日本郵政グループ3社の「上場」は誰のため? 借金返さず大盤振る舞いの霞が関は大笑い

月刊エルネオス12月号(12月1日発売)に掲載された原稿です。

「エルネオス」連載───(56)硬派経済ジャーナリスト 磯山友幸の《生きてる経済解読》

日本郵政に上場メリットなし
 日本郵政グループ三社の株式が十一月四日、東京証券取引所に上場された。いずれも売り出し価格を大幅に上回る初値が付き、上場初日の終値ベースの時価総額は三社の単純合算で十七兆四千九百七十五億円となった。
 上場前の売り出しでは、一兆四千三百六十二億円が市場から吸い上げられた。一九八七年に上場したNTT以来の大型株式公開だった。当時のNTT株ブームのように新規に株式を買う人が増えれば、株式市場の外から株式市場に資金が流入する格好になる。だが、今まで持っていた株式を売って郵政グループ三社の株式に乗り換える人ばかりだった場合、他の株式の株価にはマイナスの影響が出る。そういう意味では、今回は前者になり、上場は大成功だったといえるだろう。
 郵政のような従来は政府が直接行っていた「官営事業」の上場は、何のために行われるのだろうか。一般の民間企業が上場する場合は、しばしば三つの理由が語られる。最大の理由が資金調達。上場によって資本市場から新規に資本を調達して、それを事業に投資することで成長のきっかけにする。
 二つ目は知名度や信用度が向上することで、人材採用などで、俄然有利になる。優秀な人材を採用することができれば、やはり企業の成長につながる。もう一つは、上場によって外部のチェックが働くようになり、企業としてのガバナンスが強化されるというものだ。
 もちろん、それに伴って、株式を保有する創業者に大きな利益をもたらす。
 日本郵政のような国が株式を保有する官営事業の場合、こうした理由は当てはまらない。政府が持っている株式を売り出すので、日本郵政には一銭も入らない。知名度や信頼度が高まるかというと、そうはならない。政府保有株がなくなり純粋な民間会社になれば、暗黙の政府保証はなくなるから、むしろ信頼度は下がる可能性すらある。
 三つ目の外部チェックにしても、現状のように政府保有株の一部を売却しただけでは、政府による規制が完全に残り、民間株主によるガバナンスはむしろ効かない。つまり、一般にいわれる上場メリットはないのである。

完全民営化はまだまだ先
 では、何のために官業を民営化するのか。
 一つは、官業よりも民間にやらせたほうが事業効率が上がるという発想だ。実際、NTTやJR三社は民営化によって競争にさらされた結果、サービスは良くなり、新しいビジネスも生まれた。小泉純一郎内閣以来進めてきた「郵政民営化」の狙いもそこにある。
 だが、そのためには早期に政府が保有株をすべて手放し、完全に民営化する必要がある。さもないと、官業の非効率性が残ってしまう。
 日本郵政の場合、今回の上場後も政府はまだ八九%の株式を保有している。現状の郵政民営化法では、政府は三分の一超を保有し続けることになっているのだ。
 国民全員に郵便サービスを保証する「ユニバーサル・サービス」を展開させるには、全国津々浦々にある郵便局網を維持することが必要で、そのためには政府が関与し続けることが不可欠だというわけである。
 人口減少が著しい中山間地に郵便局を残すのは、営利を目的とする民間企業では難しいという判断だ。だからといって無尽蔵に税金を投入するわけにはいかない。今回同時に上場した、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融子会社二社に郵便局の窓口を使わせており、その使用料を日本郵政が徴収。郵便局網を何とか維持する構図なのだ。
 金融子会社二社は小泉郵政改革では早期に全株を売却することになっていたが、民主党政権以降の揺り戻しで、当面五割程度を売却するというあいまいな方針になっている。二社の株主からすれば、早く政府から独立して、民間企業として他の金融機関と競争し、成長路線を歩んでもらいたいと願っている。
 ゆうちょ銀行は二〇一五年三月末で百七十七兆円の貯金残高を持つが、これはもちろん日本最大。かんぽ生命も日本最大級の保険会社である。上場では、日本郵政株よりも、子会社二社株のほうが人気を集めたが、こう考えれば当然のことといえるだろう。だが、期待は高いものの、現実にはいつまでも政府の支配からは脱却できない。金融子会社からすれば、山間地の郵便局窓口に多額の使用料を払いたくないが、日本郵政は株式を持ち続けることで、その構造をできるだけ維持しようとするのは当然のことだ。
 つまり、日本郵政グループ三社の場合、民営化によって経営効率が上がるというのは、まだまだ先ということになる。

売却益で借金返さず…

 官業を上場する大きな狙いがもう一つある。政府自身が資金を調達することだ。日本政府は国債残高など一千兆円を超える「借金」を抱える。旧東欧諸国など財政危機に陥ったところは、国営企業を民営化して株式を売却することで国家債務を減らした。今回の上場では一兆四千億円以上が政府に入るが、不思議なことに借金返済には充てないという。「東日本大震災の復興に充てる」と言えば、いかにも国民が納得しそうだが、その実、公共事業などに使われることになるわけだ。
 大借金を抱えて金利支払いに追われる家庭が、虎の子の資産を売却したとする。本気で家計を立て直そうとするのなら、まずは借金を返すに違いない。ところが、日本政府の場合、財務省は「財政再建が待ったなしだ」と言いながら、虎の子の売却資金を使ってしまおうというわけである。
 一見、大成功のように見える日本郵政グループの上場。ところが、三社は一銭も資金調達できず、今後の成長にはつなげられない。国民から見た経営の効率性やサービスの向上も期待薄。せめても国家財政の再建に役立つかと思えば、それもやらない。実は、予算をバンバン使いたい霞が関官僚や政治家にとって、足らなかった財源を補填してくれる「打ち出の小槌」になったのである。霞が関にとっては間違いなく大成功の上場だったと言っていいだろう。