EU離脱で英国経済の衰退が始まる?

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。9月号(8月上旬発売)に書いた原稿です。
高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]→http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2016年 09 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 09 月号 [雑誌]

 英国で6月23日、欧州連合EU)からの離脱への賛否を問う国民投票が行われ、52%の賛成で「離脱」が選択された。「残留」への支持を訴えていたデーヴィッド・キャメロン首相は辞任。7月13日に内相だったテリーザ・メイ氏が首相に選ばれ、就任した。メイ氏自身も残留を支持していたが、国民投票の結果を受けて、離脱に向けた準備を始める方針を示した。
 離脱の賛否を巡っては、世代によって意見に大きな差が出た。45歳以上では離脱派が多数を占めたものの、44歳以下では残留派が多数だった。特に24歳から34歳では62%、18歳から24歳では73%が残留を支持した。65歳以上の60%が離脱支持だったのと対照的だった。
 この世代間の違いは何か。若年層は物心ついた時からEUだったので、比較対象できる経験を持っていないという否定的な味方もあった。だが一方で、EUに属していた方がチャンスがあると考える人が若年層に多かったと分析する声が大きい。経済が発展することによって自らもメリットを享受できると考えた層が、EU残留を支持したという。
 実際、高齢層が「離脱」の理由としてやり玉に挙げたのがEUに支払っている分担金だった。その支払いを止めて、その分、年金などに回せと主張した。つまり、英国経済が発展するかどうかよりも、高齢者への分配が大きくなるかどうかに関心があった、と見ることもできる。
 EU域内でヒト・モノ・カネの移動が自由であることは、ビジネスを行ううえで重要だ。英国もかつては「英国病」と呼ばれる経済停滞の時代があったが、EUの一員となった後は好景気に沸くことが多かった。
 とくにロンドンは、建築やデザイン、ファッション、カルチャーといった「クリエイティブ産業」の集積地を目指し、欧州諸国からデザインセンターを誘致するなど、欧州でもクールな都市として脱皮してきた。
 かつて英国と言えば、欧州で最も料理がまずい国といわれたものだが、今ではニューヨークやパリと同様、グルメをうならせるレストランができている。若い世代はEUの一員であることの経済的な恩恵を十二分に理解しているのだ。高齢世代はそうした経済成長などのメリットにはやや無頓着なため、離脱派が勢いづく結果となった。
 EUからの離脱による経済的なマイナスインパクトはいまのところ未知数だ。どういう形で離脱するのか、EUとの交易条件はどうなるのか、現段階ではまったくわからない。
 だが、欧州の経済活動の有力なハブのひとつとして成長してきたロンドンの地位が没落すれば、英国経済に深刻な影響を与えるのは間違いない。ロンドンだけ英国から独立させてEUに残すべきだ、という主張が国民の間から出てくるのはある意味、当然のことなのだ。
 英国での高級時計の売れ行きも好調が続いてきた。スイス時計協会の統計によると、スイスから英国への輸出額は2014年は前年比2.4%増だったものが、2015年には19.1%増えた。2015年はフランス向けが9.4%増、イタリア向けが6.4%増、ドイツ向けが0.7%増だったので、欧州の中で最も大きく伸びた市場だった。英国国内の消費が堅調だったこともあるが、人が交流するハブとしての機能が高まったことが大きかった。旅行者などが空港で買う時計などが好調だったのだ。
 英国がEUから離脱すると、人の流れやモノの動きに変化が生じる可能性がある。おカネの面でも、EUとの間に国境ができて規制が強化されれば、ロンドンに本拠を置く金融機関が大陸に移動することも十分にあり得る。そうなると、英国が欧州のヒト・モノ・カネのハブとして機能できなくなりかねない。
 スイスから英国向けの時計輸出は今年1月から5月までの累計では前年並みの横ばいで推移している。果たして国民投票の結果を受けて7月以降の時計輸出に変化が出てくるのかどうか。大いに注目される。