財政危機をいくら煽っても市場で買い進まれる日本国債。財務省悲願の消費増税にマーケットは味方せず

ギリシャではEUと合意した緊縮財政に反対する急進左派連合が第二党に躍進、フランスでも仏独協調を否定するオランド氏が大統領となりました。危機を克服に向けた取り組みの「最後の壁」が民主主義であったというのは何とも皮肉なことです。「国の将来はともかく、緊縮には反対だ」と言い続けた政党や候補が支持を得るというのは、しばしば起きる現象です。次の日本の総選挙でも「国の財政がどうなろうとも消費税増税には反対」と主張する政党が勝利するのでしょうか。国民に甘言を弄する政党の否を問うのは簡単ですが、国民にきちんとした正確な状況を理解させることよりも、危機感を煽ることで増税しようとしてきた政府の責任も大きいと思います。いよいよ消費税増税が本格論議に入ってきました。果たしてどうなるのでしょうか。講談社「現代ビジネス」にアップされた拙稿を編集部の御厚意で再掲します。
オリジナル → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32560


 財務省がこのほど今年3月末の「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」を発表した。国債や借入金、政府短期証券などのいわゆる「国の借金」の残高は合計で959兆9,503億円。1年前に比べて35兆5,907億円も増加し、過去最多を更新した。国民1人当たり752万円という多額の借金だ。

 一方で、国の財政状況は大幅な税収不足が続いたまま。2009年度以降、税収額よりも新規国債発行額が多い状態が続いている。こちらも第二次世界大戦敗戦後の混乱期以来の状態で、まさに異常事態であることは間違いない。このままでいくと、「国の借金」は来年3月末までには1,000兆円の大台に乗せると、新聞各紙はこぞって危機感を煽る。

 さらに、債務残高の対国内総生産(GDP)比は、2011年で213%に達する。欧州債務危機で火がついたイタリアは129%だ。いつイタリアのように国債金利が上昇し、国債発行に支障をきたしかねない、という危惧も広がっている。日本政府の財政状態はいわば満身創痍の状況なのだ。

 だからこそ増税が必要なのだ、というのが財務省の主張だ。野田佳彦内閣は消費税増税を盛り込んだ税・社会保障の一体改革に関する法案をすでに国会に提出。いよいよ本格的な審議が始まろうとしている。このままでは年金など社会保障が行き詰まるので消費増税を、という論理展開が「税・社会保障一体改革」のキモだが、年金制度の将来像などが描ききれておらず、国民の理解がなかなか得られていないのが実情だ。

 そうなると、「借金まみれを何とかしないと国が潰れる」と危機感を煽るのが手っ取り早い。ところが、財務省が発表する危機的な財政データに、日本の国債市場が反応しないのだ。

 普通ならば財政がボロボロな政府にカネを出して国債を買う投資家などおらず、国債価格が下落し、金利が上昇することになる。ギリシャやイタリアで起きたことが日本で起きてもおかしくないのだ。ところが、なぜか日本の国債市場では、まったく逆の反応が起きている。

 5月15日の債券市場では、長期金利の指標である新発10年物国債(322回債、表面利率0.9%)の利回りが一時、0.835%にまで低下した。2010年10月以来、約1年7ヵ月ぶりの低水準になったのである。財政の悪化を横目に国債は買われ続けている。もはや国債バブルとも言える状況になっている。

財務省の「期待」を裏切り続ける国債市場

 最悪の財政状態なのに、なぜ日本国債は買い進まれるのか。その理由の1つは、日本国債の信用が「相対的に」高まっていることにある。

 ギリシャの連立政権協議が難航しており、欧州で再び債務危機問題が深刻化するとの懸念が強まっている。スペインの10年物国債の利回りが5月14日に6.3%を付けるなど、ギリシャ問題が、財政基盤の弱い南欧諸国に問題が飛び火している。ユーロ圏が再び不安定化し始めたことで、世界の投資家が、日本国債を「相対的に」安全性が高いと見たわけだ。そんな見方が投資家の間で広がったことあで買いが入っている。

 2つ目の理由が、まだまだ日本国債の消化には道筋がある、という見方が強まっていることだ。

 920兆円発行残高がある日本国債の9割以上は国内投資家に保有されている。圧倒的な割合を銀行や保険会社などの金融機関が保有する。その金融機関の背後にあるのが1,400兆円とされる個人金融資産だ。その資産が金融機関を通じて国債に流れ込んできたのだ。大半が高齢者の資金とみられる。

 これまでの見方は、団塊の世代が定年に達することで、金融資産の取り崩しが始まる、というものだった。銀行預金などが引き出されれば、金融機関による国債購入の余力が落ちる。

 ところが団塊の世代が本格的に退職し始めても、今のところ、本格的な取り崩しは起きていない。理由は団塊の世代が経済的に恵まれた世代だという点にある。退職金も多いうえに、もらえる年金の受給額も多い。一方で、住宅ローンなどはすでに完済しているケースが少なくない。

 団塊の世代への年金支給が本格化すると、年金財政は一気に苦しくなる。国の財政はさらに悪化する方向に動く。だが、逆に言えば、その年齢層の個人の経済力は落ちないのだ。つまり、団塊の世代以上の高齢者が貯蓄を取り崩すのはまだまだ先、ということになる。つまり本格的な日本国債の「売り」要因になるのにはまだ時間がかかるというのだ。

 3つ目がここへ来て急速に浮上している国債の日銀引受への圧力だ。デフレを克服できないのは、日本銀行のマネーの供給量が足らないからで、国債を直接引き受けて日銀券を刷りまくれ、という主張が国会の中で急速に力を得ている。

 日銀は2月に実質的なインフレ・ターゲットの導入を表明するところまで追い詰められた。この時は為替が急速に円安にふれるなど、市場も反応したが、その後、再び円高圧力が強まっている。国会では日銀にマネー供給を増やさせるよう政府が直接的に指示できるようにすべきだとして、日銀法の再改正を求める動きまで出ている。

 こうした動きに日銀はもちろん抵抗している。5月の大型連休明けに、金融緩和強化に伴う国債の買い入れ増によって今年末には、日銀が保有する長期国債の残高が92兆円と、日本銀行券(お札)の発行残高83兆円を上回るとの見通しまで示した。政府が支出を賄うために紙幣を発行する「財政ファイナンス」に歯止めをかけるために日銀は銀行券残高以上の国債保有しないという「銀行券ルール」を持っているが、これを上回るというのだ。

 政治圧力によって国債の買い入れを迫られる事態は避けたいという日銀の思いが透けて見える。だが一方で市場では、銀行券ルールが事実上形骸化することで、むしろ国債消化への安心感が広まっている、という。

 日銀が設置した資産買入基金では、当初、買い入れ対象を2年物以下としていたが、4月末の追加緩和で3年物以下にまで範囲を広げた。実際、この追加緩和の結果、市場では国債3年物の金利が低下した。これからも対象資産を拡大する可能性がある、という見方が広がっている。

 消費税率の引き上げは言うまでもなく財務省の悲願だ。ようやく法案提出にまで漕ぎ着けて、何が何でも成立させたいという思いが滲む。ギリシャやイタリアの連想で、ほんのわずかでも日本国債金利が上昇してくれれば、法案通過の大きな後押しになるのは間違いない。だが、今のところ、そんな財務省の一縷の期待をも、市場は裏切っている。