「モノ言う株主」に変身する機関投資家 注目される「議案賛否の個別開示」

日経ビジネスオンラインに7月21日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/072000055/

黒田電気富士フイルムHDで反対票が目立つ

 3月期決算企業の株主総会が6月末で終わった。今年は例年になく議決権行使の行方に関心が集まった。というのも生命保険会社など機関投資家が「スチュワードシップ」活動を一段と強化し、株式を保有する企業の議決権行使について、保険契約者の利益を第一に考える姿勢を鮮明にしていたからだ。

 7月に入って総会での議決結果が財務局に報告されているが、予想以上に会社側議案への反対票が目立った。黒田電気では旧村上ファンド系の投資会社「レノ」が提案した社外取締役選任議案が可決されたが、財務局に提出された書類によると、株主提案で候補者となった安延申氏に対する賛成票は58.64%に達した。会社側提案に対する賛成票は、細川浩一社長への賛成票が54.54%となるなど、6人中5人が安延氏への賛成票よりも少ない結果になった。

 総会前に会計不正が発覚した富士フイルムホールディングスでは、古森重輶会長の選任議案への賛成が83.26%、助野健児社長への賛成票が80.51%と、他の取締役候補が軒並み90%以上の賛成票を得た中で、反対票の多さが際立った。

 また、武田薬品工業では相談役や顧問を置く場合には株主総会で決議すべしとする株主提案が出され、会社側は反対するよう株主に求めた。結果は反対多数で否決となったが、議決の中身を見ると、賛成票が30.51%に及んだ。

 これらは、会社側提案に無条件で賛成する、という機関投資家の行動に大きな変化が生じていることの表れだ。もちろん、2014年に導入されたスチュワードシップ・コードの影響が大きい。

 スチュワードシップ・コードは「責任ある機関投資家の諸原則」と呼ばれ、機関投資家として取るべき行動指針を示している。もともとスチュワードシップ・コードは2010年に英国で導入されたが、日本ではアベノミクスの成長戦略の一環として金融庁主導で導入された。各機関投資家はこのコードの受け入れを表明したことで、これまでのような経営者への「白紙委任」ができなくなったわけだ。

第一生命保険は286社で会社側提案に反対

 例えば、第一生命保険は総会前の今年5月に、「議決権行使の考え方」を明示している。議決権行使に当たっては、「コーポレートガバナンス」と「資本効率・業績」、「株主還元」について重視するとし、それぞれの議案についての「議決権行使基準」を掲げた。「取締役選任」については、「業績が不振な状況が長く継続し、配当を行うことが長期的にも困難である場合には、経営トップの交代を含む抜本的な経営見直しを求める」としており、“社長解任”に動くこともあり得ると明確に述べている。

 こうした基準に基づいた議決権行使は、実際に行われている。

 第一生命が昨年公表した「2015年度の議決権行使結果」によると、同社が議決権行使した2247社の会社側提案議案8799件のうち、286社の313議案に反対したことが分かった。

 反対した具体的な内容として「業績の著しい低迷が長期に亘って継続しており、回復が見込めない場合の取締役選任(経営トップの再任)」や「長期在任監査役(12年超)の選任」などとしており、会社側の人事案に反対したケースがあることを明らかにした。また、「内部留保の水準が高いにもかかわらず配当性向が著しく低い場合の剰余金処分」や「監査役に対する退職慰労金の贈呈」、「監査役に対するストックオプションの付与」などにも反対したとしている。さらに「金員交付の可能性のある買収防衛策の導入・更新」にも反対したという。買収防衛策の導入に機関投資家が反対するのは一つの流れになっている。

 住友生命保険も議決権行使についての集計を公表している。2015年度は議決権行使した2042社のうち会社側提案に1件以上反対した会社は139にのぼり、2社で棄権したことを明らかにしている。

 反対した議案は取締役選任で45議案にのぼっている。取締役会への出席率が低かった社外取締役の再任に反対しているケースなどがあるという。また、退職慰労金の支給も71議案で反対した。

 144兆円という巨額の年金資産を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、運用を受託する金融機関を通じて、スチュワードシップ・コードに則った議決権行使に動き出している。GPIFは日本株を33兆円以上保有東証一部の時価総額の6%近くに相当する規模になっている。多くの会社で実質的に筆頭株主になっており、GPIFの議決の行方は、企業経営に大きな影響を与える。

 2016年4月から2017年3月までに開かれた株主総会での、国内株式運用受託機関による議決権行使の状況をGPIFが開示している。それによると、会社提案の議案20万1886件のうち、8%に当たる1万6110件で「反対」票を投じている。買収防衛策の導入や退任役員への退職慰労金の贈呈に関する議案では50%以上で反対票を投じている。

 一方、株主提案として出された1449議題のうち、5.5%に当たる80件で賛成票を投じた。剰余金の配当や自己株式の取得といった年金生活者にプラスになる提案には賛成しているのだ。GPIFが「モノ言う株主」として動き出していることが分かる。

賛否を個別に開示し始めた野村アセット

 ここへきて、さらに注目される動きが出ている。株主総会での議決権行使内容について、賛否を個別開示する意向を固める機関投資家が出てきたのだ。スチュワードシップ・コードが改定され、個別開示が望ましいとされたことがきっかけだ。

 すでに第一生命は株式を保有する2200社で、賛否を全面開示する方針を決定した。また、住友生命も2000社を対象に全て開示する。いずれも秋には開示する意向だ。また、三菱UFJ信託銀行も8月に個別開示を予定する。三井住友信託銀行みずほ信託銀行も同様に開示する意向だ。

 一方、日本生命保険は「企業の中長期的な成長を阻害する懸念もある」として、当面個別開示は行わない方針を明らかにしている。スチュワードシップ・コードに従う法的義務はないものの、日本を代表する機関投資家が公然と「改定」が求めた個別開示に反対した事は、関係者の話題をさらっている。

 野村アセットマネジメントはひと足早く、2017年1月から6月までの株主総会での行使結果を公表した。4月から6月までに総会が開かれた1692社の会社側提案1万8250議案について、1560議案に反対している。率にして8.5%だ。一方、株主からの提案211件では7.1%に相当する15件で賛成票を投じている。

 その個別の賛否を見ると、なかなか興味深い。

 前述の武田薬品の株主提案には「賛成票」を投じ、黒田電気の株主提案には「反対票」を投じていたことが明らかにされているのだ。

 野村アセットは開示にあたり、「すべてはお客様のためにという理念のもと、資産運用を託される者としての義務を果たし、忠実に業務を遂行していきます」としている。運用を委託した人の利益を最大化するために積極的に「モノを言う」機関投資家の姿が、当たり前になろうとしている。

 安倍晋三内閣が成長戦略の一環としてコーポレートガバナンスの強化を打ち出して以降、日本の企業経営者の意識や行動は徐々に変わりつつある。だが、それ以上に、大株主である機関投資家が「モノを言い」始めた効果はさらに大きい。スチュワードシップ・コードや、それに伴う議決権行使の個別開示によって、経営者はこれまで以上に機関投資家の理解を得て経営せざるをえなくなる。議決権個別開示が日本企業のガバナンスを大きく変えることになるだろう。