与野党が激突した「労働者派遣法改正」問題は 働く人にとってプラスかマイナスか

月刊エルネオスの7月号(7月1日発売)に掲載された原稿です。


労働者派遣法の改正をめぐって国会が激しく紛糾した。六月十二日の衆議院厚生労働委員会には安倍晋三首相も出席して審議に臨んだが、強行採決を懸念した民主党など野党側が渡辺博道・委員長の入室を実力で阻止、さらに審議を欠席するなど大混乱が続いた。
 改正案について安倍首相は、「派遣で働く方のキャリアアップへの支援を初めて盛り込んだ」と意義を強調したが、これに対して、民主党共産党など野党側は「派遣期間の制限がなくなり、正社員への希望が消える」と改正案の問題点を指摘。絶対に法改正を阻止する姿勢を見せ続けた。政府与党と野党側の言い分が真っ向から対立したのである。
 いったい、どちらの言い分が正しいのか。今回の派遣法改正は働く人たちにとってプラスなのか、マイナスなのか。

三年制限廃止で派遣が固定化

 これまで派遣法では、一般の派遣社員は三年間に限るという制限が課されていた。それを過ぎると正社員にしなければならないというルールだったが、一方で、「専門二十六業種」と呼ばれる政令で定めた職種については例外扱いとされ、無期限に派遣で働くことができた。二十六業種とはソフトウエア開発や通訳、秘書、ファイリングなどである。
 今回の改正では、この特例措置を廃止。一般の派遣社員と同様に三年の制限をかける。その一方で人材派遣会社はすべて国の許可制となり、派遣労働者への教育訓練が義務付けられる。また、一年以上働いている派遣社員がいる部署で正社員を募集する場合には、その派遣社員にも知らせる義務が新たにできる。
 こうした点を挙げて、安倍首相は「働く人のキャリアアップにつながる」としたわけだ。政府としては、三年たったら正社員にするという流れが、この法改正で強まることを狙っているというのである。
 ところが一方で、今回の改正では、三年が経過した派遣社員との契約を打ち切って別の派遣社員に入れ替えることができるようになる。従来働いていた派遣社員も他の部署と契約すれば、同じ会社内で継続的に働くことができるようになる。
 これまで派遣社員が行う仕事は臨時的、一時的な業務というのが建前だった。三年以上続くような仕事は臨時的とは言えないから正社員にやらせるべきだという論理だったのだ。
 ところが、今回の改正では、同じ職場の同じ業務でも派遣社員を交代させれば、継続的に派遣社員で賄い続けることができるようになる。もはや派遣社員が担当する仕事は一時的な業務とは言えなくなるわけだ。この点を、野党側は、派遣労働の固定化につながるとして強く批判しているのだ。
 企業側からすれば、正社員にやらせるより派遣社員を使ったほうがコストが安くなる仕事は、恒常的に派遣社員で賄いたいというのが本音だ。特に補助的な仕事は派遣に任せたいというニーズが強い。正社員として人員を抱えた場合、将来にわたって昇給させたり、退職金を支払うことになる。経験を積むことで会社に利益をもたらすような仕事ならば正社員で問題ないが、一定の決まった仕事だけをこなす職種ならば、コストが一定である派遣社員が好ましいという発想だ。
 今回の改正で、企業は、派遣社員を固定的に使うことが可能になる。そうした点からすれば、改正は企業の希望に沿った改革と言えるかもしれない。

多様な働き方で雇用は増加

 では、働く側にとってはどうか。政府が説明しているのは、三年間働いてきた人には不利にならないような工夫がされているという点だ。正社員にならない場合も部署を変えて継続雇用はされる。いわゆる雇い止めになるリスクは小さいというのだ。
 政府からすれば、これまで専門職だからということで二十六業種で制限が外されていたが、むしろここが隠れ蓑になって、派遣社員が固定化していたと見ている。つまり、Aさんという人がずっと派遣のまま働いている可能性が高いのを、法改正でAさんは三年で正社員になるか別職場での再契約となり、Bさんに交代。ポストで見れば派遣が固定化しているように見えるが、Aさんに対する職業指導はこれまで以上に強化されるから、Aさん個人の立場で見れば、むしろキャリアアップにつながるというわけだ。
 野党が強硬に反対する背後には労働組合がいる。派遣社員が固定化すれば、本来は正社員がやるべき仕事がどんどん奪われるという危機感がある。長年の闘争を経て組合が勝ち取った権利は正社員のもので、それが派遣社員によって突き崩されかねないというわけだろう。
 厚生労働省の調査によると、二〇一四年は正規雇用が三千二百七十八万人だったのに対して、非正規は一千九百六十二万人と、雇用全体の三七%に達している。〇四年からの十年間で、正規雇用は百三十二万人減少、一方で非正規は三百九十八万人増えた。
 たしかに、非正規雇用正規雇用に取って代わったと見ることもできる。だが一方で、多様な働き方が生まれたことで二百六十五万人の新たな雇用が生じたと見ることもできそうだ。
 派遣社員やパート、アルバイトなど非正規労働を自由な働き方の形として選んでいる人もいる。本当は正規雇用を望んでいるのに非正規でいる「不本意非正規」は、厚労省の調査によれば、非正規の一八%なのだ。逆に言えば八割以上の人が非正規を志向しているということになる。もちろん一八%は三百万人を超える人に相当するから小さな数字では決してない。
 デフレが続いた二十年で、非正規雇用の拡大によって給与は全体的に大きく下落した。法改正に反対する人たちは、さらに非正規の拡大が起き、給与の減少が続くと予想する。格差が一段と拡大するというわけだ。だが、一方で日本は人口減少が鮮明になってきている。働く人の数も減る中で、これまでとは違う深刻な人手不足の時代に直面しつつある。
 前者の立場を取る野党や労働組合の主張が正しいのか。多様な働き方を認めることで雇用を生み出せるとする安倍内閣の方針が正しいのか。答えは早晩見えてくることになるだろう。