また「会計マジック」頼み原発廃炉

会計制度を変えても実態が変わるわけではありません。見た目が変わるのですが、往々にして問題の先送りでしかないことがしばしばあります。役所はこの会計基準をいじることで、あたかも実態が変わったかのように見せる「会計マジック」が大好きです。おそらく大臣や次官・局長は本質を理解できず、現場の課長が目先の難問を突破するのに好都合だからでしょう。それが後々に大きな禍根を残してきたことは、いくつも前例があります。会計マジックは国主導の粉飾です。ファクタ9月号(8月20日発売)の連載コラムです。 FACTAhttp://facta.co.jp/article/201309029.html


経済産業省は、電力会社が原子力発電所廃炉にする場合、その費用を10年超にわたって分割計上することができるよう電気事業法の会計規則を変更する方針を固めた。その費用は将来の電気料金に上乗せして利用者から徴収することも認める方針のようだ。

一般から意見を聞いたうえで、年内に正式決定するというが、会計・監査をつかさどる日本公認会計士協会や、上場規則に目を光らせる日本取引所グループなどがどんな意見を出すのか、大いに見ものである。

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一般の会計基準では、使わなくなった生産設備の廃棄を決めた場合、毎期一定額を費用計上する「減価償却」に不足があれば、その分を除却損として一括処理するのが普通だ。また、使う意思があっても使えない状態が続いている生産設備の場合は、帳簿上の資産価値を引き下げる「減損」の処理が必要になる。製品が予想以上に早く陳腐化し、生産設備の減損や除却損の計上を余儀なくされるケースはしばしばある。

電力会社が持つ原発についても本来は同様の会計処理が必要になる。8月7日の日本経済新聞によると、電力会社が保有する原発をすべて廃炉にした場合、2.6兆円の除却損が発生する、という。これを電気事業法を変えることで、廃炉にしても10年間は稼働している時と同様に減価償却できるようにするのだという。また、廃炉のための費用で不足する分も将来にわたって分割計上し、それを電気料金に上乗せするというのだ。

これで「電力会社の負担は大幅に軽くなる」と日経新聞は書いている。原発廃炉にするコストを将来にツケ回しし、将来の電気利用者に負担させようというわけだから、廃炉時点の表面上の負担は確かに小さくなる。

こんな姑息なルール変更を思いつくあたり、既存の電力会社の経営を「守る」ことにしか頭が回らない経産省の考えそうなことだ。確かに一度に出る損失の額は小さくなる。だが、その分、将来にわたって負担を背負い込むことになるわけで、電力会社の将来の経営には決してプラスにならない。「痛いから嫌だ」といって損失を繰り延べるのは、国主導の粉飾決算に他ならないのだ。

それにしても、監査を担当する会計士は何と言うのだろう。一般法よりも特別法の方が優先するので、電気事業法で定めれば問題ない、と唯々諾々と認めるのだろうか。一般の会計基準よりも特別法で厳しくするのなら分かる。それを特別法で緩めて「負担を軽くする」というのは本末転倒ではないのだろうか。

使わなくなった生産設備の減価償却まで認めるとしたら、会計の原則を踏みにじることになる。そんな会計ルールを認めれば、世界から物笑いになるだろう。

当然のことながら、監査では限定意見を付けたり、特記事項を書くことになるに違いない。だが、そうなると、上場企業としての適格性に問題はないのか、という議論になる。つまり、正しく決算書が作られておらず、膨大な含み損を抱えている企業の売買を認めてもよいのか、という議論だ。つまり、取引所が判断を迫られる番になるわけである。

廃炉に伴う多額の損失を一度に計上した場合、電力会社は赤字に転落する可能性もあるだろう。あるいは、債務超過になるかもしれない。政治が「段階的な原発廃止」を決めたドイツでは、大手の電力会社は軒並み巨額の損失計上を余儀なくされた。その分は政府の決定によって生じた損失であるとして、政府を相手取って損害賠償を求める動きになっている。

日本でも、基本ルールどおり、一度に損失処理を義務付ければ、当然ながらその費用は誰が負担すべきなのかという議論になるに違いない。債務超過になって資本増強が必要になれば、誰が新しい株主となって電力会社の経営を支えるべきかも問われることになるだろう。

損失先送りを求めるこの会計ルールを、電力会社はすんなりと受け入れるのだろうか。いま処理すべきものを持ち越せば、会社の将来に大きな禍根を残すことは間違いない。廃炉から10年にわたってその費用を料金に転嫁することになれば、経営の自由度が失われ、企業体としての競争力にも大きな影響を受ける。

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安倍晋三首相は6月に英・北アイルランドで開かれたG8サミット(主要国首脳会議)に出席した際、ロンドンで講演を行い、こう大見得を切った。

「限りないイノベーションの起こり得る、大きな市場が、日本に現れようとしています」

「つい先日、半世紀以上続いた市場の寡占に終止符を打ち、電力市場の自由化と、送配電の分離を進める意思決定をしたのです」

今後は日本で、一気に電力市場の自由化を進めることを示し、外国資本への日本への投資を促したのである。そんな自由化が大きく進む中で、既存の電力会社が廃炉費用を将来にわたって抱え続ければ、新規参入者との間で競争上著しく不利になる可能性がある。

これまで日本の電力会社には地域独占を認める代わりに、コストに適正利潤を乗せた認可料金しか認めない「総括原価主義」を採用してきた。今回、廃炉費用を先送り計上し、それを料金に上乗せしていいというのは、総括原価主義のコストに過去の原発廃炉費用も含めるということに他ならない。そうなれば、廃炉費用を抱え続ける既存電力会社と、原発は持たない新規参入事業者の間に大きな競争力格差が生じることになりかねない。

競争上の公平性を保つために、新規参入業者にも廃炉費用に相当する分の経費負担でも求めるという話にでもなれば、自由化とは名ばかり。新規参入を阻害するだけだろう。

自由化が進み地域独占が崩れ、電力会社間の料金競争が始まった場合、多くの原発廃炉を決めた電力会社の料金は高くなり、原発を持たない電力会社に到底勝つ術がなくなる。また、本来は一度に処理すべき損失を抱えたまま、株主にだけ配当を続けることが許されるかどうかも大きな問題になるだろう。

基準を変えて実態よりも影響を軽微に見せようという「会計マジック」は折にふれて繰り返されてきた。実態を覆い隠す「国主導の粉飾決算」は、原発廃炉という重要な問題から国民の目をそらすことにもなる。