円安効果の正負を見極め儲かる観光業へ

月刊エルネオス6月号(6月1日発売)のコラムに書いた原稿です。エルネオス→http://www.elneos.co.jp/


「爆買い」で旅行収支が過去最高

 日本を訪れた外国人が日本国内で使ったおカネから、日本人が海外に旅行して海外で使ったおカネを差し引いた「旅行収支」が一九五九年度以来、五十五年ぶりに黒字になった。高度経済成長を背景に増え続けてきた日本人の海外旅行支出が曲がり角を迎え、大量にやって来る外国人が日本で落とすおカネが大幅に増えた結果だ。財務省が五月十三日に発表した二〇一四年度の国際収支統計によると、前年度に五千三百四億円の赤字だった旅行収支は、二千九十九億円の黒字になった。
 大きな引き金になったのは、安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスによって為替が円安になったこと。この円安効果によって海外から日本にやってくる外国人旅行者が急増した。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、一四年度の訪日外客数は一千四百六十七万人で、過去最多となった。三月だけでも百五十二万人が日本を訪れ、単月で過去最高を記録した。
 日本にやって来る外国人観光客で多いのは台湾、韓国、中国からの訪問客。多くの旅行者のお目当ては「買い物」である。円安が大きく進んで、台湾など現地通貨が相対的に強くなったことから、日本での買い物価格が「超割安」になったことが大きい。一四年一年間に台湾からは二百八十二万人が日本にやってきたが、台湾の人口は二千三百万人余りだから、いかにリピーターが多かったかが分かる。
 東京・銀座などの百貨店や、ドラッグストア、各地のアウトレットなどで中国人観光客などが大量にモノを買う「爆買い」が話題になっている。彼ら外国人旅行者が日本で落とすおカネは馬鹿にならない。日本の景気を支える一助になっているのだ。国際収支に反映される旅行収支の受取額も二兆二千三百四十四億円と過去最高を記録した。

 観光業は地方経済にも効果

 安倍政権は訪日外国人を増やす方針を打ち出しており、訪日ビザの要件緩和などを進めてきた。これに、アベノミクスの円安効果が追い風となり、安倍内閣が発足して約一年たった一三年には、初めて訪日外国人数を年間一千万人の大台に乗せた。さらに一四年には一千三百四十万人となり、今年は一千五百万人突破が確実視されている。東京オリンピックが開かれる二〇年には、年間二千万人にまで訪日外国人を増やす計画だ。
 外国人観光客が日本国内でモノを買い本国に持ち帰ると、輸出と同じ効果がある。モノを輸出した場合、運送費や為替リスクは日本企業が負うことになるが、観光客はその場で買って自分で持ち帰るので、直接的な景気刺激効果が出る。また、観光業は大都市圏だけでなく、地方経済にとっても大きなウエートを占めているだけに、訪日外国人の増加は地方経済を好転させるきっかけになっている。
 日本はこれまで、国内で製造した自動車や電気機器といったモノを輸出して外貨を稼ぐ産業構造を維持してきた。これが、観光業やサービス産業、海外への投資などによって収入を得る構造へと大きく変化していることを示していると言っていいだろう。
 これまで旅行収支は、一九五九年度の黒字を最後に、五十四年にわたって赤字が続いてきた。五九年には、訪日外国人数は十八万人余りだったが、海外に出かける日本人は五万七千人にとどまっていた。その後、高度経済成長などとともに、日本でも海外旅行ブームが起こり、海外へ旅行する日本人は急増した。経済のグローバル化でビジネス旅行も一般的になった。今では年間延べ一千七百万人が日本から海外に出かけている。
 こうした海外旅行の増加に伴って、旅行収支は赤字が膨らんだ。また、九〇年代半ばには円高が急速に進んだことから、日本人にとって海外旅行が身近になった。九六年度の旅行収支は三兆六千三十一億円の赤字だった。
 一気に赤字が減ったのはアベノミクス以降である。一二年度に一兆円だった赤字は一三年度に半減、一四年度の黒字へと結び付いた。

 日本の「国力」の転換点

 だが、この旅行収支の黒字も、手放しに喜べない。というのも日本人が海外で使った旅行収支の支払いが減少しているからだ。つまり、円安によって海外旅行が日本人にとって再び「高嶺の花」になりつつあるのだ。強い自国通貨のおかげで、一部の国を除いて海外どこへ行っても物価が安く感じられたのは、今は昔である。海外での買い物が日本人にとっては割高に感じられるようになった。
 その影響もあってか、日本から海外旅行に出ていく人の数も一四年には三・三%減った。また、日本人が海外の旅行先で使ったお金である、旅行収支の支払いは二兆二百四十五億円と、前年度に比べて四%も減っている。
 五十五年前といえば、日本から持ち出せる外貨に制限があり、海外旅行もごく限られた機会だった。為替は一㌦=三六〇円で、外国品は何でも高額。逆に言えば、海外から日本にやって来る外国人にとっては日本は物価の安い国だった。
 旅行収支が黒字化したからといって、そんな貧しさの残っていた頃の日本に戻ったわけではないが、高度経済成長と円高をもたらした日本の「国力」が大きな転換点を迎えていることは間違いなさそうだ。
 二〇年までに訪日外国人を年間二千万人にするという目標は大いに意味がある。年間八千万人の旅行者が訪れるフランスは、海外からやってくる旅行者を相手にした観光産業が国の経済を支える大きな柱になっている。
 訪日外国人の増加という追い風が吹いている間に、日本でも観光業を経済の柱に育てていくことは急務だ。だが、日本の飲食・宿泊業や小売業など観光周辺のサービス業は、生産性がまだまだ低いのも事実。安売りをしてお客の数を増やすのではなく、もっと付加価値を高めて「儲かる観光業」に変えていくことが重要だ。
 さもないと、旅行収支の黒字は定着したが、それは日本人が海外旅行に行けなくなったから、ということになりかねない。しっかり儲けて、日本人も海外旅行にどんどん出ていく、そんな経済にもっていくことが大事である。