7年連続過去最高で遂に40兆円突破 国民医療費が減らない原因と危機的状況

少し古くなりましたが、「エルネオス」2015年11月号(11月1日発売)の連載コラムに書いた原稿です。エルネオス→
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高齢者医療費の増加
 日本の医療費の増加が止まらない。厚生労働省が十月七日に発表した二〇一三年度の国民医療費は四十兆六百十億円と七年連続で過去最高額となり、初めて四十兆円を突破した。前年度に比べると八千四百九十三億円、率にして二・二%の増加となった。増え続ける医療費が健康保険の財政を悪化させているほか、公費負担を通じて国の財政赤字も拡大させている。医療費抑制は長年の懸案になっていながら、一向に減らせるメドは立っていない。
 国民医療費とは、保健医療の対象になる病気やケガで医療機関にかかった総費用の推計額で、歯科や薬局での調剤費用も含まれる。この四半世紀、猛烈な勢いで増え続け、一九九〇年度に初めて二十兆円の大台を突破、九九年度には三十兆円を超えた。今回の四十兆円突破で、二十三年で二倍になった。
 医療費抑制は大きな課題だが、八五年度以降、単年度でマイナスになったのは二〇〇〇年度、〇二年度、〇六年度の三回だけで、ほかは毎年増え続けてきた。最近では一〇年度の三・九%増をピークに、一一年度は三・一%増、一二年度は一・六%増と伸びが鈍化するかに見えていたが、一三年度は再び二・二%増となり、伸び率が大きくなった。
 国民医療費が増え続けている最大の原因は、人口の高齢化に伴って高齢者の医療費が大幅に増えていることにある。約四十兆円の医療費のうち、五八%を六十五歳以上の高齢者が使っている。さらに七十歳以上に絞ってみると、医療費全体の四七%、七十五歳以上だけでも三五%を占める。六十五歳以上の医療費の増加率は四・六%と、全体での二・二%増を大きく上回っている。人口一人当たりに直すと一・〇%の増加で、一人当たりの医療費増加よりも、高齢者人口の増加が、医療費増加に結び付いていることを示している。

目立つ薬局調剤の伸び
 高齢者医療費の一人当たりの伸びは小さいものの、金額自体はかなり高い。六十五歳未満の人が一年間に使う医療費が一人当たり十七万七千七百円なのに対して、六十五歳以上では七十二万四千五百円と四倍以上だ。
 さらに七十歳以上に絞ると八十一万五千八百円、七十五歳以上だと九十万三千三百に達する。高齢者にかかる医療費がいかに高額かが分かる。医療費は医科診療、歯科診療、薬局調剤に大きく分かれるが、いずれの分野でも六十五歳以上の高齢者が使っている費用が若年層よりもはるかに大きくなっている。
 そんな中でも、目に付くのが、薬局調剤が大きく伸びたこと。これが、医療費全体を押し上げている。薬局調剤の医療費は七兆一千百十八億円と前の年度に比べて六・〇%も増えたのだ。一人当たりに直すと六・三%の増加だ。中でも七十歳以上の一人当たり薬局調剤医療費の伸びが目立った。
 医薬品については特許が切れた後に他社が発売するジェネリック後発医薬品)の積極利用などが推奨されているものの、なかなか進まない。高齢者が安易に医者に通院して無駄に薬の処方を受けるケースなどが繰り返し指摘されているが、増え続ける薬剤費にまったく歯止めがかかっていないのである。
 医療費増加のツケは国民自身に回ってくる。健康保険からの支出が増える分、保険加入者の現役世代や、企業の負担が増える。また、国や地方が公費で負担する分も増えている。つまり、最終的には税金で国民にツケが回ってくるのだ。一三年度の公費負担は国と地方合わせて十五兆五千三百十九億円にのぼった。この金額は前の年度に比べて三千八百十九億円、率にして二・五%増えている。医療費に占める公費負担の割合は、三八・八%に達している。患者が窓口で払う自己負担額は四兆七千七十六億円で、一一・八%だ。健康保険で賄っているのは四八・七%で、全体の半分も賄うことができなくなっている。
 健康保険料は毎年見直されているが、国民の負担感は年々増しており、これ以上の保険料引き上げは難しい。保険料が上昇して国民健康保険などの保険料を支払えなくなる人も少なくなく、社会問題化している。かといって国庫負担を増やせば、国の財政悪化に拍車がかかり、国の借金がどんどん膨らむ。医療費抑制が重要な課題になっている。

いずれツケは国民に返ってくる
 政府が今年六月に打ち出した全国の病院のベッド数を二十万人分減らすという目標が注目されている。内閣官房の専門調査会が報告書をまとめたもので、現在は全国で百三十五万床あるものを二五年までに百十五万〜百十九万床にするという内容だ。
 手厚い医療を必要としない高齢者などの患者を自宅や介護施設に移すことで、病床を削減しようという発想だ。ベッド数の削減は医療費抑制の鍵を握ると考えられている。ベッドに余裕があると、病院が収益を確保するために、患者の入院を不必要に長引かせてしまう傾向があるというのだ。特に、高齢者の場合、介護施設代わりに病床が使われ、結果的に医療費が大きく膨らむ原因になっているとされる。
 もちろん、これには病院関係者などから強い反発の声があがっている。病床数は一種の既得権になっており、それを国が取り上げることができるかどうか。特に民間病院に対して強制力を持って削減させることができるかどうか不透明だ。
 そうは言っても、今のまま高齢者の長期入院などを放置すると、二五年には百五十二万床が必要になると前述の報告書では指摘している。そうなると本来病院での高度な医療が必要な患者に対して十分な医療が供給できなくなってしまうという危機感がある。もちろん、高齢者の長期入院が増え続ければ、医療費の削減は絶望的になる。
 政府はジェネリックの使用を引き上げる目標も掲げたが、基本的には患者の自主性に任されており、現在のところ薬局調剤医療費が減少に向かう傾向はまったく見られない。国民全員がどうやって医療費を削減するのか、そろそろ真剣に考える時だろう。さもなければ、いずれすべてのツケは国民自身に返って来ることになる。