パリ同時多発テロ、欧州の消費回復に冷水

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。1月号(2015年12月発売)に書いた原稿です。クロノス→

クロノス日本版 2016年 01 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 01 月号 [雑誌]

11月13日にフランスの首都パリで起きた同時多発テロは約130人の死者を出し、世界を震撼させた。週末を楽しむためにコンサートホールやサッカー場に集まった人たちを標的にしたテロは、人生を楽しむフランスという国の文化への挑戦とも言える。今もテログループの一味が潜伏していると見られることからパリや、隣国ベルギーの首都ブリュッセルでは厳戒態勢が敷かれている。
 パリはフランス人だけでなく、世界の多くの人たちが人生を楽しむ場である。フランスには欧州だけでなく、世界各国から旅行者が詰めかけてきた。2014年1年間にフランスを訪れた外国人は8370万人。日本にやってくる外国人の約4倍以上。2位の米国を1000万人近く引き離し、世界トップの観光大国である。
 テロの恐怖は観光に大きな影を落としている。間違いなく世界の人々の動きを変えつつあるのだ。ロシアの旅客機が爆発して墜落した事件でも、ロシア政府がテロによる爆破だったことを公式に明らかにした。パリの同時多発テロ後には、フランスの航空会社エール・フランス機が爆破予告を受けて緊急着陸した。当然、航空機を使った不要不急の旅行は控えるムードが強まっている。ビジネスですら、パリ経由を避けて別の都市を選ぶ人が増えている中で、パリを目指す旅行者の数が激減するのは火を見るよりも明らかだ。
 欧州経済は2010年の金融危機以降、繰り返し金融不安が表面化してきた。非EU欧州連合)向けの輸出が好調だったドイツは、「ひとり勝ち」と言われてきたが、2015年春以降、お得意先だった中国経済の減速の影響をモロに受けた。
 それでも欧州の消費が何とか持ちこたえてきたのは、長期にわたって続く旅行ブームにのって、外国人がフランスや欧州地域で落とすおカネが大きかったことがあげられる。旅行者需要が消費を下支えしてきたのだ。2015年はフランスの高級ブランド階の販売も総じて好調だったが、この背景には高水準が続く外国人旅行者の効果が小さくなかった。
 時計の販売でも同じことが言える。周知のとおり、高級時計の購買層として旅行者は大きなカテゴリーである。特に消費税率が高い欧州地域では、旅行者の免税メリットは非常に大きい。
 このコラムでもしばしば紹介しているスイス時計協会のデータを見ると、フランスでの販売好調が見て取れる。スイスからフランスへのスイス時計の輸出が2015年1〜9月の累計で9億2200万スイスフラン(約1110億円)と前年の同じ期間に比べて13.7%も増えている。2013年から2014年の同じ時期は4.8%減少していたので、2015年は2013年を大きく上回るペースで伸びていた。もちろん、フランス国民自身の需要が好調だったこともあるだろうが、フランスの人口6600万人を大きく上回る外国人観光客の購買力がバカにならないことは言うまでもないだろう。パリの同時多発テロによって、このスイス時計の需要好調に冷や水が浴びせられることになりそうだ。
 中国や香港、ロシア向けのスイス時計が大きく減る中で、フランスなど欧州各国向けの伸びが目立っていた。例えば1月〜9月の英国向けのスイス時計の輸出額は8億2560万スイスフラン(約990億円)と、前年同期間に比べて20.0%も増えていた。また、イタリア向けは9.5%増、スペイン向けは8.1%増とこれまでスイス時計の輸出が大きく伸びていた。ドイツ向けも3.4%伸びている。
 実は、観光客数のベスト10に入る欧州の国々は、トップのフランスに続いて、スペインが3位、イタリアが5位、ドイツが7位、英国が8位である。つまり、旅行客が多い国でスイス時計の販売が好調なのである。
 同時多発テロ後にオランド仏大統領と会談したキャメロン英首相は、過激派組織ISがシリア内に持つ拠点に対して空爆を拡大することを支持、英国も議会の承認を得て空爆に参加する姿勢を示した。テロとの闘いが広がれば、旅行客が激減し、好調だった欧州での消費が一気に落ち込む可能性が出てきそうだ。