「優秀で割安」シャープ・東芝の技術者が、続々外資に流出中 やっぱりこうなったか‥‥

現代ビジネスに8月2日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52459

技術者、逃げる

経営危機に直面する東芝から、有能な技術者が次々と流出している。先行きの見えない原子力事業部門などを中心に、会社を見限る動きが強まっているのだ。

まだ、退職に至っていなくても、水面下で転職活動をしている人たちは少なくない。とくに30歳から40歳台前半の、「最も現場で仕事をしている中堅ほど、浮き足立っている」(東芝を辞めた技術者)という。

50歳台も半ばとなれば、会社にしがみつくのが得策という計算も成り立つが、若手は「会社と心中するわけにはいかない」というのが本音だ。

東芝は2017年3月期の有価証券報告書が出せず、8月10日まで延期を認められているが、債務超過状態にあり、このままでは株式が上場廃止になりかねない。上場廃止になっても即座に経営破綻するわけではないが、資金調達もままならなくなるなど、信用力は大きく毀損する。上場廃止となれば、一気に会社を見限る中堅技術者が増えるに違いない。

「今まで、市場に出て来なかったようなピカピカの技術者が転職活動しています」と、転職支援会社のコンサルタントは言う。しかも、「かなりの割合で外資系企業に転職している」という。

今、外資系企業にとっては、理科系の優秀な人材を獲得する絶好のチャンスが訪れているという。もともと日本では、大学院で修士や博士課程を終えた理科系の学生は、研究室と関係の深い企業にそのまま就職するケースが多かった。

東芝など一流企業の場合、とくにそうした「関係」が濃密で、大学の研究室が定期的に有能な人材を送り込む役割を担ってきた。逆に言えば、有能な技術者は「労働市場」に出てくることなく、大学から企業へと送り込まれていたわけだ。

外資系企業からすれば、これまで、優秀な理科系の学生を採用するのは困難を極めていた。それが、このところの日本の製造業の“崩壊”によって、転職を希望する技術者が一気に「労働市場」に現れ始めたわけだ。

欧米の大手重電メーカーや化学メーカーなどが、積極的に技術者の採用を始めた。また、IT系の企業などもエンジニアの採用にシフトし始めている。

ついに気づいてしまった

今いる会社が傾いて転職活動をするとなると、悲壮感が漂いそうなものだが、東芝を後にした技術者たちはまったく違う。というのも、東芝よりも高い年俸など好待遇で転職しているケースが多いからだ。

日本の技術者にとっては、東芝の給与は決して安くはない。30歳台で年収1000万円を超える人もいる。ところが、東芝から外資系企業に転職した中堅技術者の場合、年収は東芝よりも3割近くも増えたという。

「日本の技術者の報酬が安すぎるのです」と米国が本社の大手IT企業の人事担当役員は言う。

「大学院の修士課程を終え、日本の製造業の現場で10年前後の経験を積んだ即戦力が1000万円ですから。海外の常識からすれば、考えられない水準です」

日本企業の場合、終身雇用が暗黙の了解事項のため、30歳台の給与は市場価値に比べて低く抑えられている。その代わり、市場価値が落ちた50歳台になっても高給が保証される。中堅社員も不満はあっても、いずれ部長や役員になれば元が取れると思ってきたわけだ。

ところが、日本を代表する製造業の経営危機が相次ぎ、「終身雇用」を信じる中堅若手が一気に減っている。そうなると、日本のメーカーの給与の安さが、際立ってくるわけだ。外資系企業は年齢や性別に関係なく、利益に貢献する社員にはそれに見合った報酬を支払う。

一方で、市場価値がなくなれば、給与がカットされたり、最悪、クビになったりするというのも事実だ。だが、日本では過度にこの点が強調され、日本企業の給与が低いことも致し方ないとするムードが強かった。

理科系大学を出た技術者の場合、自らの労働市場での「市場価値」を考えたこともなく、ひとつの会社で生涯を終えるのが普通だった。それが、経営不振によって、おのずと自らの「市場価値」を考えざるを得なくなっている。そして、技術者の待遇が日本では過度に低いことに気がつく中堅若手が増え始めているのだ。

箱が残っても意味がない

日本企業の場合、円高などで輸出採算が悪化すると、価格の引き上げなどを行わず、コスト削減に力を入れてきた。このため、人件費も抑えられ、有能な技術者にも「国際標準」並みの給与を支払うことができなかった。

それでも、今までは「閉ざされた」採用システムだったため、外資系企業に有能な人材をさらわれる心配はなかったのだが、それが急速に壊れ始めたのである。

これは、日本を代表する企業にとってだけでなく、日本の製造業全体にとっての危機だ。優秀な技術者が相次いで外資系メーカーに流れるとなれば、日本企業は人材の面から崩壊しかねない。同僚や先輩が転職すれば、その人的なつながりで転職が加速することになる。

伝統的な日本企業は、今でも日本型の雇用システムにこだわっている。終身雇用を前提にした年功序列賃金をなかなか壊せない。その結果、市場価値が高い優秀な人材を薄給で放置していることになるわけだ。

伝統的な日本企業は円安で潤った分を人件費にほとんど回していない。多くが内部留保に回されているのだ。それも業績連動の報酬ではなく、年功序列の報酬体系になっているためだろう。早急にこうした日本型の人事体制を見直し、中堅や若手に国際水準の給与を支払うことが先決だろう。

東芝など日本の代表的な企業が経営危機に陥ると、「日本の技術を流出させるな」といった議論が盛り上がる。だが、いくら会社という「箱」が残っても、優秀な人材がいなくなれば、技術力は守ることなどできない。