海外投資家を日本株に呼び戻す「3つの改革」 ガバナンス改革、働き方改革、資本市場改革

日経ビジネスオンラインに1月20日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/011900040/

「トランプ相場」受け、日本株にも海外投資家の買いが入った

 日本の株式相場の行方を大きく左右する海外投資家は、今年どんな動きをするのだろうか。米大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の当選をきっかけに、日米の株式市場は大幅に上昇、日本株にも海外投資家の買いが入った。10-12月だけで2兆5000億円を買い越したが、果たして今後もこの流れは続くのだろうか。続くとすれば、そのための条件は何か。政府や企業がどんな取り組みを加速すれば、日本株に海外投資家を呼び戻すことができるのか。

 2016年の年間を通すと海外投資家は大幅な「売り越し」に終わった。東京証券取引所が発表した年間の投資部門別売買状況によると、3兆6887億円の「売り越し」で、2509億円の「売り越し」だった2015年に続いて2年連続の「売り越し」となった。

 海外投資家は日本株を2009年から2014年まで6年連続で買い越していた。特にアベノミクスが大きな話題になった2013年には15兆円余りも買い越した。売買状況だけをみれば、アベノミクスへの期待はひとまず一服という状態になっている。

株主の高齢化が微妙に影を落とす

 基調として海外投資家の日本を見る目は今も厳しいが、日本の先行きに対する見方が厳しいのは海外投資家だけではない。個人投資家は2012年以降5年連続の売り越しとなった。その額、3兆1623億円あまり。この5年で22兆円も売り越している。日経平均株価は安倍首相就任時の1万円から、昨年末には1万9114円まで上昇したが、その戻り局面で個人投資家はせっせと株を売り続けてきたわけだ。長年塩漬けになっていた株式をヤレヤレで手放したものもあったろう。また、株価が上昇したことで、保有株の一部を売却して、消費に回すケースもあったに違いない。いずれにしても高齢化が微妙に影を落としている。

2016年に最も買い越していたのは信託銀行

 個人と海外投資家を合わせて6兆8510億円の売り越しだったわけだが、では2016年の年間では誰が買い越していたのか。

 最も大きかったのが「信託銀行」の3兆2651億円である。年金基金などが株式運用する場合、その売買は信託銀行の口座を通じて行われるケースが多い。国民の年金資産を預かる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの買い越しが大きいのではないか、とみられる。

 もうひとつが「事業法人」。2兆2236億円を買い越した。かつては株式の持ち合いなどで企業が他の企業の株式を持つ例が多かったが、最近の買い越しで大きいのは企業による「自社株買い」とみられる。株価が下落した段階で自社株を買い戻すことで、市場に流通する株式が減れば、一株当たりの価値が増すので、株主に報いることになる。資本を圧縮して経営効率を高めることにもつながるため、最近は自社株買いがブームになっている。

 2016年は1-9月だけでも4兆3500億円の自社株買いが実施されたと報じられており、その規模は過去最大。この株式取得が、個人や海外投資家の売りを吸収したとみることもできる。

海外投資家が本格的な買いを入れて来る条件とは?

 では、2017年は海外投資家はどう動くのか。1月20日に就任するトランプ大統領は、「偉大なアメリカを再び」というキャッチフレーズの下、米国の国内景気の底入れに力を注ぐ姿勢を見せている。財政出動と金融緩和が行われれば、日本のアベノミクスと同じような政策の方向性になる。そうした期待感から当選直後から株価が変われ、「トランプ相場」が現出したわけだ。

 この流れはしばらく続くことになるだろう。そんな中で、日本株に海外投資家が本格的な買いを入れて来る条件はいくつかある。

条件その1、「コーポレートガバナンス改革」のさらなる強化

 1つ目は安倍内閣が進めてきた「コーポレートガバナンス改革」のさらなる強化だろう。日本企業の経営が変わり「稼ぐ力」が増すことになれば、当然株価も上昇する。その際の指標がROEだ。株主資本に対する利益率で、これが欧米企業に比べて日本企業はあまりにも低いとされてきた。不採算事業を抱え続けたり、生産性の低い事業運営を行ってきたためである。

 政府の主導で2014年には、スチュワードシップ・コードが導入された。機関投資家のあるべき姿を示したもので、生命保険会社や信託銀行などの大株主を「物言う株主」に変えることで、企業経営自体を変革させようとした。金融庁は今、このコードの見直しに着手しており、さらに機関投資家のプレッシャーを高めようとしている。これによって企業行動が目に見えて変化すれば、海外投資家も日本企業を投資先として見直すことになるだろう。

条件その2、「働き方改革」により企業の生産性を高める

 2つ目は「働き方改革」だ。安倍晋三首相は昨年来、「今後3年間の最大のチャレンジ」として働き方改革を掲げてきた。長時間労働の是正など、働き方を変えさせることによって、企業の生産性を高めるのが本来の狙いだ。人手不足が深刻化する中で、企業の生産性を上げようと思えば、これまでと同じ働き方をさせていては難しい。官邸に設置された「働き方改革実現会議」が3月末までに「行動計画」を策定することになっている。

 実際に働き方を変えるかどうかは企業経営者に委ねられているわけだが、生産性の向上に結び付く働き方に変えた企業は株式市場で評価され、株価が上がることになるため、経営者が改革を競うことになるかもしれない。

 同一労働同一賃金や残業時間の規制は、従来型の仕事の仕方を維持した場合には、企業の生産性を落とすことになりかねない。長時間労働をしているから今の売り上げが稼げている、という実態も間違いなく存在する。つまり、根本的に仕事の仕方を見直し、今後「働き方改革」で求められる規制強化を、むしろ生産性の向上につなげるかどうか。経営者の手腕が問われることになるわけだ。

条件その3、資本市場の環境整備

 3つ目は資本市場の整備だ。昨年末の年金関連法改正では、野党が「年金カット法案」とレッテルを貼ったこともあり、マクロ経済スライドの仕組みの見直しにばかり注目がいった。だが、その中にはGPIFのガバナンス体制の見直しが入っていた。GPIFの運用方法の決定における独立性を高めるのが狙いで、今後、GPIFが国民の年金資産を増やすために、企業に一段と経営改革を迫るようになる可能性が出てきた。

 経営者団体などは、GPIFが議決権行使に直接関与することに抵抗している。GPIFはすでに主な有力企業の大株主になっており、これまでの「物言わぬ株主」から「物言う株主」へと変身した場合、そのプレッシャーは大きい。だが、これまでのようにGPIFに対する政府の影響が大きい状況では、議決権を政府が握ることに等しいという批判もあった。このため今後、ガバナンス改革で運用や議決権行使については政府から独立性が強い組織が行う体制ができればこの批判を回避でき、GPIFが「物言う株主」になることは十分に可能なのだ。

粉飾決算企業」の正しい責任追及のあり方とは?

 資本市場の環境整備では、さらに、粉飾決算企業の責任追及のあり方など、市場の規律を守るための体制整備も不可欠だろう。東芝の不正会計問題では歴代社長を告発すべきだと、市場の番人である証券取引等監視委員会検察庁に申し入れしているものの、検察は立件が難しいとして見送る姿勢を崩していない。海外投資家から見れば、市場の規律を乱す重大犯罪を犯しておきながら、誰も刑務所に入らない日本市場は「不正がまかり通る市場」だと映っている。不正を働いた企業の上場廃止ルールも含め、早急な改革が必要になる。

 こうした3つの改革が進むかどうか、長期的な視点で投資する海外機関投資家などは、「日本企業が本当に変わるのかどうか」「日本企業の収益性が大幅に向上するのか」に着目している。この3つで大きな「前進」を印象付けられれば、日本株への投資が再び戻って来ることになるに違いない。