国家戦略特区は 加工食品輸出を狙え

WEDGE4月号(3月20日)発売の連載記事「復活のキーワード」がようやくウェブ版「WEDGEインフィニティ」にアップされましたので、転載します。ちょっと古くなりましたが、国家戦略特区を使った農業の再生に向けた取り組みです。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3722

 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉が難航している。農産物の関税を完全撤廃することを求める米国と、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖・でんぷんの「重要5項目」を撤廃対象から除外するよう求める日本政府の溝が埋まらないためだ。農業団体などは、関税を撤廃すれば安い農産物が流入し、日本の農業は壊滅すると言う。

 だが、関税で守り続けるだけで日本の農業が強くなるわけではないのも事実。しかも日本の農業は、従事者の高齢化や耕作放棄地の増加などで、このままではジリ貧になるのは農業関係者も認めるところだ。そんな農業の復興も安倍晋三首相が掲げるアベノミクスの柱の一つである。

 「私は今後10年間で、6次産業化を進める中で、農業・農村全体の所得を倍増させる戦略を策定し、実行に移してまいります」

 昨年5月、成長戦略についてのスピーチで安倍首相は言い切った。安倍首相は、過去20年で農業生産額が14兆円から10兆円に減り、生産農業所得が6兆円から3兆円に半減したと指摘。一方で農業に主として従事する「基幹的農業従事者」の平均年齢が約10歳上がり66歳になったことや、耕作放棄地が2倍に増えたことなどを示して、改革の重要性を訴えたのだ。

 安倍首相が言う「6次産業化」とは、第1次産業である農業を、食品加工などの2次産業や、販売・外食といった3次産業と組み合わせることで付加価値を高めようというもの。首相は「観光業や医療・福祉産業など、様々な産業分野とも連携することで、もっと儲けることも可能」とした。

 もちろん、いくら3次産業に手を広げても人口が減少する日本国内だけを相手にしていては、成長は望めない。世界の食市場は340兆円と言われるが、その中で、日本の農産物・食品の輸出額は、わずか4500億円程度(2012年)。しかも日本の農産物流通の基幹を担う全農グループの輸出額は12年度でわずか26億円に過ぎない。首相でなくとも「こんなもんじゃないはずなんです」と言いたくなる。安倍内閣は20年までにこの輸出額を倍増し1兆円にする方針を打ち出した。

 日本のおいしいコメや果物など農産物はまだまだ世界で売れる可能性を秘めているのは確かだ。だが、政府がいくら旗を振っても、6次産業化を進め、輸出を増やすのは民間である。いかにやる気のある農家の力を引き出し、農業分野に可能性を感じる他の産業分野の人たちを呼び込むかが重要だ。

 ところが、そんな民間の知恵や力を生かせない構造になっているのも農業である。アベノミクスの成長戦略を議論する産業競争力会議(議長・安倍首相)では民間議員の経営者から「岩盤規制」にがんじがらめの分野として、医療と並んで指摘されている。既得権にあぐらをかき、努力しなくても補助金がもらえる過保護農政が、日本の農業を弱くしてしまったのである。

 そんな岩盤規制に穴を開けようという「国家戦略特区」が動き出す。昨年末に法律が成立。特区に指定された地域・分野では国の規制が緩和される。国家戦略特区担当大臣と地域の首長、事業を行う事業者が合意すれば、規制権限を握る所管官庁の大臣は認めざるを得ない仕組みになっている。これまでにも歴代内閣が特区制度を作ったが、所管官庁が反対すると実現できなかった従来の特区とは大きく違う。アベノミクスの規制改革の目玉なのだ。

 国家戦略特区には、すでに民間事業者や自治体からいくつもの提案が出されている。その中には農業も含まれている。

弁当にすれば10倍の価格で売れる

 愛知県田原市に本社を置く農業生産法人、有限会社新鮮組の岡本重明氏も、特区提案を出している一人。農協を脱退して企業として農業に取り組むなど「闘う農家」としてメディアにもしばしば登場する改革派。タイなどアジア諸国で日本の栽培技術を生かしてコメなどの農産物生産にも乗り出している。

 そんな岡本氏には農業をベースに実現したいアイデアがいくつもある。その一つが地域の安全な食材を使っておばあちゃんが作った料理を弁当にしてそれを急速冷凍し、世界に輸出しようというもの。農産物を料理に加工することで、価格は大幅に高くなる。例えば、弁当のご飯にすれば、コメのまま売る価格の10倍にはなる、という。

 どんなに大規模化して効率化しても、農産物のまま輸出しようとすれば、世界水準の価格と競争しなければならない。ブランド化して高い値段で売ったとしても、日本国内での生産コストを吸収するのは容易ではない。しかも、それができるのは大規模化が可能な平野部の農家だけだというのである。

 山間部の小規模農家の農産物でも十分に太刀打ちできるようにするには、おばあちゃんの伝統の味のように付加価値を乗せなければ採算が合わない。より高く売れる仕掛けづくりが大事だというわけだ。

 コストをできるだけ引き下げ、付加価値をより高くする。企業としては当たり前の発想を岡本氏は追求している。用水路の水でミニ水力発電をし、用水路に沿ってすでにある高規格の農道にトロリーバスを走らせ、観光客を呼び込んで、駅には直売所やレストランを作る。岡本氏のアイデアは膨らむが、現在の農地利用の規制では実現はおぼつかない。特区の枠組みを使って新しい挑戦をしたいというのである。

 そんな岡本氏に共鳴する自治体の首長も現れた。兵庫県の山間部にある養父(やぶ)市の広瀬栄市長だ。岡本氏と共に特区申請に乗り出した。全国一律の画一的な規制によってやりたいことができないのはおかしい。養父市に最もふさわしい制度運用をさせて欲しいという思いから、岡本氏と共同歩調を取ることにしたのだという。「これで国家戦略特区に指定しないなら、俺は日本を捨てる」とまで岡本氏は言う。


 農産物にいかに付加価値を乗せて輸出するか。実はこれは世界標準の戦略でもある。農水省はイタリアと日本を比較する資料をまとめている(表)。それによるとイタリアの農林水産物・食品輸出額(11年)は3兆4679億円(11年の為替レート)で、その43%をパスタやワイン、チーズ、オリーブオイルなどイタリア料理に欠かせない加工食品が占める。世界にイタリア料理が広がると共に、食材輸出も増えているというわけだ。一方でみそや醤油、日本酒など日本食関連食材は4000億円の輸出額の15%に過ぎない。

 世界で日本食はブームだ。レストランでの外食にとどまらず、家庭の日常の食事にも日本食が浸透していけば、食材輸出につながっていく。付加価値の高い農産品の輸出を増やそうと思えば、日本の文化やファッション、ブランドなどと共に売り込んでいく必要が出て来る。それを農協や農家だけにやれと言っても難しいだろう。様々な分野の人々が一緒になって日本の農業を盛り立て世界に売り出していく。そのためには岩盤規制の殻に閉じこもった農業からの脱皮が不可欠だろう。

◆WEDGE2014年4月号より