訪日外国人による「爆買い」が一服

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。7月号(6月上旬発売)に書いた原稿です。
高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]→http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2016年 07 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 07 月号 [雑誌]

 中国からの観光客など訪日外国人による「爆買い」が一服してきた。日本百貨店協会が5月20日に発表した4月の「外国人観光客の売上高・来店動向」によると、全国84の百貨店店舗で免税手続きをして購入された商品の総売上高は179億9000万円と前年同月比9.3%減少した。
 免税売り上げは安倍晋三政権発足直後の2013年1月以降、前年同月比でプラスが続いてきた。アベノミクスによる円安を追い風に買い物目的の観光客が急増したことなどが要因だったが、遂に39カ月ぶりにマイナスになった。
 実は、統計をよく見ると、免税手続きをする人の数は減っていない。免税での購買客数は約26万人と1年前の4月に比べて7.8%も増えているのだ。ではなぜ、売上高が減ったのか。1人当たりの購買単価が大きく落ち込んでいるためである。
 今年4月の1人あたり平均購買単価は6万8000円。これでも決して小さな金額ではないが、前年同月は8万2000円だった。免税対象が広がった2014年10月以降で購買単価単価が最高だったのは、その年2014年の12月。8万9000円を記録した。それをピークにジリジリ低下して、昨年6月以降は7万円台が定着。今年3月には初めて7万円を割り込んだ。
 理由ははっきりしている。高額品の爆買いが激減したためだ。百貨店協会では統計発表と同時に「外国人観光客に人気のあった商品」上位5分野を発表している。1位の常連は「ハイエンドブランド」で、高級ブランドのバッグや宝飾品といった「値の張る」ものへの人気が続いてきた。
 ところが、今年4月には「異変」が起きた。「婦人服飾雑貨」が1位、「化粧品」が2位となり、「ハイエンドブランド」が5位以内から姿を消したのである。
 この高額品の売り上げ激減は百貨店全体の売上高にもはっきり表れている。4月の百貨店236店での総売上高は前年同月比3.8%減少した。このコラムでも繰り返し注目してきた「美術・宝飾・貴金属」部門の売上高は全体を上回る7.1%のマイナスだった。昨年秋ごろから消費に再び陰りがみえていた中で、「美術・宝飾・貴金属」だけは善戦していたが、遂に全体の足を引っ張る存在になったのである。
 その一因が「爆買い」の一服であることは明らかだ。もともと中国人観光客が日本で「ハイエンドブランド」を買い漁った最大の理由は、中国国内よりも価格が安いから。円安で相対的に人民元が強くなり、世界の高級ブランド品を日本で買うのが一番有利な状況が長く続いた。もちろん、日本の百貨店で買えば偽物をつかまされる可能性がほとんどない安心感も大きかった。
 爆買いの背後では日本で安く買って帰り、中国で転売する「商売」も横行していた。本来免税になるのは個人でお土産として持ち帰ることが前提だが、そこは歯止めのかけようがない。要は「価格差」によって爆買いに火がついていたのである。
 ここへ来て再び円高に振れていることから、こうした「価格差」に魅力がなくなってきている。これが「爆買い」が一服した最大の要因だ。また、日本国内でも円安による価格改定が進み、輸入高級ブランドの価格が上昇していることも背景にある。デフレが進んでいた日本国内では、輸入業者もなかなか販売価格を引き上げることができずにいたが、このところデフレ脱却ムードが強まり、各分野で価格の引き上げが進んでいる。そうした環境の変化もあり、ハイエンドブランドの価格が上昇傾向にあるのだ。もちろん、中国国内の経済情勢が今ひとつであるという問題もある。
 高額商品を中心に日本の消費を支えてきた「爆買い」の一服は、日本経済に大きなインパクトをもたらしかねない。年初からの日本株の下落によって、国内の富裕層の財布のひもも締まりかけている。安倍内閣も「ニッポン一億総活躍プラン」など経済政策を相次いで打ち出しているが、まだまだ景気を底上げするには力不足。消費を喚起する抜本的な経済対策が不可欠なタイミングになっている。