニア層が働ける社会に変えていくことを、政府が政策で後押しすることはできると思います。

村田裕之(むらた・ひろゆき
1987年東北大学大学院工学研究科修了。仏国立ポンゼショセ工科大学院国際経営学部修了、MBA。(株)日本総合研究所などを経て2002年3月に村田アソシエイツを設立。東北大学加齢医学研究所スマートエイジング国際共同研究センター特任教授などを務める。多くの企業の新事業開発・経営に参画するなど、シニアビジネス分野に造詣が深い。『親が70歳を過ぎたら読む本』、『年を重ねるのが楽しくなる! [スマートエイジング]という生き方 』(共著)、『シニアシフトの衝撃』など著書多数。

シニアシフトの衝撃

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