大震災で問われる「幸せとは何か」 OECD幸福指数19位は日本が大きく変わるチャンスだ

 大震災で人々の価値観が大きく変わった。これは阪神淡路大震災の時も見られた現象で、その後、日本がデフレや金融危機に陥るひとつの要因になった、と私は考えている。人々のマインドの変化、つまり景気の「気」の変化である。 
 今回の大震災でも国民のマインドの変化、価値観の変化が、日本経済の先行きに大きな変化をもたらすに違いないと思う。だからこそ、かねてから指摘しているように、国の将来ビジョンやグランドデザインが必要なのだ。

 価値観を測る尺度は難しい。今、世界で「幸福」の尺度を求める動きが広がっている。5月にOECDが発表した幸福指数もその1つだ。日本は34カ国中19位だったが、これを「どうせ日本は」と捉えるのか、これをバネに日本を変えていこうと思うのかで、その意味合いは大きく違ってくる。
 以下、講談社「現代ビジネス」に掲載した拙文を掲載する。なお現代ビジネスのWEBにはOECDの指標結果を加工したランキングなども掲載しています。 
 http://bit.ly/lU2o9j


磯山友幸「経済ニュースの裏側」 現代ビジネス 20110601公開
 幸せとは何か---。国民の幸福度をどうやって測るのかは、経済学にとって悩ましいテーマだ。長い間、経済成長することこそが幸せだと考え、GNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)を指標として使い続けてきた。だが、こうした成長一辺倒の考え方が、環境問題や資源不足、社会問題などを引き起こすに及んで、GNPに代わる指標を求める動きが強まっている。

 経済成長の旗振り役とも言える国際機関、OECD(経済協力開発機構)も、国民の生活の豊かさを測る新しい指標の開発に取り組んできた。日本でも民主党政権が発足し、菅直人首相が施政方針演説で「最小不幸社会」というコンセプトを打ち出したが、これも幸福とは何かを追求しようというOECDなどの世界的な動きと連動したものと言える。

「安全」第一位だったが
 加盟34カ国を対象に、「住宅」「収入」「仕事」「コミュニティ」「教育」「環境」「ガバナンス」「健康」「生活満足度」「安全」「ワークライフバランス」の11項目を指数化したものだ。OECDとしてはそれぞれの指標での国際比較をすることが主眼で、総合ランキングすることに重点が置かれているわけではない。とはいえ、日本はいったい総合何位なのかは気になるところだろう。

 そこで、11項目の指数を単純平均してランキングすると、右の表のような順位になる。34カ国中トップはオーストラリア。これにカナダ、スウェーデンと続く。日本は19位だ。ほとんどの西洋先進国の後塵を拝し、日本より下位のG8はイタリア(24位)のみ。

多分に西洋的な幸福感が反映されているとはいえ、残念な結果ではないだろうか。

 「ウサギ小屋」という揶揄は聞かれなくなったが、「住宅」指数の順位は23位と真ん中より下。「ワークライフバランス」に至っては32位と、下にはメキシコとトルコしかいない状態で、相変わらずの「働き蜂」「会社人間」ぶりだと見なされている。「環境」や「健康」「生活満足度」の指数でも順位は真ん中より下だった。また、政府の透明性や説明責任を果たしているかといった「ガバナンス」でも順位は低かった。

 一方で、日本の評価が高かったのは「安全」で34か国中1位。「教育」もカナダ、フィンランド、韓国の道立1位に次ぐ4位だった。また、「収入」指数も8番目である。

 今回の「よりよい暮らし指標」は、一般的に使われているGDPなどの順位とは大きく異なる。GDPはどれだけ多くのモノやサービスを生み出したかを表す。GDPの総額が大きい順に並べたのが右の表だ。

 もちろん、日本のGDPの総額順位はOECD加盟国では米国に次いで2位である。落ちぶれたと言っても大きな富を生み出している日本だが、国民がそれで幸せか、ということになると、順位が大きく後退してしまう、というわけだ。

 また、GDPを人口で割った国民1人当たりGDPでみると16位。「よりよい暮らし指標」の順位はさらに下の19位だから、国民1人が生み出した富の量では測れない「幸せ」指標で他の国々に負けていることになる。

 トップのオーストラリアはなぜ幸せなのか。11分野でみると「健康」「ガバナンス」がトップで、「住宅」も2位。「仕事」や「コミュニティ」「生活満足度」も高かった。真ん中以下の順位だった指数は「ワークライフバランス」だけだ。

 2位のカナダはどうか。「住宅」と「教育」がトップで「生活満足度」が2位、「健康」「安全」も順位が高かった。すべての項目が真ん中以上の順位になっている。

8時間働き、8時間余暇を楽しみ、8時間寝る
 他国との比較を見ると、必ずしも納得できない結果も散見される。だからと言って、こんな指標は無意味だと切り捨てることはないだろう。

 東日本大震災以降、被災地以外に住む人々の間からも「価値観が変わった」という声を多く聞く。これから日本が国家として追い求めていく「国民の幸せ」とは何なのか。今回の「よりよい暮らし指標」による“国際的な視点”を生かして、これからの日本の幸福を追求していくべきだろう。

 安全や教育など評価の高い項目に磨きをかけ、一方で順位の低かった「ワークライフバランス」のあり方などを真剣に考えてみてはどうか。

 「8時間働き、8時間余暇を楽しみ、8時間寝る。これが国民が考えるワークライフバランスです」とブータン王国の政府高官は言う。「労働時間を増やせば収入は増えるかもしれないが、ストレスは増し、楽しみは減る。それで幸せですか」。そうも問いかける。

 1970年代からGNPに代わる幸福の指標としてGNH(Gross National Happiness=国民総幸福度) を掲げてきたブータン。一方で、経済的なつながりが深い隣国インドの急成長で、経済発展の波が押し寄せている。

 ブータン流の幸せとは何なのか。経済発展の中でそれは維持できるものなのか。次回は、3月に訪ねたブータン取材のレポートをお届けする。