英EU離脱が「シルバー民主主義」なら、日本の選挙はもっとヤバい!安倍政権に「改革」の秘策はあるか

現代ビジネスに6月29日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49030

高齢者が決めた「EU離脱

EU欧州連合)離脱を決めた英国の国民投票は衝撃的だった。離脱という結論よりも、年齢層によって賛否が完全に分かれたことが驚きだった。世代間で利害が真正面からぶつかっている様子が鮮明になったのである。

BBC(電子版)を引用した報道では、最も若い「18〜24歳」では離脱派が27%、残留派が73%だったのに対し、年齢が上がるごとに離脱派が増え、65歳以上では離脱派は60%に上り、残留派は40%にとどまった。

賛否の“分水嶺”は44歳と45歳の間にあり、それ以下の若年層は圧倒的にEU残留を望んだものの、45歳以上の高齢層の意見が通る格好で、離脱が決まったことが明らかになったのだ。


人生90年と考えれば45歳は真ん中だが、現役で働いている層で考えると、かなり高齢に偏っている。先進国では、少子高齢化が急速に進んでいるため、働いて社会を支えている層よりも、年金を受給したり健康保険の恩恵をより受ける高齢者層の数が大きな割合を占めるようになってきている。

そんな中、投票行動によって高齢世代の意見がより強く反映される「シルバー民主主義」が大きな問題になりつつある。

英国で起きたことは日本でも起こり得る

今回の国民投票は、「シルバー民主主義」が鮮明に表れた結果だと見ることもできそうだ。離脱派は、EU加盟に伴う多額の負担金を取り戻し、年金や医療など社会福祉に充てるべきだという主張を繰り広げた。少しでも社会福祉の充実を願う高齢者層の共感を得たのは言うまでもない。

一方、若年層に残留派が圧倒的に多かったのは、EUに残っていた方が経済的には明らかに有利で、この層にとって何より大切な「雇用」が生まれる効果があると考えたからだろう。「分配」を重視する高齢層と、「経済成長」を重視する若年層の価値対立が鮮明になったのである。

実際には、経済が不振を極めれば社会福祉の充実などできるはずはない。社会保障を支えているのは若年層で、経済成長がなければ、彼らに負担のしわ寄せがいく。若年層の負担が過度に重くなれば、どこかの時点で若者の反撃が起こり、社会不安が一気に表面化する。

離脱派のリーダー的存在であるボリス・ジョンソンロンドン市長は、EU離脱によって失業が増えるような事態は起きないと、楽観的な見通しを示していた。だが、現実に英国がEUから離脱するプロセスが始まれば、英国経済に大きな影響を与えるのは明らかだろう。若者の間からは国民投票のやり直しを求める声や、「ロンドン独立論」まで飛び出している。

遠く離れた日本では、急激な円高や大幅な株安などの影響は受けているものの、あくまでも英国とEUの問題と見られがちだ。だが、英国の国民投票で起きた事は決して他人事ではない。いや、むしろ日本の方が「シルバー民主主義」の色彩が強いと言ってもいい。

公益財団法人明るい選挙推進協会が2012年の総選挙について188の選挙区を抜き出して、年齢別の投票行動を調べた結果が公表されている。それによると有権者の年齢階層の“分水嶺”は50〜54歳にある。英国よりも高齢化が進んでいるわけだ。

それだけではない。投票率まで加味して考えると、分水嶺は55〜59歳とさらに上がるのだ。高齢者層ほど投票に行く率が高いからである。ちなみに同じ調査では65歳から69歳の投票率は77.15%に達する一方、20歳から24歳の投票率は35.30%に過ぎない。

シルバー民主主義に対する「闘争」

安倍晋三内閣は今年、低年金受給者などに一律3万円を支給する「年金生活者等支援臨時福祉給付金」制度を実施した。支給タイミングが参議院議員選挙の前に当たったこともあり、野党などから「バラマキ」という批判を浴びた。

高齢者層でも政策に不満を持つ低年金層に絞って現金支給を行うことで、選挙を有利に運ぼうとしたという見方が出ていたが、高齢者層の投票率を考えれば、確かにそうした効果も期待できるわけだ。「シルバー民主主義」を逆手に取った戦法ということもできる。

だが一方で、本気で改革に取り組もうとした場合、この「シルバー民主主義」が大きな障害になるのは明らかだ。増え続ける社会保障費を抑制するためには、年金支給額や医療費のカットは避けて通れない問題だ。だが、実際に政府が社会保障給付にメスを入れようとすれば、高齢者層の強い反発を買う。

年金支給額の引き下げを巡っては、憲法違反だとする集団訴訟が全国で起きている。年金法で定める「デフレスライド」の実施や、年金財政を安定させるための給付抑制が、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に違反するという主張だ。

安倍首相はアベノミクスで様々な改革方針を打ち出してはいるが、なかなか既得権層を突き崩すことができずにいる。なかでも最大の既得権層は高齢者である。今後も少子高齢化は進んでいく見通しだ。そうなると投票行動による意思決定はさらに「シルバー民主主義」の度合いを深めていくことになる。

今回の参議院議員選挙から選挙権が従来の20歳以上から18歳以上に引き下げられる。これによって全有権者に2%に相当する240万人が新たに選挙権を行使できるようになる。

これはシルバー民主主義に対する「闘争」の大きな一歩には違いないが、これだけで年齢構成のゆがみが払しょくされるわけではない。社会保障負担が国家財政の重荷になる中で、どうやって高齢者の利権に食い込むか。選挙権年齢が引き下げられる今が、改革のラストチャンスかもしれない。