景気と時計需要、新興国の減速鮮明に

隔月刊の高級時計雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。

クロノス日本版 2015年 07 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2015年 07 月号 [雑誌]

2008年のリーマン・ショックを境にアメリカの経済力は格段に落ちたと言われてきた。強いアメリカが世界中からモノを買い、世界各国が輸出で得た米ドルは、金融業を通じてアメリカに集まり、それが再び世界に投資されていく。そんなアメリカをエンジンとする世界経済体制が崩れたと見られたのである。
 その代わりに台頭してきたのが中国をはじめとしたBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国など)と呼ばれた新興国経済だった。こうした国々の高い経済成長が、リーマン・ショック後停滞していた先進国の経済を引っ張るかたちになったのだ。
 ところが昨年初めあたりから、すっかりその様相が変わってきた。BRICsの経済成長の鈍化が鮮明になってきたのだ。
 2010年に実質GDP国内総生産)が+7.5%に達していたブラジルは2014年にはほぼゼロ成長となり、2015年はマイナス成長が見込まれている。原油収入で国家財政を立て直したロシアも成長を続けていたが、昨年後半からの急激な原油安が経済を直撃。2015年はやはりマイナス成長になりそうだ。2010年に10%を超える高成長を遂げていた中国の勢いもすっかり衰え、実質GDP成長率は7%に鈍化している。BRICsで唯一例外なのがインドで、プラス成長を続けているが、世界経済を牽引するだけの力はまだない。
 一方で、もうおしまいかと思われていたアメリカ経済が復活してきたのである。株式が買われてニューヨークダウも最高値を更新し続け、住宅価格も底を打ち、国内消費も伸びを見せている。
 そんな世界経済の趨勢は時計の需要にもはっきり表れている。スイス時計協会がまとめた1-3月のスイス時計の国・地域別輸出額によると、アメリカ向けが59億6600万スイスフラン(約7700億円)と前年の同期間に比べて10.9%増えた。このほか、伸び率が高いのはイギリスの41.0%増やイタリアの14.2%増など先進国地域が目立っている。
 新興国はまだら模様だ。中国本土向けは2.9%増だったが、スイス時計最大の輸出先である香港は10.2%減と大きく落ち込んだ。中でも目を引くのがロシア。豊富なエネルギー収入を背景にした新興富裕層の誕生で、高級品ブームが起きていた昨年の同じ時期は17.2%増と大きく伸びていたが、今年は12.5%減と失速した。原油価格が大きく下落したことで、ロシア産原油の販売価格が生産コストを下回っており、一気に景気が悪化した。国営石油会社が経営危機に直面するところまで追い込まれている。そんな景気後退が時計需要にモロに表れているのである。
 新興国の中でもインドが例外、というのは時計需要にも当てはまる。同じ統計でインド向けは8.5%増と順調に伸びているのだ。もっともスイス時計の輸出先として見るとインド向けは25番目で、金額ではトップの香港の3%に過ぎない。ロシアと比べても半分である。まだまだ市場としては大きくない。
 新興国の場合、高級時計などに高い関税を課しているケースが少なくない。このため、多くの人たちが海外旅行をした際に、時計を買い求めることになる。こうした需要は底堅く、香港やシンガポールといった大きなマーケットを支えている。
 新興国から先進国へという経済成長圏のシフトが進む中で、牽引役として世界の期待が高いのが日本だ。高級時計の需要も好調だが、昨年4月の消費増税で、駆け込み需要とその反動があったことなど、イレギュラーな需給になっている。
 スイス時計の1-3月の日本への輸出額も昨年1-3月は30.9%増という未曽有の伸びになっていただけに、それと比べた今年1-3月は12.8%の減少となった。もっとも2年前と比較すれば14.2%増えていることになり、スイス時計の需要は引き続き旺盛なことがわかる。
 株価の上昇などによって、消費増税の影響も徐々に薄れ始めている。また、日本を訪れる外国人の数も4月は170万人超と単月で過去最高になった。日本の時計需要の伸びが世界を引っ張る日がやって来るかもしれない。