自民党一党支配が続いてきた日本では、前内閣が決めた事は踏襲するのが慣行になっています。しかし、政権交代でまったく政策が違う政党が政権に就いた場合に前の内閣の閣議決定などをどう扱うのか。きちんと整理しなければ前に進めないようにおもうのですが。。。現代ビジネスの拙稿を編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35262
民主党政権時代にまとまった会社法改正案の扱いが宙に浮いている。法務省の法制審議会会社法制部会が2012年8月に「要綱案」としてまとめたもので、民主党は法案を国会に提出することなく政権の座を降りた。政権を奪還した自民党も、前政権の置き土産の扱いに苦慮している。
というのも、会社法改正に盛り込まれたコーポレートガバナンス(企業統治)の見直しは、アベノミクスの3本目の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」と不可分の関係にあるからだ。法案審議の順番を決める国会対策委員会でも後回しにされ、今国会では要綱案が法案として提出される可能性はほぼゼロになった。まさに宙に浮いた格好になっているのだ。
民主党政権中に答申された要綱案の扱いをどうするか
「国家の基本法の改正に政治が介入するのは問題だ」
法制審議会の委員を務める学者は言う。政権が交代したにせよ、中立な立場で審議してきた法制審の意見は尊重されてしかるべきだ、というのだ。
会社法(旧商法)や民法、刑法といった「基本法」は、法制審議会が議論して要綱案をまとめ、それが法案となるのが慣例となっている。政治的な利害対立を調整するために法案修正が行われる一般の行政法規とは別格扱いされてきたのだ。それだけに法制審の権威は格別で、法制審の委員に選ばれるのは法律学者にとっては最高の名誉。その審議会がまとめた案に政治家が口をはさむのはけしからん、というわけだ。
今回の会社法制見直しでは、企業統治の仕組み、いわゆるコーポレートガバナンスに関する制度改正が含まれている。その1つが「監査・監督委員会設置会社制度の創設」。
現在の会社法では欧米型をモデルとした委員会設置会社と、日本型の監査役会設置会社がある。当初は欧米型のガバナンスへの移行が進むと考えられたが、実際には委員会設置会社の導入は進まなかった。このため、両方の型の折衷案とも言える「監査・監督委員会」だけを設置する会社を認めようという案だ。
もう1つが「社外取締役」の扱い。中間試案の段階では全上場企業に最低1人の社外取締役を義務付ける案が盛り込まれていたが、経団連などの反対で義務化は見送られた。ただし、社外取締役がいない場合には「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告に記載することを求めている。
このほか、親会社の株主が子会社の不祥事に対して株主代表訴訟を起こせるようにする規定や、新株発行時の情報開示の強化など企業に「規律」を働かせるための改正が盛り込まれている。
自民党内などからこの要綱案をそのまま法律案にすることに難色を示す反応が出ているのは、これが民主党が政権を奪取した段階で諮問し、民主党政権中に答申されたものだからだ。
「もともとの答申が政治的なものだったのではないか」
2009年に民主党が政権を握ると、矢継ぎ早に基本法の改正を打ち出した。2009年10月28日に開かれた法制審議会の総会では民法改正が諮問され、2010年2月24日に開かれた総会では会社法改正が諮問された。
諮問したのは政権交代で法務大臣となった千葉景子氏だった。日本社会党の出身の人権派弁護士だ。そんな左派議員がなぜ会社法に手を付けようとしたのか、当時でも首をひねる学者が多かった。
法務大臣の諮問(第九十一号)にはこう書かれていた。
〈 会社法制について、会社が社会的、経済的に重要な役割を果たしていることに照らして会社を取り巻く幅広い利害関係者からの一層の信頼を確保する観点から、企業統治の在り方や親子会社に関する規律等を見直す必要があると思われるので、その要綱を示されたい。 〉
一般にコーポレート・ガバナンスの強化が主目的と言われたが、この諮問には「株主」や「投資家」といった言葉は出て来ない。「会社を取り巻く幅広い利害関係者」とは誰を指していたのか---実は法制審の議論の過程でその一端が明らかになっていた。法制審の委員に任命された労働組合の幹部から労働者参加型の企業統治が提案されたのだ。
ドイツでは戦後長い間、取締役の任免権を持つ監査役会は労使半々というルールが続いていた。これは労使共同決定方式などと呼ばれている。どうやら民主党の支持母体である労働組合は、このドイツ流の共同決定方式を日本にも取り込めないかと考えていたようなのだ。
つまり、「幅広い利害関係者」とは労働組合のことで、経営の意思決定に組合を参画させることを狙って法整備を諮問したのではないか、というのだ。
実は、ドイツでは1990年代以降の制度改革の流れの中で、共同決定方式の原則を実質的に大幅に緩和している。ドイツ企業の産業競争力を回復させるために、経済のグローバル化に対応できるよう制度を大きく見直し、英米の取締役会に相当する監査役会を社外中心の人選に移行する一方で、執行役員会に相当する取締役会は専門経営者を選び高額の報酬やストックオプションを与えられるようにしたのだ。
ドイツですら見直しが進んでいた"時代遅れ"の制度を日本に導入しようとしたのである。さすがに法制審では学者はまともに取り上げず、労働者参加型の企業統治は雲散霧消した。会社法制部会は24回にわたって開かれ、2012年8月1日に要綱案がまとめられた。
「法制審の結論に政治が介入するなと言うが、もともとの答申が政治的なものだったのではないか」と自民党の幹部は言う。資本主義経済に対する考え方が大きく異なる法務大臣が諮問したものへの答申をそのまま自民党が法律にしてしまって良いのか、というわけだ。
第3の矢にはコーポレートガバナンスの強化が不可欠
もう1つ安部晋三内閣の周辺が懸念しているのは、安部首相が推進している経済政策、いわゆるアベノミクスとの齟齬だ。大胆な金融緩和、弾力的な財政出動に次ぐ3本目の矢として6月に打ち出される「成長戦略」では、コーポレートガバナンスの扱いが1つの焦点になる。
成長戦略を議論している「産業競争力会議」では、産業の新陳代謝が成長には不可欠という視点で議論が進んでいる。企業が正社員を解雇しやすくする方向へ労働法を改正するといった素案が議論されているが、経営を縛っている規制を緩和するだけでは不十分だ。一方で経営に規律を働かせるコーポレートガバナンスの強化が不可欠なのだ。
産業競争力会議内に設けられた「産業の新陳代謝の促進」を集中的に討議する「テーマ別会合」は、主査となった坂根正弘・コマツ会長が3月15日にたたき台のペーパーをまとめた。その中にも政官が取り組むべき課題として「コーポレートガバナンス強化のための制度改革推進」という文言が入っている。
もちろん、法制審がまとめた要綱案を早期に実現せよと言っているわけではない。それでは生ぬるいと言っているのだ。つまり、法制審が経団連の反対などで実現できなかった社外取締役の義務付けなどコーポレートガバナンスの強化に、政治と霞が関は再度取り組むべし、としているのである。
アベノミクスの柱としてガバナンスの強化を言っておきながら、秋以降に提出される会社法改正案が不十分だとすると、アベノミクスの評価に響くというわけだ。少なくとも社外取締役や独立取締役の義務付けなどを打ち出さないと、アベノミクスに期待を膨らませている世間に一気に失望感が広まってしまうのではないか、というのである。
民主党は政権に就いていた時、各役所にある審議会の委員などに労働組合代表など民主党シンパを送り込んだ。民主党の大臣が任命した参与などは政権交代で退任したが、審議会の場合、継続して委員の座にとどまっているケースが少なくない。今後も審議会から民主党が目指した政策に合致する答申などが出て来る可能性は十分にある。
もちろん民主党の政策が民意に反するものとは限らないし、すべてが自民党の政策と齟齬をきたすものでもない。自民党は早急に民主党時代の政策の仕分けを行う必要がある。さもないとアベノミクスに逆行するような法律が次々と生まれてくるという不可思議な事態が頻発しかねない。