「口だけ」安倍首相に外国人投資家が愛想を尽かす日 株安を危険なシグナルと見ない首相官邸の「鈍感」

日経ビジネスオンラインに掲載された記事です。アベノミクスも正念場です。オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


 昨年末に1万6291円を付けた日経平均株価は年明け以降軟調が続いている。2月4日終値では1万4008円まで売り込まれた。2月25日には1万5000円台を回復したが、それも1日限りで、再び1万4000円台に逆戻りしていた。昨年前半や年末のような連騰続きの株価相場とは明らかにムードが違っている。

 なぜ、日本株が変調を来たしているのか。安倍晋三首相の周辺には2つの見方を主張する人たちが交錯している。おそらく安倍首相の耳にはこの両者のまったく違う意見が入っているに違いない。

 その2つとは以下のようなものだ。
 「世界的な株安の影響を受けているのであって、日本固有の理由で下げているのではない。アベノミクスへの評価とは関係がない」

 もう1つは、まったく逆。

アベノミクスへの期待が薄れている

 「昨年1年間日本株を買い続けてきた外国人が売りに転じている。これはアベノミクスへの期待が薄れているためで、安倍内閣は一段の改革姿勢を示さねば外国人の売りが加速し、株安が進む」

 取材をしていると、安倍首相の周囲では前者の意見が勝っているようにみえる。とくに経済にはあまり関心のない閣僚や、アベノミクス規制緩和に心の底では反対している守旧派のベテラン議員、霞が関の官僚などは、ことさらに世界経済の変調を語る。ウクライナ北朝鮮など、国際情勢が混沌としていることが為替を大きく動かし、株価に影響を与えているというのである。

 さらに、アベノミクスによって着実に景気は回復しているので、後は、儲かっている企業が給与を増やすことに協力してくれれば、「好循環が始まる」と首相を勇気づけている。つまり、株価の下落は外部要因による一時的なもので、まったく心配には及ばない、というのだ。

 もちろん、国際情勢がマーケットに影響を与えないはずはない。とくに国際紛争が深刻化すれば、世界のマネーの流れに変調を与える。米国政府が大量に供給してきたマネー供給を減らしていこうとしていることも影響する。確かに、世界のマネーの流れは大きく変わっているとみていいだろう。

 では、だからと言って「日本固有の理由」はないと言い切れるのだろうか。米国が金融緩和を縮小し始めたと言っても、世界から投資マネーが消え去るわけではない。投資機会を求める巨額の資金は今でも世界に存在する。その資金はより高い投資リターンの見込める場所へと移動するのだ。つまり、世界的に株安になったとしても、日本にチャンスがあると思えば、資金は流入してくる。価格が下がればなおさら、「今が買い時」となるのである。

年明けから外国人マネーが流出

 ところが年明け以降の日本からは外国人マネーが流出している。昨年1年間で外国人投資家は日本株を15兆円買い越した。それが1月は1兆円の売り越しだったのだ。2月に入ってもこの傾向は変わっていない。2月の月間でも外国人は売り越しとなる見込みだ。

 今、外国の機関投資家の幹部や運用責任者が相次いで日本を訪れている。日本で金融機関の幹部や証券アナリスト、企業経営者などに会うためだが、中でも「人気」なのが安倍首相に近い政治家や官僚などである。安倍内閣が今後どんな政策を打とうとしているのか、アベノミクスは成功するのか見極めようとしているのだ。外資系金融機関の日本法人やPR会社などが仲介している。

 海外のヘッジファンドの運用者ら少人数での会合に招かれた安倍首相に近い国会議員は、外国人投資家の視点の変化に気がついたという。昨年秋ごろまでは外国人投資家と会うと聞かれたのは「アベノミクスの成否」という総論だったが、最近はまったく違うという。前述の会合ではアベノミクスが掲げる「第3の矢」に質問が集中。中でも「GPIF改革」と「コーポレートガバナンス企業統治)」がもっぱらの関心事だったという。

焦点は国民の年金資産の行方

 GPIFとは年金積立金管理運用独立行政法人のこと。昨年3月末で120兆4653億円の年金資産を運用している。規模では世界最大の投資ファンドなのだが、安倍内閣でのこの運用体制の見直し作業を進めている。全体の6割を日本国債など国内債で運用している体制を見直し、国内株式やベンチャー企業投資などに資金を振り向けさせようという発想だ。

 もちろんGPIFは今でも日本株に投資しているが、120兆円のうち16兆円あまりに過ぎない。いかんせん運用規模が大きいだけに、GPIFの資金が本格的に日本株に流れ込むようなことになれば、日本の株式市場は一変しかねないのだ。外国人投資家はその資金の流れに注目しているわけである。

 もう1つはコーポレートガバナンスの行方。アベノミクスでは、上場企業への社外取締役の導入促進など、企業に圧力をかける仕組みの導入をうたっている。いま開会中の通常国会には会社法改正案が提出されているが、法律上は経団連の強硬な反対によって社外取締役を義務付ける条文は見送られたものの、社外取締役を「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明する義務が課される。

 国会答弁では谷垣禎一法相が「事実上の義務付けに等しい」という答弁をしており、これまで抵抗していた企業も社外取締役の導入に動き出している。

 外国人投資家がコーポレートガバナンスに注目する理由はこうだ。日本企業はこの10年ほど、前向きな事業投資も行わず、自社株消却や配当などの株主還元も大きく増やすことをせずに、巨額の内部留保を溜め込んできた。しかもROE株主資本利益率)などは国際的にみて極めて低水準で、低収益に甘んじている。

 そこに「社外取締役」などの導入で、外部の目が加われば、日本企業の収益性改善につながる、と見ているのだ。要は、ナアナアでリスクを取らない経営が許されなくなれば、放っておいても日本企業の利益は増えるとみているというわけだ。単純に言ってROEが2倍になれば株価は2倍になってもおかしくない。日本企業の収益改善を促すコーポレートガバナンスの行方が分かれば、日本株の行方も自ずから見えてくるというのである。

2大抵抗勢力との闘いの行方

 もちろんこの2つはアベノミクスの3本目の矢を象徴しているに過ぎない。GPIFの改革には所管の厚生労働省が強く抵抗している。また、コーポレートガバナンス改革には経団連やその要望を受けた霞が関の反対がある。つまり「抵抗勢力」を打ち破ることができるかどうかの試金石になっているわけである。

 ほかにも安倍首相が海外での演説で確約しているものがいくつかある。「電力の自由化」や「岩盤規制の打破」などは強い口調で実行を約束している。外国人投資家はそんな安倍首相が言葉どおりに実行できるかを注目しているのだ。

 成長戦略に盛り込んだり、総論として「規制改革」を言うことは難しくない。歴代の内閣も様々な成長戦略を描いてきた。ところが、具体的に規制改革に踏み出そうとすれば、そこには必ず、規制によって守られている既得権者がいる。具体化すればするほど、反対も強くなるのだ。

 安倍内閣も発足から1年がたち、アベノミクスの規制改革の具体化が動きはじめている。それとともに自民党内に異論を唱える議員が急増し始めている。その抵抗を突破するには、トップである安倍首相が強い意志を示し、改革を主導していかなければ難しい。

 安倍首相がもし、株価の下落はアベノミクスと無関係だと言う周囲の主張を信じたとすれば、それはあまりにも鈍感ということだろう。それで改革の手を緩め、約束が果たせないことが鮮明になれば、外国人投資家はアベノミクスに愛想を尽かし「日本売り」に走るに違いない。