どうする? 中国人訪日客の増加に陰り 「本物」を磨いて旅行者におカネを落とさせよ

「爆買い」の終息だけでなく、もうひとつ気になる「数字」が出てきました。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。
オリジナル→ 
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/102000033/?rt=nocnt

中国人観光客の「爆買い」は収束へ

 中国人観光客による「爆買い」のピークアウトが鮮明になる中で、もうひとつの気になる「変化」が出始めた。爆買いの収束は、百貨店などで免税手続きをする1人当たりの金額、つまり客単価が低下しているためで、訪日中国人客の数は今でも増え続けている。ところが、その人数の増加ピッチに陰りが見え始めたのである。

 日本政府観光局(JNTO)が10月19日に発表した9月の訪日外客数は191万8000人と前年同月比19%も増え、9月としては過去最高を記録した。単月としての過去最高は今年7月の229万人で、今年1月からの累計では1797万人と前年の同じ期間に比べて24.1%の大幅増となっている。買い物の金額はともかく、日本にやってくる外国人の数は増え続けているわけだ。

訪日中国人数の伸び率に「急ブレーキ」か?

 ところが、同じ9月の統計に気になる数字が現れた。

 国別の訪日客数の数字で、中国からの訪日客の前年同期比の伸び率が6.3%増と1ケタ台になったのだ。それでも6%も伸びているのだから問題はないと思われるかもしれない。だが、中国からの訪日客の伸び率は2013年の9月以降、36か月連続で毎月2ケタ以上の伸びが続いてきていたのだ。遂にその記録が途絶えたのである。

 中国からの訪日客は1月からの累計で500万人を突破。伸び率は30.5%を記録している。そんな中で、6%増というのは「急ブレーキ」がかかったようにも見えるのだ。もちろん9月単月の特殊事情で、10月以降に再び2ケタの伸びに戻っていく可能性もある。だが、この9月が転換点になって減速が鮮明になることはないのか、注視していく必要がありそうだ。

 アジアを中心に訪日客は軒並み増えている。1月からの累計では韓国が371万人と30.2%増、台湾が323万人と16.7%増、香港が134万人と21.3%増えた。

台湾人は7人に1人が訪日、しかし多いのはやはり中国人

 台湾は人口2350万人なので、単純計算すれば7人にひとりが今年に入って日本にやって来た計算になる。もちろん、ビジネスなど日本と台湾を頻繁に往復する人もいるだろうが、観光旅行先として日本が人気であることは間違いない。しかもリピーターが圧倒的に多いのだ。2014年には年間の訪日客数で韓国や中国を抑えてトップになった。

 最近は台湾旅行の宣伝を東京などで大々的に行っているが、台湾から日本への旅行者に比べて台湾を訪れる日本人が少ないことが背景にある。航空会社などにとって双方向からの旅客がいる方が効率的だからだ。

 外交関係が冷え込んでいる韓国からの訪日客も大幅に増えている。地理的に近い九州などへの旅行者、ビジネス客も多い。

 だが、何といっても人数が多いのは中国からの訪日客だ。昨年2015年は499万人と2014年から倍増し、2位の韓国の400万人を抑えてトップに踊り出た。今年はこれまでの実績に昨年の10〜12月の訪日客数を加えただけでも620万人になり、断トツでトップの座を守るのは明らかな情勢だ。日本の旅行産業にとって、中国人観光客の重要性が一段と増しているのである。

旅行スタイルに変化、クルーズ船で訪日する中国人

 もっとも、中国人旅行者が急増してきた背景には旅行スタイルが大きく変わっている面もある。大型旅客船によるクルーズで寄港する旅行者が急増しているのだ。こうしたクルーズ船は福岡や長崎などに寄港し、乗船客は昼間は観光地などに出かけるが、夜の宿泊は船の中。港のある観光都市に大型の百貨店などがあるケースは少なく、かといって土産物で「爆買い」の対象になるものもあまりないため、「人数は来ても市内にあまりおカネを落としていかない」(長崎市のタクシー運転手)といったボヤキが聞かれる。

 JNTOのニュースリリースでは9月の概況について「大幅な寄港増が見込まれていたクルーズについては、台風の影響によるキャンセルが重なったものの、中国を中心に70隻以上の寄港があったことが訪日外客数の増加の下支えとなった」と分析している。逆にいえば、9月の中国人観光客の伸びが低かったのは、台風によってクルーズ船の寄港が伸びなかったためとみることも可能だ。

2030年に訪日外国人数6000万人を目指す

 いずれにせよ昨年1973万人だった訪日外国人の総数は、今年は2000万人を大きく超えてくることは間違いない。

 政府は今年3月、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」(議長・安倍晋三首相)を開いて、訪日外国人数を「2020年に4000万人、2030年に6000万人」に増やす新目標を決めている。それまでは「2020年に2000万人、2030年に3000万人」としていたが、今年の段階で2000万人の突破が確実な情勢になったため、目標を大幅に引き上げた。

 観光立国であるフランスは2015年に8445万人の訪問客を受け入れた実績を持つ。2位は米国の7751万人、3位はスペインの6821万人で、次いで4位にはアジアのトップとして中国の5688万人が続く。2030年までにはこうした国々と肩を並べる観光立国になろうというわけだ。

どうやっておカネを落としてもらうか

 そのためにはいくつかクリアしなければならない問題がある。

 まずはインフラ。空港や鉄道網、道路といったインフラの整備は日本はお手のモノなので、都市部を中心に公共事業による整備が進むに違いない。

 問題は宿泊施設。現状でも大都市や観光地は宿泊施設が圧倒的に不足している。これをどう賄っていくのか。都市部では新しいホテルの建設が相次いでいるが、これも長期にわたって旅行客が減らないという見通しが前提になる。

 地方都市ではなかなか新規投資に踏み切れない観光業者が多い。というのもバブル期に社員旅行などの団体客目当てに大型化したものの、その後のバブル崩壊稼働率の低下に苦しんだ旅館やホテルが少なくないからだ。

 もうひとつは、旅行客にどうやっておカネを落としてもらうか。人数を大量に呼び込むこと以上に、より多く消費をしてもらう事の方が日本経済にとって重要なのは明らかだ。中国からのクルーズ船の増加で、訪日客数が増えても、訪問地での消費増に結び付かないのでは意味がない。

 ではどうするか。

日本の観光産業は「薄利多売型」モデルから脱却すべし

 キーワードのひとつは「本物」を突き詰めることだろう。外国人の急増を機に、日本の観光産業は薄利多売型のデフレモデルから脱却するべきだろう。ホテルや旅館にしても、日本の「本物」のおもてなしを提供することで、むしろ値段は上げていく。高付加価値型で満足度の高い施設や料理、サービスを提供すれば、価格が高くても世界から旅行者はやって来る。

 設備投資にしても新しくキャパシティを広げることよりも、質を上げるためにおカネを使うべきだ。そして単価を引き上げる。そのためには訓練の行き届いた従業員が必要で、給与も引き上げていかなければならない。まさに「経済の好循環」が地域経済で始まることになる。

地域に埋もれている「宝」を掘り起こし、磨きをかける

 駆け足で通り過ぎていく観光客にどうやっておカネを落とさせるか。その地域でしか手に入らない「本物」に磨きをかけて売っていくことだろう。また、観光地自体も世界中から人が集まるような本物に磨き上げる必要がある。そのためにはストーリーが不可欠だ。

 幸い日本は歴史の長い国で、観光地や文物には歴史と共に育ってきた長いストーリーがもともとある。それをSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで発信していく必要がある。本当の「クール・ジャパン」である。

 つまりは、地域に埋もれている「宝」を掘り起こし、それに磨きをかけて、世界に発信していくことが不可欠なのだ。こうした取り組みに政府が旗を振るのも良いが、最も重要なことは、地域に根差した人たちが自ら知恵を絞って宝に磨きをかけることに他ならない。本物を求めてやってくる人たちは、世界中に山ほどいるのだ。