安倍政権は、法人税減税とセットで予定通り消費増税? 市場が注視する安倍首相の経済手腕

消費税の引き上げをどうするのか。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130819/252363/

 安倍晋三首相の経済運営の手腕を見極めようと、市場が一段と敏感になっている。安倍首相は講演などで力強く改革への決意を語っているものの、「言葉はともかく、具体的に実行に移せるのかに市場が注目している」(証券会社幹部)。その1つの試金石が法人税を巡る安倍首相の対応だ。

 8月15日の東京外国為替市場は5営業日ぶりに円高に振れた。日経平均株価は297円安となり、1万4000円を再び割り込んだ。円高株安となったきっかけは、法人税の引き下げを巡る安倍内閣の閣僚からの発言だった。

 「首相から(法人税率引き下げ検討について)指示された事実はない」

 午前中に菅義偉官房長官がこう発言したのには前哨戦があった。日本経済新聞が8月13日の朝刊1面トップで「法人税率引き下げ検討指示。首相、消費増税と一体」とデカデカと報じていたからだ。菅氏に続いて甘利明・経済再生相も、法人税引き下げの検討に関する首相の指示はないと言明。茂木敏充経産相も、「個別の問題について総理の方から指示を受けているわけではない」と首相指示を否定した。

消費増税に懸念表明するブレーンたち

 麻生太郎副総理兼財務相に至っては、「法人税を引き下げるという日経新聞の話には全然くみしていませんし、総理から指示が来たと書いてあるが、ぜひその書いた人に会いたい」とまで発言。首相による指示を強く否定した。閣僚が相次いで否定したことで、法人税減税に期待した市場は一気に失望色を強め、円高株安へと振れたわけである。

 では、安倍首相の周囲は法人税減税を全く考えていないのかというと、そうではない。

 首相官邸では今、消費税の扱いを巡って議論が続いている。アベノミクスの指南役である内閣官房参与浜田宏一・米エール大学名誉教授や本田悦朗静岡県立大教授は、予定通り来年4月に消費税率を8%に引き上げた場合、景気回復の足を大きく引っ張ると主張。安倍首相に近い高橋洋一・嘉悦大教授も「上昇中の飛行機が逆噴射するようなもの」と懸念を表明している。

 こうした声を受けて安倍首相は消費税増税を即断せず、有識者からの意見聴取をするよう指示を出しているのだ。9月にかけて50人前後の経済人や学者、各省庁の担当大臣などから意見を聴取。首相が方針を決定する、としている。首相指示を否定した菅官房長官も「とにかくまず意見を聞く、そこから始まっていくんだろうというふうに思います」と述べており、正式には議論はこれから、という建前なのだ。

 もっとも、想定されるシナリオに基づいた議論は既に水面下で始まっている。消費増税を予定通り「行わない」とするとどんな方策があるか、「1年延期」する案や、「毎年1%ずつ引き上げる」案、「2015年秋に一気に10%にする」案などがタタキ台と考えられる。

 一方で予定通り増税を「行う」場合も、ただ単に増税だけを実施するという選択肢はない。景気に与える影響を軽減するために、増税分を何らかの方法によって還元することが検討される。その1つが法人税減税なのである。

「毎年1%ずつ」なら折り合えそうだが…

 予定通りに増税しないとすると、秋の臨時国会に修正の法律案を提出し、可決しなければならない。衆参両院で過半数を握ったとはいえ、野党に格好の批判材料を与えることになるうえ、増税が「悲願」の財務省の反発は必至だ。秋の予算編成シーズンを前に財務省を敵に回すのは政権運営上、致命傷になりかねない。長期政権を狙っているといわれる安倍首相が、消費税で「政局」にすることを覚悟しているとは思えない。

 浜田氏や本間氏が最近特に主張している「毎年1%ずつ引き上げる」方法ならば、野党や財務省とも折り合える可能性がある。だが、毎年上がるとなると、レジや現金自動支払機(CD)の調整、帳簿類の変更など、民間の事務コストは大幅に上昇することになる。事務の煩雑さへの不満などが噴出することになりかねず、現実的とはいえないだろう。

 そうなると、4月から予定通り消費税率を8%に引き上げる公算が、やはり大きいということになる。ただし、前述の通り、影響を軽減する方策もセットにしなければ、せっかく上向いてきた景気が一気に失速しかねない。アベノミクスの失敗は安倍政権の崩壊を意味するだけに、それも甘受できないのは明らかだ。

 では、どうやって景気への影響を軽減するのか。理論的に考えられるのは、民間から吸い上げる資金を民間に戻すことだ。民間に戻すには大きく分けて2つの方法がある。1つは公共事業や補助金など。もう1つが減税である。前者は景気対策の名の下に公共事業などに支出する「バラマキ」である。

 まさしく「古い自民党」を彷彿とさせるが、地方出身の自民党議員の中には、こうした「バラマキ」を求める声がが少なくない。安倍首相が党内融和を第一に考えたとすれば、この「バラマキ」路線に舵を切る可能性もなくはない。

 もっとも、安倍首相は就任時から「古い自民党には戻さない」と繰り返し発言してきた。それを反故にすれば、都市型住民の大きな失望を招くのは確実で、再び自民党が終焉に向けて動き出すことになりかねない。

どうやってサラリーマンの懐におカネを戻すのか

 景気対策としても公共事業が消費増税の穴埋めとして機能を発揮するかどうか怪しい。というのも都市型住民は消費増税の影響をモロに受けるが、公共事業の恩恵が回るのは主として地方。消費のマイナスの下支えにつながるには、かなりの時間を要することになる。

 そこで出てきたのが、法人税減税なのだ。ただし、重要なのは減税でプラスになる分を企業が貯め込まないこと。減税に見合う分を企業が従業員に給与などの形で配分すれば、消費増税の影響を受けるサラリーマンの懐へおカネを戻すことができる。これができるかどうか。

 消費税増税法人税減税をセットにした場合、共産党社民党などが猛烈に反発するのは明らかだ。個人から税を集めて大企業を優遇するのはけしからんという日頃からの批判を真正面から受けることになる。経産省法人税率の引き下げをかねてから求めているが、その際の理論は「実効税率は国際水準に比べて高く、国際的な競争力の観点からも法人実効税率の引き下げは極めて重要な課題だと考えている」(茂木経産相)というもの。これは事実だが、消費税増税のタイミングで主張すれば、国民の怒りを買うことになりかねない。

 内閣府が8月12日に発表した2013年4〜6月期の国内総生産GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.6%増、年率換算では2.6%増となった。3四半期連続でプラスとなったにもかかわらず、安倍首相は来年4月からの増税に明確なゴーサインを出さなかった。期限である10月まで議論したうえで、最終判断する姿勢を崩していない。

 これは、最後の手段として、予定通り増税を「行わない」選択肢を残すことで、増税した場合の対策を財務省に飲ませる駆け引き材料としていると見ていいのではないか。麻生氏も所管する財務省の意向を受けて「法人税減税の景気浮揚効果は小さい」といった趣旨の発言をしているが、念願の消費税増税が実現できるのならば、財務省としては飲めない線ではないように思う。最終的には、消費税増税法人税減税の組み合わせで折り合う可能性はありそうだ。

法人税減税が1つのキーワードに

 安倍首相の呼びかけに応えて今年夏のボーナスを引き上げる企業が出たが、法人税減税で企業経営者は同じ行動を取る可能性はあるのではないか。いずれにせよ、安倍首相のデフレ脱却に向けた熱意が経営者を動かせるかどうか、ということになるだろう。

 さらに、法人税減税を決めた場合に市場がそれを好感して、円安株高が勢いづけば、再びアベノミクスへの期待感が増幅されることになるかもしれない。秋の臨時国会に向けて、法人税減税が1つのキーワードになることは間違いなさそうだ。