「仕事も、暮らしも、諦めない」のは欲張りか? 自らも育児休暇を取った、湯粼英彦・広島県知事に聞く

日経ビジネスオンラインに10月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/101300025/

 安倍晋三内閣に一歩先んじて「働き方改革」を掲げてきた自治体がある。広島県だ。最近では、「仕事も暮らしも、どちらも諦めない『欲張り』なライフスタイルの実現」を掲げて、県内企業の意識改革などを行っている。就任当初、自らも育児休暇を取って話題になった湯崎英彦広島県知事に聞いた。(注)湯崎の『崎』の右側は「大」が「立」


「欲張り」なライフスタイルの実現目指す

――安倍晋三首相は「働き方改革こそが今後3年間の最大のチャレンジだ」と言っていますが、広島県は政府の取り組みに先んじて、働き方改革を提唱してきたそうですね。

湯崎:人口減少とグローバル化という構造的な変化にどう対応していくかと考えた場合、働き方の改革が不可欠だというところに行き着きます。もともとは女性の労働参画をどう進めるか、そのために男性の育児参加が進む環境をどう整えるかという視点から始まりました。女性が活躍するには男の働き方が変わらなければいけない。そこで働き方改革が正面に出てきたわけです。

県の施策として「ひろしま未来チャレンジビジョン」を改訂する中で、「仕事も、暮らしも、諦めない。欲張りなライフスタイルの実現」というのを掲げています。生産性の向上やイノベーションのために働き方を変えるというのも大事ですが、それと同時に暮らしをエンジョイしようということも同時に掲げています。

――安倍首相は「モーレツ社員という考え方自体が否定される日本にしたい」と言っています。
湯崎:バブル期まで日本人の生き方のモデルは、まさしくモーレツ社員だったのではないでしょうか。ところがバブル崩壊以降、どう生きるかが追求されてきた。ワークライフバランスで、仕事と家庭を60対40にすべきか、40対60にすべきか、といった議論がなされてきました。広島県では、60対60でいいじゃないかというわけです。時間は1日24時間ですが、時間を濃密に使って生産性を上げれば、60の成果のままで60の暮らしもエンジョイできます。


ライフスタイルに応じ、“モーレツ”も否定せず

――ライフスタイルに応じて、今はモーレツに働きたいが、子どもが生まれたので家庭で過ごす時間を増やしたいということもあります。

湯崎:そういう選択ができる、希望が実現できる働き方に変えて行くことが大事です。米国ではホワイトハウスで24時間体制で働いていた官僚が、家族との時間を大事にしたいので、そろそろ辞めるといって退職していきます。単にモーレツ社員を否定するのではなく、そういう選択が可能な社会が望ましいのではないでしょうか。

――民間の企業の働き方を変えることについて、県の行政では何ができるのでしょうか。

湯崎:県内の企業に意識改革をしてもらうことが最も大きいと思うのですが、県は国のように制度や税制をいじれるわけではありません。県内の企業でも、そうした働き方改革にまったく関心のないところから、関心があってもやっていないところ、やっていても不十分なところ、十分にできているところなど、4段階ぐらいのレベルがある。それぞれがどれぐらいの割合なのか調査したうえで、レベルに応じてアドバイスをしていくことを考えています。

――広島は「イノベーション立県」と言っています。

湯崎:働き方の改革によって生産性の向上やイノベーションの推進などにつながります。創業を増やして、付加価値の高い企業へのシフトを進めていくことが重要だと考えていますが、そのための原動力になるのは何といっても教育です。「学びの改革」と言っていますが、これまでの知識獲得を中心とした教育から、得た知識の応用や問題解決力を強化する方向へと変えて行きます。子どもたちが自主的に考える力を育て、生涯にわたって自ら学ぶことができる力を付けさせる。最近は大学でそうした教育へのシフトを行っていますが、私たちは大学からでは遅いと思っています。小中学校からそういう子供たちを育てたいと思います。


グローバルリーダーを育成、県立大にMBAコースも

――グローバル人材の育成にも取り組む方針だとか。

湯崎:2019年度からグローバルリーダーの育成というのを中学高校で強化していきます。従来の発想では、地域があって、その上に国があって、さらにその上に世界がある、という発想でした。しかし現実は地域の問題も、国の問題も、国際問題もフラットで、どこでも起きている。地域問題の方が国際問題よりも解決が易しいということもない。地域が直面している少子高齢化なんて誰も解決できないわけですから。また、地域が直接海外とつながることも、インターネットなどの普及で簡単にできるわけです。地域であろうが、国際社会であろうが、舞台を選ばないような人材が求められているのです。

――県立大学にMBAのコースを作ったそうですね。

湯崎:中小企業や医療・介護、農業といった分野でこそ、経営力を磨くことによって生産性を高めることができるのではないでしょうか。そうした分野で地域の課題に挑んでいくリーダーを育てないといけないと考えています。2016年度から県立広島大学ビジネススクールを始め、今、2017年度生の募集をしています。

――広島県ならではの経済の優位性や、問題点というのはありますか。

湯崎:優位性は同時に弱点ですね。広島は重厚長大の伝統的な産業が多いのですが、そうした企業の業績も比較的良好で、有効求人倍率は高く、全国的にも経済の調子は良いと思います。しかし、これは一方では、新しいところに人材などのリソースが回っていかないということでもある。創業を増やすよう支援をしていますが、創業を増やすには一方で古い企業の退出も必要です。新陳代謝が重要なわけです。


知事就任後、育休を取得したことが話題に

――働き方改革と言えば、知事は就任後に育休を取得したことで大きな話題になりました。当時は批判の声もありましたが、いまだったら批判は少ないのではないでしょうか。

湯崎:いやいや、まだまだ大変だと思います。そう簡単には変わりません。

――広島県庁の働き方も大きく改革してこられました。県の使命や行動指針というのを明確に示していますね。
湯崎:企業のように利益や売上高という共通の尺度がないだけに、県庁の使命や価値観、行動指針というのは明確にしておく必要があります。根本的な事を言えば、何のために県庁はあるのか、ということです。広島に生まれ、育ち、住み、働いて良かったと心から思える広島県を実現していく。これが私たちの使命です。さらに、広島県庁では、仕事を進めるに当たって基礎になる3つの視座というのを明確にしています。まずは「県民起点」、「現場主義」、そして「予算志向から成果志向への転換」。ですからこの事業は何のためにやるのか、といったことが明確で、成果評価などもきっちり定めています。当然、人事や給与もそれに応じた成果主義の色彩が強いわけです。

 役所というのは霞が関もそうですが、何のためにその事業をやっているのかが分からなくなり、その事業を完遂すればそれでよし、ということになりかねません。


コトラー氏迎え、平和に「マーケティング」の力を生かす

――10月14日、15日の両日、「国際平和のための世界経済人会議」を開催するそうですね。平和と経済を共にテーマにするのは珍しいですね。

湯崎:平和というと政府やNGO(非政府組織)などが主体で、一般企業は縁遠い感じがするでしょう。しかし、平和な地域が増えればビジネスにとってプラスになるし、ビジネスが平和に貢献できることもあります。国際平和を実現するためにビジネスが一定の役割を担うことが大事なのです。

 今年は3年ぶりに2回目の会議ですが、今回はマーケティングの第一人者として知られる経営学者のフィリップ・コトラー教授を迎えて、国際社会の平和につなげるのに、マーケティングの力をどのように活用すればよいのかを議論します。

――平和を求める運動をしている人たちはともすると経済活動を否定しがちなように思います。

湯崎:かつては環境保護もビジネスと対立するように思われていた時代があります。たしかにそういう側面もありますが、環境保護を実現するにはビジネス界の人たちが本気で取り組む必要があります。国際平和も同じで、BOP(ベース・オブ・ザ・ピラミッド=低所得者層)ビジネスと呼ばれる発展途上国でのビジネス展開や、マイクロファイナンスなどが、その地域の平和に貢献します。平和になればビジネスが発展するということを、身をもって示しているのが原爆による瓦解から立ち直った広島だと言えるのです。



湯崎英彦(ゆざき・ひでひこ)氏 (注)湯崎の『崎』の右側は「大」が「立」
広島県知事

1965年広島県生まれ。1990年東京大学法学部卒、通商産業省入省。通商政策局米州課課長補佐などを歴任。1995年スタンフォード大学経営大学院(MBA)終了。2000年アッカ・ネットワークス設立、代表取締役副社長。2009年広島県知事選挙に出馬し当選。現在2期目。