「もう十分に身を切った」?

日本で行政改革は永遠のテーマです。財政赤字がこれだけ膨らんでいるのですから当然です。東日本大震災もあって、公務員給与を7・8%も削減することになり、実施に移されしました。公務員にとってはこれだけの削減は初めてのことです。それだけに、霞が関には不満が渦巻いています。月に1回書いているフジサンケイビジネスアイの1面コラムにそんな話を書きました。オリジナルのウェッブページもご覧下さい。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120518/mca1205180504008-n1.htm


 最近、霞が関を歩いていると、「自分たちはもう十分に身を切った」と真顔で語る官僚が少なくない。平均で7.8%もの公務員給与の削減が実施に移され、実際に手取りで数万円も減った。露骨に口に出しては言わないが、憤懣(ふんまん)やるかたない様子なのだ。

 「もうこれ以上、行政改革なんてたまらない。身を切るのは公務員ではなく、国会議員の番だろう」。そんな調子だ。

 官僚の多くはいまだに、自分たちの給与は民間よりも低いと信じて疑わない。その薄給をカットするとは、と被害者意識に近い感情が芽生えている。

 だが、国民の側からすれば話はまったく逆だろう。過去20年近く賃金が下落してきた民間企業を横目に、公務員給与はほぼ一貫して増え続けた。人事院の統計でも既に民間を上回っている。今回の7.8%の削減にしてもたかが2年間の限定だ。公務員給与の削減はまだまだ不十分、ということになる。

 どうも霞が関と国民の間に埋めがたい認識ギャップが生じている。さて、そのはざまで民主党政府はどう行動するのか。

 大型連休明けの5月7日、政府は「行政改革に関する懇談会」の初会合を開いた。稲盛和夫・京セラ名誉会長や葛西敬之JR東海会長ら有識者10人を集め、国家公務員の総人件費の削減など、霞が関に切り込む司令塔にするという。

 1980年代に土光敏夫氏が行革に辣腕(らつわん)を振るった第2次臨時行政調査会、いわゆる土光臨調をモデルにするという触れ込みだ。土光臨調は当時の中曽根康弘首相とともに、反対を押し切り、国鉄(現JR)や電電公社(現NTT)の民営化を成し遂げた。

 野田佳彦首相は懇談会の発足に当たって、「『より一層、身を切る改革を行え』という国民の声をしっかり受け止め、結果を出していきたい」と決意を語った。野田首相が不退転の決意で取り組む消費税増税に国民の納得を得るには、さらなる行革が不可欠、ということだろう。

 ここまで聞くと、政府は霞が関ではなく、国民の視点に立って、行革を進める姿勢を示しているように思える。だが本当にそうなのだろうか。

 勇ましく「平成版土光臨調」という割には懇談会の位置付けは弱い。行革担当の岡田克也副総理の私的諮問機関で、一般の審議会よりも軽く、何の法的な拘束力もない。政権交代直後の看板だった「行政刷新会議」の方がまだマシだ。閣議決定で設置され、議長は首相。非力と批判されてきたが、まがりなりにも首相が決断すれば、霞が関はそれを無視できない。ところが民主党はこの刷新会議を廃止する方向という。

 非力な私的諮問機関をその後釜にするとすれば、行革などできるはずはない。もしかすると、民主党政府は霞が関の側に立っているのではないだろうか。(ジャーナリスト 磯山友幸