日本だから実現できた「妥協しない」モノづくり

Wedge Infinityで公開されている Wedge(ウェッジ)2018年11月号掲載の「Value Maker」です。オリジナルページ→

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14937

「ありそうで無いもの、長く使っていて飽きないものを作ってきました」

 そう語るのは、「ポスタルコ(POSTALCO)」のブランドでステーショナリーや革製品を生み出してきたデザイナーのマイク・エーブルソンさん。妻で同じくデザイナーのエーブルソン友理さんも、モノづくりでは「妥協はまったくしませんね」と笑う。

 そんなふたりが作る「ポスタルコ」の品々にほれ込む顧客は、世界に広がっている。

東京に拠点を移した理由

 ふたりが出会ったのは米国ロサンゼルスにある美術大学「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」。マイクさんはプロダクトデザイン、友理さんはグラフィックデザインを学んだ。卒業後はニューヨークでデザインの仕事をしていたが、意気投合して2000年にブルックリンで「ポスタルコ」を共同で創業した。

 だが、ふたりは翌年、「ポスタルコ」の拠点を東京に移す。自分たちのデザインを形に変えていくには、技術と熱意を持った職人との共同作業が不可欠だと感じたからだ。東京にはそうした職人が存在していたのだ。

 「例えば、この名刺入れ。開くと口が大きく開きます。そのためには高い技術が必要とされる縫製部分が増える。他の名刺入れにはない縫い方にすると職人さんにとっては面倒なのですが、たくさん名刺が入った時も形が崩れずにきれいに見えます」

 そうマイクさんは言う。そんなデザイナーの注文に根気よく付き合ってくれる職人が日本にはまだまだいる、というのだ。

 エーブルソン夫妻の流儀は、デザインしたら後は職人任せというのではない。職人と共に何度も試行錯誤を繰り返す。ただし、あくまでデザイン先行ではなく、使いやすさが第一だ。

 01年に初めて作った書類ケース「リーガルエンベロープ」は18年たったいまでも作り続け、店頭に並んでいる。何も入れないと薄くたためるが、マチがあってしっかり書類が入る。手で握る部分は革で、耐久性が高い。

 当初は想定していなかったが、最近はノートパソコンを入れる人も増えた。まさしく、ありそうでなかった便利なモノの代表格だ。

 「妥協しないモノ作り」には最適の場所である日本だが、その最大の難点は「安いものが作れないこと」だった。

 また、職人の手作業頼みの商品では、難しいものになればなるほど、数が作れない。どうしてもコストが高くなってしまうわけだ。

 例えば、構造の設計を一からデザインしたボールペン「チャンネルポイントペン」は無垢の金属棒から職人がひとつひとつ手作業で削り出している。

 ペンをポケットなどに差した際にクリップだけがネクタイピンのように見えるデザインはシンプルだが、それを実現するのはペンの構造から考える必要があった。

 当然、「ポスタルコ」の製品の価格設定の仕方は、一般のステーショナリーとはまったく違う。

原価を積み重ねて価格を決める

 普通ならば顧客のターゲットを定めて価格帯を決め、それに合わせてコストを絞るようなやり方を大手メーカーなどは採る。

 だが、「ポスタルコ」は、まずデザインを決め、職人と製造方法を詰めた段階で、原価を積み重ねて販売価格を決める。職人にも満足してもらえる対価を払うよう努める。

 「もちろん、無駄なコスト増になることはお客様のためにならないので避けます」

 と、マイクさん。例えば、数センチの違いで規格から外れコストが2倍になるようなものは、規格内に収めてコストを圧縮する。

 だから、「ポスタルコ」の商品は決して安いわけではない。書類ケースは税込みで3万円ほど、ボールペンは4万円前後だ。名刺入れは1万2960円だ。

 できあがるまでの手間暇や職人の手作りであることを考えれば、相応の値段とも言える。また、長年使い続けることができれば、むしろ安い、と言えるかもしれない。

デザイン、発想を実現するツール

 東京・京橋の複合商業施設「京橋エドグラン」の1階に「ポスタルコ」の直営店がある。04年に京橋にショップを開いた後、12年に渋谷に移転。再開発でビルが完成した16年に再び京橋に戻った。ステーショナリーだけではなく、バッグなども置くガラス張りの店舗はオシャレな高級有名ブランド店ばりだ。

 一見、輸入品を扱っているようだが、初めての来店客は「日本の職人の手作り」と聞いて一様に驚くという。

 京橋はショールーム的色彩が強い。「ポスタルコ」は初めから「世界」を視野に入れた販売を展開してきた。使い心地の良いものに対する興味は全世界共通だと考えたからだ。インターネットの普及で、オンラインショップが俄然(がぜん)力を発揮した。

 いま、売り上げの半分近くは海外からの注文だ。ウェブサイトはオシャレだ。製作までのストーリーやデザイナーとしての思いがつづられている。もっぱら友理さんの得意分野だ。

 「ポスタルコ」の最新作は「モーグルスキーチェア」。北極圏で使う犬ぞりの形から着想を得た。家具にも領域を広げるに当たって、本物の木の家具にこだわる「カリモク家具」とコラボレーションした。

 カリモクと組めばより良い木材を調達でき、イメージ通りのイスが作れると考えたからだ。受注生産方式で販売する。

 「ポスタルコのお店自体を大きくしようとは考えていません」

 と、友理さん。ポスタルコはあくまで、自分たちのデザインをモノとして実現するひとつのルート。他の企業などとのコラボレーションに力を入れ、自分たちのデザインや発想がより多く実現すればよい。そう考えているようだ。

 大量生産、大量消費の時代は、「良いものをできるだけ安く」という理念でモノづくりは進んできた。だが、世の中が豊かになり、モノが有り余る時代になって、そうした理念はデフレを加速させることになった。

 その反省もあって、「本当に良いものを作り、きちんとした値段で売る」流れが強まってきている。消費者も、価格一辺倒ではなく、「長く使えるものなら、少々高くても、本物がいい」という志向に変わってきた。

 「ポスタルコ」の品々はそんな日本社会の変化にフィットしていると言えそうだ。