事実上の「移民解禁」に議論百出は必至か? いよいよ始まる「外国人労働者受け入れ」論議

日経ビジネスオンラインに7月8日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/070700027/?P=1

このままでは在留外国人が、なし崩し的に増加の恐れ

 政府は参議院議員選挙終結を待って、外国人労働者の受け入れに関する本格的な議論を始めたい意向だ。少子高齢化によって人手不足が深刻化していることから、労働力としての外国人の受け入れを求める声が急拡大している。一方でこれまで外国人受け入れについて正面から議論をしてこなかったため、外国人を社会の一員として受け入れるための制度整備が手付かずになっている。このままではなし崩し的に国内で働く外国人が増え、かつて移民政策で失敗したドイツと同じ轍を踏みかねない。そんな危機感から政府が重い腰を上げることになった。

 「いわゆる移民政策はとりません」──安倍晋三首相は就任以来、繰り返しこう述べてきた。安倍首相を支持する右派の人たちを中心に外国人受け入れに対するアレルギーが強いこともあり、慎重な言い回しを続けてきたわけだ。

 だが一方で安倍首相は、人口減少に伴って職場での深刻な人手不足が起き始めていることや、コミュニティが維持できなくなりつつあることに、危機感を募らせてきたという。昨年あたりから内閣官房に非公式のチームを作り、外国人受け入れ政策について調査してきた。

昨年閣議決定の成長戦略の中に、外国人受け入れに向けた方針

 実は、昨年6月に閣議決定された成長戦略「日本再興戦略改訂 2015」の中に、外国人受け入れに向けた方針が書き込まれている。以下のようなくだりだ。

 「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、中長期的な外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める。このため、移民政策と誤解されないような仕組みや国民的コンセンサス形成の在り方などを含めた必要な事項の調査・検討を政府横断的に進めていく」

 外国人の受け入れ政策についての調査・検討が盛り込まれたのである。ただし、選挙での争点になることを恐れた菅義偉官房長官の指示で、今年の参議院議員選挙までは政府内で表立って議論しないこととされてきた。その禁がいよいよ解かれるわけだ。

 これまで日本政府は「専門的・技術的分野の労働者」、いわゆる高度人材は受け入れていく方針を明確にしていたが、単純労働者の受け入れは原則として行わない姿勢を保ってきた。一方で、技術や知識の発展途上国への移転を行うという名目で「技能実習制度」を導入、研修生として単純労働者を事実上受け入れる「便法」をとってきた。また、日系ブラジル人やペルー人に限って労働者として入国を認めたり、家族の呼び寄せを許すなど、実質的な移民に門戸を開いていた。

日本語教育の不備や孤立といった問題

 だが、そうした「便法」の結果、存在しないはずの移民が地域社会で深刻な問題になっている。外国人労働者が多い名古屋や浜松、群馬県などでは、日本語教育の不備や、地域社会からの孤立といった問題が自治体に重くのしかかっている。

 一方で、少子高齢化の影響で、仕事の現場では人手不足が深刻化している。建設や造船といった重労働分野だけでなく、食品加工や外食、小売りなどの分野では状況は深刻で、外国人労働者の受け入れを大幅に増やしてほしいというニーズが高い。また、介護や家事支援といった分野でも外国人労働力への期待が高い。さらに地方の農業の現場でも外国人労働者を求める声が強まっている。もはや技能実習制度など「便法」の手直しでは限界に達しているのだ。

 そんな声もあって、自民党は今年3月、政調会長の下に「労働力確保に関する特命委員会」を設置した。稲田朋美政調会長は「外国人材の活用について、正面から取り組んで議論する」と委員会設置の目的について説明した。もともと稲田氏は右寄りの政治家として知られ、永田町・霞が関では「外国人嫌い」とみられてきた。その稲田氏が外国人労働についての委員会を設置した背景には、安倍首相の強いリーダーシップがあったとみられている。

「移民」とは違うと強調

 委員会では「国民的コンセンサスの得られていない移民受け入れと誤解されないよう慎重に配慮しつつ、外国人材活用の在り方について検討を行う」とし、安倍首相の「いわゆる移民政策は取らない」という方針と整合性を合わせていた。もっとも、委員長には党内で移民解禁派とみられてきた木村義雄参議院議員を据えたことから、メディアの間でも「実質的には移民政策の是非を含めた議論にまで踏み込む見通し」だという認識が広まった。

 この委員会が5月24日、「『共生の時代』に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方」という提言をまとめた。

■「共生の時代」に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方

自民党のサイトからpdf形式でダウンロードできる。https://www.jimin.jp/news/policy/132325.html


 提言の柱はこれまで単純労働とされてきた分野への外国人労働者の受け入れ解禁だ。「専門的・技術的分野の労働者は引き続き積極的に受け入れるべき」としたうえで、さらに、何が「専門的・技術的分野」であるかについては、「社会の変化にも配慮しつつ柔軟に検討する」とし、これまでともすると単純労働に区分されていたものにまで、対象を広げることを示唆している。

 そのうえで、こう書いている。

 「現在でも外国人労働者の増加が続く中で、今後、人口減少が進むこと、介護、農業、旅館等特に人手不足の分野があることから、外国人労働者の受入れについて、雇用労働者としての適正な管理を行う新たな仕組みを前提に、移民政策と誤解されないように配慮しつつ(留学や資格取得等の配慮も含め)、必要性がある分野については個別に精査した上で就労目的の在留資格を付与して受入れを進めていくべきである」

 ここでも「移民」とは違うと強調しているが、移民とは何かという注が付いている。「『移民』とは、入国の時点でいわゆる永住権を有する者であり、就労目的の在留資格による受入れは『移民』には当たらない」──。初めから移住する目的だけを移民とごくごく小さく定義し、働く目的の在留資格を取って住めば移民ではない、という大胆な定義をしたのだ。

在留期間は「当面5年間」

 しかも在留期間を「当面5年間」とし、その期間内の帰国・再入国も認めるとしている。さらに在留期間を更新することも可能というニュアンスだ。ただ、その場合、「家族呼び寄せや定住化の問題が生じるため、さらなる検討が必要である」と議論を先送りしている。とにかく労働力として来てくれる人は受け入れましょう、という提案と言って良い。

 安倍首相が「移民政策は取らない」と言っている中で、就労目的で5年間住むことを「移民」に当たらないとしたのは、苦し紛れとはいえ思い切った決断と言っていい。世界標準の定義に従えば、就労許可を得て1年以上住んでいれば、立派な移民である。事実上、安倍内閣は移民に道を開こうとしているわけだ。右派の批判をかわすために建前と本音を見事に使い分けているのだ。

 こうした定義を使うことで、外国人労働者の受け入れ体制について抜本的に見直す意向だ。外国人労働者を管理する仕組みや、日本での生活に適応させるための日本語教育など、制度整備に向けた議論がようやく動き出すことになるだろう。

海外での難民問題の影響もあり、反発の可能性も

 もっとも、政府内には外国人を受け入れる事自体に根強く反対する勢力もあり、すんなり議論が進むかどうかは分からない。また、自民党内の考え方も決して一枚岩ではない。

 さらに、ここへ来て、欧州での難民問題やテロ事件などを背景に、移民に対する国民感情は大きく悪化している。政府の議論が表面化した段階で、国民の間に不協和音が生じる可能性は十分にある。

 人口減少が急速に進み、地方のコミュニティなどが目に見えて瓦解し始めていくと見られている中で、ようやく始まることになった外国人の受け入れ論議。理屈だけではなく、感情的な反発も予想されるだけに、すんなり決着するかどうかは予断を許さない。