「親子上場」で無視される少数株主の権利 ヤフー・アスクル経営権争奪戦の「背景」

ビジネス情報誌「エルネオス」の8月号(8月1日発売)『硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 

昨年末、ソフトバンク・グループ(以下、ソフトバンクG)の子会社である「ソフトバンク(以下、ソフトバンクKK)」が東証一部に上場した。もともとソフトバンクGが行っていた電話事業を分離して子会社化し、それを上場したのだ。公開後もソフトバンクGがソフトバンクKKの発行済み株式数の六六%超を持ち続けており、親会社も子会社も上場企業という、いわゆる「親子上場」の典型例になった。
 先進国の資本市場では「親子上場」は極めて異例だ。ある事業を分離して別会社にすることはよくあるが、それは第三者に事業を売却するのが狙いで、上場したとしても保有株の大半を売り切り、「親子」でなくなるのがほとんどだ。
 親子で上場すれば、親会社の株主と子会社の株主で利益相反が起きることになりかねない。親子間の商取引で親会社に有利な条件にすれば子会社の株主にとっては不利益になる。
 世界の企業のグループ経営は、連結決算の上位にある親会社が上場し、その価値をどう高めていくか、という視点で経営されるから、子会社に株主をつくって、そこで配当をするという考え方は起こらない。
 もう一つ問題が起きる。上場する子会社は圧倒的な「支配株主」が存在するわけだから、その他の株主、いわゆる「少数株主」は不利になる。ソフトバンクKKの場合、三分の二の株式をソフトバンクGが押さえているから、会社の方針はすべて親会社の意向で決まることになる。六六%を握っていれば、会社の方向性を決める重要な決定である「特別決議」をするのに必要な三分の二を初めから押さえているに等しい。つまり、その他の少数株主の声は聞く必要がなくなり、上場企業の自主性、独立性を初めから踏みにじる。

ヤフーの連結子会社化の際には
アスクルの独立性維持で合意

 そんな親子上場の問題が噴出する事例がこのほど表面化した。東証一部上場でオフィス用品通販大手のアスクルと、同社の株式の四五・一八%を持つ、同じく東証一部上場のポータルサイト運営大手ヤフーの間で、経営権を巡る騒動が勃発したのだ。ヤフーのアスクル株持ち株比率は四五%だが、実質支配力基準を取る国際会計基準IFRSを使うことで、二〇一五年にヤフーの「連結子会社」になった。連結決算の対象にする際に、ヤフーとアスクルは業務・資本提携契約書を交わし、アスクルの経営の独立性を維持することで合意。これ以上の株式の買い増しはしないこと、取締役会に送り込むヤフー側の取締役を二人に限定すること、取締役の選任はアスクル側の手続きで行うことなどを申し合わせていた。
 それが、今年六月に突然、アスクル岩田彰一郎社長(写真)の退任をヤフーが求めたという。それをアスクル側が拒否すると、八月二日の株主総会で岩田社長の取締役選任議案に反対する旨を通告したのだ。創業以来社長を務める岩田氏を追い出せば、後は支配株主として自由にできると考えたのだろう。
 アスクルの岩田社長は記者会見を開いてヤフーの横暴ぶりに怒りをぶちまけたが、その際に強調したのがアスクルの一般株主、ヤフー以外の「少数株主」の利益が侵害される、という点だった。
 ヤフーは当初、アスクルに対して一般ユーザー向けの通販事業であるロハコをヤフーに譲渡するよう求めてきたという。これをアスクル社外取締役や社外監査役らで構成する「独立役員会」が審査し、ヤフーの利益にはなるかもしれないが、アスクルの少数株主の利益には反するとして、拒否していた。
 ヤフーは岩田社長の再任を「数の力」で拒否し、岩田氏を追い出せば、取締役会を支配でき、ロハコ事業を手に入れられる、そう考えたのだろうか。
 通常、株主が会社側の取締役選任議案に反対する場合、株主提案をして独自の候補を立てるのが普通だ。あるいは、会社を自由にしたければTOB(株式公開買い付け)を行って少数株主の株式を買い取り、一〇〇%子会社化する手続きを取る。ところが、今回、ヤフーはどちらの手続きも取っていない。株主総会の場で、いきなり岩田氏を取締役から排除し、その他の取締役に言うことを聞くよう、半ば恫喝しているわけだ。
 当初ヤフーは、八月二日の株主総会に「動議」を出し、別の人物を社長候補として取締役に選任するのではないかとみられたが、総会を前にして、社長は送り込まないと表明している。まったく異例の展開になりそうだ。

「成長戦略実行計画」の中でも
市場の信頼性毀損を懸念

 実はヤフーもソフトバンクKKの「子会社」である。もともとソフトバンクGの傘下だったが、上場企業として独立性が高かった。ところがソフトバンクGの子会社であるソフトバンクKKに株式が譲渡されソフトバンクKKの子会社となった。つまり、ソフトバンクGからみれば孫会社になったのだ。
 つまり、アスクルはヤフーの「子会社」だから、ソフトバンクGから見れば「ひ孫会社」ということになる。そのいずれもが上場しているという、世界的に例を見ない歪な垂直関係になっているのだ。
 かねてから「親子上場」は問題視されてきた。実は今年六月に閣議決定された「成長戦略実行計画」の中でも、日本のコーポレートガバナンスの見直しの課題として親子上場が指摘されている。そこにはこう書いてある。
「特に、支配的な親会社が存在する上場子会社のガバナンスについては、投資家から見て、手つかずのまま残されているとの批判があり、日本市場の信頼性が損なわれるおそれがある」
 政府が懸念していることが、まさにソフトバンク・グループで起きているのだ。金融庁東京証券取引所は今後、上場子会社の独立性保持や、親子上場の制限といった政策を検討していくことになるだろう。そういった面でも、今回のアスクルとヤフーの騒動の行方が注目される。
 ヤフーには一〇%強の株式を保有する文房具大手プラスも同調すると発表している。株主総会となれば、ヤフー側が六割近い株式を押さえていることになり、資本の論理だけでいえば、ヤフーの勝利は歴然としている。しかし、議決権の過半を握れば何をやってもよいのか、少数株主の利益は守られないでよいのか。日本の上場企業のあり方が根本から問われることになる。