グローバル経営の手本 矢崎総業の戦略

WEDGEの5月に掲載した記事を編集部のご厚意で再掲させていただきます。オリジナルページは
→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1864?page=1

 急速に進んできた円高は目先一服の気配である。政府は、円高が進めば国内産業が空洞化しかねないとして、日本に残すべき企業の事業所に助成する制度などを作ってきた。

 それならば円高一服でひと安心かといえば、決してそうではない。国内景気が低迷から抜け出す気配がない一方で、中国など新興国市場の成長は続いているのだから、当然、日本企業は新興国で儲けようと考える。政府の思惑とは別に、日本企業のグローバル化はそう簡単には止まらないのだ。

 1年ほど前に日本経済新聞が調べた主要企業の対応では、グローバル化に拍車をかけようとする姿勢が鮮明に窺えた。東芝日立製作所パナソニックなど電機大手がこぞって海外売上高を全体の半分以上にする計画を持っているという記事だった。東芝55%→63%、日立41%→50%超、パナソニック48%→55%といった具合である。

 いずれも過半を国外で稼ぐ会社になる、という意思を持っていることを示していた。円高で輸出競争力が落ちたという面も確かにあるが、市場があるところへ果敢に出て行こうと、いよいよ腹を括ったのである。

 日本企業のグローバル化はここ20年の大きな課題だった。だが、なかなか進まなかったのが現実だ。国内市場がそれなりに大きく、リスクの大きい海外事業に打って出ないでも、経費の削減などでコストを圧縮すれば何とか食いつなぐことができたからだ。

 円高が進んで輸出産業は大打撃を受けたと信じられているが、為替も実質実効為替レートで見れば相対的に円安が続いてきた。このため、輸出も実は増えていたのだ。財務省の統計をみれば輸出総額は1991年には42兆円だったが、2011年は65兆円である。

 だが、ここへ来て、国内市場の成長が見込めず、円高が一段と進んで輸出採算が厳しくなった。企業はいよいよグローバル化の道を進むしかなくなったのである。

内需型産業は成長できないのか?

 「海外で(安く)作れるものは海外にもっていくのが基本的な考えです」

 自動車用機器大手である矢崎総業の矢崎陸専務は言う。主力のワイヤーハーネス(自動車内配線)は組み立てに人手がかかる労働集約型の事業ということもあり、早くから海外展開を進めてきた。矢崎総業は日本のグローバル化の先兵のような会社だ。

 今では世界39カ国(日本を含む)に421拠点を持つ。グループ全体の従業員は約19万人。そのうち約17万人が海外で働く。売上高も10年度の1兆903億円のうち55%が海外である。

 矢崎総業はもともと「世界とともにある企業」を社是としている。当初からグローバル化を企業理念としてきたわけだ。グローバル化に迷いはなかったということだろう。

 グループ本社機能を置く静岡県裾野市のワールド・ヘッド・クォーターズ(WHQ)でも公用語は英語ということになっている。これもグローバル化の“決意”の表れだろう。「現実には中々そう(英語が公用語に)はならない」と矢崎専務は苦笑するが、ユニクロファーストリテイリング楽天が打ち出した社内公用語の英語化のモデルとも言われている。

 では、グローバル化することで国内は空洞化したか。もちろん、それまでの国内の事業を海外に移せば、その仕事はなくなる。では矢崎総業はそれにどう対処しているのか。

 海外への事業展開に伴って、国内の地方にあった電線工場などを閉鎖している。その一方で、紙や食品、ガラスなどのリサイクル事業や介護事業、農業といった新事業への転換を進めているのだ。WHQのある社用地の一角では「紙ふうせん」という老人介護施設を運営。周辺地域へのデイケア・サービスなども行っている。

 企業には雇用を生み出す社会的責務がある。だがそれは、日本の立地では国際的に勝てなくなった不採算事業をあえて抱え続けることではないはずだ。企業が成長を追う以上、もはやグローバル化は不可欠だ。その一方で研究開発や採算が合う高採算事業は日本に残るだろう。また、日本で可能性のある新規事業にヒト・モノ・カネを投じていくのも企業の使命に違いない。

ライフネット生命
赤字でも目指すは世界

 3月15日、東京証券取引所マザーズ市場にネット専業の保険会社ライフネット生命が上場した。社長の出口治明氏は大手保険会社の国際畑を歩いた人物。「保険料を半分にするから安心して赤ちゃんを産んで欲しい」と、理想の保険会社を目指して起業した。

 昨年秋で保険契約が10万件を突破したとはいえ、収入は30億円に満たず、経常赤字が続いている。にもかかわらず、出口社長の目は世界に向いている。上場会見では「当社は初めからグローバル企業を目指している」と言い切った。上場を機に成長を加速させ、いずれ世界に打って出るという算段らしい。

 大手保険会社の国際担当だった頃、グローバル化戦略を提案したが、受け入れられなかった。国内の人口が減少する中で、保険会社が成長するには海外市場に果敢に出て行く以外に道はないというのが出口氏の信念だった。

 保険会社や銀行などは内需型産業と扱われ、もはや成長しない産業と思われがちだ。出口氏は「日本にもまだまだ成長株があっていい」と、自らの会社の上場に踏み切った。その成長の先にはグローバル化を見据えているのだ。
 待ったなしとなった日本企業のグローバル化を進めるうえで、最大のネックは「経営のグローバル化」だろう。事業を国際展開している企業は多いが、経営をグローバル企業並みに国際化した日本企業はごく一部だ。

 ドイツでは95年前後に猛烈な勢いで大企業の経営のグローバル化が進んだ。銀行を中心とした株式持ち合いが崩れ、株主が国際化した時期と重なっていた。自動車大手のダイムラー・ベンツ(現ダイムラー)やヘキスト(現サノフィ・アベンティス)が社内公用語を英語にしたのもこの頃だ。

 取締役会が多国籍となったことで、その後の国境を越えた合従連衡に進み、巨大グローバル企業へと成長していった。日本の大企業もようやく当時のドイツ企業と似た位置にたどり着いたと言えよう。

 経営のグローバル化が進めば、円高を生かしたアジア企業のM&A(合併・買収)などが容易になり、日本企業のグローバル化が進むに違いない。

 昨年来、日本企業の不祥事が相次ぎ、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の不備が繰り返し指摘された。その反省に立って取締役の過半数を社外から選ぶ企業も出始めている。だが、それでは不十分だろう。複数の国籍の外国人が社外取締役として加わるようになれば、日本企業のグローバル化が一気に進むことは間違いない。

                            ◆WEDGE2012年5月号より