「国家戦略特区」は突破口となるか 試されるアベノミクスの"本気度"

竹中平蔵さんほか、安倍内閣周辺の改革派が、改革突破口になると見ているのが「国家戦略特区」です。現代ビジネスで原稿を書きました。是非ご一読下さい。



安倍晋三首相が進める経済政策「アベノミクス」の3本目の矢である成長戦略の柱として打ち出された「国家戦略特区」構想が動き出した。
「世界で一番ビジネスのしやすい環境」を実現するために必要な大胆な規制の撤廃や税制の見直しを特定のプロジェクトに限って「特区」として認めてしまおうという発想で、成長戦略をまとめた産業競争力会議が打ち出した。国家戦略特区の試みが軌道に乗るかどうかで、アベノミクスの成否が決まるという指摘もある。

 8月23日、都内のホテルで、「『国家戦略特区』提案募集に関する説明会」が開催された。
内閣官房地域活性化統合事務局が開いたもので、国家戦略特区担当の新藤義孝総務相のほか、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の座長を務める八田達夫大阪大学招聘教授とWG委員の坂村健東京大学大学院教授、原英史・政策工房社長が出席した。
 会場には地方自治体や企業関係者など254団体/社が出席、各委員の説明に熱心に聞き入っていた。

国家戦略特区は本気度を示すプロジェクト

 冒頭、新藤総務相が国家戦略特区の狙いを説明。国家戦略特区が「日本経済再生をはかる起爆剤として、アベノミクスのカギを握る」と強調した。
 また、安倍首相が「日本の(改革に向けた)本気度を示すプロジェクトだ」と位置づけているとし、「国内のみならず世界の信認を得なければならない」と述べた。

 安倍首相は、6月にG8サミット(主要8カ国首脳会合)に出席した際にロンドンで行った経済演説で、日本への直接投資を訴えた。「古い日本を新しくし、新しい日本をもっと強くする強力な触媒」として対日直接投資を大きく増やす必要があるとしたのだ。さらに、2020年までに、外国企業の対日直接投資残高を、現状の2倍の35兆円に拡大することを強調したのである。

 その具体的な方策として、同じ演説で強調したのが「国家戦略特区」だった。

「総理の私が、直接担当する場所で、徹底的な規制撤廃を図り、世界から資本と、叡智があつまる場を、日本にこしらえるつもりだ」としたうえで、「ロンドンやニューヨークといった都市に匹敵する、国際的なビジネス環境をつくる。世界中から、技術、人材、資金を集める都市をつくりたい。そう考えています」と力強く訴えかけた。
 世界から、ヒト、モノ、カネを呼び込むことで、成長を取り戻す糧とするために、国家戦略特区を使って思い切った規制撤廃を行う姿勢を示したのだ。

 これまでにも政府はさまざまな「特区」制度を導入してきた。小泉純一郎内閣で2003年4月から始まった「構造改革特区」や、民主党政権が「成長戦略」の一環として導入した「総合特区」があり、後者は「国際戦略総合特区」「地域活性化総合特区」といった名称で様々な地域が認定されている。

 従来は全国一律の規制だったものを、それぞれの地域ごとに特色を生かした規制に変えようという発想で、主として地方自治体などが特区の申請主体になっているケースが多い。
 つまり、ある地域に限った特例として認めようというものだ。事務局が置かれている内閣官房の名称が「地域活性化統合事務局」となっており、総務大臣が担当大臣となっているのもそれを示している。

3年前の秋には約500件の要望が寄せられた

 特区認定によってその地域に限って規制が緩和されるのだが、その中味は千差万別。例えば、外国人に外国語で有料で旅行案内を行うには「通訳案内士」の資格を取ることが必要なのだそうだが、特区に限って自治体の研修だけで有償ガイド行為を可能にしている例があると同事務局の資料にある。
 微に入り細に入る規制を地方の要望によって緩和するツールとして機能してきた側面はある。

 ちなみに2010年秋に提案募集された総合特区では、地方自治体から327件、民間企業や団体から145件の要望があったという。
 その後も提案内容とそれへの対応状況が公表されているが、要望の多くは補助金の上限撤廃や増額といったものも多く、省庁の対応は「現行制度で対応」といったものや、制度上困難だなどとして「対応しない」ケースが少なくない。当初の「特区」の狙いから大きくずれている感じが否めない。

 では、アベノミクスの「国家戦略特区」はこれまでの特区とどこが違うのだろうか。民間の提案に基づいて国が何かをするのでも、自治体が何かをするのでもなく、「国と行政と民間が一緒になってプロジェクトを実施する」(新藤総務相)ところに特色がある、という。
 規制が邪魔をして新しいビジネスができない、といった問題点を指摘してくれれば、WGで検討して大胆に規制を撤廃する用意がある、としている。23日はその「提案募集」のための説明会だったのである。

 委員の間からは、成長戦略の発表時点で「踏み込み不足」といった指摘が出された分野などについて、国家戦略特区として規制緩和に踏み切る可能性がある、という指摘も出ている。

TPP交渉参加を受けて東海から農業特区に名乗り

 例えば農業。農地の利用促進を狙って土地を保有して企業などにリースする「中間法人」の設立が成長戦略に盛り込まれたが、一方で、株式会社の農地取得規制などには切り込めなかった。これを特区で一部地域に限ってやろうというわけだ。

 すでに、愛知、三重、岐阜、静岡の東海4県と名古屋、静岡、浜松の政令3市が共同で、農業を強化する「アグリフロンティア創出特区」(仮称)を提案することを表明している。特区内で企業の農業参入促進や耕作放棄地を含めた農地の集積化、農産物の輸出振興などを行うほか、農業と加工、サービスを一体化させる「6次産業化」などに取り組む方針だという。
 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加を受けて、農業の国際競争力の強化を図る戦略だ。この4県の農業はもともとコメへの依存度が低く、花卉(かき)や野菜、お茶、畜産といった価格競争力の高い商品のウエートが高いという事情もある。

 また、安倍首相が演説などで触れているのが、医療や教育。外国人に日本に住んでもらい、日本でビジネスを行ってもらうには、外国人にとって快適な住環境の整備が必要だとして、特区内でのインターナショナルスクールの設置基準の緩和や、外国人医師による医療行為の解禁などを行うとしている。
 この特区に住む住民に民間企業が健康保険の販売を始めれば、混合診療などに道が開かれる可能性も出て来るという。
 また、公立の学校の教育を民間に任せる「公設民営学校」などの試みも特区で実現する可能性がある、という。

イデア実現のため思い切った規制撤廃ができるか

 いずれにせよ、国が上から改革するのではなく、民間の需要があるものについて、行政も政府も一体となって規制撤廃・税制整備などを行うという。国家戦略特区の第1次提案は9月11日まで。その後、WGでのヒアリングを経て、今秋をめどに安倍首相をトップとする特区諮問会議が、具体的なプロジェクトを決める。

 果たして、世界からヒト、モノ、カネを集められるようなアイデアが出て来るのかどうか。また、安倍首相が言うとおり、それを実現するための思い切った規制撤廃や制度変更ができるのかどうか。安倍内閣の本気度が試される。