あなたにも及ぶ東電株急落の影響 資産株があっけなく消える悲劇

ビジネス情報月刊誌「エルネオス」連載──①(5月号=5月1日発売)
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硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫

編集部のご好意で毎月発売日である1日にブログでも公開することになりました。


原発事故の連帯責任?
 東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故は収束の兆しが見えない。そんな中で、東京電力の株価は震災直後から大幅に下落を続けた。震災当日の三月十一日に二千百二十一円だった株価は、週明けの十四日から急落を続け、四月六日には一時二百九十二円の最安値を付けた。
 原発事故に対する東電の対応の鈍さにしびれを切らす国民感情からすれば、東電株が大きく売り込まれるのも「当然のこと」というのが率直なところだろう。東電株に投資している株主が損失を被るのも、東電の甘い経営をチェックできなかった株主としては致し方ないということかもしれない。
 だが、現実には東電の経営とは何ら関係がない普通の国民までが原発事故で連帯責任を負わされると聞いたら、耳を疑うにちがいない。だが、東電株の下落はそういう実態を伴っている。
 どういう意味か。東電の株主構成は極めて異質だ。昨年九月末時点での、信託銀行名義を除いた実質的な株主でいくと、最大が第一生命保険で、これに日本生命保険が続く。保険契約者から預かった資金の運用先として東電株を大量に保有してきたのだ。保有株数は第一生命が五千五百万株、日本生命が五千二百八十万株である。震災当日の株価と四月六日の二百九十二円で比較すると、両社ともに保有株の価値が一千億円も目減りしたことになる。三番目の株主は東京都。四千二百六十七万株を保有しているから七百八十億円の価値が消えたことになる。このほか、大株主には三井住友銀行みずほコーポレート銀行などが並ぶ。発行済み株式の三分の一を超す三六・三%を金融機関が保有している。
 このように自治体や、公的な性格の強い金融機関が大量に株式を保有しているのは「安全性の高い資産株」という位置づけが長年されてきたからだ。もちろん東京電力は民間の上場企業だが、電力供給では地域独占を許されており、「暗黙の政府保証がある」(投資ファンドの責任者)と考えられてきたからだ。つまり、「東電が潰れることはあり得ない」と思われてきたのである。個人で株式を保有している人の多くも、短期間で売買する目的ではなく、代々「資産株」として保有し続けてきた人が少なくない。
 そうしてでき上がった特殊な株主構成によって、株価が大幅に下落したり、会社破綻によって株式が紙屑になった場合、かなり幅広く国民に影響が及ぶことになる。保険会社が株価下落で損失を出せば、最終的には保険契約者にしわ寄せが行くし、東京都が損失を被れば、住民の財産が目減りすることになる。また、年金基金などが電力株などで運用するケースは多く、年金の運用利回りが大幅に下がる可能性もある。東電株など持っていないので関係ないと思っていたあなたにも間接的な影響が及ぶ可能性は小さくないのだ。
 ましてや、個人で資産形成のために東電株を保有してきた人たちの影響は直接的だ。端的な例が東電の社員。従業員持株会名義で二千二百十七万株持っており、四百億円以上が吹き飛んだ計算になる。会社の存亡すら分からない中で、これまで蓄えてきたものの一部が大きく毀損してしまってはやりきれない。
 これまで電力株は配当を目当てに投資されることが多かった。二千円の株価で年間六十円の配当が支払われると、利回りは三%。現在の定期預金金利〇・〇三%程度と比べても百倍近い。保険会社にせよ銀行にせよ、大量に株式を保有した背景には、この配当利回りの高さがあった。
 だが、今回の大震災で、利回り百倍の背景に大きなリスクがひそんでいたことが図らずも明らかになってしまった。原発でひとたび事故が起きた時の損失の大きさは百倍では済まないということをまざまざと思い知らされる結果になったのだ。

東電国有化と既存株主
 東電の株価が社会的に大きな影響を及ぼすだけに、東電という株式会社を今後どうするのかという議論をも大きく左右することになるだろう。東電は、原発事故の早急な押さえ込みや、原発事故に伴う被害の補償を行う義務を負い続ける一方で、電力供給を独占しており、日々、電力を発電して供給し続ける機能を担っている。この機能を止めることができないのは明らかだ。だが、数兆円にも及ぶとされる原発事故の被害補償を行えば、株式会社として経営がもたないこともはっきりしている。電力供給を続けながら、企業体としてどうしていくのか。簡単には結論が出ないだろう。
 国が株主の損失を直接補償することは難しいが、国が東電を増資などによって支え続ければ、結果的に株主は損失を免れることになる。一方で、事故直後から有識者の間で語られているように、東電を国有化するとなると、既存の株主は救われない。
 菅首相原発事故の被害救済について「一義的には東電の責任だが、国が最終的に補償する」と述べている。だが、単純に東電を国有化すれば、国民の税金を使って東電を救済する格好となる。原発事故をめぐる東電の対応について批判が強い中で、それでは国民の理解を得られない。
 東電の行方が見えない中で、株価も神経質な動きを続けている。震災一カ月後となる四月十一日には株価を五百円台に戻す場面もあった。値動きの荒い展開に、個人のデートレイダーなどの格好の投機対象となっているとの見方もある。
 明らかなことは、東電株がもはや資産株とは呼べない存在になったことだろう。福島第一原発の事故のレベルが旧ソ連チェルノブイリ原発の事故と同じ「レベル7」に引き上げられ、他の電力会社が持つ原発の安全性にも不安が広がっている。そんな中で電力株全体が、表面的な配当利回りの高さだけでは到底買えない株式になっている。

連載第2回6月号は近日公開します。