衆院補選よりも、アベノミクスの行方を占う重要な選挙があった! 特区を巡る、重要な一戦

現代ビジネスに10月19日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49993

「成果」を巡る論争
兵庫県北部にある養父(やぶ)市で、市長選挙と市議会議員選挙のダブル選挙が10月16日に告示された。市長選挙には現職の広瀬栄氏(68)と元会社社長で新人の大林賢一氏(47)が立候補。4年前の市長選は、広瀬氏が無投票で再選されており、市長選は8年ぶり。23日に投開票が行われる。

養父市は、安倍晋三首相が「規制改革の突破口」と位置付ける「国家戦略特区」に第一陣として指定された。中山間地農業を立て直すモデルという位置づけで、農地の賃借や譲渡に関する許可権限を農業委員会から市長に移管したほか、全国で初めて株式会社による農地取得を認める方向で作業が進んでいる。

これまで、こうした農業の「岩盤規制」に果敢に挑んできたのが広瀬市長。安倍政権の期待も高く、「特区の顔」と言ってもよい存在になっている。「広瀬市長が落選でもしたら、アベノミクスで改革色を打ち出せている特区の行方にもかかわる」(政府関係者)と危機感をにじませる。

特区を急ピッチで進めてきた広瀬市長に対する大林氏は、特区自体には反対しないが、見直しが必要だという立場。自身のホームページにはこう書かれている。

「国家戦略特区は、市民が主役となる特区に切り替え、6次化・販路拡大に邁進し、作れば売れる喜びに変えることで、これからの担い手を確保。耕作放棄地対策を実行します」

つまり、広瀬市長が進めてきた特区は、「市民が主役」ではない、と言外に言っているのだ。

広瀬市長による改革は、安倍内閣にとっては「岩盤規制を突破する先兵」ではあるが、それがどれだけ市民の利益に直結しているのかは見えにくい。広瀬市長自身、選挙戦に入って、「特区の成果を出す。地元に戻る若者や移住者を増やす仕組みをつくる」と述べたとメディアは報じている。 


養父市ホームページより)


8年間の成果は?

もちろん、広瀬市長の取り組みがまったく成果を上げて来なかったわけではない。オリックスの子会社が養父市に進出、廃校を利用した野菜工場を建設した。さらに、ピーマンなどの露地栽培も始めたことで、わずかながらも雇用が生まれた。

アルバム大手のナカバヤシは製本工場などを市内に持つが、工場用地での野菜工場などに乗り出し、仕事量の減少を補っている。また、今回、政府が特区内で解禁した株式会社による農地取得にも真っ先に手を挙げ、農産物栽培に本腰を入れる。これも雇用の確保につながっている。

「何と言っても特区指定のおかげで養父市が全国的に有名になったことが大きい」(市職員)という声も出ている。

大林氏がもうひとつ特区がらみでやり玉に挙げているのが、「やぶパートナーズ」という会社。「養父市全額出資会社やぶパートナーズ(株)を、根本的にゼロから見直します」とホームページで訴えている。

やぶパートナーズは特区関連の具体的な事業推進を担ってきた会社で、今年7月末まで副市長だった三野昌二氏が社長を務める。民間企業の出身で観光・レジャー産業のいくつもの会社で実績を上げてきた人物だ。広瀬市長に見込まれて副市長に就任していた経緯がある。

三野氏は、養父市周辺の特産である「朝倉山椒」に目を付け、加工品開発の後押しや販路拡大に取り組んだ。自らフランスやイタリアに出向き、レストランに食材として生の山椒を売り込み、商談を成立させている。また、移住してきた若者をやぶパートナーズで雇い、耕作放棄地を借り上げて、農作物の栽培に乗り出すなど、様々なアイデアを実行に移してきた。

特区で規制緩和を利用した事業を具体的に行うためには、国(特区担当大臣)と自治体(養父の場合は養父市長)、そして事業者の三者で「区域会議」を設置する必要がある。その事業者として、やぶパートナーズも名前を連ねており、改革の実行部隊になっている。

すべてがご破算になる可能性も

一方で、会社自体の採算を合わせるためにコンビニエンスストアの営業なども行っている。これが民業圧迫に当たるなどとして養父市議会で批判された。

市長選挙への影響を懸念した三野氏は結局、任期を6カ月余り残して、7月31日付けで辞任。今はやぶパートナーズの社長専任となっている。(関連記事 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49355)。

広瀬市長が特区を進める上での「別動隊」のような存在になっている、やぶパートナーズの全面的な見直しを大林氏は訴えているわけだ。

特区について、安倍首相自身が「規制改革の突破口」と言うだけあって、改革の現場では既得権層などの反発は根強い。広瀬市長が農業委員会や地域の農協などを説得できたのは、広瀬氏が合併で市が誕生する前の八鹿町の職員時代から培ってきた人脈と信頼があったからだ。

広瀬氏が退任することになれば、これまで関係者との間で積み上げてきた特区を巡る交渉が、ご破算になる可能性もある。

もちろん、市長選の行方を決するのは、養父市民の意思だ。安倍内閣が掲げる「国家戦略特区」を養父市民がどう評価するのかーー。

同じ日に投票が行われる衆議院2選挙区の補欠選挙に世の中の関心は向きがちだが、アベノミクスにとっては養父市長選の行方がより重要だと言えるかもしれない。