原油価格大幅下落は、原発再稼働を議論する好機だ 「脅し」「すかし」で国民をダマすな

本音と建て前と言いますが、日本人はなかなか本音で議論することが苦手です。重要な問題ほど、議論を回避して一種のタブーになっていく。もちろんメディアにも責任があります。その典型例が原発問題だと思います。日経ビジネスオンラインで書いた原稿を以下に再掲します。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150212/277390/?n_cid=nbpnbo_bv_ru&rt=nocnt


 原子力発電所の再稼働に向けた手続きが進んでいる。原発の安全性を審査する国の原子力規制委員会は2月12日、福井県関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)が新規制基準に適合していると結論付けた審査書を正式決定した。今後、地元の同意手続きを経て、実際に再稼働することになる。

 一歩先を行っているのが鹿児島にある九州電力川内(せんだい)原発だ。昨年9月に規制委が審査書を正式決定した。住民説明会などを経て、11月に鹿児島県知事が再稼働に同意した。ただ、安全対策の詳細設計を記した「工事計画」について規制委から不備を指摘されており、再提出後でないと再稼働できない。

なぜ原発再稼働が必要なのか

 安倍晋三内閣は、「安全性が確認された原発から再稼働させる」という方針を貫いている。川内、高浜ともに、電力需要が高まる7〜8月までに何とか再稼働させたい意向だ。

 2013年9月以降、日本にあるすべての原発は停止したままだ。その間、今後、原発をどうしていくべきか国民的な議論が繰り広げられたわけではない。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故以来、原発に反対する国民の声が広がり、賛否が割れたままになっているが、安倍首相も原発について議論することを避けているのは明らかだ。昨年末の総選挙でも争点から外していた。

 なぜ、原発再稼働が必要なのか。

 これまで政府はいくつかの理由を正面に打ち出してきた。震災直後に繰り返し言われたのが、「電力が足らなくなる」というものだった。一部の地域で一定時間帯に停電させる「計画停電」も行われ、「このままでは夏の需要期は乗り越えられない」と大騒ぎした。

 電気事業連合会の資料によると、震災前の2010年度の総発電量は1兆64億キロワット時で、その28.6%を原子力で賄っていた。ざっと3000億キロワット時分だ。これが無くなれば、計算上は電気が足らなくなるのは明らかだ。

 原発の稼働停止の穴を埋めるために、電力各社は液化天然ガスLNG)火力や石油火力を大幅に増やすことで、電力供給に努めた。その結果、停電になるような事態は避けられた。

「足らなくなる」の次は「料金が上がる

 原発の割合は2012年度には1.7%、2013年度には1.0%にまで減少したが、それでも需要は賄ったのだ。遂に昨年の夏は原発ゼロで需要期を乗り切った。

 「足らなくなる」という説明が通らなくなると、次に出てきたのが、「料金が上がる」という説明だった。

 「原発がゼロになったら電気料金は2倍になる」

 民主党野田佳彦政権が「2030年代に原発ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」という方針を表明した2012年秋に、電力会社や経済界が率先して主張した。

 当時、政府のエネルギー・環境会議で示された試算によると、2030年の発電量に占める原発依存度をゼロにした場合、電気代を含む家庭の光熱費が最大で月額3万2243円になるとした。2010年の実績が1万6900円だったので、ざっと2倍になるとしたのだ。

 原発を動かさなかったら、あなたの懐が痛みますよ、というわけだ。体の良い「脅し」である。

経営努力が働きにくい電力料金の仕組み

 だが、本当に原発が作る電気は「安い」のか、というと議論が分かれるところだ。東電福島第1原発事故の賠償金だけでも11兆円という巨額の費用が発生している。さらに膨らむ可能性もある。要は事故を起こした場合の費用をどう見積もるかで、原発の採算性には天と地ほどの開きが出る。

 事故を起こさないまでも、原子炉が寿命を終えて廃炉するとなった場合の費用もばかにならない。

 経済産業省は2013年10月に、電力会社が原発廃炉する場合の費用を分割計上して、事実上先送りできるように会計規則を変更したが、逆に言えば、通常の電力料金では廃炉に必要十分な減価償却ができていないということをはからずも示したことになる。

 電力料金は総括原価主義といって、原燃料代の変動分を自動的に料金に上乗せできる仕組みになっている。「適正利潤」というのが建前だが、一般の企業で当たり前の、原料コストが上がった分を何とか吸収しようという経営努力が働きにくい仕組みといえる。原発停止以降、電気料金は上昇しているが、これも原油価格の上昇と、為替が円安に振れたことによる輸入代金の上昇が大きい。

 この「料金が上がる」という説明は今も、原発再稼働の説得材料として使われている。

 昨年6月の記者会見で、甘利明・経済再生担当相はこう述べたと報じられた。

 「事態を放置すれば、産業用の電気料金が東京電力福島第1原発の事故前より5割上がる」
 「(値上げせずに据え置けば)電力会社で債務超過が続出する。異常事態が迫りつつある」

料金が上がれば、需要が減るだけ

 料金認可は経産省の権限だから、原発が止まったから料金を上げます、というのはもちろん可能だ。だが、日本は社会主義計画経済ではない。価格が上昇すれば、消費を抑える動きが強まる。それは家庭でも企業でも同じだが、企業の方がガス・コージェネレーション(熱電併給)などにシフトすることがより容易だ。

 もちろんそれには設備投資が必要だから、電気料金が一定以上に上昇して、設備投資しても割安になるという段階になって初めて、一気にシフトが加速することになる。大幅な値上げをすれば消費が落ちて電力会社自身のクビを締めることになるのだ。

 実際、東日本大震災以降、総発電量は減少を続けている。2010年度の1兆64億キロワット時から、毎年減り続け、2013年度は9397億キロワット時になった。6.6%も減ったのである。

 つまり、「料金が上がる」というのは脅しとしては使えても、本当に家庭や企業が受け入れられないような大幅な値上げに踏み切ることは、現実には難しいとみていいだろう。

原発停止で国富が流出」は本当か?

 そんなこともあってか、もう1つの説明が出てきた。昨年春ごろのことだ。

原発停止で3兆6000億円の国富が流出している」

 原発が停止しているために、LNG原油の輸入が急増して、その代金として海外に支払われている分が、損失だというのだ。原発停止が国益を損なっている、というわけだ。

 財務省の貿易統計によると、2013年の原油輸入は14兆円余りと前年に比べて17.5%増加、LNGの輸入も7兆円余りと8.7%増えた。一見、原発停止の影響が大きいように見える。

 だが、実際は、原油の輸入数量は1.5%増、LNGは1.0%増と数量増はそれほど大きくない。

 確かに2012年にはLNGの輸入数量は11.2%も増えていたから、震災前に比べれば増えているが、伸びは止まっている。2014年の輸入量はLNGは1.2%増えたが、原油は逆に5.5%も減っている。輸入額が増え続けているのは、アベノミクスによる円安の影響が大きいのである。

 3兆6000億円という数字については各方面から異論が出ているが、金額はともかくとして、エネルギー輸入代金の支払いは本当に「国富の流出」なのだろうか。「使ってしまえば何も残らないから」というのが国会での答弁だったが、すべてがすべて浪費しているわけではない。

企業のエネルギー輸入コストは元を取れている

 エネルギーを使って自動車や家電などの製品を作り、それを輸出している部分も小さくない。円安によって輸出採算は大幅に改善、企業は大きな利益を上げている。つまり、エネルギー輸入コストは企業ではすっかり吸収されていると見るべきだろう。

 このあたりは神学論争になりかねないが、ここへきて、政府の説明に決定的なダメージを与える事態が出来している。原油価格の大幅な下落である。

 2008年に1バレル=140ドルを付けた原油価格は昨年夏ごろから急落が続き、一時1バレル=45ドルを下回った。30ドル割れを予想する向きもある。

 原油価格が下がれば当然、発電コストも大幅に下がる。LNGは長期契約で値段が下がりにくいと言われるが、それでも基本は原油価格に連動する。まして、原発停止で石油火力やLNG火力のウエートが大きくなっている分、原油価格下落の効果は大きいだろう。

 「原発は火力よりもコストが安い」という論理で再稼働を正当化しようとしていた政府にとっては、不都合な現実が起きているのである。

 「料金が上がる」という危機感を煽る方便も、「国富が流出している」という愛国心に訴えるやり方も、原油価格の大幅下落を前に、説得力を失いつつある。

なぜ原発を維持すべきなのか

 もちろん、原発はCO2を排出しない、という利点もある。かつて鳩山由紀夫首相が「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減する」と国際公約したが、これを実現するために、当時の政府は原子力発電の比率を50%以上にするという計画を作った。

 今年の年末には国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)が仏パリで開かれる。京都議定書に代わる温暖化対策の枠組みが決まる。そこで日本がどんな削減目標を国際公約することになるのか。

 日本の将来のエネルギーミックス(電源構成)をどうするのか、ようやく経産省の審議会で議論が始まった。この機会に、なぜ原発を維持すべきなのか、環境対策なのか、安全保障か、原発技術や人員の確保なのか、真正面から議論をすべきだ。「安全性が確認されたから」というだけで、なし崩し的に再稼働を広げていくだけでは、福島第1原発事故の教訓を学んだことにはならないだろう。