「日本が成長できない」は嘘 シンガポール知恵の七柱

この10年間、シンガポールのGDP(国内総生産)額は1・7倍になったのに、日本はわずか7%増に過ぎないというと、日本の低成長ぶりが浮かび上がります。なぜ、シンガポールは猛烈な経済成長を遂げたのか。その1つの要因として、明確な「国家ビジョン」の有無を取り上げました。「シンガポールは小国で単純比較はできない」「シンガポールは強権国家で制度がいつ変わるか分からない」と言った批判があるのも承知しています。シンガポールという国を礼賛しているのではなく、国家ビジョンを明確に示すシンガポールの戦略性に学ぶべきだと思うのです。民主党政権になって「国家戦略担当大臣」という大仰な名前のポストを作りました。しかし、それに見合うような、国民誰もが将来に希望を抱くような国家ビジョンは示されていないと言っていいでしょう。今こそ、国家の大きな方向性決めるために、国民を挙げて議論すべき時ではないでしょうか。

WEDGE 9月号 復活のキーワード「国家のビジョン」

→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1487

編集部のご厚意で以下に転載させていただきます。


 東日本大震災からの復興に向けて、政府の復興構想会議が6月末に「復興への提言〜悲惨のなかの希望〜」をまとめた。その中に、こんな一節がある。

 「震災を契機に、生産拠点を日本から海外に移転するなど、産業の空洞化が加速化するおそれがあり、国内の立地環境の改善が急務である。被災地の復興とともに、日本経済の再生に同時並行で取り組む必要がある」

 まさに正しい指摘である。被災地の復旧・復興を進めるには日本経済全体を同時に立て直さなければならない。そのためにはまず、グランドデザイン、ビジョンが必要だ。復興構想会議の大きな役割の一つは、そうした国家ビジョンを示すことだったはずだ。だが、今回の提言で、日本経済再生に関する部分は具体性に欠け、今後の日本のビジョンと呼べるだけの全体像は描かれず終いだった。

 「失われた20年」と呼ばれるバブル経済崩壊後の日本の低迷は、そうした国家ビジョンを喪失した故の帰結だったとみていい。輸出で外貨を稼ぐことで経済成長を成し遂げるという第二次世界大戦終戦からの“復興モデル”が、バブルの崩壊と共に消え失せたのだが、その後の針路をいまだに見いだせていない。東日本大震災を経て、今こそ明確な国家ビジョンを描くことが必要になっている。

 世界の多くの国が明確なビジョンを持ち、国づくりに力を注いでいる。そんな一例として、今回はシンガポールを取り上げることにしよう。

世界中からヒト・モノ・カネを集める

 今、熱帯の小国シンガポールは、未曾有の好景気に沸いている。町中いたるところで建設ラッシュが続き、中国をはじめ世界中から観光客が押し寄せている。街中は若者の姿が多く、活気に溢れている。

 シンガポールの象徴であるマーライオン像が立つ港の対岸には、マリーナ・ベイ・サンズと名付けられた広大な埋め立て再開発地区があり、三本の高層ビルの屋上を、船をモチーフにしたデッキがつなぐ奇抜なデザインが目を引く。デッキにはプールやバーがあり、足下のビルには高級ホテルや「アジア最大」を売り物にするカジノ、ショッピングモールが入っている。また、オペラ座や大観覧車などの娯楽施設が並ぶ光景はテーマパークのようだ。ここ10年ですっかり風景が一変した。

 シンガポールの2010年の実質GDP国内総生産)成長率は前年比14.5%。同国としては過去最高の伸び率を記録した。リーマンショックの影響で09年がマイナス0.8%だった反動があるとはいえ、猛烈な成長率である。ちなみに11年も5%を超える成長を見込む。

 そんなシンガポールの繁栄は、決して偶然の帰結ではない。世界中からヒト・モノ・カネを集める明確な国家ビジョンを持ち、それを推進してきた結果なのだ。

 シンガポールは都市計画の総合的な青写真として「コンセプトプラン」を持ち、ほぼ10年に一度見直している。01年に発表した「コンセプトプラン2001」では、1住み慣れた地域に新しい住宅2都市部住宅の高層化3多様な娯楽4ビジネスの自由度の拡充5世界的なビジネスの中心地6鉄道網の整備7独自性の重視─の七つが柱として掲げられた。国家が一方的に計画を押し付けるのではなく、タタキ台を国民に公表し、意見を公募するなど広く英知を結集して作られた。

 住宅や交通などインフラの整備が目立つのは、大幅に人口を増やすために必要な基盤だったからだ。実際、その後の10年でシンガポールは人口を大幅に増やした。10年前に403万人だった人口は現在500万人を突破している。日本同様、豊かになった国民の間での出生率は低いため、人口増加の原動力となったのは移民政策だった。人口508万人のうち国民は323万人で、これに永住権保持者が54万人いる。さらに「一時滞在者」資格の外国人が131万人いるのだ。ちなみに将来は650万人にまで増やす計画を描いている。

“優秀”な外国人をヘッドハントする

 移民政策の柱は、シンガポールの国づくりに役に立つ“優秀”な外国人を世界中から集めることだ。そのために、政府は条件を付けて永住権を与える政策を取ってきた。永住権保持者はこの10年でほぼ2倍になった。世界の富裕層や事業家、金融マン、最先端技術者、学者など、自国にプラスになる人材を政府職員が勧誘して歩いている。

 もちろん日本人の富裕層などもそのターゲット。中央銀行であるシンガポール金融管理局(MAS)の職員が、日本の資産家などを訪ね歩いている。

 「金融投資家スキーム」と呼ばれる移民促進策では、金融資産2000万シンガポールドル(約12億円)以上を保有する資産家を対象に、シンガポールの銀行に一定額を移した場合に永住権を与える。移住者の数などを見ながら必要額が見直されており、11年からはそれまでの500万シンガポールドル(約3億円)から1000万シンガポールドル(約6億円)に引き上げられた。

 世界のビジネスの中心地にするために、シンガポールの利便性や快適性、娯楽性を高めようという国家ビジョンに従って街づくりが行われている。空港を世界のハブ(乗り継ぎ地)にするという戦略も明確だ。1981年の開港以来、拡張を続け、今では4つのターミナル(うち1つは格安航空会社専用)を持ち、さらにもう1つターミナルを増設する計画を持つ。

 24時間オープンしている空港は利便性や快適性を追求。旅行者の間で世界でも最も人気の高い空港の一つになった。10年の乗降客数は4200万人に及び、成田空港の3400万人を大きく上回る。人口が20分の1であることを考えると、驚異的な数といっていい。

 世界から資産家を集めているのも、主要産業の一つと位置づける金融業を拡充するためだ。プライベートバンキング投資信託ヘッジファンドなどの国際拠点として急速にその地位を高めている。

 10年には、自動車レースのF1を誘致した。オペラ座やカジノなど娯楽施設に力を入れるのは「生活の質」を高めること。劣悪な生活環境では、世界の高度人材は決して集まって来ないという発想がある。

 00年に1652億シンガポールドルだった実質GDPの額は10年に2845億シンガポールドルと1.7倍になった。この間に日本は503兆円から539兆円と7%増えたに過ぎない。

 少子高齢化が進む日本は、もはや成長を取り戻すことはできない、という声をしばしば聞く。果たして本当だろうか。日本にはまだまだ潜在力がある。世界中からヒト・モノ・カネを集め、より豊かな生活の質を追い求める明確な国家ビジョンを持つことだろう。諦めるのはまだ早い。
                                ◆WEDGE2011年9月号より